「嫌……嫌だよ、リボンズ!!」
射出された脱出ポッドの中で、私は泣き叫びながらコンソールにしがみついた。ストライカーブラストが爆発四散した絶望。だけど、あの子がまだあの中にいるのに、私だけが生き残るなんて絶対にできない。
私は涙を拭うと、死に物狂いでポッドの逆噴射スラスターを点火させた。アークエンジェルとは逆の方向――激しい爆炎を上げながら漂う、あの超巨大な異形、ネオ・ジオングへとポッドの機首を無理やり向け直す。
「今行くから……待ってて、リボンズ!!」
接近してくる小さなポッドの光に、満身創痍のネオ・ジオングのセンサーが反応した。
「リン……? 馬鹿な、なぜ戻ってきたんだ……っ!」
コックピットの中で息も絶え絶えだったリボンズは、画面に映る私の姿に気づき、残された最後の力を振り絞ってコンソールを叩いた。これ以上、自動防衛システムが私を拒絶しないように。
ガシャァァァン……。
排気音とともにネオ・ジオングの巨大な装甲が開き、中核に収まるストライクスタインのコックピットハッチが、完全にその内側を晒す。同時に、すべての駆動システムが静かに眠りにつき、ネオ・ジオングは完全に機能停止した。
私はポッドを機体に固定すると、命綱を引いて無重力の空間へと飛び出し、煙の立ち込めるリボンズのコックピットへと滑り込んだ。
「リボンズ……! リボンズッ!!」
「リン……本当に、お前というやつは……」
コックピットのシートに座るリボンズは、もう目を開けているのもやっとの状態だった。その肌は白く透き通り、薬物の毒素のせいで体中の血管が黒く浮き上がっている。私はそんなあの子の体を、壊れるほど強く抱きしめた。冷たい。地球の雨の中で出会ったときよりも、ずっと体が冷たくなっている。
「お願い、死なないで……! やっと、やっと私を思い出してくれたのに!」
「時間がないんだ……いいか、リン、よく聞け……」
リボンズはかすむ視界の中で、震える手を伸ばして私の手を握り、コンソールのレバーへと導いた。
「この機体(ストライクスタイン)の扱い方を教える。……ネオ・ジオングのパーツはもう動かない。だけど、コアであるこの機体は、まだ生きてる。メインの駆動キーはこれだ。スロットルは……左側に……。OSの特性は、お前の機体に近い感覚でクイックに動くよう、あらかじめ設定してある……」
血を吐きそうになりながら、リボンズは私をシートに座らせ、機体の動かし方だけを淡々と、だけど優しく教え込んだ。私がこれから、この戦場を生き延びるために。
正式な引き継ぎを終えると、リボンズは私の手をそっと離し、座席のシートベルトを外した。
「リボンズ……? 何をするの、ダメ、離れないで!!」
「このままだと、俺の体に投与された薬物の毒素が、コックピット内に気化してお前まで危険に晒す。……それに、俺はもう、十分汚れちまったからな」
リボンズは不敵に、だけどどこまでも愛おしそうに、かつての優しい笑顔を浮かべた。彼は私の制止を振り切り、無重力の空間を利用して、自らの体をコックピットの外へと滑り出させた。
気密シャッターが閉まる直前、リボンズは宇宙の闇を背に、私へ向かって最後のお別れの挨拶を口にした。
「リン。俺を見つけてくれて、ありがとな。お前と過ごした地球での日々が……俺の、本当の人生だったよ。……さようなら、俺の、大好きな人」
「リボンズ! 嫌ぁぁぁぁぁぁッッ!!! 離したくない、リボンズ――ッ!!」
プシュー……ッ。
無情にもハッチが閉じ、世界が隔絶される。
ハッチの向こう、バイザー越しに見えたリボンズは、優しく微笑みながら、最後に小さく口を動かした。――『生きろ』と。
次の瞬間、薬物の限界を迎えた彼の身体は、苦痛から解放されるように静かに力を失い、暗黒の宇宙へとゆっくりと漂流していった。
その命の灯火が、完全に消える。
私にすべてを遺して、最愛の少年は逝ってしまった。
「う、あ、あああああああッッ!!!!! リボンズーーーッッ!!!!!」
コックピットに、私の絶叫と悲しみの嗚咽が狂ったように響き渡る。涙で視界が歪んで、前が何も見えない。胸が引き裂かれて、息が詰まって、死んでしまいそうだった。
だけど、あの子が命を懸けて教えてくれた、この機体の鼓動が手から伝わってくる。
『生きろ』という最後の言葉が、私の凍りついた身体を突き動かす。
「うぐっ……、ひぐっ……、あああああッ……!」
私は声を上げて泣きじゃくりながら、リボンズに教わった通りにコンソールを叩いた。ネオ・ジオングの巨大な外装を完全に切り離し、深紅と漆黒のMS――『ストライクスタイン』が、その鋭い双眸に光を灯す。
ガシィィィンッ!
スラスターが激しい火花を散らし、リボンズの愛機は、主を失った悲しみを背負うように宇宙へと飛び出した。
「リボンズ……っ、私、生きるよ……! 貴方が――あなたが守ってくれたこの命で……みんなのところに、帰るから……っ!!」
涙をボロボロと流し、嗚咽を漏らしながら、私はストライクスタインの操縦桿を握りしめた。目指すのは、仲間たちが待つアークエンジェル。最愛の人の死という、あまりにも重すぎる絶望を胸に抱いたまま、少女は壊れかけの宇宙を、泣きながら疾走していく――。ボアズを失い、ジェネシスの光に艦隊の過半数を焼かれながらも、地球連合軍の狂気は止まらなかった。
連合はすぐさま残存艦隊を再編成すると、再びあの最悪の部隊――核ミサイルを搭載した『ピースメーカー隊』を宇宙(そら)へと解き放った。狙うはプラント本国への直接攻撃、すなわちコーディネイターの完全なる根絶。
「プラントへは行かせない……! これ以上、あんな火を落とさせちゃダメなんだッ!!」
ヤキン・ドゥーエ宙域は、まさに地獄の極みだった。
ザフトの最終兵器ジェネシスが放つ絶望のレーザーと、連合が放つ核ミサイルの嵐。その最前線で、キラ・ヤマトのフリーダムとアスラン・ザラのジャスティスは、死に物狂いで奮戦していた。
だが、押し寄せるメビウスの数はあまりにも多すぎる。一機、また一機と、核を抱いた機体がフリーダムの防御網をすり抜けていく。
「くっ……間に合わない……っ!?」
キラが焦燥に歯を食いしばったその時――暗黒の宙域から、傷だらけになりながらも、圧倒的な威容を誇る超巨大な『異形』が姿を現した。
腕を何本も失い、装甲を激しく焦がした、あの試作型大型モビルアーマー――【ネオ・ジオング】。
「な……っ、ボアズを蹂躙していた、連合の化け物モビルアーマー!? なぜここに……!」
フリーダムのコックピットで、キラが驚愕に目を見開く。
しかし、そのネオ・ジオングの残された腕が、プラント本国へ向かおうとしていたメビウスの群れを正確に捉えた。リボンズに教わった通りの最低限の操作。ガタガタと震える巨体を必死に御しながら、私はトリガーを引いた。
ズドォォォォォォォォォンッッ!!!!!
残された大型レーザーが宇宙を切り裂き、核を搭載したメビウスの群れを一瞬にして焼き尽くし、起爆寸前で撃沈していく。
「え……っ!? 連合の機体が、連合の核攻撃部隊を落とした……!?」
ジャスティスのアスランも、その予想外の光景に混乱を隠せない。
戦場に衝撃が走る中、ネオ・ジオングのコックピットから、キラやアスラン、そしてアークエンジェルのブリッジに向けて、涙で激しく掠れた私の通信が繋がった。
「キラ……! アスラン……っ!!」
「リン!? 君なのか……っ! だけど、なんで君がそんな化け物の中に……一体何が起きてるんだ!?」
キラの悲痛な問いかけに、私は声を上げて泣きじゃくりながら、通信回線に向かって必死に叫んだ。
「うぐっ……、ひぐっ……、説明は、戦闘しながら、少しずつ、する……っ! でも、この機体はもう、敵じゃないから……! これは連合が開発した『ネオ・ジオング』っていう試作型のモビルアーマーで……っ!」
私は涙をボロボロと流しながら、リボンズが遺してくれたストライクスタインのコンソールを叩き、機能停止しかけているネオ・ジオングの巨体を必死に操る。迫り来る核ミサイルを、泣きながら必死に迎撃していく。
「……これには、リボンズが乗せられてたの……! 連合に記憶を消されて、生体CPUとして、この化け物を無理やり操らされてた……。でも、リボンズは最後の最後で、リボンズの命を懸けて……私を助けてくれたの……っ!!」
「リボンズが……リンを……」
通信の向こうで、キラが息を呑むのが分かった。
私はそのまま、アークエンジェルの通信周波数へと回線を開いた。敵のドミニオン側には今、ナタル少佐がいる。だから、間違えてアークエンジェルからこの巨体を撃たれないように、泣き叫びながら伝えた。
「アークエンジェルの皆さん、聞こえますか!? 私は今から、そちらへ合流します! このネオ・ジオングはもう敵じゃない、リボンズが私に遺してくれた、私たちの機体です! 撃たないでください……っ!!」
アークエンジェルのブリッジに、リンの痛切な叫びが響き渡る。
超巨大な破壊神が味方になったという信じられない状況に、マリュー艦長たちも一瞬硬直したが、リンの涙の声にすぐに状況を察した。
『リン……! 了解したわ、本艦はネオ・ジオングを味方と識別! 詳しい事情は後でいいわ、今はその力で、核の部隊を止めるのを手伝って!』
「はい……っ!!」
ネオ・ジオングのパーツはもうほとんど機能停止している。だけど、リボンズが私のために、あらかじめOSをクイックに動くよう書き換えておいてくれた『優しさ』が、中核のストライクスタインを通じて、この巨体を辛うじて動かしてくれていた。
「プラントにも、ここにも……もう、一本の火だって落とさせない!!」
私は涙を拭うこともできずに叫び、フリーダムとジャスティスの側へと並び立った。
リボンズの最期の想いをその巨体に宿し、傷だらけのネオ・ジオングは、核ミサイルを抱く連合のピースメーカー隊へ向けて、怒りと悲しみの迎撃の火を噴き荒らした――。「プラントを……リボンズが命を懸けて繋いでくれたこの世界を、絶対に滅ぼさせやしないッ!!」
核ミサイルを搭載したピースメーカー隊をキラたちと共に次々と撃沈した私は、そのまま傷だらけのネオ・ジオングの巨体を翻し、ザフトの最終究極兵器『ジェネシス』の防衛宙域へと突入した。
ジェネシスの周囲には、地球軍を近づけまいとするザフトの守備隊――無数のジンやゲイツが固い防衛陣形を敷いている。カメラを失い、ボロボロの外装を引きずる不気味な超巨大MAの急襲に、ザフト兵たちの間に戦慄が走った。
「地球軍の巨大MAだと!? ジェネシスに近づけるな、迎撃しろッ!!」
ズバババババババババババンッッ!!!!!
一斉に放たれる実弾とビームの豪雨。しかし、私はリボンズに教わった通りに中核のストライクスタインを駆動させ、ネオ・ジオングの残された二本の巨大な腕を強引に突き出した。
「そこを、どいてぇぇぇぇッ!!」
ドゴォォォォォォォンッッ!!!
残された大型レーザーが空間を裂き、突撃してきたゲイツの数機を一瞬にして焼き尽くす。さらに、私は涙で視界を滲ませながらも、リボンズが私のために限界までレスポンスを上げてくれたOSの挙動を完全に掴んでいた。大質量のはずのネオ・ジオングが、信じられないほどのクイックな旋回を見せ、ジンの突撃銃の嵐を紙一重でかわしていく。
ガガガガガガッ!
「くあぁぁぁぁッ!!」
残骸同然の三本目の腕が、死に物狂いで接近してきたジンの重斬刀を受け止め、そのまま力任せに握り潰して爆発させる。ビームライフルを乱射し、擬似サイコフレームの残光を撒き散らしながら、私はただ一機でザフトの守備隊を文字通り蹂躙し、ジェネシスへと肉薄していった。
――だが、同じ頃。すぐ近くの宙域で展開されていた、もう一つの『地獄』を、私はまだ知らなかった。
アークエンジェルと激しい死闘を繰り広げていた、地球軍の同型艦ドミニオン。そのブリッジ内では、狂気と憎悪に完全に狂ったムルタ・アズラエルと、軍人としての誇りを守ろうとするナタル・バジルールが、ついに決定的な対立を迎えていた。
「プラントを打てと言っているんだ! なぜアークエンジェルなどに構う! 下がれ、どけぇッ!」
「これ以上の暴走はさせん! 総員、本艦を退艦しろ! これは副長の命令だッ!!」
ナタルが毅然と言い放ち、ブリッジのクルーたちに退艦を促す。だが、コーディネイターへの憎悪に完全に我を忘れたアズラエルは、懐から拳銃を引き抜くと、躊躇なくナタルに向けて引き金を引いた。
ドンッ!!
「くっ……あぁ……っ!」
衝撃にナタルの身体が崩れ落ちる。アズラエルはその隙に狂った笑みを浮かべ、ドミニオンの射撃管制コンソールへと自ら飛びついた。アークエンジェルを、マリュー・ラミアスを今すぐこの手で消し去るために。
僕は勝つんだ…ぁ。!!!」
「アズラエル!!!…!何を!」
ドミニオンの艦首から、最悪のエネルギーが充填される。
特装砲――【ローエングリン、発射ッ!!】
凄まじい陽電子砲の光条が、暗黒の宇宙を貫き、満身創痍のアークエンジェルへと真っ直ぐに突き進む。激しい戦闘で回避限界を迎えていたアークエンジェル。ブリッジのマリューが絶望に目を見開く。
「回避……間に合わない……っ!」
誰もがその破滅を覚悟した、あわやの刹那――。
「くくっ…難しいな不可能を可能にするのって、」」
ボロボロになった一機のストライクが、アークエンジェルの前に立ちはだかった。ムウ・ラ・フラガ。彼は自らの機体を、盾として、その身を挺してアークエンジェルを護るために滑り込ませたのだ。
ズドォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
極大の光がストライクを飲み込む。強固なラミネートシールドすら、ゼロ距離の陽電子砲の前には一瞬で融解し、ストライクの機体は、ムウの意識と共に、宇宙の闇の中で眩しく爆散した。
「ムウ……? 嘘、嘘よ……ムウゥゥゥゥゥ!!!!!」
最愛の男を目の前で失い、マリュー・ラミアスは引き裂かれるような血の叫びを上げた。その涙は怒りと哀しみの炎へと変わり、彼女の瞳を鋭く染め上げる。
「ローエングリン……照準!!!!!」
アークエンジェルの艦首に、怒りの陽電子が激しく火花を散らす。
その時、ドミニオンの煙立つブリッジでは、血を流すナタルが、背後から最後の力を振り絞ってアズラエルの身体をがっちりと組み伏せていた。
「ナタル……貴様ぁ!!!」
「撃て……マリュー・ラミアスッ!!」
ナタルは狂うアズラエルを拘束したまま、割れた通信機に向かって、自らの命を投げ打つ覚悟の叫びを響かせた。
「撃てぇぇーー! マリュー・ラミアスゥゥゥーーー!! 本艦の主砲、特装砲は今、動かん! 早く撃てぇぇぇーーーッッ!!!」
愛する男を犠牲にし、かつての友であり戦友であるナタルの悲痛な叫びを背負ったマリューは、涙を流しながら、引き金へと手をかけた。二つの巨大な光が、宇宙の因縁を全て焼き尽くさんと、激しく交錯しようとしていた――。