ヘリオポリスの平和な空が、爆炎と悲鳴に塗りつぶされていく。
崩壊するドックの奥深くで、リン・ベルナルは震える指先で「ストライカーブラスト」のコックピットへと滑り込んだ。
「(動いて……お願い、動いて!)」
彼女が操縦桿を握りしめた瞬間、機体のOSが猛烈な勢いで立ち上がる。漆黒のモニターに、これまで見たこともない複雑なコードが走り、機体各部の駆動系が重厚な唸りを上げた。
その時、ハッチのすぐ外側で絶叫が響く。
「誰!? なぜその機体に……! 降りなさい、そこは戦闘区域よ!」
声の主は、地球連合軍の将校、マリュー・ラミアスだった。彼女は肩を負傷し、血を流しながらも、目の前にそびえ立つ機体を見上げて愕然としていた。
「(この機体……何なの? 計画にこんな『ガンダム』なんて存在しなかったはずよ!)」
マリューが担当していた連合軍の新型MS開発計画「G」において、用意されていたのは5機の機体のみだった。しかし、目の前に立つこの黒き巨体――ストライカーブラストは、彼女の知るどのデータにも存在しない「未確認機」だったのだ。
「私は……リンです! リン・ベルナル! 助けたくて、乗ったんです!」
「民間人……!? 嘘でしょ、マニュアルもなしに起動させたっていうの?」
マリューの驚愕を切り裂くように、頭上から激しい爆鳴が轟いた。
「見つけたぜ、連合の新型! ……いや、何だ、あの不気味な機体は!?」
オレンジ色のジンを駆るザフト軍のエース、ミゲル・アイマンが、上空から獲物を見つけて急降下してくる。
「カタログにねぇ機体だが、関係ねぇ! まとめて消え失せろ!」
ミゲルが放つ重斬刀が、ストライカーブラストの脳天を狙って振り下ろされる。
「あ、ッ……!」
リンは反射的にレバーを引いた。ストライカーブラストは、本来なら歩行すらままならない未調整の状態でありながら、リンの意志に呼応するように鋭い動きを見せた。
ガキィィィィィィィィン!!
機体の左腕部が、ジンの大剣を真っ向から受け止める。腕部搭載型捕獲用ネットの強固なフレームが火花を散らし、ミゲルの追撃を食い止めた。
「この反応……ナチュラルの素人が動かせる代物じゃねぇぞ!」
「リンさん、危ない!!」
その時、後方から別の叫びが響く。未完成のOSを書き換えながら強引に立ち上がったストライクガンダム。そこに乗っているのは、リンと同じヘリオポリスの学生、キラ・ヤマトだった。
キラは目の前の状況に混乱していた。マリューから聞いた「G」の話。そして、隣で戦う、マリューすら知らないはずの「黒いガンダム」。
「……君も、ヘリオポリスの学生なの……? でも、その機体は……!」
「キラ君……! 私も、よく分からないの。でも、今はやるしかないんだよ!」
リンは震える手で武器のトリガーを引いた。
95ミリ大型バルカンが火を噴き、ミゲルのジンを牽制する。連合の標準装備を凌駕する大口径の弾丸が、ジンの装甲を削り取り、ミゲルを後退させた。
「(重い……。でも、守らなきゃ……!)」
リンは背部から短時間式ビームサーベルを抜き放つ。
高出力で形成された光の刃は、彼女の極限まで高まった神経と連動し、空間を焼き切るような鋭い軌跡を描いた。
「おのれえぇぇ! 調子に乗るなよ、小娘ぇ!」
激昂したミゲルが再び加速する。
マリューは、自らの理解を越えた「未知の機体」と「少女の才能」を前に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……アンノウン(未確認機)。一体、誰があんなものを造ったというの……?」
連合軍の正規将校である彼女ですら関知していない、闇の技術。
リン・ベルナルとストライカーブラストの存在は、ヘリオポリスという小さなコロニーの戦いを超え、やがて世界の運命を揺るがす大きな「不確定要素」となっていく。
「キラ君、行くよ! 二人で、ここを切り抜けるんだ!」
「……うん、分かった。行こう、リンさん!」
二機のガンダムが、崩壊するドックから戦火の渦中へと飛び出していく。
それは、少女が「人間」を知るための、長く過酷な旅路の始まりだった。