静まり返った廃棄コロニーの内部。リン・ベルナルは、半分壊れたストライカーブラストの調整を終えたキラと共に、資材回収の作業に当たっていました。
「(……あの時見えた未来、あれは私自身の意志じゃない。植え付けられた……呪いのようなものなのに)」
戦闘の興奮が冷めた今、リンの心は「強化人間」としての自覚に苛まれていました。そんな彼女の視界に、ゆっくりと漂うピンク色の物体が映り込みます。
「キラ君、あれ……脱出ポッド?」
二人が回収したポッドの中から現れたのは、戦火の宇宙には似つかわしくない、透き通るような歌声を持つ少女、ラクス・クラインでした。
艦内に収容されたラクスは、敵国プラントの歌姫でありながら、その場にいる全員を脱力させるような不思議な空気を持っていました。
「皆様、お助けいただき感謝いたしますわ。わたくし、ラクス・クラインと申します」
食堂に集まった面々の中で、キラは戸惑いながらも彼女の純粋さに触れ、少しずつ表情を和らげていきます。しかし、リンはラクスの曇りのない瞳を直視することができませんでした。
「(あんなに綺麗な瞳で見られたら、私の真っ黒な過去まで見透かされてしまいそう……)」
リンが独り隅で拳を固めていると、トール・ケーニヒやミリィたちが明るく声をかけてきました。
「よお、リン! さっきの戦闘、マジですごかったな! あの黒い機体がモノアイになった時、鳥肌立ったぜ」
「そうだよ、リン。あんたがいてくれなかったら、今頃どうなってたか」
トールたちの屈託のない信頼が、今は何よりも痛く感じられました。本当の自分は、彼らが思うような「頼れる仲間」ではなく、実験室で作られた「兵器」なのだという事実が、リンの喉元まで出かかっては消えていきます。
「……ありがとう、トール。でも、私はただ必死だっただけだから」
リンは無理に微笑みましたが、その手足はまだ微かに震えていました。
「あら……貴女、とても悲しい音がしますのね?」
ラクスのふとした言葉に、リンは心臓が止まるかと思いました。ラクスは首を傾げ、リンの隣に座ります。
「わたくしの歌が、貴女の震えを止めるお薬になれば良いのですけれど」
「……っ、私は大丈夫。少し、疲れちゃっただけ」
リンは逃げるように席を立ちました。
そしてヴェサリウスの襲撃が起きるその瞬間
「救命ポッドの保護対象……ラクス・クラインを人質として盾にする」
ナタルの冷徹な号令がブリッジに響き渡りました。艦とクルーを守るための最善策。しかし、それはリン・ベルナルやキラ・ヤマトにとって、受け入れがたい選択でした。
アークエンジェルの外部展望デッキに、ピンク色のドレスをなびかせたラクスが立たされます。ザフト軍の攻撃はピタリと止まりましたが、戦場にはこれまでとは違う、嫌な沈黙が流れました。
「(……ひどい。こんなこと、あんなに優しいラクスさんに……)」
リンは拳を固め、モニターに映るラクスの姿を見つめていました。自分と同じように、大人の都合で「道具」として扱われる少女。強化実験で意志を奪われてきた自分の過去が重なり、リンの胸にはドロドロとした不快感が渦巻きます。
一方、キラの心も限界に達していました。彼は独断でラクスの身柄を確保すると、ストライクの掌に彼女を乗せ、独りで戦域へと飛び出しました、
「キラ君! 何をするつもり?!」
通信越しに叫ぶマリューの声を無視し、キラはアスランのイージスの前で機体を止めました。
「アスラン……! 彼女を連れて帰ってくれ」
キラの言葉に、アスランは愕然とします。
「キラ……君……」
「彼女は、君の婚約者なんだろう? ……こんなところにいていい人じゃないんだ」
キラの放った「婚約者」という言葉に、通信を傍受していたリンの心臓が小さく跳ねました。キラが、アスランとラクスの関係を知っていて、それでも自分の信念を突き通した。その純粋すぎる献身が、リンには酷く眩しく、そして少しだけ寂しく感じられました。
ストライカーブラストのコックピットの中で、リンの指はトリガーにかけられていました。キラの行為は明白な軍規違反であり、脱走に近い独断。今ここで彼を止めなければ、アークエンジェルはさらに窮地に陥るかもしれない。
けれど、リンは震える指をそっとトリガーから離しました。
「(……キラ君は、正しいことをしてる。私にはできないことを……)」
キラを見逃せば、自分も同罪に問われるかもしれません。ナタルに詰め寄られる未来も「視えて」いました。それでも、リンは紅く明滅するモノアイを消灯させ、キラがラクスを送り届ける背中を、ただ静かに見送りました。
「……行け、キラ君」
少しだけ悲しい気分になりながら、リンは独りごちました。
アスランにラクスを託し、再びこちらへ戻ってくるキラの姿をモニター越しに確認した時、リンの目からは、自分でも理由の分からない涙が一筋だけ流れ落ちていました。