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パフェを綺麗に食べ終えた忍は紙ナプキンを一枚手に取り、丁寧に口を拭いた。
「高校を卒業した日の夜、打ち上げ終了前に姉貴から『会わせたい人が居る』ってメールが入ってさ。翌日の昼前に、焼肉を食いながら話そうって誘われた」
「忍くんのご両親が経営してるお店の離れのほうが、落ち着いてそうだけど?」
川嶋家が経営する喫茶店は、メディアに度々紹介される有名店
忍は使用した面を内側に紙ナプキンを折り畳み、左右から捻ってリボンの形にした。
「彼処だと、姉貴も、姉貴の恋人も、自分が一番になれないだろ?」
小遣いが欲しいときだけホールを手伝い、日によっては
姉と弟、店に長年貢献してきたのはどちらか、知っているのは周囲の人間だけではない。
「俺は別に、姉貴が店を継ぐことには反対してないし、旦那と新しいことしたけりゃしていいんじゃねぇのってくらいには何も思わねぇよ」
「だからって、ピアノ……」
「いいんじゃね?買ったの、俺じゃないから」
忍がフランスの音大へ飛んで一年も経たないうちに、店内に設置されてあったピアノは処分された。
新たに追加されたのは、小さな子どもを連れた大人の客向けの、新品のテーブルと椅子。
疑問を抱いたチサカは共通の友人たちに、何か知ってるか尋ねた。
すると。
『……実は』
忍の姉が結婚し、婿養子として迎えられた男が店を仕切るようになってからおかしくなったと、友人たちは話した。
百貨店の土産物コーナーに菓子を置くことにしたが、工場生産に手を出して失敗。海外から来た旅行客を狙った商品を打ち出すも味はそこそこ。喫茶店のほうは注文した品が出てくるのが遅い、掃除が行き届いていないなど、日本人の客から注意されてるのを何度も見かけたという。
「義理のお兄さんとは、仲、悪いの?」
「良くしようって前から、あっちが合わねぇって決め付けてたらどうしようもないじゃん」
「おば様は?」
「さぁな。姉貴の旦那にすげぇ気を遣ってるみたい。孫ができたもんだから、電話したら早めに切られる」
「そんな……」
子どもの頃から忍の店の常連だったチサカは、忍の母親の変わりぶりを知ってがっかりした。あんなに仲が良かった親子の関係が、一人の婿養子によって此処まで崩壊するとは想像しなかった。
「俺、一年であっちの大学辞めて、残り一年はバイトして過ごした。中退したって連絡したとき、母さんホッとしてたよ」
もうこの子にお金をかけなくていいという安心感。忍の母親は大きくなった子どもの才能を伸ばす手伝いより、新たに誕生した身近な幸福を育てることにした。
「おじ様は?」
「パティシエの仕事が忙しいらしくて、会話させて貰えない」
「……」
「だから三日前、帰国して速攻、連絡せずに実家に行ってみた」
忍の両親が経営してる喫茶店と、普段生活をしてる家は近所同士。食事をしに、すぐ帰れる距離に建っている。おおよその時間帯を狙って行けば、忍は血の繋がりがある誰かに会えると思って訪れた。
「運が悪いっつうか、両親とはもう縁が無いのかもな。玄関から出てきたのは姉貴の旦那。すげぇ最悪だった」
いまこのときも、何も思ってなさそうにずっと笑みを浮かべ、赤の他人になったかのように話をしているが、窓の向こうを見る目付きは、やや鋭くなった。内に溜め込んでる怒りが滲み出ている。
「彼奴、俺が日本に帰ってきたこと、誰にも教えてないんだろうな」
「まさか、いくら何でも」
「『忍くんの部屋、子ども部屋に改装しちゃったから、その、言いにくいんだけど……』って、気まずそうに苦笑いしながら言うんだぜ?茶を出そうかって言いもしない。家に上がらせなかった。もうおまえの居場所は何処にも無いって感じさ」
チサカは店の内装が変わり、味が落ち、方向性の変化を感じ取ったことで来店するのをやめたが、想像してるより遥かに複雑なものに変わっていたと知り、愕然とする。
「ピアノ弾けるっつっても、特技や好きが偶然それだっただけで、一方的にコンプレックス持たれるのは勘弁って話」
自分には無い才能を持ってる相手への、逆恨みのような強い嫉妬心が明らかになったのを揶揄しただけに忍は抑えた。
「……ごめんなさい。嫌なこと、いっぱい思い出させて」
「謝るのは俺のほうだ。良いニュースじゃなくて悪かった。再会したのに愚痴三昧なんてダサいよな」
「ううん、話を聞きたいってお願いしたの私からよ。無神経な質問ばかり、ごめんなさい」
「気を遣われると余計惨めな気持ちになるから、この話は、今日はもう言うな」
「うん」
彼は、何も思っていないわけではない。客観的になることで苛立ちと悲しみを抑え込み、理性的な大人でいようとしている。
「話は終わったから、ぼちぼち帰るか」
忍は椅子を後ろへ引きながら立ち上がった。チサカも続いて立ち上がる。