――すべてが、終わった。
ヤキン・ドゥーエの自爆。ジェネシスの完全なる沈黙。地球連合軍の狂気も、ザフトの憎悪の炎も、宇宙を灼き尽くしたあの白い凶光と共に、ようやく収束を迎えた。
数え切れないほどの命が散っていった暗黒の宙域は、今や嘘のように静まり返り、冷たい沈黙だけが支配している。
その混沌の残骸が漂う空間の真ん中で、一機のモビルスーツが静かに浮かんでいた。
深紅と漆黒の装甲はジェネシスの熱量でドロドロに融解し、機体の至る所から激しい火花と油圧が漏れ出している。ネオ・ジオングのコアであり、最愛の少年が遺してくれた最後の遺品――【ストライクスタイン】。
その半壊状態のコックピットの中で、私は操縦桿に突っ伏したまま、ただ声を殺して泣いていた。
「うぐっ……、ひぐっ……、リボンズ……、リボンズ……っ……」
涙が止まらない。胸の奥が張り裂けそうで、息がうまくできない。
世界は救われた。キラも、アスランも、ラクスも、アークエンジェルの皆も生きている。だけど、その未来の中に、私を一番に愛してくれたあの少年の姿だけが、どこを探しても、もういない。
私の小さな手には、あの子の霊が最後に重ねてくれた、あの幻のような温もりだけが、切ないほどに残り続けていた。
その時、割れたサブモニターのノイズの向こうから、ゆっくりと近づいてくる巨大な影が見えた。
白く美しいその船体。満身創痍になりながらも、私を、この世界を繋ぎ止めてくれた母艦。
「……アークエンジェル……」
アークエンジェルは、主を失って漂流する傷だらけのストライクスタインの元へと、優しく寄り添うように接近してきた。マリュー艦長や、生き残ったアークエンジェルのみんなが、死に物狂いで私を助けに来てくれたのだ。
『リン! リン、無事なの!? 今、誘導ワイヤーを放つわ! すぐに本艦へ回収するから、そこにいて!』
マリュー艦長の、涙に震える必死の声が通信機から聞こえる。
「艦長……みんな……っ……」
ガシィィィン……ッ。
アークエンジェルのカタパルトデッキから放たれた誘導ワイヤーと回収アームが、ゆっくりと、だけど確実にストライクスタインの融解した胸部装甲へと固定される。ゴト、と鈍い衝撃が響き、機体がアークエンジェルの艦内へと優しく引き上げられていく。
「……っ」
私は壊れかけたハッチを手動でこじ開けると、アークエンジェルの着艦デッキへとふらふらになりながら降り立った。
すぐに「リン!」と叫ぶマリュー艦長や、キラ、アスラン、カガリ、そしてエターナルから駆けつけたラクスたちが、涙を流しながら私を強く、強く抱きしめてくれた。みんな、傷だらけになりながら、私の生還を、そして世界の終わりを止めたことを喜んでくれている。
だけど、私がみんなの腕の中で、泣きながら振り返ったその瞬間だった。
「え……?」
キィィィィィィィィィィン――――――ッッッッッ!!!!!
アークエンジェルのハッチが閉まる直前。デッキに固定され、完全にパイロットである私を降ろして**【無人となったはずのストライクスタイン】**が、突如として激しい駆動音を響かせた。
コックピットの内部から、あの奇跡の緑色の光の粒子が爆発的に溢れ出す。
「ストライクスタイン……!? 嘘、動くはずが……動力が大破しているのに!」
キラが驚愕の声を上げ、アスランが息を呑む。
無人の機体は、アークエンジェルの固定アームを自らゆっくりと外すと、静かに、重力に逆らうようにして再び宇宙の闇へと浮き上がっていった。そして、その背部から――ジェネシスを押し返した、あの言葉を失うほど**【まばゆい、暖かい光の翼】**を、再び爆発的に燃え上がらせたのだ。
その光の翼は、まるで宇宙全体を優しく包み込むかのように美しく輝き、アークエンジェルのブリッジを、そしてデッキにいる私たちの顔を、どこまでも暖かく照らし出した。
(――リン。もう、泣くなよ)
光の翼の羽ばたきと共に、あの子の声が、風のように私の脳裏を吹き抜けた気がした。
不敵で、優しくて、世界中の誰よりも私のことを想ってくれた、リボンズの本当の声。
「リボンズ……? ああ……、あぁぁ……っ!」
私は溢れ出る涙を拭うことも忘れて、遠ざかっていく深紅の機体を見つめていた。
あのストライクスタインには、リボンズの魂が、私を守り抜いたあの子の想いの全てが、今も確かに宿っているのだ。
機体は、まばゆい緑の光の粒子を宇宙に撒き散らしながら、徐々に加速していく。その光の翼は、まるで現世のあらゆる呪縛や戦争の憎しみから解き放たれるかのように、どこまでも自由で、どこまでも神聖だった。
「リボンズ―――ッッ!!!!! ありがとう……っ、大好きだよぉぉぉぉぉッッ!!!」
私は宇宙に向かって、届く限りの声を張り上げて叫んだ。
ストライクスタインは、最後に私の叫びに応えるように、光の翼をひときわ大きく、暖かく輝かせると――そのまま星の彼方、誰も追いつけない遥かなる宇宙の**【何処へと、静かに消えたのである】**。
残されたのは、どこまでも穏やかで、暖かい光の残滓だけだった。
「……行って、しまったのですね。彼らの想いと共に……」
ラクスがそっと私の肩を抱き、涙を流しながら呟く。
「うん……。でも、寂しくないよ。あの子は、ずっと私の心の中にいるから……俺の人生は幸せだったって、そう言ってくれたから……」
私は涙をボロボロと流しながらも、胸に右手を当て、リボンズが最後に消えていった星空をじっと見つめ続けた。あの子が命を懸けて護り、私へと繋いでくれたこの未来。この温もりを胸に、私はみんなと共に、新しい明日へと歩き出す。
最愛の少年が遺してくれた、深紅の光の奇跡を、私は一生、絶対に忘れない――。
――第2章:SEED DESTINY編 開幕
あの激戦から、2年の月日が流れた。
ヤキン・ドゥーエ宙域を照らした深紅と緑の奇跡の光――リボンズが最後に遺してくれたあの温もりは、今も私の胸の奥で静かに息づいている。
戦後、私はキラやラクスたちと共に、オーブの辺境にある孤児院で子供たちの面倒を見ながら、静かで穏やかな日々を過ごしていた。復興していく世界の中で、私の心は少しずつ癒やされ、あの子の教えてくれた「生きる」という意味を噛み締めていた。
だが、世界はまたしても、哀しい戦火の渦へと巻き込まれようとしていた。
――C.E.73。
ザフトの新型モビルスーツの強奪事件。そして、最悪の惨劇『ブレイク・ザ・ワールド』による、プラントの遺産「ユニウスセブン」の地球落下。
落ちていく巨大な破片を見上げながら、私は言い知れぬ不安に胸を締め付けられていた。再び始まった地球軍とザフトの激突、そしてその裏で不気味に動き出す、地球連合軍の不穏な影。
「また……あんな悲劇を、繰り返すつもりなの……?」
そんな中、オーブもまた、連合との同盟という苦渋の選択を迫られ、かつての理念を見失いかけていた。
キラたちは、世界の暴走を止めるため、そして今度こそ本当の平和を掴むために、再びアークエンジェルを始動させることを決意する。
「リン、行こう。もう一度、これ以上の涙を流させないために」
操縦服に身を包んだキラが、真剣な眼差しで私に手を差し伸べる。
「うん……。私も行くよ、キラ。リボンズが護ってくれたこの命で……今度こそ、誰も利用されない世界を創るために」
私は力強く頷き、アークエンジェルのブリッジへと向かった。
しかし、戦場へと戻った私の前に立ちふさがったのは、ザフトの新型機『インパルス』を駆る少年シン・アスカ。そして――地球連合軍の闇の奥深く、かつてリボンズを、そして私を縛り付けた『ファントムペイン』という名の地獄だった。
新たな生体CPU、エクステンデッドと呼ばれる傷だらけの少年少女たち。
彼らの狂気と哀しみを目にした時、私の胸の奥で、かつて失われたはずの『深紅の鼓動』が激しく共鳴を始める。
「待っていて、リボンズ。俺たちの戦いは……まだ、終わってない――!」
新たなる主人公、新たなる機体、そして未だ消えぬ過去の因縁が交錯する激動の時代。
悲劇を止めるため、少女は再び、硝煙渦巻く宇宙(そら)へとその身を投じていく――。
続く
そして2年後
C.E.73。ユニウスセブン条約の締結後も、世界は完全に冷めきったわけではなかった。
プラントの新型MS(モビルスーツ)開発の報を受け、オーブ首長国連邦の代表首長カガリ・ユラ・アスハは、非公式の会談のためプラントの軍事コロニー「アーモリーワン」へと向かうことになった。
その極秘の旅路の裏で、私は艦艇の司令室から、彼女たちの安全を確保するために張り付いていた。かつてリボンズが命を懸けて護ってくれたこの世界が、再び不穏な空気に包まれていくのを放っておけなかったからだ。
ガタゴトと揺れる高級車の後部座席で、カガリは耳に当てた暗号通信用の携帯電話に向かって、しみじみとした声を漏らしていた。
「リン、聞こえるか?……これほど厳重な護衛をつけてくれて、本当にありがとうな。お前にはいつも苦労をかける」
『気にしないでよ、カガリ。カガリは大事な友達だし、もうあんな悲劇を誰にも味わってほしくないから。それに……この不穏な空気、ちょっと気になるしね』
通信の先から聞こえる私の声に、カガリは少しだけ表情を和らげる。
非公式とはいえ、オーブの国家元首の移動だ。その周囲を固める護衛の陣形は、オーブと、そして私たちが極秘裏に用意した異例の混成部隊だった。
車の前後を走るのは、陸戦用にカスタマイズされた大型装甲車と、そこに同乗する熟練の歩兵2名。彼らは周囲の不審な動きを鋭い眼光で警戒している。
さらにその周囲を固めるのは、強固な装甲を持つ**【ジェダ護衛仕様】5機**。彼らはただ並走するのではなく、地面を力強く蹴り、スラスターを吹かして**【ジャンプで飛びながら】**、上空と周囲の死角を代わる代わる立体的に警戒していた。
さらにその上空、低空飛行で周囲を警戒するのは、可変型MS『アンクシャ』2機。美しいシルエットの機体が、鋭い風切り音を立てて車列を追い越していく。
そして、雲を突き抜けた遥か上空――**【大気圏】**の境界線付近には、いつでもスクランブル発進できるよう、深紅の光の粒子を微かに纏った可変型MS『デルタプラス』が、大気圏突入モードのまま静かに滞空していた。
運転席でハンドルを握るのは、「アレックス・ディノ」と偽名を使ったアスラン・ザラ。髪をまとめ、サングラスをかけた彼は、バックミラー越しにジャンプを繰り返すジェダ護衛仕様の姿を確認すると、少し呆れたようにため息をついた。そして、スピーカーフォンから流れる私の声に向けて、軽く苦言を呈する。
「……それにしてもリン、移送のたびにこの騒ぎか? 非公式の移動にしては、いくらなんでも大仰すぎるんじゃないか」
アスランのちょっと困ったような愚痴が聞こえてきて、私は通信の向こうでクスクスと意地悪っぽく笑った。
『何言ってるのアレックス。カガリは、オーブのお姫様でしょ? これくらい当然じゃない』
「お、おい、リン! その呼び方はよせ!」
後部座席でカガリが真っ赤になって怒るが、アレックスはサングラスの奥の目を少し和らげ、それ以上は何も言わなかった。彼だって、カガリの身に万が一のことがあってほしくないのは同じなのだ。
胸の奥で、かつてリボンズと共鳴したサイコフレームの感覚が、微かにザワついているのを感じていた。まだ見ぬアーモリーワン。そこで、私たちを待ち受ける新たな運命の歯車が、静かに、だけど確実に回り出そうとしていた。
「よし、宇宙港が見えてきたぞ。シャトルの発射準備は完了している」
アレックスの言葉と共に、車は巨大なハッチの奥へと滑り込んでいく。
ジャンプを止め、周囲の警戒陣形へと移行するジェダ護衛仕様たちに見送られながら、私たちはプラント本国へ向けて、静かに地球を飛び立つ準備を始めた――。