オーブの隠れドックでの、息の詰まるような修理とデバイス調整の日々が終わり、運命の時間がやってきました。
補給を完了したアークエンジェルは、ついにオーブからの出航準備に入ります。しかし、領海外の公海では、アークエンジェルを絶対に逃がすまいと、アスランたちザラ隊の4機のガンダムが牙を研いで待ち構えていました。
「私も行く! アークエンジェルのみんなと一緒に戦わせてくれ!」
カガリは最後まで同行を志願し、食い下がりました。しかし、その前に立ちはだかったのは、父でありオーブの代表であるウズミ・ナラ・アスハでした。
「今の分別のないお前が戦火に飛び込んで、一体何になる。残れ、カガリ。そして、この戦争の根がどこにあるのかを、ここで深く学ぶのだ」
厳格な父の、そして一国のリーダーとしての重い説得に、カガリは悔しさに唇を噛み締めながらも、同行を断念せざるを得ませんでした。
やがて、オーブ軍艦隊による大規模な演習のカモフラージュに紛れ、アークエンジェルは密かに出航します。
しかし、幾度も煮え湯を飲まされてきたザラ隊の執念は、その偽装をたやすく見破りました。アークエンジェルがオーブの領海線を越え、公海へと足を踏み入れたその瞬間――。
「――来やがったな、足つきぃッ!!」
間髪入れず、イザークのデュエルを筆頭に、4機のガンダムが猛烈な勢いで襲いかかってきました。
アークエンジェルからも即座に迎撃のためにキラのストライク、ムウのメビウス・ゼロが出撃。そして、激化する戦力不足を補うため、新たにスカイグラスパーのパイロットとなったトール・ケーニヒも、覚悟を胸に戦空へと飛び出していきます。
海と空が爆炎で染まる、敵味方入り乱れる激戦。
キラは砲撃戦用のランチャーストライカーで応戦していましたが、激しい空中戦を仕掛けてくるザラ隊を相手に、瞬時にスカイグラスパーとの連携で空中戦用のエールストライカーへと換装。背中に輝く推進の光を宿し、迫り来る紅い機体へと突撃します。
「アスラン……ッ!!」
「キラァァァッ!!」
かつての親友であり、今や互いの陣営の命運を背負う二人の戦いは、最初から互いの限界を擦り切らせるほど熾烈を極めていきました。
――そして、その最高潮に達した激闘の空に。
オーブの最先端技術、キラのデバイス調整、そしてあの謎の割れ目を秘めた漆黒の機体――リンの**【改良型ストライカーブラスト】**が、ついにその圧倒的な姿を現します!
「ストライカーブラスト、リン・ベルナル! 行きます!!」
アークエンジェルのカタパルトから、凄まじい衝撃と共に漆黒の機体が大空へと撃ち出された。
オーブの技術によって限界まで調整されたエターナルパックのスラスターが、これまでとは次元の違う爆発的な推進力を生み出し、リン・ベルナルの体をシートへと深く押しつける。
「リンさん! 来てくれたんだね!」
イージスとの激しい切り結びの最中、キラの叫びが通信に響く。
「キラ君はアスランを止めて! ――他は、私があの機体で食い止める!」
リンのストライカーブラストは、空中を滑るように急速接近し、ストライクの背後から迫っていたディアッカのバスターガンダムへと向かって一直線に突っ込んだ。
「チッ、またあの黒いトカゲ野郎かよ! チョロチョロと鬱陶しいんだよッ!!」
ディアッカが瞬時にバスターの350mm対装甲散弾砲を構え、リンに向けて容赦のない広範囲散弾をぶっ放す。空を埋め尽くすほどの光の礫。
だが、今のストライカーブラストは二日前までの「素体」ではない。
「――当たるわけないッ!!」
リンはスラスターのエネルギー出力を瞬時に最大へとシフト。キラが完璧に調整してくれたエネルギーバイパスが、ロスを一切無くして推力へと変換される。機体は驚異的な急旋回を見せ、散弾の嵐を紙一重で、滑らかにすり抜けた。
「何っ!? スピードが上がってやがる……!」
動脳するディアッカの隙を突き、リンは一気にバスターの懐へと肉薄する。だがその瞬間、上空から猛烈なビームの連射がリンを襲った。イザークのデュエルガンダムだ。
「これ以上、我らの邪魔をするなと言っているなぁぁッ!!」
アサルトシュラウドの重火力を撒き散らしながら、イザークがビームサーベルを抜いて上空から斬りかかってくる。絶妙なタイミングでの、バスターとデュエルのコンビネーション攻撃。
(今までの私なら、ここで盾が無くて詰んでた……。でも、今のこの子なら!)
「いけぇッ!!」
リンは操縦桿のトリガーを叩く。
ガシャッ、とストライカーブラストの両腕部に増設された射出ユニットが開き、オーブ製の特殊超耐熱ワイヤーが網の目状に広がって撃ち出された。――腕部型捕獲用ネットだ。
「な、なんだこれはぁぁッ!?」
突如目の前を覆った強靭なネットに絡め取られ、デュエルのサーベルの軌道が強引にへし折られる。完全に体勢を崩し、空中でジタバタともがくイザーク。
「イザーク! どけ、狙えねえだろ!」
「うるさい、この忌々しい網を早く退けろッ!!」
二人の連携が一瞬で崩壊する。その千載一遇のチャンスを、リン・ベルナルは見逃さない。
「はぁぁぁッ!!」
リンは左右のサイドアーマーから、新造された刃を引き抜いた。超振動の周波数を跳ね上げた、改良型中型アーマーシュナイダーが、キィィィンと耳障りな高音を立てて激しく震える。
身軽な素体の機動力を活かし、ネットに囚われたデュエルの懐へ滑り込むと、その分厚いアサルトシュラウドの胸部装甲へ、中型アーマーシュナイダーを力任せに突き立てた。
ズバァァァッ!!!
「何だとぉっ!?」
今までなら弾かれていたはずの重装甲が、まるでバターのように容易く引き裂かれ、火花を散らして爆散する。
「おのれぇぇっ!!」
激昂したイザークがネットを振り払いながら距離を取ろうとするが、リンは容赦なく頭部のトリガーをも絞る。
ズガガガガガガガガガッ!!!
機関を総入れ替えし、大口径化された新型の頭部バルカンシステムが、凄まじい爆音と共に火を噴いた。一発一発がモビルスーツの装甲を破壊するほどの凶悪な威力が、デュエルの頭部センサーや肩口に容赦なく叩きつけられ、イザークの視界を強制的に激しく揺るがす。
「イザーク! クソッ、援護する!」
相棒の危機に、ディアッカがガンランチャーを構え直すが、リンの動きの方が速かった。
「これで、決める……!!」
腰のホルダーから抜き放たれたのは、オーブの技術でリミッターを完全解除された、実戦用試作ビームサーベル。
パチチッ……と激しい輝きと共に形成されたビームの刃は、かつての数十秒の制限など微塵も感じさせないほど、圧倒的な高出力の光を放って紅海の空を切り裂いた。
「もうカウントダウンなんて、無いんだから……!!」
リン・ベルナルの乗るストライカーブラストが、眩いビームの光条を引きずりながら、ザラ隊の2機に向かって再び爆発的な加速で突撃していく!「くっ……さすがに、しぶとい……!」
リン・ベルナルの実戦用試作ビームサーベルが、ディアッカのバスターの砲身を激しく弾き飛ばす。オーブの技術でリミッターを解除された高出力の光刃は、掠めるだけでも敵の装甲を焼き焦がすほどの威力を発揮していた。
しかし、ザラ隊も百戦錬磨のエースだ。こちらの強化された新武装の特性を、瞬時に見極めつつあった。
「調子に乗るなよ、ナチュラルがぁぁッ!!」
アサルトシュラウドの胸部装甲をアーマーシュナイダーで引き裂かれ、頭部バルカンでセンサーを潰されかけたイザークだったが、その執念は衰えるどころか、さらに狂暴さを増していた。デュエルが強引に距離を詰め、ビームサーベルを死に物狂いで振り下ろしてくる。
「リン、そいつを引き離せ!」
上空から鋭い叫びと共に、ムウ・ラ・フラガのスカイグラスパー1号機が突入してきた。
大型ビームキャノンがデュエルの進路を正確に撃ち抜き、イザークの猛攻を一瞬だけ遮る。
「ムウさん……! 助かります!」
「礼は後だ! 相手のコンビネーションをバラバラに保ち続けろ! 捕まるんじゃねえぞ!」
ムウの的確な一撃離脱の援護によって、リンは辛うじて致命傷を避けていた。
しかし、デュエルがムウの援護に気を取られた一瞬の隙を突き、リンが再び両腕の捕獲用ネットを射出しようとした――その瞬間だった。
ズドォォォォンッ!!
「うわっ……!?」
死角から放たれたバスターガンダムの超高インパルス長射程狙撃ライフルが、ストライカーブラストの左腕を掠める。直撃こそ免れたものの、凄まじい熱量と衝撃波によって、左腕のネット射出ユニットがドロドロに融解し、爆発と共に吹き飛んだ。
「片方の網が潰れた! なら、こっちだけで……!」
リンはすぐさま右腕のネットユニットを起動しようとしたが、そこにイザークのデュエルが激しい突進で割り込んでくる。
「同じ手を何度も食うかぁぁッ!!」
デュエルが放ったビームライフルの連射が、今度は右腕の射出ユニットを正確に蜂の巣にした。
(両腕の捕獲用ネットが、もう使えない……!?)
強化されたはずの強力な手数が、ザラ隊の容赦ない集中攻撃によって、早くも一つ、また一つと削ぎ落とされていく。
「お前の動きはもう見切ったぜ!」
ディアッカのバスターが、今度はガンランチャーを至近距離で構える。
リンはエターナルパックのスラスターを吹かせてバックステップを踏み、頭部の新型大口径バルカンを狂ったように連射して敵を牽制した。ズガガガガガッと激しい硝煙が上がり、バスターの足を止めることには成功する。
しかし、激しい連射の代償として、コックピットのモニターに『VULCAN: AMMO EMPTY(残弾ゼロ)』の警告が冷酷に点滅した。
(バルカンも弾切れ……! 残るは中型アーマーシュナイダーと、この試作ビームサーベルだけ……!)
オーブでガッツリと施したはずのアップデート。その武装が少しずつ、確実に削られ、機体は再び、あの剥き出しの「素体」へと近づけられていく。
コックピットを強化してもらったおかげで、敵の激しい爆風の衝撃には耐えられている。キラが調整してくれたデバイスのおかげで、機体の追従性もまだ落ちてはいない。
だが、イザークとディアッカの二人は、リンの武装が減っていくのを見逃さず、ニヤリと歪んだ笑みを通信の向こうで浮かべていた。
「ハハッ! 武器が減って、またボロが出始めてるじゃねえか!」
「一気に畳みかけるぞ、ディアッカ!!」
迫り来る二大ガンダムのプレッシャー。
残されたわずかな武器を握り締め、リン・ベルナルは息を呑みながら操縦桿を強く引き絞った。「……あ、が……っ!? ぁ, あ……ッ!!」
突如、リン・ベルナルの脳を、割れるような激しい激痛が襲いました。
それは以前のNT-Dの暴走とは違う。もっと生々しく、冷たい「最悪の未来」の光景が、無理やり脳内に直接流れ込んできたのです。
――脳裏に浮かんだのは、激しい爆煙が渦巻く戦場の、すぐ先のビジョン。
そこには、右腕を失ってボロボロに半壊した、あの黒いガンダム――『ブリッツガンダム』の姿が映っていました。その黒いガンダムはなりふり構わずキラ君のストライクへと突撃し……次の瞬間、ストライクの巨大な刃によってコックピットごと真っ二つに切り裂かれ、大爆発を起こす。
(あの黒いガンダムが……死ぬ……!? キラ君の手で……!?)
目の前で激戦を繰り広げている相手のガンダムが、キラ君に倒されて無残に爆発するリアルな光景。
「嫌だ……そんなの……、ダメッ!!」
あまりにも不吉で恐ろしい未来の映像に、リンは激しく混乱し、慌てふためきました。激しい戦いの最中だというのに、一瞬だけ完全に操作の手が止まってしまいます。
「戦場で余所見とは、いい度胸だなぁぁっ!!」
その一瞬の隙を、イザークとディアッカが見逃すはずがありませんでした。
バスターガンダムが放った強烈なビームがストライカーブラストの至近距離で爆発し、爆風が機体を激しく足止めします。怯んだところへ、デュエルガンダムが上空から肉薄し、その鋭いビームサーベルを容赦なく振り下ろしました。
ガギィィィィィンッ!!!
「しまっ……!?」
リンが咄嗟に掲げた実戦用試作ビームサーベルでしたが、完全に受けに回った体勢では支えきれず、デュエルの強烈な一撃によって、その柄ごと遥か下方の海へと激しく弾き飛ばされてしまいました。
「これで終わりだ、黒い奴ーーーッ!!」
ビームサーベルを失い、完全に無防備に見えるストライカーブラスト。イザークは勝利を確信し、デュエルのサーベルで、リンのコックピットを突き刺そうと鋭い突きを放ちます。
しかし、リンは諦めていませんでした。あの黒いガンダムとキラ君の恐ろしい未来を絶対に現実にさせないためにも、ここで自分が倒れるわけにはいかない。
「舐めるな、なぁぁぁぁッ!!」
リンは操縦桿を限界まで押し込みました。
武器はまだ、腰に残っている。左右のサイドアーマーから飛び出したのは、超振動の周波数を跳ね上げた改良型中型アーマーシュナイダー。
ストライカーブラストはスラスターを逆噴射し、デュエルの突きを紙一重で身をよじってかわすと、すれ違いざまにその巨大なナイフを、デュエルの左腕の関節へと泥臭く突き立てたのです。
ズバァァァァァッ!!!
「何ぃぃぃっ!?」
キィィィンと響く超振動の刃が、デュエルの左肩の装甲を容易く引き裂き、内部のフレームと駆動システムを一瞬でズタズタに破壊しました。激しい火花と爆発を巻き起こしながら、デュエルの左腕が肩から先、完全に機能停止してボロボロに半壊します。
「ぐ、ああぁぁっ! 私のデュエルが……また、こんな奴にぃぃっ!!」
イザークの絶裂な叫びが通信に響き渡ります。
サーベルは弾かれたものの、オーブの技術で鍛え上げられた近接兵器が、敵の一角を確かに崩しました。しかし、脳裏に焼き付いたあの黒いガンダム(ブリッツ)の不吉な未来の映像は、今もリンの胸を激しく焦がし続けていました。「そんな未来、絶対に……変えてみせる!!」
イザークのデュエルを退けたリン・ベルナルは、すぐさまエターナルパックのスラスターを限界まで吹かしました。
脳裏に焼き付いたあの最悪のビジョン――半壊した黒いガンダム(ブリッツ)がキラ君のストライクに突撃し、引き裂かれる光景。それを何としても阻止するため、ストライカーブラストは爆発的な加速でキラとアスランが死闘を繰り広げる戦域へと急行します。
「待って……! 二人とも、もうやめて!!」
リンは叫びながら操縦桿を押し込みます。
しかし、現実はあまりにも非情でした。行く手にはディアッカのバスターによる激しい艦砲射撃、そして腕を壊されて狂乱したイザークの容赦ない追撃が、壁となってリンの行く手を阻みます。
「どいてッ……! そこをどきなさいよぉぉッ!!」
残された中型アーマーシュナイダーだけで敵の猛攻を必死に弾き、紙一重で突進をかけますが、コンマ数秒の遅れが、決定的な距離を生み出してしまいます。
爆煙を突き抜けたリンの視界の先で、ついに、あの**【見てしまった未来】**が現実の景色として重なりました。
そこには、すでに右腕を失い、ボロボロに半壊したブリッツガンダムの姿。
そしてブリッツは、アスランのイージスを救うため、なりふり構わずキラのストライクへと突撃していく――。
「ダメぇぇぇぇぇッ!!! キラ君、止まってぇぇッ!!!」
リンは喉がちぎれんばかりに叫び、ストライカーブラストの手を伸ばしました。
しかし、その手は届かない。
ストライクが反射的に構えた巨大な対艦刀の刃が、突き進んできたブリッツガンダムのコックピットへと、無残に突き刺さるのが見えました。
――ドンッ!!!
一瞬の静寂の後、黒いガンダムはあまりにも激しい閃光を放ち、大爆発を起こして海の藻屑へと消えていきました。
「あ……」
伸ばしたストライカーブラストの右手が、虚しく煙を掴む。
間に合わなかった。リンが命を懸けて抗おうとした最悪の未来は、無慈悲にも目の前で完成してしまいました。
「ニコルゥゥゥゥゥッ!!!」
通信回線に響き渡る、アスランの狂ったような絶叫。
そして、自分の手で相手を手に掛けてしまったストライクのコックピットの中で、キラが息を呑み、愕然と凍りついている気配が、リンには痛いほど伝わってきました。
引き裂かれた黒いガンダムの残骸が海へと沈んでいく中、戦場には、あまりにも重く、取り返しのつかない絶望が広がっていくのでした。黒いガンダムが爆発し、その爆風がストライカーブラストの装甲を激しく叩きつける。
その凄まじい衝撃と、親友を失ったアスランの狂ったような絶叫が、リンの脳の奥底に打ち込まれた「開けてはならない鎖」を強引に引きちぎった。
――キィィィィィン、と鼓膜の奥で高音が鳴り響く。
「あ……、あ、ガッ……あぁぁぁぁぁッ!!!」
頭を内側から重機で叩き割られるような、凄まじい激痛。
混乱する戦場のノイズが遠のき、リンの視界が、自身の忌まわしき『過去』の記憶で真っ赤に染まっていく。
(……そうだ。私は、知っている。この、命が簡単にすり潰される感覚を……!)
脳裏に蘇るのは、冷たい無機質な研究室。無数のチューブに繋がれ、得体の知れない薬物を投与され続け、ただ「戦う人形」として調整されていた日々。
ナチュラルでもコーディネイターでもない。ただ人工的に戦う力を植え付けられた、歪な存在――**【強化人間】**としての記憶。
『お前の存在理由は敵を殺すことだ』
『感情は不要だ。ただシステムと同調しろ』
白衣を着た大人たちの冷酷な声が、呪詛のように頭の中でリフレループする。
あの時もそうだった。自分の意志なんて関係なく、ただ命令のままに戦わされ、目の前で多くの仲間たちが、今日のあの黒いガンダムのように、一瞬の爆炎となって消えていったのだ。
「私は……戦うためだけに、生み出された……? 誰かを守るためじゃなくて、ただの、人殺しの道具として……っ!?」
あまりにも重すぎる過去の真実。
守りたかった未来を救えず、目の前で命が散ったショック。それが引き金となり、リンが必死に隠し、忘れようとしていた「強化人間」としての冷徹な戦闘本能とトラウマが、一気につむじ風のように吹き荒れる。
ガチ、ガチガチガチッ!!!
その時、リンの激しい精神のパニックに呼応するように、ストライカーブラストのコンソールが、血のような禍々しい赤に染まった。
かつてキラが施してくれた頑強な「ロック」が、内側からの異常な脳波の圧力によって、悲鳴を上げ始める。
『――WARNING: NT-D SYSTEM IRREGULAR ACTIVATION――』
「やめて……思い出させないで……! 私は、私は道具なんかじゃないっ!!」
コックピットの中で、リンは自分の頭を抱え込んで狂ったように叫ぶ。
しかし、強化人間としての過去の記憶は、冷酷にもストライカーブラストの最深部に眠る『NT-D』と最悪の形で同調し始めていた――。『――リン! リン・ベルナル、応答して!!』
『聞こえるかリン! しっかりしろ、何があった!!』
コックピットのスピーカーから割れんばかりに響く、マリュー艦長やナタル、そしてアークエンジェルの仲間たちの必死の叫び。その泥臭くも温かい生身の人間の声が、暴走寸前だったリンの意識を、暗黒の過去から強引に引き戻した。
「はっ……! あ、あぁ……ッ!」
激しい過呼吸のなか、リンはガタガタと震える手で操縦桿を握り直す。
過去の呪縛が霧のように引き、冷たい汗が全身から噴き出した。アークエンジェルの皆の声がなければ、そのまま記憶の闇に呑まれ、本当にただの「道具」に戻ってしまうところだった。
「みんな……。私は、大丈夫、です……っ!」
まだ掠れる声で通信に答える。
だが、危機は完全に去ったわけではなかった。
チチッ……チチッ……と、コックピットのメインコンソールが異様な音を立てている。キラが施してくれた強固なプログラミングパッチのおかげで、辛うじてシステム全体の暴走(完全起動)は免れた。
しかし、強化人間としてのリンの脳波が引き起こした異常な負荷は、ストライカーブラストのデバイスに深い爪痕を残していた。
「これは……?」
フロントモニターの端、機体ステータスを示すインジケーターが、不気味に明滅している。
完全な暴走を示す禍々しい赤ではない。かと言って、キラが調整してくれた安全なグリーンでもない。
デバイスの隙間から漏れ出すような、【不完全で、弱々しい、薄い紅い光】。
それは、NT-Dシステムが完全に眠りについたわけではなく、リンの「強化人間としての過去」と共鳴し、いつでも弾け飛ぶ寸前の状態で、歪に燻り続けている証拠だった。機体の装甲のあちこちから、キチ・キチ……と、内部フレームがきしむ不穏な金属音が微かにコックピットまで伝わってくる。
「キラ君……」
リンは前方に視線を戻す。そこには、親友を手にかけ、絶望に凍りついたままのキラのストライク。そして、すべてを失った怒りで狂戦士と化したアスランのイージスが、互いに殺し合うため、さらに最悪の領域へと踏み込もうとしていた。
機体は不完全な紅い光を点滅させ、いつ牙を剥くかもわからない。
それでも、リン・ベルナルは、残された中型アーマーシュナイダーをもう一度強く握り締め、親友同士の破滅の殺し合いを止めるため、再びスラスターを踏み込んだ。