ドラゴンクエストIV・V・VI:天空の覇拳〜導かれし乙女たちと失われた血脈〜 作:坂本太郎
かつて、アリアハンの地から世界を救い、九人の乙女たちと共に「伝説」となった格闘家レオン。彼の放った黄金の覇気は、数多の魔を屠り、同時に絶望に沈む女性たちの心に消えない「熱」を刻みつけた。しかし、時の流れは無情であり、伝説は神話の彼方へと消え、その濃密な血脈もまた、歴史の闇へと埋もれていったかに見えた。
だが、世界が再び魔族の王デスピサロの脅威に晒されようとした時、その血は目覚めた。
「……また、この感覚か」
山奥の隠れ里。深い緑に包まれた静寂の中で、青年カイエンは自身の拳を見つめていた。燃えるような赤髪を揺らし、野性味溢れる鋭い眼光を持つ彼の肉体は、日々の過酷な修練によって岩をも砕く鋼へと鍛え上げられている。特定の国に属さず、名誉も求めず、ただ己の肉体のみを信じて生きるカイエン。しかし、彼の中に眠る「覇王の因子」は、外界の不穏な気配を敏感に感じ取り、内側から激しく脈動していた。
カイエンの放つ気配は、ただの格闘家のそれではない。彼が呼吸を整え、闘気を練れば、周囲の空気は歪むほどの熱を帯び、森の獣たちは本能的な恐怖と、同時に抗いがたい「王」への服従心に震える。それこそが、一族伝来の「覇道の体術」を司る黄金の覇気であった。
時を同じくして、天空の城ではひとつの予言が下されていた。
「導かれし者たちが集う時、その中心に立つのは、剣を持つ勇者か、あるいは……」
全知を司るマスタードラゴンの視線の先には、運命に翻弄される乙女たちの姿があった。
愛する者を失い、復讐に燃える姉妹。平和な城を飛び出し、真の力を求める姫君。そして、隠れ里でカイエンを慕い、自らの宿命も知らずに一人の女として彼を求めるシンシア。
カイエンは、自分が「導かれし者たち」の一人であるという自覚はない。しかし、彼の中に流れる覇王の血は、悲しみやトラウマを抱えた女性たちの孤独に誰よりも敏感だった。彼の拳は魔を砕くためにあるが、その逞しい腕と、溢れ出す圧倒的な生命力は、絶望に沈む乙女たちの心を強制的に再燃させ、自身の愛へと屈服させる「救済の支配」を宿命づけられていた。
「救うのではない。俺の熱で、すべてを塗り替えるだけだ」
カイエンが里の外れで一撃の正拳を突き出した瞬間、空気が爆ぜ、見えない衝撃波が山々を揺らした。それは、かつてレオンがゾーマの城で見せた「黄金の絆」の再誕を告げる咆哮でもあった。
伝説の勇者が剣を振るうその陰で、格闘家カイエンは、自らの肉体という唯一無二の武器を携え、導かれし乙女たちの運命をその剛腕で抱き寄せようとしている。
彼女たちが抱えるトラウマ、悲しみ、そして戦士としての誇り。そのすべてを、カイエンは覇王の抱擁で溶かし、一つの巨大な「熱」へと変えていくことになるだろう。
山奥の里に、不穏な影が忍び寄る。
魔族の軍勢が迫る中、カイエンは静かに立ち上がった。腰に差す剣などいらない。彼の拳そのものが、闇を切り裂く黄金の楔なのだ。
シンシアが、そして世界各地の乙女たちが待っている。
未だかつてないほど濃厚で、淫らで、そして神々しいまでの「覇拳」の伝説が、ここから再び幕を開ける。