カガリの温かい胸の中で、私は涙を流しながら過去の地獄を吐き出し、ただひたすらに震えていた。
ブルーコスモスの凄惨な仕打ちへの怒りに身体を震わせながらも、カガリは私の背中を優しく擦り続け、寄り添ってくれている。
「大丈夫だ、リン。お前たちの過去も、そのリボンズって少年のことも、全部私たちが――」
カガリがそう言いかけた、その時だった。
ウゥゥゥゥゥゥン――――――……ッ!
重低音の激しい地響きのような音が、遥か彼方の空から潮風に乗って波打ち際へと響いてきた。オーブの防衛隊の兵士さんたちが、一斉にざわめき立ち、空を見上げる。
「カガリ様! 空域に所属不明の大型艦が侵入! ……いや、あれは――」
「何っ!?」
カガリが私の肩を抱いたまま、鋭い眼差しでその音の方向へと振り返った。
私も引きずられるようにして、涙に濡れた目をゆっくりと空に向ける。
青い空の向こう、白い雲を割るようにして姿を現したのは、見間違うはずもない、独特な形状をした純白の強襲機動特装艦。
「(あ……あ……っ)」
声が震えた。胸の奥が、今度は恐怖ではなく、狂おしいほどの安堵感で熱くなっていく。
「――アークエンジェル……!」
カガリが目を見開いてその名を呼んだ。
そう、みんなが来てくれたんだ。私をあの地獄の戦場から助け出してくれて、私の心の傷を一緒に背負おうとしてくれた、大切な居場所。ボロボロになった巨体をゆっくりと休ませるように、アークエンジェルはオーブのドックへと向かって降下していく。
「キラ……みんな……っ!」
私の口から、自然と大好きな人たちの名前が溢れ落ちた。
「リン、アークエンジェルが来たぞ! キラたちがお前を迎えに来てくれたんだ!」
カガリが嬉しそうに私の顔を覗き込み、力強く微笑んでくれる。
アークエンジェルが、ついにこのオーブに到着した。
これでやっと、キラたちに会える。みんなの温かいおうちに帰れる。
だけど、私の胸の奥には、さっき宇宙から伝わってきたリボンズの、あのドロドロとした『殺意』と『嫌な機体の気配』が、冷たい澱(おり)のように残り続けていた。
宇宙で私との再会を夢見て、狂気の中で待機しているリボンズ。
地球で私を温かく迎え入れ、守ろうとしてくれるアークエンジェルのみんなとオーブの人たち。
「(リボンズ……みんな……)」
交錯する二つの運命の足音が、私のすぐ目の前まで迫ってきているのを、私は確かに感じていた――。「キラ……みんな……っ!」
降下していくアークエンジェルの姿を見つめながら、私はカガリさんの服の裾をもう一度、ぎゅっと強く握りしめた。みんなが来てくれた安心感のすぐ裏側で、どうしても頭から離れない『恐ろしい予感』が胸の奥から突き上げてきたからだ。
「カガリさん……あの、もう一つ……聞いて……っ」
「ん? どうしたリン、アークエンジェルならもうすぐドックに着くぞ? 今、私の父――ウズミ代表が、彼らをオーブへ受け入れるための極秘の交渉に入っているところだ。だからもう安心――」
「違うの……! さっき宇宙(そら)から感じた、あのリボンズのすぐ近くにある機体……あれは、絶対に普通じゃないの……っ」
私の必死な声に、カガリさんは言葉を止め、再び真剣な目で私を見つめ返した。
「普通じゃない……? 一体どういうことだ?」
「わたし、名前も、それがどんな形をしてるのかも、何も分からない……。でも、わかるの。リボンズの激しい怒りの後ろに、もの凄く大きくて、ドロドロした、おぞましい執念が詰まった……闇みたいな機体の気配が張り付いてるの……っ」
それがどんな兵器なのか、どんな能力を持っているのか、今の私には知る由もない。
けれど、同じ生体CPUとしての本能が、そして私の脳の奥の感覚が、その存在自体を『絶対に出会ってはいけない最悪の化け物』だと告げて拒絶していた。
「姿も分からないのに、そこまでおぞましい気配を感じるのか……。ブルーコスモスの奴ら、宇宙で一体何を造り出してやがるんだ……!」
カガリさんが険しい表情で息を呑む。目に見えない、けれど確かにリンを震え上がらせているその「おぞましい気配」の正体に、底知れない不気味さを感じているようだった。
「リボンズは今、その嫌な気体と一緒に宇宙で待機させられてる……。でも、アズラエルは絶対に、その化け物をこのオーブに降ろしてくる。あの人は、この国のことも、アークエンジェルのことも、全部まとめてめちゃくちゃにするつもりなの……っ!」
一気に話し終えると、私は激しい呼吸のまま、カガリさんの胸に顔を埋めてガタガタと震え出した。
リボンズを包む圧倒的な殺意と、宇宙で牙を研ぐおぞましき未知の巨大な気配。その脅威を知ったカガリさんは、やり場のない怒りで拳を強く握りしめた。
その頃、オーブの秘密ドックに接舷したアークエンジェルでは、艦長たちとオーブの最高責任者であるウズミ代表との間で、今後の身の振り方を決めるための緊密な外交交渉が進められていた。地球軍の最新鋭艦と、中立国オーブ。それぞれの重い思惑が交錯する中、キラたちもまた、ここにいるはずの私の身を案じているに違いない。
「……分かった。そんな不気味なもの、絶対に地球で好き勝手にはさせない!」
カガリさんは私の頭を優しく、しかし折れない芯のような強さで抱きしめ、ドックの方へと鋭い視線を向けた。
「リン、話してくれてありがとう。アークエンジェルとの交渉が終わったら、すぐにウズミ代表やキラたちにもこの危機のことを共有する。何が攻めてこようと、私たちが絶対に追い払ってみせる! だから、もう一人で怯えるな!」
「カガリさん……っ……」
アークエンジェルの隠された到着、そしてウズミ代表との緊密な交渉。
私の背負う過去の因縁――殺意を燃やすリボンズと、宇宙で静かに息を潜めるおぞましき機体の影。その正体不明の脅威が刻一刻と迫る中、オーブを舞台にした物語は、より深く、激しい渦へと動き始めようとしていた――。