「ひ……っ、あ、が……っ、は……っ!!」
突如として、リンの肺から酸素が消えた。
アズラエルの口から飛び出した『実験体』という言葉が、リンの頭の中で最も深く、最も触れられたくなかった絶望の記憶の引き金を完全に引いてしまったのだ。
冷たい手術台。無機質な機械のビープ音。自分を人間とも思わない大人たちの蔑むような視線。
そして――**【C.E.70年】**のあの出来事。
プラントと地球連合の緊張が極限に達する中、連合の回収部隊がデブリ帯で偶然拾い上げた、【「未知の共振」を放つ謎の物質】。
それこそが、すべての地獄の始まりだった。
脳波を物理的な力へ変換するというその物質に目をつけたブルーコスモスの盟主――目の前で歪んだ笑みを浮かべているアズラエルが、それを**【「サイコフレーム」】と命名した。そして、対コーディネイター用の【「究極の生体CPU」を造り出すプロジェクト】**を極秘裏に開始したのだ。
そのために、彼女は集められた数多の子供たちの一人として、【記憶を消され、ニュータイプとしての適性を無理やり引き出される】という、人間の尊厳をすべて踏みにじる実験を繰り返された。
他の子供たちが精神を崩壊させて次々と「処分」されていく中、彼女は周囲から【「失敗作」と呼ばれながらも、サイコフレームと唯一同調できた】。だからこそ、生きて生体CPUとして使われ続け、最後には廃棄されそうになって必死に逃げ出したのだ。
「いや……いやぁぁぁ……っ! あの、暗い部屋は……注射は、いやぁぁぁぁぁっ!!」
ハァ、ハァ、と短く激しい呼吸を繰り返すものの、いくら空気を吸い込んでも胸の奥まで届かない。
脳裏を狂ったように駆け巡る、無理やり脳波を拡張され、サイコフレームの異常な共振に精神を蝕まれていった実験当時の生々しい恐怖と激痛。
過呼吸――。
過去のトラウマに心を完全にへし折られたリンの身体は、拒絶を叫ぶように激しくガタガタと震え出した。
「おや、これは傑作だ。そんなにあの研究所が懐かしいですか?」
アズラエルは、ベッドの上で狂ったように身をよじり、過呼吸で顔を真っ青に染めていくリンを、冷徹に楽しむように見下ろしている。
「は、っ……ぁ……が、っ……! 助けて……誰か、助けてよ……っ!!」
涙が次から次へと溢れ、固まっていた額の傷口から再び血が滲んで頬を伝う。
過呼吸はさらに激しくなり、リンの指先は恐怖と酸素欠乏で硬直して紫に変色し始めていた。視界が急速に狭くなり、アズラエルの歪んだ笑みすらも歪んで遠ざかっていく。
自分を縛り付けるブルーコスモスの「究極の生体CPU」という呪われた過去。
完全に逃げ場を失った絶望の檻の中で、リンはサイコフレーム実験の凄惨な悪夢に心をズタズタに灼かれながら、ただ苦痛に悶え、意識を失いそうになりながら激しく喘ぎ続けることしかできなかった。「は、っ……ぁ……が、っ……! 助けて……誰か……っ!!」
過呼吸の激しい拒絶反応で、リンの視界は急速に暗転しかけていた。指先は鉛のように硬直して動かず、ベッドに拘束された細い身体はただ苦痛の波に翻弄され、がたがたと震え続けることしかできない。
だが、アズラエルはその絶望の姿を哀れむどころか、酷く退屈そうにため息をついた。
「これこれ、せっかくの最高級の『道具』が、勝手に壊れてもらっては困るんですよ。これからの実験にも耐えてもらわなければいけないのに……。ねぇ?」
アズラエルが軽く指を鳴らすと、背後に控えていた白衣の技術員が、不気味に濁った緑色の液体が入った**【謎の薬(シリンジ入りの経口投与薬)】**を恭しく差し出した。
「嫌、いやぁ……っ!!」
本能的な恐怖で、リンは硬直した首を必死に振って拒もうとする。しかし、容赦のない大人の手がリンの顎を強引に掴み、パキリと音がするほどの力でその口を無理やり抉り開けた。
「さぁ、これを飲んで、早く『生体CPU』の仕事に戻る準備をしましょう!」
アズラエルの冷酷な笑声と共に、【その謎の薬が、抵抗するリンの喉奥へと容赦なく一気に流し込まれた。】
「――っ、ごほっ、げほっ……あ、が……ッ!?」
喉を焼くような異様な苦みと、脳の芯を直接冷たい針で突き刺されるような激しい拒絶感がリンを襲う。
それは、無理やり引き出されたニュータイプ能力を、サイコフレームと強制的に同調・固定化させるための、ブルーコスモスが特注した【精神安定剤(精神抑制薬)】であった。
「う……あ……あぁ……っ……」
薬が浸透していくにつれ、あれほど激しかった過呼吸が、まるで嘘のようにピタリと収まっていく。
だが、それは回復などではない。
リンの意志とは無関係に、強制的に脳の防衛本能が麻痺させられ、感情が、心が、恐ろしい速度で急速に剥ぎ取られていく。涙に濡れていた瞳の焦点が徐々に失われ、まるですべてを諦めた人形のように、うつろで冷たい光へと変わっていく。
「ふむ、やはり適合体だ。薬の馴染みが素晴らしい」
顎を掴んでいた手を乱暴に振り払われ、リンの頭がベッドに力なく落ちる。
全身に刻まれた暴行の傷、そしてキラを失った絶望の記憶すらも、薬の毒によって深い霧の向こうへと押し込められていく。
「……あ……、……っ……」
自分の心すら自分の指先すら、もう思い通りに動かせない。
完全に感情を奪われ、ただの『究極の生体CPU』へと肉体を造り替えられていく絶望の中で、リンの意識は底のない、ただ冷徹な虚無の闇へと沈んでいった――。「――バイオデータ、強制同調開始。システム、サイコフレームと接続」
無機質なアナウンスが響く実験室は、冷たい殺菌灯の光に満ちていた。
薬によって感情と自由を奪われたリンは、無数のコードやセンサーを身体中に貼り付けられ、カプセル型の実験装置の中に固定されていた。
さらに、彼女の自由を完全に奪うように、【その両手首には冷たい手錠が嵌められ、細い首には重々しい鉄の鎖が掛けられている。】 彼女がわずかでも身動きをしようとすれば、ジャラリ、と絶望的な金属音が部屋に虚しく響いた。
「これより**【肉体の検査、および機械による強制調整】**を開始する。生体マトリクス、フェイズ3へ」
ウィィィンという機械の駆動音と共に、太い注射針がリンの細い腕に自動で突き刺さり、肉体の耐久値を底上げするための不気味な強化剤が絶え間なく注入されていく。暴行によって刻まれた全身の傷跡の上から、無慈悲なスキャナーの赤いレーザーが何度も往復し、彼女の骨格や筋肉の動きをミリ単位でデータ化していく。
その検査の過程は、文字通り人間の尊厳を汚すものだった。白衣を着た技術員たちは、彼女を人間ではなくただの『肉塊』、あるいは『部品』としてしか扱わない。肌を直接乱暴に触れられ、バイオデータの数値を測るためという名目で、**【拒絶すら許されない屈辱的でセクハラまがいな検査】**が淡々と、執拗に繰り返される。
手錠と首の鎖のせいで身をよじることすらできず、リンはただ、涙で視界を滲ませながらその屈辱を耐え忍ぶしかなかった。
だが、本当の地獄は肉体の蹂躙だけではなかった。
『――【サイコフレーム、起動】。被検体の脳波と直結します』
カプセルの周囲に配置された、ストライカーブラストの残骸から回収されたサイコフレームの断片が、不気味な緑色の光を放ち始める。その瞬間、リンの脳内に凄まじい衝撃が走った。
「あ……、あ、ぁぁぁぁぁッッ!!!」
頭の芯を直接太い鉄串でかき回されるような、圧倒的な精神への蹂躙。
それは、サイコフレームを介して機械が**【リンの脳内へ四六時中、絶え間なく干渉を与え続ける実験】**だった。
彼女の脳波を物理的な破壊力へと変換するため、機械はリンの意識の奥底へと容赦なく侵入してくる。
過去のトラウマ、消されたはずの記憶の残滓、そしてヘリオポリスからの戦いで刻まれた恐怖の情動。それらすべてを機械が強制的に引きずり出し、増幅させ、サイコフレームへと注ぎ込んでいく。
(痛い……痛い、痛い、頭が、割れる……!)
叫ぶことすら許されない。脳内に直接流れ込んでくるノイズと、脳波を無理やり引き上げられる高電圧のような負荷が、二十四時間、眠っている間でさえもリンの精神を苛み続ける。
身体への屈辱的な行為、そして休むことのない脳内への干渉は、リンの自我を少しずつ、確実に削り取っていく。
「素晴らしいな。機械による調整後も、サイコフレームの共振係数がまったく落ちない。これならアラスカで開発中の新型への組み込みも容易だぞ」
ガラス越しの指令室で、アズラエルが紅茶を口に含みながら、満足げにモニターを見つめている。そこには、リンの脳細胞が限界を超えて発火し、異常な数値を叩き出しているグラフが映し出されていた。
「……あ……、う、あ……」
カプセルの奥で、リンの瞳から完全に生気が失われていく。
首の鎖に繋がれ、機械に脳を弄くられ、干渉され続ける歪んだ日々の中で、彼女の心はただの『究極の生体CPU』という名の回路へと、完全に造り替えられようとしていた――。「――生体マトリクス、最終段階へ移行。これより精神の『再構築』を開始する」
冷徹な警告音が鳴り響く中、ガラス越しの指令室でアズラエルが冷たい視線を投げかける。
首の鎖に繋がれ、手錠でベッドに拘束されたリンの前に、不気味に明滅する紫色のシリンジが用意された。
「今までの薬はただの抑制剤に過ぎません。……さぁ、これを。君の壊れた頭を、私の都合の良いように書き換えてくれる**【新しい洗脳薬】**です」
アズラエルの指示のもと、技術員がリンの口へその怪しい液体を容赦なく流し込む。
喉を灼くような激痛と共に薬が脳へと達した瞬間、リンの意識に凄まじい濁流が押し寄せた。それは、彼女の記憶、感情、そしてキラやアークエンジェルへの想いといった「自分自身」を根底から融解させ、ブルーコスモスへの絶対服従を強制的に刷り込むための極悪な洗脳薬だった。
「あ、が……っ、あ、あぁぁぁぁぁッッ!!」
さらに地獄は重なる。
「続いて、**【特殊薬物】の投与、およびプログラムによる【身体洗脳】**を開始」
ガチリ、と機械が腕のポートに接続され、五感を極限まで狂わせる特殊な神経薬物が体内に直接流し込まれた。
それと同時に行われたのは、リンの**【肉体に『暴力』を徹底的に覚え込ませる】**という悍ましい調教だった。
「逆らえばどうなるか、その身に刻み込みなさい」
機械的な電気ショックと、技術員たちの冷酷な打撃が、自由を奪われたリンの肉体に何度も叩き込まれる。
この『身体洗脳』は、リンの肉体に絶対的な恐怖の条件反射を植え付けるためのものだった。「命令に逆らう素振りを見せる」「自我を出そうとする」だけで、肉体が恐怖で強硬し、死以上の激痛に襲われるよう、**【暴力の痛みと恐怖を肉体の細胞一つ一つに直接記憶させていく】**のだ。
「ひ、っ……あ、……っ……! ぃ、痛い……いや……っ!」
新薬による精神の破壊と、肉体に暴力を叩き込む徹底的な身体支配。
二重の洗脳が、四六時中続くサイコフレームの脳内干渉と交じり合い、リンの自我を完全に消し去っていく。
(私は……だれ……? 反抗したら、痛い……従わなきゃ、壊される……)
かつてキラを庇って笑ったあの温かい感情も、トールを失った悲痛な叫びも、すべてが暴力への恐怖と毒々しい紫の霧の向こうへと消えていく。手錠と首の鎖の擦れる音だけが響く暗室で、リンの瞳は完全に光を失い、恐怖に怯えるだけの人形――深い虚無へと染まりきっていった。
「素晴らしい。恐怖を骨の髄まで植え付けられた、完璧な『究極の生体CPU』の完成だ」
アズラエルの満足げな声が、もはや従うことしかできなくなったリンの耳元を、ただ冷たく通り過ぎていった――。「実験フェイズ4――被検体を**【試作型大型モビルアーマー(MA)ユニット】**へ強制接続する」
冷徹なシステム音声が、暗いドックの中に響き渡る。
そこに鎮座していたのは、鹵獲されたストライカーブラストの残骸と、サイコフレームの技術を強引に組み込んで造り上げられた、巨大で禍々しい異形の大型MAユニットだった。
首に鎖を繋がれ、手錠を嵌められたままのリンが、技術員たちによってその巨大なコックピットへと引きずられていく。
「いや……いやぁぁぁ! 乗せ、ないで……っ! あれは、みんなを、壊しちゃう……っ!!」
洗脳薬の霧の向こうから、消えかけの自我が必死に叫びを上げる。これに乗れば、またあの悍ましい破壊の渦に呑まれる。本能的な恐怖から、リンは手枷をガタガタと鳴らし、涙を流して激しく抵抗した。
「おい、大人しくしろ!」
ドンッ!!!
「あ、が……っ!?」
抵抗するリンの腹部へ、科学者の冷酷な拳が容赦なく叩き込まれた。
床に激しく叩きつけられ、激痛に身をよじるリンの髪を、科学者は乱暴に掴み上げてコックピットのシートへと押し付ける。
「勘違いするなよ、実験体。お前に拒否権などないんだ。……おい、例の処置を始めろ」
「了解。【痛覚過敏化(神経拡張)プログラム】、作動」
科学者たちの非情な操作により、リンの首筋のポートから、神経を異常に活性化させる特殊な薬剤が注入された。
脳内干渉実験と合わさり、リンの神経系は極限まで狂わされていく。それは、**【わずかな衝撃や反抗の意志に対しても、通常の数十倍の激痛を感じるよう肉体を『教育』する】**という、最悪の身体支配だった。
「ひ、あ、ぁぁぁぁぁぁッッ!!! 痛い、痛いぃぃぃっ!!!」
ただシートに拘束されただけの摩擦が、まるで肌を刃物で切り裂かれるような激痛となってリンの脳を蹂躙する。
「いいか、逆らえばその痛みが全身を焼き尽くすぞ。お前の肉体は、暴力を、痛みを覚えているはずだ」
科学者の冷徹な脅しと、肉体に刻み込まれた暴力の記憶が、リンの心を完全に圧し折った。
これ以上抵抗すれば、肉体が文字通り激痛で崩壊する。張り巡らされたサイコフレームの触手が、リンの過敏になった脳内へと容赦なく侵入し、大型MAのシステムと強制的に同調させていく。
「……う、あ……、……っ……」
手錠と鎖に縛られたまま、リンの瞳から最後の抵抗の光が静かに消えていく。
痛覚を支配され、暴力に屈した『究極の生体CPU』は、巨大な鉄の怪物の一部として、ただ静かにその骸を横たえることしかできなかった――。