境界線の向こう側 〜配信中の銀色の聖女を、俺だけが穢す〜 作:与次郎
――天峰零
深い闇に包まれた薄暗い部屋の片隅で、零は本革の重厚な椅子に深く身を預け、静かに目を閉じていた。
現実空間と仮想空間の境界を歪め、彼が『境界潜航』の力でみずきの部屋に送り込んだ偶像――陽ノ川ひまり。その五感を通じて伝わってくる現実の感触を、零はまるで自分の手足の延長線上にあるかのように、極上の解像度で克明に感知していた。
薄暗い部屋に、彼の冷たく、愉悦に満ちた唇の端がゆっくりと吊り上がる。
(……素晴らしいな。こちらの想定以上に、見事な反応を示している)
夏川みずき。配信への誇りを持ち、光莉の親友として彼女を闇から救い出そうと必死になっていた小娘。その彼女が今、自分が魂を書き換えた「陽ノ川ひまり」の強靭な腕に組み敷かれ、必死に拒絶の涙を流しながらも、その肉体をカタカタと激しく震わせている。
零は深く、満足げに息を吐き、椅子の背もたれに頭を預けた。
(星野光莉の時は、配信での精神侵食を交え、長い時間をかけて境界を溶かし込んでいった。……だが、この夏川みずきという素材は、実に興味深い。アプローチを変えた甲斐があったというものだ)
ひまりをあの密室に顕現させたのは、単なる悪趣味な嫌がらせではない。光莉という最高の猟犬を完全に手中に収めた今、次なる極上の駒としてみずきを確実に堕とすための、完璧なチェックメイトの布石。
零の昏い瞳に、悪魔的な愉悦の色が冷たく宿る。ひまりがみずきをベッドに圧しつけ、その無邪気な調教の手を徐々に、しかし確実に強めていく様子を、零はまるで、自分を悦ばせるためだけに上演される極上の舞台を特等席で観劇するように、五感の全てで味わい尽くしていた。
(もっと泣け。もっと拒絶の叫びを上げろ。そして……結局は、脳の命令に背いて自分の身体が淫らに裏切っていく底なしの快感に、絶望するがいい)
零は喉の奥から、満足げに低く嗤うような息を漏らした。
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「……ん……っ、あ……」
深い、底なしの闇の底から、意識がゆっくりと、重泥を剥ぎ取るようにして浮上してきた。
夏川みずきは、鉛のように重い瞼をうっすらと開けた。視界に飛び込んできたのは、見慣れた自分の部屋の白い天井と、最小限に落とされたスタンドライトの薄暗い光。
(……夢……だったの……?)
頭がまだ酷くぼんやりとしていて、現実と虚構の境界線が上手く結ばない。
ひまりちゃんが突然部屋に現れ、私を組み敷いて、笑顔のまま、指で……あそこを……。
「――っ!?」
その瞬間、下半身を包む異様な違和感を覚えて、みずきは小さく息を飲んだ。太ももの内側が、冷たく、ねっとりと湿っている。
恐る恐る自覚を向ければ、ショーツの中が信じられないほどの量の愛液でぐしょぐしょに濡れ透け、ズボンまで色を変えていた。シーツの上にも、明らかな分泌液が大きな丸い染みとなって広がっている。
「うそ……やだ、うそ……っ」
自分の唇から漏れ出た声が、恐怖で震えていた。
慌てて上半身を起こし、ベッドの上で、自分の下半身を凝視した。裾は捲れ上がり、細い太ももには、乾きかけた愛液の筋がはっきりと残っている。震える指先でそっとそこへ触れた瞬間、身体の奥がびくんと切なく跳ね上がった。
「や……やだ……っ! これ……本当なの……? 夢じゃ……なかったの、ひまりちゃん……っ!」
心臓が、早鐘を打つように激しく胸を叩き始める。指先が氷のように冷たくなっていくほどの恐怖が、一気に込み上げてきた。
ひまりのあの、眩しすぎるほどの笑顔。秘部を布越しに、的確に、執拗に抉るように刺激された快感――そのすべてが、あまりにも生々しい肉体の記憶として蘇り、みずきは両手で自らの口を強く覆った。
「そんな……っ。私、イッちゃったの……? 私自身のアバターに……女の子に……指だけで……っ!」
大粒の涙が、ぽろぽろと目尻から零れ落ちていく。
夢だと思いたかった。全部、極限のストレスが見せた都合のいい幻覚で、疲れから見たただの悪夢だと、そう信じ込みたかった。
この股間の湿り気も、ベッドに刻まれた染みも、身体の芯に残る、内側から狂わされるような痺れも――。
そのすべてが、これは紛れもない「現実」なのだと、容赦なく彼女の理性を圧し潰してくる。
「どうして……どうしてこんなことになっちゃうの……っ。零って……一体、誰なのよ……っ! なんで私がこんな目に……っ!」
みずきはシーツの汚れを隠すように両膝を抱えて丸くなり、激しく肩を震わせて泣きじゃくった。
あまりにも理不尽で狂った現実に、彼女の小さな頭はとうにキャパシティを超えている。底知れない絶望と、恐怖だけが、彼女の喉を締め付けていた。
その、絶望の静寂の中――。
「……かわいそうに。すっごく怖かったよね、みずきちゃん」
暗闇の中から、静かで、どこまでも優しい声が部屋に響き渡った。
「――えっ!?」
みずきは跳ねるようにして顔を上げた。ベッドのすぐ端に、星野光莉が、まるですべてを包み込むような聖母のような微笑みを浮かべて、静かに佇んでいた。
「ひ……光莉……ちゃん……?」
涙に濡れた掠れた声で呼びかけたが、その直後、本能的な恐怖に駆られて、さらに後ろへと身体を引いた。
光莉は遮るもののない足取りでゆっくりと近づき、ベッドの縁に腰を下ろした。その瞳はどこまでも穏やかで、慈愛に満ちている。……だが、その瞳の奥には、ハイライトが完全に消え失せた、底知れない漆黒の深淵が広がっていた。
「大丈夫だよ……もう怖がらなくていいからね。全部……全部、現実だよ、みずきちゃん」
光莉は優しく微笑みながら、みずきの涙で濡れそぼった頬へ、そっと指先を伸ばした。
「ひまりちゃんも……私も……もう、とっくに零さんのものなの。お前たちの全部を、俺の色に染め上げてやるって、零さんがそう言ってくださったのよ。……ねえ、あなたもすぐにわかるよ。今、身体の奥に残ってるその感覚が、夢なんかじゃないってこと……」
みずきは光莉の指先が肌に触れるだけで、全身に鳥肌が立つような嫌悪感を覚え、激しく顔を背けた。しかし、光莉は優しく、語りかけ続けた。
「泣かないで、みずきちゃん。最初は、怖くて拒絶しちゃうの。でもね……すぐに、この世界で一番気持ちよくなれるから。身体も、頭の中も、心も全部零さんの快感だけで満たされて……私みたいに、最高に幸せになれるから……ね?」
光莉の声はどこまでも穏やかで、親友を心から救済しようとする慈愛に満ちているように聞こえた。
だが、その言葉の裏に潜む、冷徹で狂信的な「従属への誘い」の響きが、みずきの背筋をこれ以上ないほど激しく震わせる。逃げ場は、もうどこにもない。
みずきは胸元で膝をきつく抱きしめたまま、恐怖のあまり視界がチカチカと遠のいていくのを感じ、震える声で小さく、小さく呟いた。
「……たすけて……誰か……。私……もう……どうしたらいいの……?」
冷え切った密室に、みずきの届かない小さな嗚咽と、光莉の不気味な笑いだけが、いつまでも虚しく響き続けていた。
『星野光莉』『陽ノ川ひまり』
信頼していた二つの存在の歪んだ愛撫が、ゆっくりと、確実に、夏川みずきの最後の境界を溶かし始めていた。