境界線の向こう側 〜配信中の銀色の聖女を、俺だけが穢す〜 作:与次郎
生配信開始を告げるタイマーが、残り15分を指して静かにカウントダウンを刻んでいる。
夏川みずきは防音仕様の自室デスクの前で、オーディオインターフェースのインジケーターを睨みながら、幾度も大きく深呼吸を繰り返していた。
液晶の光が、じっとりと冷たい汗の浮かんだ彼女の掌を青白く照らす。心臓が肋骨の裏側を激しく叩き、喉の奥まで苦い緊張がせり上がっていた。
「よし……大丈夫。深呼吸、深呼吸……。今日は私が光莉ちゃんを引っ張るんだから」
震える声を指先で叩き直すようにキーボードを叩き、サブモニターに表示されたコラボ相手――『ルミナ・ステラ』の立ち絵を見つめた。
神秘的な銀髪をなびかせた聖女の姿。いつも通りの清廉なアバターのはずだった。だが、活動初期から彼女の隣に立ち続けてきたみずきの直感が、画面の向こうから漂う異質な「重み」を敏感に察知していた。いつもより、キャラクターの輪郭そのものが、じっとりと色づいているような不気味な感覚。
そのとき、ヘッドセットのイヤホンを通じて、鼓膜に直接滑り込んでくるような光莉の声が響いた。
『みずきちゃん、準備できた……? もうすぐ、約束の時間だよ……』
その瞬間、みずきは肺の空気が一瞬で凍りつくような錯覚を覚えた。
いつものヒーリングボイスなのに、言葉の端々が妙に掠れ、どこか艶を帯びて融解している。
「う、うん! こっちはいつでもいけるよ! 光莉ちゃんこそ、機材の調子はどう? 前回の配信で少し音声にラグが出たって言ってたから、配信ソフト(OBS)の設定、もう一度確認しとこうか?」
『ありがとう……。でも、もう隅々まで『調律』してもらったから大丈夫。みずきちゃんがそうやって、私のことをいつも気にかけてくれるの……身体の奥が、すごく疼いちゃう……ふふ』
光莉の低く、濡れた笑い声が耳元で弾ける。「疼く」という、およそ清楚系VTuberが配信直前に使うはずのない単語に、みずきは胸のざわつきを抑えられなかった。
「ね、ねえ、光莉ちゃん。今日のオープニングだけど、私はいつも通り元気いっぱいにいくね! 『みんな、夏の思い出一緒に作ろうね!』って始めたら、光莉ちゃんが優しく『ルミナとひまりの夏の秘密、始まりますね』って繋いでくれると嬉しいな」
『ええ、いいと思う。みずきちゃんが元気に声を張ったあとに、私が……少し淫ら……じゃなくて、落ち着いたトーンで入れば、リスナーの皆さんもゾクゾクしてくれるよね』
まただ。カラオケボックスの時と同じ、取り繕いきれていない不穏な言葉の漏洩。みずきは画面越しの光莉のアバターを凝視したが、そこに浮かんでいるのは、どこまでも優しく、そして哀しいほどに美しい微笑みだけだった。
(光莉ちゃん、やっぱり絶対におかしい……。でも、今は配信直前。まずはプロとして、みんなに楽しんでもらえるように集中しなきゃ……!)
『楽しみにしててね、みずきちゃん。今日の配信は……きっと、二人にとって忘れられない『秘密』になるから……』
含みを持たせた甘い囁きと同時に、タイマーがゼロを示す。
みずきはプロとしての意地で口角を吊り上げ、「陽ノ川ひまり」のスイッチを入れた。画面に「LIVE」の赤文字が点灯し、二人のアバターが同時にフレームインする。
「おっはよー! 太陽の光が、みんなに元気届けてるかなー? 今日も陽ノ川ひまりが、みんなのところに元気をお届けしにきたよー! 今日はスペシャルコラボ、ルミナちゃんと一緒に夏の思い出をたっぷり語っちゃいます! みんな、準備はいい?」
みずきが弾けるような声を響かせると、光莉がワンテンポ遅れて、深く、ため息のような声音で続けた。
『こんばんは、ルミナ・ステラです……。久しぶりにひまりちゃんと二人でお届けできること、とっても嬉しいです。今日は『ルミナとひまりの夏の秘密』……ふふ、どんな秘密が暴かれちゃうのか、私も、ドキドキしています……』
視聴者コメントが一気に、凄まじい勢いで流れ始めた。
【待ってた!】【ルミナ×ひまり最強!】【なんか今日のルミナ様、声の距離感近くない!?】【夏の秘密とか最高かよ】
みずきは笑顔でコメントを拾いながらも、ヘッドセットから伝わってくる光莉の、微かに鼻にかかった吐息の熱量に、得体の知れない恐怖を覚え始めていた。
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配信が始まって、約20分。
二人の夏の思い出トークは順調に進み、同時視聴者数は数万人を超えて膨れ上がっていた。みずきは持ち前の明るさでマイクに向かい、必死に場を盛り上げる。
「そういえば去年の夏、ルミナちゃんと二人で近くの川に行ったよね! あの時、私が急に水をかけ始めて、二人でびしょ濡れになって大笑いしたの覚えてる?」
『覚えているよ……。ひまりちゃんが乱暴に水をかけるから、私の服が全部肌に張り付いちゃって……。あの時のひまりちゃん、すごく楽しそうに私の身体を見てた……ふふ、本当に可愛かったな……』
光莉の妙に生々しい描写に、みずきは引きつりそうになる頬を必死に動かした。
「えー! 乱暴だなんて人聞きが悪いよー! ルミナちゃんはあの時、びしょ濡れになっても全然乱れなくて、まるでお人形さんみたいに綺麗だったんだから! 私なんて服が張り付いて、すぐびちゃびちゃになっちゃって……」
――その、瞬間だった。
「っ……!?!?」
みずきは言葉の途中で、心臓の鼓動が不自然に跳ね上がるのを感じた。
衣服の布地を完全に透過して、ちょうど右太ももの内側、最も柔らかく敏感な絶対領域の肌に――冷たく、しかし粘り気のある『実体を持たない何か』が、ぬるりと直接這い上がってきたのだ。
(え……? なに、これ……っ!?)
それは、布地をすり抜けて直接肌を撫で上げる、生々しい人間の指先のような感触だった。一本、また一本と、見えない愛撫の手がみずきの肉体を這い回り、内ももの柔らかい肉をジワジワと弄り始める。この、ゾッとするような冷たさと、まとわりつくような独特の不気味な熱量――。
(これ、あのカラオケの時に、光莉ちゃんに抱きつかれた時の熱と同じ……!?)
繋がった違和感に胃の腑がせり上がるが、目の前には数万人のリスナーがいる。
『ひまりちゃん……? どうしたの? 急に声が詰まったみたいだけど……何か、言いたいことでもあるのかな?』
すかさず、光莉の低く弾んだ声がヘッドセットから流れる。まるで「知っていて楽しんでいる」かのようなタイミング。
「う、うん……っ! 全然大丈夫だよ! ちょっと、喉が渇いただけ! あはは、ごめんねみんな!」
みずきは狂いそうになる理性を必死に繋ぎ止め、プロとしての意地で、声をさらに一段階明るく張って絞り出した。
しかし、太ももの内側を這う『見えない愛撫』は止まらない。それどころか、ぬるぬると淫靡に円を描きながら、徐々に、徐々に、足の付け根の最も神聖な場所へと向かって上昇してくる。
(やだ……気のせいじゃない、何かが、私の身体を触ってる……っ! 誰か部屋にいるの!? でも、鍵は閉めたはずなのに……っ!)
恐怖と生々しい感触に、みずきは無意識に両太ももをギチギチと強く締め合わせた。だが、見えない触手はその抵抗を嘲笑うように、締め合わされた太ももの隙間にぬるりと割り込み、より深くへと侵入してくる。
『ひまりちゃんの、びしょ濡れになった可愛い姿……みんなも、もっと詳しく聞きたいよね? ね、ひまりちゃん。あの時、服の下がどんな風に透けてたか……もっと近くで、私に教えて?』
光莉のセリフが、みずきが受けている愛撫の動きと完全にシンクロするように、いやらしく這い寄ってくる。
今度は腰のあたりに、後ろからじっとりと抱きすくめられるような、強烈な圧力が加わった。実体のない見えない腕が、みずきの細い腰をガッチリと拘束し、配信椅子に縫い付ける。
「ん、あ……っ……!」
みずきは奥歯をガチガチと噛み締め、漏れ出そうになった艶っぽい悲鳴を喉の奥で押し潰した。
腰がガクガクと震え、衣服の擦れる音がマイクに乗りそうになる。
『ふふ、ひまりちゃん、今日の声、なんだかいつもよりハァハァしてて、すごく可愛い……。みんなもそう思ってるみたい。コメントの勢いが、ものすごいことになってるよ?』
画面を見れば、リスナーたちのコメントが濁流のように流れていた。
【ひまりちゃん声エロすぎ!!】【ひまりちゃん急に感じてない?】【ルミナ様に責められてガチで動揺してるじゃんこれww】【なんか今日の配信、空気感ヤバいな】
(違う……違うの、みんな……っ! 私、今、変なものに……っ!)
叫び出したかった。だが、数万人のファンが見つめる公式配信の場で、「見えない何かに身体を触られている」などと言えるわけがない。言った瞬間に、自分の配信者生命も、ルミナとの関係も、すべてが崩壊してしまう。
「えへへ……みんな、からかいすぎだよーっ! ルミナちゃんが、一緒にいてくれるから、つい、緊張しちゃって……っ!」
上ずりそうになる声を必死にコントロールしながら、みずきは涙目で笑顔を張り付かせた。
しかし、拘束された腰と、太ももの内側をネトネトと嬲る見えない指先の刺激は、容赦なく彼女の肉体を、じりじりと熱く火照らせていくのだった。