アークエンジェルの艦内は、崩落したヘリオポリスから逃げ延びた避難民の不安と、軍人たちの張り詰めた空気が混ざり合い、重苦しい沈黙に支配されていました。
格納庫に降り立ったリン・ベルナルを待っていたのは、安息ではなく、厳しい視線と矢継ぎ早に浴びせられる質問の嵐でした。
「貴女、あの機体はどこで手に入れたの? 連合の機密機体のはずなのに、なぜ民間人の貴女が扱えるの?」
「ヘリオポリスのどこに隠されていた機体なの? 私たちの知らないドックがあったというの?」
ナタル・バジルール少尉や艦橋の要員たちが、リンを囲んで問い詰めます。マリュー・ラミアスもまた、複雑な表情でその光景を見守っていました。彼女にとって「ストライカーブラスト」は、自らの管轄外で産み落とされた、正体不明の機体だったからです。
「……違います。呼んでいたとか、そういうんじゃなくて……」
リンは震える声で、必死に事実を言葉にしました。
「……友達を助けようとして、突き飛ばしたあとに……私、地下に落ちたんです。そしたら、そこにあったんです。あの機体が……」
彼女の言葉は、単なる偶然の重なりを示していました。しかし、その偶然が招いた結果は、連合の将校たちにさらなる謎を突きつけることになりました。
質問責めの後、機体は連合の兵士たちによって調査されることになりましたが、ブラックボックス化された回路に誰も手を出すことができません。そこで、ストライクのOSを戦闘中に書き換えた実績を持つキラ・ヤマトが、機体の解析と整備の補助を命じられることになりました。
キラは、ストライカーブラストのコックピットに乗り込み、整備用デバイスを接続しました。
「(……なんて複雑な構成なんだ。ストライクとも、他の機体とも根本的に思想が違う……)」
キラはデバイスに流れる膨大なデータ群に目を通します。彼自身、体調は万全であり、意識も極めて明晰でした。しかし、作業を進める彼の手が、ある異常な文字列の前で止まります。
コンソールの隅に、見たこともない文字が不気味に浮かび上がったのです。
「NT-D」
その瞬間、ストライカーブラストのメインモニターが、警告色とは異なる、血のような深い赤色に染まりました。同時に、機体の頭部付近に設置されていた「サードアイ」と呼ばれるセンサーが、まるで生命を宿したかのように紅く発光を開始しました。
キラは驚き、即座にシステム診断を走らせます。彼自身に眩暈や不快感といった体調の異変は一切ありません。しかし、目の前のデバイスは、明らかに機体が「何らかの特殊なプログラム」を強制起動しようとしていることを示していました。
「……っ、なんだ、このシステム……。勝手に書き換えが始まってる……?」
キラは冷静にコンソールを叩き、暴走を食い止めようと試みます。機体そのものが、キラという存在を検知して、未知の領域を起動させようとしているかのようでした。
「キラ君……?」
背後から、リン・ベルナルの穏やかな声が響きました。彼女が格納庫のタラップを登り、コックピットの縁に手をかけた、その瞬間でした。
激しく紅く明滅していたモニターの光は、まるで魔法が解けたかのように一瞬で元の色彩に戻りました。デバイスに表示されていた「NT-D」の不気味な文字も、最初から存在しなかったかのように消え去っています。紅く発光していたサードアイも、一瞬にして元の沈黙を取り戻しました。
「あ……リンさん」
キラはデバイスを確認しましたが、先ほどの現象はデータログからも完全に消失していました。彼自身、気分が悪くなることもなく、至って正常な状態です。
「大丈夫……? 何か困ったことでもあった?」
「……うん。ちょっと、この機体のシステムが不思議な動きをした気がして。僕の見間違いだったみたいだけど」
キラはリンに余計な心配をかけまいと、努めて明るく笑いました。しかし、彼の知的な好奇心と技術者としての直感は、先ほど表示された「NT-D」という文字を明確に記憶していました。
(……リンさんが来たら、消えた。あのシステムは、彼女を認識しているのか……?)
キラが感じたのは自分への異常ではなく、機体が秘める「特定の人間を待っている」ような意志の強さでした。
「整備……ありがとう、キラ君。私、この子と一緒にいなきゃいけない気がするんだ。……この艦を、守るために」
リンは機体の装甲にそっと手を触れました。彼女が触れた瞬間、ストライカーブラストは先ほどまでの不気味な反応が嘘だったかのように、静かに