ついに、最悪の引き金が引かれた。
フレイがもたらした『鍵』――ニュートロンジャマーキャンセラーによって核の力を取り戻した地球連合軍は、プラントを根絶やしにするべく、恐るべき核ミサイルを宇宙(そら)へと解き放った。
連合による未曾有の大攻勢を予想したザフト軍は、本国プラントの絶対防衛ラインである宇宙要塞ヤキン・ドゥーエ、そして前線要塞ボアズに全戦力を集結させる。
誰一人として退くことのできない、人類の存亡を賭けた最終決戦の火ぶたが、ついに切って落とされた。
ドゴォォォォォォォンッ!!!!!
暗黒の宇宙を埋め尽くすほどのビームと実弾の嵐。その激しい混沌の最中、ドミニオンに率いられた地球軍の核攻撃部隊『ピースメーカー隊』――核ミサイルをその身に宿したメビウスの群れが、不気味な加速でザフトの要塞ボアズへと突入していく。
「行け! 行きなさいッ! 生意気なコーディネイターどもに、神の鉄槌を下すのです!!」
ドミニオンのブリッジで、アズラエルが狂ったように叫ぶ。
その傍ら、絶対的な護衛として配置されたストライクスタインのコックピットでは、感情を消去されたリボンズが、ただ機械的に操縦桿を握り、核を阻もうとするザフトの迎撃MSを冷酷に撃ち落としていた。
そして、次の刹那。
――カァァァァァァァァッッ!!!!!
宇宙のすべてを真っ白に染め上げる、あまりにも悍ましく、圧倒的な『閃光』が吹きあがった。
「な……っ、嘘、でしょ……!?」
ストライカーブラストの全天周モニター越しにその光を見た私は、息をすることすら忘れて硬直した。
リボンズのフライトユニットのおかげで、エネルギーにも出力にも最大の余裕がある。だから、まだ肉体と精神を削る『NT-D』は起動させていない。いつでも限界を超えられるようコンソールのロックは外してあるけれど、私はまだ、自分の意志でこの戦場に踏みとどまっていた。
……だけど、目の前で起きた現実の破壊規模は、人間の想像を遥かに超えていた。
再び歴史に使用されてしまった、核の炎。
太陽が墜ちたかのような凄まじい熱量と衝撃波が、一瞬にして宇宙要塞ボアズを、そしてそこにいた何万人ものザフト兵の命を、悲鳴をあげる暇さえ与えず融解させ、消滅させていく。
「アハハハハハハ! 見なさい! 燃え上がっていますよ、化け物どもの巣窟が!!」
アズラエルの狂気じみた高笑いが、地球軍の通信回線に響き渡る。
衝撃波が収まった後に残されていたのは、かつての強固な面影を失い、ドロドロに焼け崩れながら宇宙の塵へと変わっていく、無惨なボアズの残骸だけだった。
「そんな……こんなの、酷すぎるよ……っ!!」
私はコックピットの中でガタガタと身体を震わせた。
世界が本格的に狂い始めた。この地獄を、あの狂気を今すぐ止めなきゃ、本当にすべてが焼き尽くされて終わってしまう。
「……ターゲット、ボアズの壊滅を確認。次なる防衛ライン、ヤキン・ドゥーエ宙域へ進路を補正」
通信のノイズの向こうから、冷徹で、抑揚のまったくないリボンズの声が聞こえた気がした。
「リボンズ……そこにいるの!? リボンズッ!!」
私が叫んでも、最愛の少年からの答えはない。
崩れ行くボアズの炎を背に、地球軍の魔の手はついに、ザフトの最終防衛ライン――ヤキン・ドゥーエへと向けられようとしていた。
リボンズを、そしてこの世界を救うため、私はいつでも『NT-D』を起動できるトリガーを指先でなぞりながら、操縦桿を血がにじむほど強く握りしめた――。「ボアズが落ちた程度で、プラントの化け物どもが大人しく降伏するわけがありません。徹底的に、一匹残らず根絶やしにする……そのための真打ちを投入しますよ」
地球連合軍の最奥、最高機密区域に指定された超大型ハンガー。
薄暗い闇の中でライトが次々と点灯し、そこに鎮座する『異形』の巨体が剥き出しになっていく。
全長100メートルを超える、圧倒的な質量と威容。
それこそが、連合がザフトの要塞攻略および絶対的殲滅のために極秘裏に開発を進めていた、試作型大型モビルアーマー――**【ネオ・ジオング】**であった。
そのあまりの巨大さと、精神駆動系を組み込んだ制御難度の高さゆえに、扱えるパイロットなど地球軍には存在しないはずだった。――そう、『試作型のゆりかご』によって脳を完全に作り替えられ、意志を持たない完璧な生体CPUとなった、今のリボンズ以外には。
ガシャン……。
ネオ・ジオングの中核として、あの漆黒と深紅の『ストライクスタイン』が背位同調(ドッキング)していく。
ハッチが閉じ、液体に満たされたコックピットの中で、リボンズの瞳が冷たく見開かれた。
脳内に直結されたシステムから、膨大なデータが濁流のように流れ込んでくる。かつてなら激痛を伴ったはずのその負荷も、感情を初期化された今の彼には、ただの電気信号に過ぎない。
「……ネオ・ジオング、起動。システムオールグリーン。これよりプラント本国、およびヤキン・ドゥーエへ向けて進撃を開始する」
「ハハハ! 行きなさいリボンズ! その圧倒的な力で、宇宙の害虫どもを圧し潰してきなさい!」
アズラエルの狂気に満ちた命令を受け、巨大なブースターが凄まじい咆哮を上げた。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
大質量とは思えない驚異的な加速で、ネオ・ジオングは最終決戦の宙域へと解き放たれた。
ヤキン・ドゥーエの前方宙域。
ボアズを失い、後がないザフト軍は、防衛のためにジンの大部隊を展開させていた。そこへ、先行隊として単機で突入していく超巨大な影。
「な、何だあの巨大な機体は!? モビルアーマーか!?」
「連合の新型だ! 迎撃しろ、近づけるなッ!!」
迎撃のため、無数のジンが一斉に襲いかかり、重突撃銃やミサイルを放つ。
しかし、ネオ・ジオングのコックピットに座るリボンズは、迫り来る敵の群れを見つめても、眉一つ動かさなかった。
「……ターゲット確認。排除行動に移行」
リボンズが冷徹に操縦桿を押し込む。
ズババババババババババンッッ!!!!!
ネオ・ジオングの巨体各所に搭載された、無数のメガ粒子砲が一斉に火を噴いた。
空間そのものを焼き尽くすような圧倒的な光の嵐。一瞬にして、先頭にいた数機のジンが装甲をドロドロに融解させられ、爆発四散していく。
「ヒ、ヒエェッ! 化け物かッ!?」
「うわぁぁぁぁッッ!!」
さらに、リボンズの脳波に反応して、ネオ・ジオングの背後から有線式の大型ファンネル・ビットが怪しく射出された。生き物のようにうねりながらジンの死角へと回り込み、容赦のないオールレンジ攻撃で、ザフトのベテランパイロットたちをなす術もなく屠っていく。
それは戦闘ではなく、文字通りの『蹂躙』だった。
リボンズが命を懸けて守ろうとした世界を、リボンズ自身のその手が、圧倒的な破壊の渦へと巻き込んでいく。
「リボンズ……? 嘘、何、あの禍々しいプレッシャーは……っ!?」
ヤキン・ドゥーエへと急行するアークエンジェルの艦内、ストライカーブラストのコックピットにいた私は、全天周モニターの端に映し出された、あまりにも巨大で、あまりにも絶望的な『異形』の機影を捉えていた。
遠く離れているはずなのに、胸の奥が、引き裂かれるように痛む。
リボンズのフライトユニットのおかげで、エネルギーはまだ有り余っている。だが、あの化け物じみた巨大モビルアーマーに、今のままで勝てるはずがない。
「リボンズ……なのね? あなたが、あの中にいるのね……っ!?」
私はいつでも起動できるよう、コンソールに手をかけた。まだ『NT-D』の火は灯していない。だけど、最愛の少年を地獄から引きずり出すための決戦の時が、すぐ目の前まで迫っていた――。
時を同じくして、ヤキン・ドゥーエの司令部。
ボアズを核で焼かれ、ナチュラルへの激しい憎悪と復讐の炎に震えるパトリック・ザラ議長は、血走った眼差しで眼下のコンソールを見つめていた。
「下劣なナチュラルどもめ……思い知るがいい、我がコーディネイターの、プラントの怒りをッ! ――ジェネシス、発射命令!!」
ついに、ザフトが隠し持っていた最終究極兵器、巨大ガンマ線レーザー砲『ジェネシス』の使用が命じられた。ヤキン・ドゥーエの背後から絶望的な質量を持ったその巨体がゆっくりと姿を現す。次の瞬間、宇宙のすべてを飲み込むような、文字通り世界を滅ぼすほどの極大の閃光が地球軍艦隊に向けて放たれた!
ズドォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
光の濁流が地球軍の第一陣を完全に蒸発させ、主力艦隊の過半数を一瞬にして宇宙の塵へと変えていく。そのあまりの破壊の光は、前線でザフトを蹂容していたネオ・ジオングの巨体をも、白く照らし出していた。
「……ジェネシス、発射を確認。地球軍艦隊、過半数が消滅」
ネオ・ジオングのコックピットで、リボンズは淡々と状況を口にする。その瞳には、味方が何万人死のうが、世界がどれほど狂おうが、何の感情も浮かばない。
「リボンズ――ッ!!!」
その時、ネオ・ジオングの全周囲モニターに、激しいノイズと共に一台のモビルスーツが映し出された。ストライカーブラスト。リボンズがかつて命を懸けて守り、その背に自らのフライトユニットを託した、私の機体だ。
「リボンズ! お願い、私よ! リンよ!! あなたが残してくれたこのフライトユニットのおかげで、燃料を節約してここまで来られたの! だからもうやめて、そんな不気味な化け物から降りてッ!!」
通信回線から流れ込んでくる、涙ながらの必死の呼びかけ。しかし、ネオ・ジオングの中核にいるリボンズからは、冷徹で、抑揚のまったくない声が返ってくるだけだった。
「……不確定要素『ストライカー』を確認。これより迎撃、および完全排除に移行する」
「え……? 何を言っているの、リボンズ……?」
あの子のあまりにも他人のような冷たい反応に、私の心臓がドクリと跳ねる。まるで私のことなんて最初から知らないかのような、冷酷な拒絶。ネオ・ジオングの無数のメガ粒子砲がストライカーブラストへ一斉に照準を合わせ、有線式ファンネル・ビットが狂暴に牙を剥いて襲いかかってきた。
「冗談でしょ……!? なんでそんな目で私を見るのよ! リボンズッ!!」
迫り来るビームの嵐を必死に回避しながら、私はコックピットの中で、血が出るほど唇を噛み締めた。あの子に何があったのかは分からない。だけど、今のあの子の暴走を止めるには、私も全力を出すしかない!
「リボンズ……約束通り、私、これを開放するね!!」
私はコンソール中央のプロテクトを完全に叩き割った。
温存していたトリガーを、一気に押し込む。
【NT-D SYSTEM――STAND BY】
【COMMAND:DESTROY MODE――EXECUTE】
キィィィィィィィン……!!!
システムが起動した瞬間、ストライカーブラストの機体各所から爆発的なエネルギーが吹き荒れた。
「く、あぁぁぁぁぁぁッッ!!」
私の脳に直接、引き裂かれるような膨大な負荷が流れ込んでくる。だが、機体は私の高まる感情と脳波に呼応し、自らの姿を変革させていく。
バババババンッ!!!
最終決戦までエネルギーを守り抜いてくれた、あの深紅と漆黒のフライトユニットが、役割を終えたかのように勢いよくパージ(分離)され、宇宙へと剥がれ落ちていく。同時に、ストライカーブラストの白い装甲がギチギチと音を立ててスライドし、内部フレームが強制的に割れ、展開していった。
中から露出したのは、怪しく、ベースフレームから溢れ出す**【サイコフレーム】**。
頭部の1本角もまた、中央から真っ二つに割れて2本のアンテナへと変形を遂げる。
しかし――その輝きは、本来のNT-Dが放つはずの、禍々しい拒絶の「赤」ではなかった。
「これは……青……? 暖かい……光……?」
機体から溢れ出したのは、どこまでも透き通った、吸い込まれそうなほどに美しい**「青色」の輝き**だった。システムに心を呑まれるような狂気ではない。リボンズに私の声を届けたい、目を覚まさせたいという強い意志が奇跡を起こしたかのような、優しく、暖かい光が、戦場の闇を照らし出していく。
脳の痛みが、嘘のように消えていく。機体と私の意識が、この青い光の中で完全に一つになった。
「ねえ、思い出してよリボンズ! 私たち、一緒にここまできたじゃない! 地球で私を命懸けで逃がしてくれた、あの時の優しいあなたに戻ってよ!!」
私は通信回線に向かって必死に訴えかけながら、青いサイコフレームの光の粒子を背後に撒き散らし、ビームライフルとシールドを力強く構えた。
「ターゲットの排除に手こずる……。オールレンジ兵器、出力を最大へ」
私の必死の説得を無視し、マシンのように冷たくファンネルを操るリボンズ。
あの子がどれだけ心を閉ざしていようとも、私は絶対に諦めない!
「いくよ、リボンズ……! 届くまで、何度でも叫んでやるんだからッ!!」
人類滅亡のレーザーが飛び交う絶望の戦場の中、私は暖かい青い光を纏いながら、最愛の少年が駆るネオ・ジオングへ向かって、全力で正面から挑みかかっていった――!