崩落を続けるヘリオポリスのドック内は、引き裂かれた金属が放つ熱気と爆炎に包まれていました。リン・ベルナルは、未知の機体「ストライカーブラスト」のコックピットに飛び込み、震える指で起動シーケンスを叩き込みました。
漆黒のメインモニターに、このコロニーの管理データには存在しないはずのシステムログが濁流のように流れ出します。彼女が操縦桿を握りしめると、機体はまるで彼女の神経と直接繋がったかのように、鋭敏な駆動音を上げて立ち上がりました。
その足元では、地球連合軍の将校、マリュー・ラミアスが息を呑んでいました。彼女が担当していた新型MS開発計画「G」のリストに、この黒い機体は一切記されていなかったからです。
「誰なの……!? なぜその機体を動かせるの! 降りなさい、それは私たちの計画には存在しない機体よ!」
マリューの制止をかき消すように、頭上から激しい対空砲火が降り注ぎました。オレンジ色のジンを操るザフト軍のエース、ミゲル・アイマンが、獲物を見定めて急降下してきます。
「連合の新型か! だが、その黒いのはリストにはなかったぞ。まとめて塵にしてやる!」
ミゲルは手に持った重厚な実体剣、重斬刀を大きく振りかざし、ストライカーブラストの頭部を目がけて叩きつけました。
リンは反射的に機体の左腕を突き上げました。腕部に装備された捕獲用ネットの頑強なフレームを盾にし、ジンの刃を真っ向から受け止めると、激しい火花が散り機体が軋みます。凄まじい衝撃に翻弄されながらも、リンの意識は極限まで研ぎ澄まされていきました。
「(……来る、次は右!)」
ミゲルが反動を利用して機体を翻し、側面に回り込もうとする動きが、リンの脳裏には光の軌跡となって予見できました。彼女はスラスターを最大出力で噴射し、重力に抗うような急旋回でジンの死角を奪います。
「させるかぁっ!」
そこへ、白き翼を広げたような機体――ストライクガンダムが割り込みました。乗っているのは、未完成のOSを必死に書き換えながら戦う少年、キラ・ヤマトです。
地上のマリューが、通信機に向かって必死に叫びました。
「リン! キラ君! 離脱して、早く!」
その声を耳にした瞬間、キラの脳内に不思議な感覚が走りました。彼は反射的に、隣で戦う黒い機体に向かって叫び返してしまいます。
「……リンさん! 右から来る、避けて!」
キラは無我夢中でストライクを操り、ジンの連撃をアーマーシュナイダーで防ぎました。その隙を逃さず、リンは背部から短時間式ビームサーベルを抜き放ちます。
高出力の光の刃が空間を焼き切り、ジンの右肩装甲を深々と切り裂きました。さらに間髪入れず、リンは機体各部に備えられた95ミリ大型バルカンを接射します。重金属の弾丸がジンの胸部を激しく叩き、ミゲルの機体は火を噴きながら後退していきました。
「チッ……この機動、ただのナチュラルじゃねぇな! 覚えてやがれ!」
損傷したジンは煙を吐きながら、辛うじて戦域を離脱していきました。
戦闘終了後、二機のガンダムはアークエンジェルの格納庫へと降り立ちました。ハッチが開き、リンが疲れ果てた体でコックピットから降りると、そこには銃口を向ける兵士たちと、厳しい表情のナタル・バジルール少尉が待ち構えていました。
「……動かないで。貴女、一体何者? その機体はどこから持ち出したの」
ナタルの詰問が飛ぶ中、隣のストライクから降りてきたキラは、一人の少女としてそこに立つリンを見つめていました。
「……あの、大丈夫? リン、さん……」
キラは声をかけながら、自分の心の中に生まれた奇妙な違和感に戸惑っていました。
「(……僕は今、どうして彼女の名前を呼んだんだろう?)」
キラは自分自身に問いかけました。マリューが叫んでいたのを聞いたから、と言えばそれまでです。しかし、全く知らないはずの名前が、まるで以前から知っていたかのように、あまりにも自然に自分の口からこぼれ落ちた。その事実が、彼の胸に小さな、けれど消えないざわつきを残していました。
「……うん。……君も、無事だったんだね」
リンが静かに答えると、キラは自分の疑問を打ち消すように、ぎこちなく言葉を続けました。
「……さっき、マリューさんが通信で必死に名前を呼んでいるのを聞いて、それで……。……君も、ヘリオポリスの学生なの?」
「……うん。リン・ベルナル。……キラ君、だよね? 助けてくれて、ありがとう」
「……僕はキラ。キラ・ヤマト。……君がいてくれなかったら、僕は今頃どうなっていたか……」
二人が互いに名前を名乗り、挨拶を交わす様子を、マリューは複雑な思いで見つめていました。
「(キラ君は学生……。でも、リンという少女と、あの機体……。私たちのデータには存在しない『未確認機(アンノウン)』。一体、誰があの子にあれを……)」
連合の闇で産み落とされたストライカーブラスト。キラが感じた正体不明の違和感と、リンが抱える機体の謎。二人の少年少女を乗せたアークエンジェルは、ヘリオポリスの残骸を背に、終わりの見えない逃亡の旅へ