「くっ……! まだ、やらせるもんかッ!」
満身創痍のストライカーエウレカで、リンは必死に応戦していた。しかし、左腕を失い右脚を溶かされた機体では、極限まで軽量化されたジ・オ 軽アーマー形態の猛攻を凌ぎ切ることはできない。シロッコが放つビームサーベルの凶刃がいよいよリンに振り下ろされようとした、その時。
「そこまでだッ!!」
宇宙空間を切り裂く紅蓮の閃光が、リンとシロッコの間へ猛烈なスピードで割り込んだ。
アスラン・ザラの駆るインフィニットジャスティスガンダム弐式である。背部のフォランテスを輝かせ、アスランはジ・オのサーベルを自身のビームサーベルでガッチリと受け止めた。
「援軍か。だが、蠅が何匹集まろうと……!」
「お前の好きにはさせない!」
凄まじいエネルギーが火花を散らす鍔迫り合い。だが、アスランの格闘戦における技量はシロッコの予測を超えていた。
一瞬の隙を突き、アスランはインフィニットジャスティス弐式の脚部ビームサーベルを展開。アクロバティックな身のこなしで機体を捻ると、ジ・オがサーベルを握っていたマニピュレーターを鮮やかに叩き斬った。
「なにッ!?」
さらにアスランは間髪入れずに強烈な蹴りを叩き込む。
腕を落され、蹴りによって体勢を大きく崩すジ・オ。しかし、シロッコは冷酷に微笑んだ。
「サイコフレームは、伊達に積んでいるわけではないのだよ!」
シロッコの強大な脳波に呼応し、先ほどリンによって真っ二つに切り裂かれ、宇宙空間に漂っていたシールドの残骸が不気味に駆動した。シロッコはサイコフレームによる遠隔操作でその残骸を強引に引き寄せると、アスランの目の前に盾として展開。さらに、その千切れた残骸に残っていた砲門へ無理やりエネルギーを接続し、ゼロ距離でビームを放った。
(来るッ……!)
アスランの研ぎ澄まされた能力が、シロッコの放つ殺気とビームの軌道を直感で感知する。しかし、残骸を利用したあまりにも変則的かつ至近距離からの不意打ちだった。アスランは反射的に機体を逸らしたものの、避けきれず、インフィニットジャスティス弐式の左腕が直撃を受けて激しく吹き飛ばされた。
爆発によって生じた濃密な煙。その煙の向こうから、片腕となったジ・オが猛然と突進し、質量を乗せた蹴りを放ってくる。
「落ちろッ!」
「ナメるなッ!」
アスランもまた、片腕を失った状態から一切怯むことなく、インフィニットジャスティス弐式の脚を鋭く振り上げた。
ドゴォォォォンッ!!
モビルスーツ同士の蹴りと蹴りが、宇宙空間で正面衝突する。
凄まじい衝撃波が周囲のデブリを吹き飛ばす。しかし、格闘戦、とりわけ脚技において無類の強さを誇るインフィニットジャスティス弐式のパワーが、ジ・オを完全に圧倒した。
「ぐおっ!?」
パワー負けしたジ・オの巨体は、アスランの強烈なキックによって遥か後方へと激しく吹き飛ばされていった。
「……ふっ、ふふふ……素晴らしい。これほどのプレッシャー、これほどの力! そうでなくては、私が直接手を下す意味がない!」
大きく吹き飛ばされ、機体の各所からスパークを散らしながらも、ジ・オのコックピット内でシロッコは歓喜の笑みを浮かべていた。己の覇道を阻む強敵の存在が、彼のニュータイプとしての闘争本能を激しく刺激し、この極限の死闘を心の底から楽しんでいたのだ。
しかし、そのシロッコの昂ぶりを冷水で冷ますかのように、コックピット内に無機質な電子音が響き渡った。
『警告。ジェネレーター出力および粒子残量低下。エネルギー残量が**40%**を下回りました』
サポートAIからの冷徹な警告。
軽アーマー形態による限界を超えた高速戦闘、そしてシールドの残骸まで強引に操ったサイコフレームの駆動は、シロッコの想像以上にジ・オのエネルギーを激しく食いつぶしていた。戦いを楽しんでいるシロッコだったが、機体は確実に破滅へのカウントダウンを刻み始めていた。コンソールに表示された数値を見て、シロッコはわずかに眉をひそめた。
「……残り40%か。興に乗ってきたところだが、長居は無用というわけか」
だが、ここで引き下がるパプテマス・シロッコではない。彼は冷酷な笑みを浮かべると、ジ・オの残された機能を総動員して捨て身の一撃を仕掛けた。
ジ・オは自らの左腕をあえて敵の攻撃に曝すように突っ込み、爆発四散させてその衝撃を利用する。凄まじい反動と爆風が、インフィニットジャスティスガンダム弐式のコックピット直撃コースへと叩きつけられた。
「くっ……!」
アスランが乗るインフィニットジャスティスのコックピット周辺に激しいダメージが走り、システムが盛大に火花を散らす。そのわずかな隙を作り出すと、シロッコは後方の暗闇へとジ・オを素早く後退させた。
その退路を塞ぐように、宇宙の彼方から突如として一隻の艦影が滑り込んできた。ユーリカの艦艇である。
艦体のハッチが開き、圧倒的な機動力を失いつつあったジ・オの軽アーマー形態を、まるで吸い込むように素早く回収していく。
「逃がすかっ……!」
リンは満身創痍のストライカーエウレカを駆り、必死に追撃を試みた。しかし、すでにモビルスーツ自体のリミットは遥か昔に超えていた。
回収を終えたユーリカの艦艇から、強烈な迎撃ビーム砲が一斉に放たれる。無数のビームがリンの視界を埋め尽くすように降り注ぐ。
「しまっ……!」
リンは必死に操縦桿を切り、紙一重の機動で直撃を次々と回避していく。だが、至近距離で爆発するビームの圧倒的な熱量と電磁パルスが、半壊していたストライカーエウレカの内部システムにトドメを刺した。
ビイイイッ――! とけたたましい警告音がコックピットに鳴り響く。
「っ……嘘、嘘でしょ……!?」
パニックに陥るリンの前で、ストライカーエウレカの主要デバイスが完全にショートし、全てのモニターがブラックアウトする。推進スラスターの火がプツリと消え、機体は完全な沈黙へと落ち込んでいった。身動きひとつ取れなくなったストライカーエウレカは、ただ無力に宇宙空間のデブリの合間へと漂い始めるのだった。完全に沈黙し、暗い宇宙空間を漂流していたストライカーエウレカは、駆けつけた戦艦ミレニアムによって無事に回収された。
艦の格納庫に降り立ったリンを待っていたのは、あまりにも重く、残酷な報告だった。
激闘の末、シンのデスティニーとルナマリアのインパルスは共に深刻なダメージを受け、大破という状態まで追い込まれてしまったという。そして何よりリンの心を抉ったのは、デブリに激突したルナマリアが重傷を負い、現在医療班による懸命な救命処置が続いているという事実だった。
「ルナ……っ」
リンは俯き、己の無力さに対する抑えきれない悔しさから、自身の両手をギリッと血が滲むほど強く握りしめた。
重い足取りで自身の個室へと戻ったリンは、暗い部屋のベッドに腰を下ろした。
疲労困憊の身体を引きずるようにしてズボンの裾をまくり上げ、自身の義足の調子を確かめる。先ほどの極限の戦闘における異常なGと、機体が受けた激しい衝撃。義足の接続部やシリンダーに過大な負荷がかかっていたのだ。
リンは静かにジョイント部分を調整し、動作に致命的な異常がないことを確認すると、小さく、ひどく重い溜息を吐き出した。
義足のメンテナンスを手早く済ませ、リンはすぐさま司令室(ブリッジ)へと向かった。
司令室の空気は、鉛のように重苦しかった。
リンの姿を認めたマリュー艦長は、沈痛な面持ちでメインスクリーンから視線を外し、静かに口を開いた。
「リン……。怪我がなくて良かったわ。でも、状況は極めて深刻よ。今回のユーリカの襲撃で……本艦を防衛していたジェガン隊の8割を失ったわ」
その言葉に、リンは息を呑んだ。使い捨ての駒のように送られてきたユーリカの混成部隊、そして巨大なデストロイガンダムの猛攻が、ミレニアムの防衛戦力をそこまで削り取っていたのだ。主力であるガンダムタイプも大破し、戦力は文字通り壊滅状態に近い。
「このままの状態で航行を続けるのは不可能よ」
マリューは決意を込めた眼差しで、星図モニターへと視線を向けた。
「これより本艦は、プラント宙域に存在する衛星基地**『アーガマ』**へ向かうわ。そこで不足している物資の補給と、戦力の立て直しを図ります」
「アーガマへ……」
リンが呟くと、隣に立っていたコノエ艦長がコクリと頷いて補足した。
「現在の本艦の護衛戦力は無に等しい。だが、心配はいらんよ。アーガマまでの危険な航路は、プラント側から合流してくるイザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンの両名が護衛を引き受けてくれる手はずになっている」
頼もしい二人の歴戦のパイロットが合流するという知らせ。それは絶望的な状況下における、唯一の光明だった。リンは静かに頷き、次なる戦いへ向けて決意を新たに前を見据えた。