境界線の向こう側 〜配信中の銀色の聖女を、俺だけが穢す〜 作:与次郎
テーブルの下で膝を激しく震わせるみずきを他所に、光莉の笑みの深みが妖しく変化した。
手の甲をなぞっていた光莉の白く細い指先が、手首、解けたトレーナーの袖口をくぐり、剥き出しになった前腕の柔らかな肌へと這い上がってくる。
「みずきちゃんはいつも、そうやって一人で頑張りすぎちゃうよね」
「え……? あ、はは、そうかな……っ」
「うん。昨日も、私の声をそんなに真剣に聴いてくれてたんでしょう? ……ねえ、私の声、エロかった?」
「――えっ!?」
光莉の口から飛び出した「エロかった」という直接的な言葉に、みずきは心臓が跳ね上がった。普段の光莉なら、恥ずかしがって絶対口にしないような単語だ。
「な、何言ってるの、光莉ちゃん! 私はただ、心配で……っ」
「私、みずきちゃんのそういう一途なところ、本当に大好きだよ。……ほら、私の手を触って? こんなに熱いの。嘘だと思う?」
指先から伝わる強制的な熱と、暴力的な快感の震えに、みずきの背筋がゾクゾクと粟立つ。
光莉はさらにテーブルに身を乗り出してきた。ハーフアップにされた彼女の髪から、嗅いだこともないような、熟れた果実の甘い香りが漂ってみずきの嗅覚を支配する。
「光莉ちゃん……? 急にどうしたの、顔近いよ……っ」
「照れちゃうの? ふふ……かわいい。みずきちゃんのそういう無防備な反応、もっと近くで見たいな」
光莉の薄い唇が、みずきの耳元へと寄せられた。
周囲のBGMも、他のお客の話し声も、すべてが遠ざかる。耳の穴に直接、熱く湿った吐息が吹き付けられた。
「はぁ……っ、みずきちゃんの身体、すごく熱くなってる……。ここ、ピクピク動いてるよ?」
「ひゃんっ……!? ぁ……っ、や、やめて……っ」
昨夜ヘッドホン越しに聴いた、ルミナのあの「淫らな声」そのものの囁き。
みずきはビクッと大きく肩を跳ね上げ、情けない声を漏らしてしまった。色白な肌は耳たぶから鎖骨のあたりまで瞬時に真っ赤に染まり、トレーナーの奥で、Dカップの豊かな胸が限界まで硬くなって波打つ。公共のカフェの席で、親友に耳元を攻められているという背徳感が、みずきの下腹部をきゅーっと甘く疼かせた。
「ねえ、光莉ちゃん、本当にやめて、ここお店、だし……誰かに、見られちゃう……っ」
「どうして? 嫌なの? ……嫌なら、どうして私の手を振り払わないの?」
「それは……っ」
光莉の指先が、今度はみずきのふっくらとした頬へと触れた。そのまま、親指がみずきのふくよかな下唇をぐっと押し下げ、ぬるりと湿った感触でなぞる。
「違うって……どんな風に違うの? 私はただ、大好きなみずきちゃんに、もっと近くで私の『熱』を感じてほしくなっただけだよ……?」
至近距離で見つめ合う光莉の瞳。その奥に宿っているのは、天峰零という支配者に完全に調教されきった「雌犬」の歪んだ愉悦だ。
光莉のもう片方の手が、テーブルの下でみずきの小さな手を、指と指を深く絡め合わせる「恋人繋ぎ」で力強く握りしめた。
「あ……っ、ん……」
じっとりと汗ばんだ手のひらが密着するたびに、みずきの頭の芯は真っ白に灼かれ、拒絶して手を引くことすらできなくなる。
「みずきちゃん……私ね、最近……みずきちゃんのことが、前よりもずっと、愛おしくて堪らないの。だから、こうしてたくさん、お互いの身体で触れ合いたくなっちゃう……。……ねえ、気持ちいいでしょう?」
「――っ、う、あ……光莉、ちゃん……だめ……っ」
恐怖と、背徳的な快感の拒絶反応。みずきは涙目で、壊れた玩具のように小さく首を横に振ることしかできなかった。
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カランカラン、と再びドアベルが鳴り、夜の冷たい外気がみずきの火照った顔を激しくなでつけた。
カフェのドアを飛び出し、誰もいない街頭の下まで辿り着いた瞬間、夏川みずきはようやく、堰を切ったように激しい呼吸を吐き出した。
「はぁ、はぁ、はぁっ……!」
冷え込み始めた夜気が肺を急激に満たしていくが、体内の熱は一向に引く気配がない。
ショートパンツから覗く白い脚が、生まれたての小鹿のようにガクガクと小刻みに震えている。心臓は今にも肋骨を突き破らんばかりの速さでドクドクと暴れ狂っていた。
光莉の指先に強引に押し下げられた下唇が、そしてテーブルの下でじっとりと汗をかきながら深く絡め合わされた手のひらが、まるでそこだけ火傷を負ったかのように、じくじくと不気味な熱を持ち続けている。
それだけではない。オーバーサイズのトレーナーの奥、きつく尖ったままの胸の先端が、歩くたびに生地と擦れてきゅう、と下腹部にまで響くような不吉な疼きを伝えてくるのだ。
(……っ、違う。私は、光莉ちゃんを心配して……助けたくて会いに行ったのに……っ)
みずきはカフェから数十メートル離れた街路樹の陰で立ち止まり、自分の下唇を、光莉の残した熱を消し去るように親指で何度も強く擦った。
『――ねえ、私の声、エロかった?』
『嫌なら、どうして私の手を振り払わないの?』
耳元で吹き付けられた熱い吐息とともに、光莉のあの掠れた声が脳内でリフレインする。
現実世界では少し人見知りで、異性はもちろん、同性相手でもここまで強烈に詰め寄られた経験などない。それなのに、あの瞬間の自分の身体は、恐怖や困惑と同時に、間違いなくあの淫らな空気に——背徳的な「快楽」に、一瞬でも流されかけていた。その厳然たる事実が、みずきのピュアな自尊心を激しく掻きむしる。
「あんなの……ただのスキンシップなんかじゃない。絶対に、おかしいよ……っ」
みずきはスマホを両手で強く握りしめ、眩暈を堪えるように空を見上げた。
昨夜の配信で見せた、椅子から腰を浮かせてのけぞるようなモーションの異常さ。そして今日の、まるで別の誰かの意志が乗り移ったかのような、光莉のあの潤んだ瞳と貪欲なまでの接触。
2つの点が、みずきの脳内で最悪の線となって結ばれる。
(光莉ちゃんは、自爆営業であんなことしてるんじゃない……。誰か、得体の知れない存在が、ルミナ・ステラの裏側で光莉ちゃんを玩具にしてるんだ……!)
そう確信した瞬間、恐怖を塗りつぶすようにして、みずきの胸の奥から激しい怒りと、持ち前の負けず嫌いな正義感が猛烈な勢いで点火した。
(光莉ちゃんが一人で恐怖と快楽に脅かされて、誰にも言えずに苦しんでいるなら……私が助ける。私が力にならなきゃ、親友を名乗る資格なんてない……!)
みずきは涙が滲む視線を、カフェのガラス窓へと向けた。
遠目に見える窓際のボックス席。光莉はまだ一人、椅子に座ったままだった。
先ほどまでみずきをハメようと妖艶に微笑み、下唇を弄くっていたはずの彼女は、今は静かにうつむき、どこか上の空でスマートフォンを操作している。その華奢な背中には、先ほどまでの毒々しい色気とは裏腹に、深い闇に囚われた囚人のような、かすかな哀愁と影がまとわりついていた。
「待っててね、光莉ちゃん。昨日と今日のことで、はっきり分かったよ……」
みずきはスマホの画面を力強く見つめた。
あの異様な、脳を直接灼くような色気の正体。そして親友を縛り付けている「何か」の原因を、自分の手で必ず暴き立ててみせる。
「絶対に、光莉ちゃんから引き離してやるんだから……っ!」
明るく元気な太陽の天使――陽ノ川ひまりの魂を持つ少女は、夜の街を力強く歩き始めた。足取りはまだ少し震えていたが、その瞳には、親友を絶望から救い出すための、燃えるような決意が宿っていた。
だが、その一途な正義感こそが、すべての支配者である男の「最高の餌」になることを、みずきはまだ知る由もなかった。