「テラグレシアが……! くそっ、今すぐ出撃する!」
シンは怒りに顔を歪め、踵を返してハンガーへと駆け出そうとした。私も同じ思いで、シンの背中を追おうと一歩を踏み出す。
「待て、シン! リンもだ!」
だが、その前に立ち塞がったのはアスランだった。その声は鋭く、絶対的な拒絶を含んでいた。
「どいてください、アスラン! 今この瞬間にも、コロニーで民間人が殺されてるんですよ! あんな化け物ども、俺たちが止めに行かなきゃ……!」
シンが激しく反抗し、アスランに食ってかかる。
「冷静になれ、シン! 今のお前たちが行って何ができるというんだ!」
アスランが厳しい声で一喝する。
「先ほどの戦闘で機体は傷つき、推進剤も消費している! あの未知の敵の大部隊を相手に、今の状態で乗り込んで勝てると思っているのか!」
「でも、だからって見殺しにはできません! 待っている間にどれだけの命が奪われるか……!」
私もたまらず、シンの隣でアスランに声を荒らげた。
「二人とも、落ち着きなさい」
その時、ブリッジのスピーカーからマリュー艦長の静かな、しかし厳然たる声が響いた。隣でコノエ艦長も重々しく頷いている。
「ここから辺境のテラグレシア宙域まで、本艦を最大船速で進めても、到着まであと15時間は掛かります」
マリュー艦長が冷酷な現実を告げる。「今すぐモビルスーツ単体で飛び出したところで、辿り着く前にエネルギーも推進剤も尽きるわ」
「15時間……」
その絶望的な距離と時間に、私とシンは押し黙るしかなかった。行き場のない怒りと焦りに、シンがギリッと奥歯を噛み締めて俯く。
その時だった。俯いたシンの視線が、アスランの手元でハッと止まった。
つられて私も視線を落とす。
アスランは、落ち着き払った声や厳しい態度とは裏腹に、両手を強く、限界まで固く握り締めていた。その拳は怒りで小刻みに震え、爪が深く食い込んだ掌からは、タラリと一筋の赤い血が滲み落ちていたのだ。
誰よりもテラグレシアの惨状に腸を煮え返らせ、今すぐ助けに行きたいと願っているのは、冷静を装って私たちを止めたアスラン自身だったのだ。
その無言の痛みに気づき、シンは息を呑み、己の無謀さを恥じるようにスッと肩の力を抜いた。私も唇を噛み締め、振り上げた拳を静かに下ろすしかなかった。
重苦しい沈黙の中、ルナマリアが進み出て、不安げな声で尋ねた。
「……アスラン。じゃあ、私たちはどうすれば……」
アスランは滲む血を拭うこともせず、ゆっくりと拳を開くと、痛切な思いを抑え込んだ声で言った。
「一度、モユラン島へ帰還する。我々も、ジェガン隊も被害が大きすぎる。このままの戦力では、デナン・ゾンの部隊からテラグレシアを救い出すことは不可能だ。早急に全機の修復と、十分な物資の補給を行うべきだ」アスランの提案でモユランへの帰還が決まりかけた重苦しい空気の中、私は顔を上げて強く言い放った。
「待って。このままじゃ絶対に戦力が足りない……私、助っ人を呼んでくる」
その言葉に、アスランは小さく目を細め、私が誰を意図しているのかすぐに察したようだった。しかし、シンはピンときていない様子で首を傾げた。
「助っ人? ザフトの増援以外に、誰か当てがあるのかよ?」
私はまっすぐにシンを見据えて答えた。
「キラよ。キラたちの力が必要なの。もし彼らに断られたら、その時は私たちだけでテラグレシアを救うしかないけど……それでも、絶対に声をかけるべきだわ」
『キラ』という名前が出た瞬間、ブリッジの空気が一瞬だけ止まった。彼らは今、コンパスの最前線から退き、静かに身を隠しているはずだからだ。
「けど、キラさんが今どこにいるかなんて、誰も……」と戸惑うシンを遮り、私は足早に通信コンソールへと向かい、オーブ本国との極秘回線を繋いだ。
数回のコールの後、モニターにカガリ代表の顔が映し出された。彼女もすでにテラグレシアの惨状を知っているのか、その表情は酷く険しい。
「リンか。状況は聞いている。テラグレシアの件だろう。だが……」
「カガリ。とぼけないで。キラたちが今どこに隠れているか、あなたが知っているのは分かってるの」
私の単刀直入な問い詰めに、カガリはわずかに目を逸らし、言葉を詰まらせた。
「……彼らは今、ようやく戦いから離れて静かに暮らしているんだ。これ以上、彼らを巻き込むわけには……」
「そんなこと言ってる場合じゃないの! 今この瞬間にも、テラグレシアで民間人があのおぞましい新型機に虐殺されてる! あのデナン・ゾンの群れを相手にするには、絶対にキラたちの力が必要なの!! お願い、場所を教えて!!」
私の必死の叫びと、後ろで血を流すほど拳を握りしめているアスランの無言の圧が伝わったのか。カガリは苦しげに唇を噛み締め、やがて深く、長くため息をついた。
「……分かった。座標データをそちらの機体に直接送る。だが……彼らがどう決断するかは、彼ら次第だぞ」
「ありがとう、カガリ!」
送られてきた暗号化データを自身のストライカーエウレカへと転送し、私はアスランたちを振り返った。
「アスラン、シン、ルナマリア! みんなは予定通りミレニアムでモユランに帰投して、ジェガン隊の再編と機体の修理、補給を急いで! 私は直接、彼らを迎えに行ってから合流するわ!」
「……リン。ああ、頼んだぞ。無茶はするなよ」
アスランが短く、しかし強い信頼を込めて頷いた。
私はすぐにブリッジを飛び出し、MSデッキへと駆け込んだ。
ストライカーエウレカを、長距離移動用の補助飛行システム――通称「ゲタ」へと載せる。
「ストライカーエウレカ、発進!」
カタパルトから射出された私は、ミレニアムと逆の方向へ進路を取った。カガリから送られた座標は、オーブが極秘裏に管理している中立コロニーを示していた。表向きは環境保護区とされ、コロニー内部に豊かな自然が溢れているという美しい場所だ。
私はゲタの推進力を最大まで引き上げ、戦火の匂いとは無縁のはずのその緑のコロニーへと急いだ。