クルーゼ隊の執拗な追撃を振り切り、アークエンジェルは漆黒の宇宙をひたすら突き進んでいました。度重なる戦闘で機体も艦も限界に達しており、メインカメラを半分失ったストライカーブラストが格納庫に鎮座する姿は、これまでの死闘の激しさを物語っていました。
なぜ、アークエンジェルはこの広大な宇宙で第8艦隊と合流できたのか。それは、かつてアークエンジェルやG兵器の開発を主導したドゥエイン・ハルバートン提督の、執念とも言える尽力があったからです。
ハルバートン提督は、アークエンジェルがヘリオポリスを脱出した直後から、独自の判断で第8艦隊を移動させていました。彼は、自分が生み出した「子供たち」であるG兵器と、それに乗り合わせた若者たちを見捨てることはありませんでした。アルテミスでの接収騒ぎやクルーゼ隊との交戦データを秘密裏に受信し続け、アークエンジェルが最も救援を必要とするポイントを予測し、艦隊を急行させていたのです。
アークエンジェルのブリッジに「味方識別信号」が届いた瞬間、マリュー・ラミアス大尉の目には、安堵の涙が浮かんでいました。
合流後、旗艦メネラオスからアークエンジェルへ乗り込んできたハルバートン提督を、リン・ベルナルは整列したクルーの端から見つめていました。
提督は、キラやトールたち学生の前で足を止めると、軍服のシワ一つない姿で深く頭を下げました。「辛い思いをさせたな。諸君らの尽力に、心から感謝する」。その言葉には、上官としての威厳以上に、若者たちを戦場へ引きずり込んでしまったことへの深い悔恨と親愛が込められていました。
トールやミリィたちが「ようやく助かった」と互いに手を取り合う中、リンは一人、自分の手のひらを見つめていました。提督の優しさに触れれば触れるほど、自分の内側に潜む「強化人間」としての異質さが、鋭い痛みとなって彼女を刺します。
修理のためにクレーンで吊り上げられたストライカーブラストの足元で、リンは一人、冷たい鉄の匂いを吸い込んでいました。第8艦隊の技術兵たちが忙しく動き回り、半分壊れたメインカメラの修復が始まっています。
「(提督は……みんなは、私がただ運よく生き残った学生だと思ってる。……でも、私のこの力は、誰かを守るために作られたものじゃない。……壊すために、弄り回された結果なんだ……)」
未来が見えてしまう感覚。勝手に動き出す紅きモノアイ。それらは、ハルバートン提督のような清廉な軍人には決して見せてはならない、忌まわしい実験の産物でした。
そこへ、作業を終えたキラがやってきます。ラクスをアスランに返した時の、あの少し悲しげな、けれど決意に満ちたキラの横顔を思い出し、リンは無理に声を明るくしました。
「キラ君……私たち、これからどうなるのかな」
「わからない。でも、提督が来てくれた。……少しだけ、前を向ける気がするんだ」
キラの無垢な信頼が、今は何よりも眩しく、そして残酷でした。リンは過呼吸になりそうな胸を必死に抑え、彼に見えないように強く拳を握りしめました。
「(言えない……。私が何者かなんて、死んでも誰にも……。……守らなきゃ。この人たちの信じる世界を、私が壊さないために)」
第8艦隊という巨大な盾に守られながらも、リンの心はかつてない孤独に包まれていました。しかし、彼女の紅きモノアイは、休むことなく次の戦場――重力に引かれる地球への降下作戦という、さらなる過酷な運命を予感し、静かに明滅を続けていました。