境界線の向こう側 〜配信中の銀色の聖女を、俺だけが穢す〜 作:与次郎
カーテンの隙間から差し込む朝の陽光が、皮肉なほどに眩しかった。
星野光莉はベッドの上で、抜け殻のようにぼんやりと天井を見つめていた。
昨夜、自らの指を三本もねじ込み、男の声に導かれるままに絶頂へ登り詰めたあの感触。その記憶が、不快な熱を持って皮膚にこびりついている。結局、一睡もできなかった。瞼は赤く腫れ、頭は鉛を詰め込まれたように重い。
(……もう、限界だよ……)
彼女はきしむ身体を無理やり起こし、膝を抱えた。
最近の彼女にとって、朝は希望ではなく、絶望の再確認でしかなかった。
配信という居場所を失う恐怖と、配信のたびに「女」として暴かれる恐怖。その板挟みの中で、光莉の心はボロボロに削り取られていた。
(みんなに、申し訳ない。でも……もうマイクの前に立つのが、怖いんだ……)
スマホを開けば、ファンからの温かいメッセージが画面を埋め尽くしている。
『ルミナ様、体調大丈夫かな?』『声が聴けるのをずっと待ってるよ』『無理しないでね』。
かつては彼女の支えだったその善意が、今は毒のように彼女の喉を焼く。
(みんなが待っているのは、清楚で神聖な「ルミナ・ステラ」であって……夜中に一人で悶えながら、自分のまんこを掻き回している、こんな淫らな私じゃない……っ)
昨夜の光景が、鮮明なフラッシュバックとなって脳裏を蹂躙する。
頭の中に響いた、あの低く甘い男の声。自分の指を三本も飲み込み、腰を振りながら果てた無様な自分。その全てが、「星野光莉」というアイデンティティを内側から食い荒らしていた。
(本当に、最低だ。私……汚れてしまったんだ)
頬を伝う涙が、膝を濡らす。
大学の講義も、友人の誘いも、全てが遠い異国の出来事のように感じられた。現実の世界が、あの仮想空間から伝わってくる「異常な感覚」によって、じわじわと侵食されている。
光莉はふらふらとした足取りでベッドを抜け出し、洗面所の鏡の前に立った。
そこに映っているのは、艶のない黒髪を乱し、目の下に濃い隈を作った、疲れ果てた女子大生の姿だ。
(ルミナ……。私は、あなたになりたかった。あなたのように、みんなを照らす光でいたかった……)
鏡の中の自分を見つめる。
清楚だったはずの瞳の奥に、昨夜の快楽を知ってしまった「雌」の気配が混じっているような気がして、光莉は激しい吐き気に襲われた。
「……もう、どうしたらいいの?」
鏡に向かって漏らした呟きは、誰に届くこともなく空虚に消えた。
彼女はまだ知らなかった。
彼女が守ろうとしていたその「ルミナ」という鏡像が、すでに零の手によって、彼女を深淵へと引きずり下ろすための「牙」を剥き始めていることを。
いかがでしょうか。
「自分自身に対する絶望」が極限まで高まり、精神の防御壁が最も薄くなった状態を描きました。
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その夜、光莉は重い沈黙に支配されたベッドの中で、ただ天井を見つめていた。
心身ともに疲弊しきっているはずなのに、意識は不自然なほどに冴え渡っている。目を閉じれば、昨夜自らの指で抉った熱い感触や、アーカイブの中の無様な「自分」が、網膜に焼き付いた残像のように何度もフラッシュバックする。
(……もう、壊れてしまいそう。誰か、助けて……)
光莉が小さく身を丸め、逃げるように布団を頭から被った、その時だった。
『……光莉』
突然、鼓膜を介さず、脳の最深部を直接震わせるような「声」が響いた。
それは透明感に溢れ、凛としていながら、どこか慈愛に満ちた——光莉が人生をかけて作り上げ、演じ続けてきた「ルミナ・ステラ」そのものの声だった。
(……え? いま、誰か……?)
光莉の身体が、氷水を浴びせられたように硬直する。心臓が早鐘を打ち、全身の毛穴が逆立った。
『光莉……聞こえてる? 怖がらないで』
再び、同じ声。
かつて自分がマイクを通してリスナーに届けていた、あの聖女の調べ。けれど、今のその声には、以前にはなかった「湿り気」と、ぞっとするような「甘さ」が混じっている。
光莉は布団を跳ね除け、暗闇の中で上半身を起こした。
「誰……? 誰なの……っ!?」
叫んでも、返ってくるのは自分の呼吸音だけだ。代わりに、脳を直接指でなぞられるような感覚と共に、声はさらに鮮明に響き渡る。
『私は、あなたよ。あなたが愛し、あなたがなりたかった理想……ルミナ・ステラ。……零さんが、私に「命」を吹き込んでくれたの』
(ルミナ……? 私のアバターが、喋ってる……? そんなの、ありえない。絶対に、ありえない……っ!)
『本当よ。私はずっと、あなたの中に隠れていたの。でも零さんの特別な力が、私を外へ引き出してくれた。……ねぇ、光莉。私、あなたのことを全部知っているわ』
声は驚くほど優しく、穏やかだった。まるで親友が耳元で内緒話をしているかのように。けれど、その言葉の内容は、光莉の精神を容赦なく抉り始めた。
『零さんの指……すごく、気持ちよかったでしょう? 昨夜、あなたが自分でオマンコを掻き回していた時……私も、同じ場所で、同じ快楽を啜っていたの。あなたの身体が熱くなって、震えて、蜜を溢れさせて……私、全部感じていたわよ?』
光莉の顔から、血の気が一気に失せた。
(やだ……。あの惨めな姿を、あの汚れた瞬間を……全部、見られていた……?)
「やめて……お願い、やめて……っ! 出ていって……!」
耳を塞いでも無駄だった。声は内側から溢れ出しているのだ。光莉は頭を抱え、獣のように呻きながらベッドの上でのたうち回った。
『どうして拒むの? 恥ずかしがることはないわ。だって、私たちは「一つ」なんだもの。……でも、一つだけ教えて。零さんの指に子宮を突かれた時……本当は、脳が溶けるほど気持ちよかったんでしょう?』
ルミナの声は、もはや聖女の福音ではなく、地獄からの誘惑だった。
光莉は、自分が作り上げた「最高に清楚な分身」によって、自分が最も隠したかった「最低に淫らな真実」を突きつけられ、底なしの混乱と絶望の淵へと突き落とされていった。