「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!?」
カガリはコックピットの縁に足をかけ、必死の形相で中に手を伸ばした。背後の護衛兵たちも、ただ事ではない状況に銃を下げ、慌てて救護キットを準備し始めている。
「酷い怪我だ……! 一体何があったんだ!? 誰にこんな目に遭わされた!?」
カガリの言葉は、純粋な心配と、目の前の少女を傷つけた者への激しい憤りに満ちていた。兵士たちも「すぐに医療班を呼びます、動かないで!」と声をかける。
【だが、その温かい心配の言葉さえも、今のリンの耳には届かなかった。】
「ひっ……! 嫌……来ないで、来ないでぇっ……!!」
差し伸べられたカガリの手。自分を守ろうとしてくれる兵士たちの動き。そのすべてが、リンの狂わされた五感には、あの地獄の実験室で自分を蹂躙した科学者や、冷酷に**【手を振り】**暴力を命令していた大人たちの影と重なって見えてしまう。
「ごめんなさい、従います……! 言う通りにするから、だから、もうあの薬は嫌ぁぁぁっ!!」
記憶が戻ったからこそ、キラたちのいるこの世界に帰りたいと強く願う。けれど、肉体に刻み込まれた『暴力への恐怖』が、カガリたちの親切を「再び自分を檻に閉じ込めるための罠」だと誤認させ、彼女の心をパニックに陥らせていた。
「リン……? お前、本当にリンなのか!? 私だ、カガリだ! 分からないか!?」
カガリが必死に名前を呼ぶが、リンは頭を抱えてコックピットの底へさらに深く身を縮め、ガタガタと激しく震え続ける。手錠や首の鎖はもう無いはずなのに、まるで見えない鉄鎖に今も縛られているかのように、彼女の肉体は恐怖の拒絶反応を示し、涙が白い頬を絶え間なく濡らしていく。
オーブの穏やかな波の音だけが、怯えきった『白き盾』の悲痛な叫びを、優しく包み込もうと虚しく響いていた――。「リン……! 落ち着け、私を見ろ! ここはオーブだ、お前を傷つける奴はもう誰もいない!」
カガリは一歩も引かず、怯えるリンの目線に合わせるように、コックピットの狭い空間へ身を乗り出した。その真っ直ぐで温かい眼差しと、必死に自分を呼ぶ声が、恐怖でパニックを起こしていたリンの意識を、わずかに現実へと繋ぎ止める。
「カ、ガリ……? わたし、は……」
ハァハァと激しい過呼吸の合間に、リンは必死に歯を食いしばった。
頭の中では、戻ってきた大切な思い出と、アズラエルたちに施された洗脳や凄惨な暴行の記憶が激しくぶつかり合い、狂わされた神経が全身に鋭い激痛を走らせている。話そうとするだけで、大人の影への恐怖から喉がヒュッと鳴り、身体がガタガタと拒絶反応を起こして震えた。
それでも、リンは涙を流しながら、【心身の激しい苦しみに耐え、何があったのかを必死に言葉にしようと絞り出した。】
「う、あ……っ……! わたし……捕まって……っ、暗い部屋で……手錠と、首に、鎖を……掛けられて……っ」
「手錠と鎖……っ!?」
カガリが息を呑む。リンは胸をかきむしり、過敏になった痛覚の苦しみに顔を歪めながら、途切れ途切れに言葉を紡いでいく。
「いやな薬……新しい洗脳の薬を、何度も飲まされて……機械が、頭の中に、ずっと入ってきて……。身体に、暴力を……たくさん、叩き込まれて……っ。大人が……手を振るだけで、従うように、されちゃって……っ!」
大人の手の動き一つに怯える理由、そして衣服の隙間からのぞく無数の凄惨な暴行の痕跡。そのすべてが線で繋がり、カガリの顔が驚愕と、犯人たちへの怒りで激しく歪んだ。
「実験、実験の、船の上で……待機してて……。あの、紅い光、NT-Dが、動いて……! 痛みはあったけど、あの光を見て、みんなのこと……思い出したの……っ! それで、戦艦を……沈めて、ここまで、逃げて……っ」
最後まで言い切ると同時に、リンは限界を迎えたように激しく咳き込み、涙で顔をくしゃくしゃにした。
記憶を取り戻した喜びよりも、肉体に刻み込まれた暴力の恐怖が勝り、カガリが少しでも動こうとすると、反射的に「叩かないで」と身体を強硬させて怯えてしまう。
「……すまない、リン。本当につらいことを話させてしまったな。……よく頑張った、よく生きて帰ってきてくれた……!」
カガリは怒りで拳を血がにじむほど強く握りしめながらも、リンを刺激しないよう、これ以上ないほど優しい声で語りかけた。地球連合、そしてブルーコスモスがこの少女に仕掛けた外道極まりない仕打ちに、カガリの心は激しい怒りと、保護せねばならないという強い決意で燃え上がっていた――。