――アーモリーワンの軍港から遥か離れた、漆黒の宇宙(そら)。
いかなる国家のレーダーやザフトの最新鋭センサーにも捕捉されない暗黒の宙域に、私の意志そのものである巨大な城が、静かにその不気味な威容を横たえていた。
組織名、【独立艦隊ロンド・ベル】。
オーブ、地球連合、ザフト。その三大勢力のどこにも属さず、世界の不穏な暴走や戦争を力ずくで止めるためだけに私が作り上げた、世界唯一の超法規的独立部隊。
正式にゼータプラスたちが帰還した今、その頂点に君臨する我が旗艦こそが、この最新鋭新型戦艦**【カイラム級戦艦ラー・カイラム】**だった。
「リン様。シャトル護衛に就いていたゼータプラス2機、および遠隔のデルタプラス、本艦へ無事帰還しました。全機、損傷なしです」
「お疲れ様。みんなによろしく伝えておいて」
ラー・カイラムの広大で近代的なブリッジで、私は艦長席に深く腰掛け、目の前のメインスクリーンに表示される3機の可変MSの着艦シグナルを眺めていた。
このラー・カイラムの艦載能力は圧倒的だ。最新鋭の量子通信ジャミング技術を備えているだけでなく、その巨大なハンガーには、最大で**【モビルスーツを49機同時に収容し、整備・改修することが可能】という、文字通りの怪物じみた【大艦艇】**なのだ。既存のザフトや連合の大型空母すら遥かに凌駕するその驚異的な能力こそが、ロンド・ベルが単一の艦隊でありながら、世界を震撼させる独立軍として機能できる最大の理由だった。
キィィィィィィン……。
先ほど大気圏の死線を越え、カガリたちを無事に送り届けてくれた私の大切な**【友人たち】**が、今頃ハンガーでゼータプラスから降り、機体の整備をロンド・ベルのメカニックたちに任せているはずだ。
こうして一応の戦力が完全に本艦に整った今、私は一刻の猶予もないほどの、胸が引き裂かれるようなサイコフレームの強い「ザワつき」を感じていた。
オーブ宇宙港を襲撃してきたあの謎の部隊……あれはただの序章に過ぎない。本命は、間違いなくこのアーモリーワンだ。あそこには今、カガリとアレックスがいる。そして、ザフトの新型機が眠っているはずだ。それを狙う『悪意』が、すぐ近くまで迫っている。
私はフッと目を細め、細い指先でコンソールをトントンと叩いた。
「これより本艦ラー・カイラムは、**【アーモリーワンの一応の監視任務】**に移行。全オペレーター、パッシブ・センサーを最大に。光学および熱源追跡、量子通信の傍受を開始して」
私の凛とした命令に、ブリッジのオペレーターたちが一斉に、だけど静かにキーボードを叩き始める。
カタパルトのハッチは閉ざされたまま。モビルスーツ隊もハンガーに待機させたまま、ラー・カイラムは巨大な潜水艦のように、漆黒の宇宙に潜んで監視の目を光らせる。
「了解、アーモリーワンへ向けての監視ラインを固定。パッシブ・モードでのデータ収集を開始します」
メインスクリーンの中央に、青く輝くプラントの新造軍事コロニーが静かに、大きく映し出された。
今のところ、画面の向こうのアーモリーワンは静かだ。現地では、私のジェダ迷彩仕様とザフトのジンがカガリたちを守っている。だけど、嵐の前の静けさのようなこの違和感を、私の直感がはっきりと捉えていた。
「戦争を止めるために、私はロンド・ベルを創った。……これ以上の暴走は、私のラー・カイラムが絶対に許さない」
深紅と漆黒の過去を背負った少女は、動くことなく艦艇からの監視に徹し、冷たい画面の向こうのアーモリーワンをじっと見つめながら、新たなる戦乱の足音に備えて静かに、だけど鋭く牙を研ぐのだった――。巨大な宇宙戦艦が立ち並ぶ、アーモリーワンの重厚な軍事港湾区画。
リンの独立艦隊ロンド・ベルが誇るジェダ迷彩仕様と、ザフトのジン2機が彫刻のように背後を固める中、カガリ代表とデュランダル議長による会談は、緊迫感を含みながらも厳かに進んでいた。
カガリがデュランダル議長の言葉に耳を傾け、今後の世界情勢について鋭い視線を交わしていた――その時だった。
――ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!!!
――ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!!!
突如として、軍港の全域に鼓膜を刺すような赤い非常警報が鳴り響いた。
同時に、ドックのあちこちで激しい爆発音が轟き、足元の頑強な金属製デッキが大きく跳ね上がるように揺れる。
「な、何事だッ!?」
カガリが咄嗟に手すりを掴み、周囲を見回して叫ぶ。
「議長! 新造艦ミネルバの進水式会場周辺で爆発! 謎のグループによる破壊活動ですッ!!」
ザフトのオペレーターが悲鳴のような声を通信に吹き込む。だが、彼らの本当の目的は、単なる破壊活動に留まらなかった。
「さらに混乱に乗じ、ハンガーに潜入した賊が、ロールアウト直前のザフト新型MS――『ガンダム』を強奪! 現在、こちらに向かって移動中!」
「何だと……!?」
普段は余裕を崩さないデュランダル議長の顔から、初めて血の気が引いた。
「また……またこんなことが起きるのか……!」
カガリは目の前で上がり始めた黒煙と、再び始まってしまった戦いを前に、激しい拒絶感と戸惑いを隠せず、その場に立ち尽くしてしまう。2年前のあの地獄のような大戦をようやく乗り越え、平和のための会談を行っていたその最中に、またしてもMSを強奪するような理不尽な戦火が目の前で燃え上がったのだ。
だが、カガリが激しい戸惑いに囚われる中、彼女を護るために配備されていた『力』は、一瞬の遅れもなく完全に覚醒した。
ピキィィィィンッ!
「代表、下がってください! 敵が来ます!」
アレックスがカガリの身体を背後に庇うようにして、鋭く叫ぶ。
それと同時に、カガリの背後で直掩ガードに就いていた**【ジェダ迷彩仕様】**のツインアイが、殺気立った真紅の光を放った。リンの指示により、艦艇からの徹底した監視体制が敷かれていたおかげで、現地部隊の初動はザフトの正規兵すら上回る速度だったのだ。
バリバリバリバリバリバリッ!!!
ジェダ迷彩仕様は即座に前方へ躍り出ると、携行していた重厚なショートマシンガンを構え、強奪されて港湾区画へと突っ込んできた新型ガンダム、そしてそれを引き込むために現れた敵のテロ部隊に向けて、容赦のない面制圧の迎撃射撃を開始した。
「チッ、オーブの新型か!? 邪魔をするなッ!」
強奪された新型ガンダムの一機が、ジェダの猛烈な銃撃をシールドで防ぎながら、ビームライフルを撃ち返してくる。
「代表と議長に指一本触れさせるかよぉッ!!」
デュランダル議長の背後を固めていたザフトの**【ジン2機】**もまた、即座に突撃銃を構えてジェダの射撃線に同調。激しい迎撃の嵐を巻き起こす。ジン2機は重斬刀を抜き放ち、ジェダ迷彩仕様がショートマシンガンで作り出した隙を突いて、テロ部隊のモビルスーツへ肉薄していく。
リンの独立艦隊が誇るジェダ迷彩仕様の圧倒的な面制圧射撃と、ザフトの無骨な名機ジン2機による、一分の隙もない見事な共同戦線。軍港の青空の下、爆炎と硝煙が吹き荒れる中、カガリとデュランダルを護るための、アーモリーワンにおける本当の死闘の火蓋が切って落とされた――!ドゴォォォォォォンッッ!!!
「うわあああああああッッ!?」
「逃げろ! 早く避難しろッ!!」
突如として始まった新型ガンダムの強奪劇と激しい銃撃戦により、平穏だった軍港は一瞬にして地獄のパニックへと変貌した。周囲のドックで作業をしていた大勢のザフトのメカニックや、軍港の一般兵たちが、飛び交う火線に悲鳴を上げながら四方八方へと死に物狂いで逃げ回る。
「くっ……! チョロチョロと邪魔な位置に……! 射線が通らないッ!」
カガリの背後から躍り出て、果敢に迎撃を開始したジェダ迷彩仕様のパイロットたちが苦渋の声を上げる。
リンの独立艦隊ロンド・ベルとして、民間人や基地職員を巻き込むわけにはいかない。テロ部隊の新型ガンダムを確実に仕留められる絶好のタイミングであっても、逃げ惑う生身の兵士たちが射線上に重なるため、ジェダ迷彩仕様は思うようにショートマシンガンを撃てず、その圧倒的な火力を完全に制限されてしまっていた。
そのわずかな躊躇を、強奪された新型ガンダムの容赦ない牙が捉える。
ズバァァァァァァァンッッ!!
「しまっ――」
ガンダムが放った鋭い高出力のビームが、的確に1機目のジェダ迷彩仕様の頭部を捉え、メインカメラを完全に焼き潰した。視界を奪われ、一瞬だけ動きの止まったジェダ。
テロ部隊はその隙を逃さなかった。別の新型機が凄まじい速度で肉薄すると、その手に握られたビームサーベルを、ジェダの胸部へ向けて容赦なく突き立てた。
チュドォォォォォォォンッッ!!!!!
凄まじい火花と爆発を巻き起こし、1機目のジェダ迷彩仕様はコックピットを無残に貫かれ、その場に激しく轟沈した。
「カガリ代表! 伏せてッ!!」
アレックスがカガリの身体を地面に押し付け、覆い被さる。
仲間の轟沈を目の当たりにしたもう1機のジェダ迷彩仕様は、自らの視界を遮る兵士たちへの攻撃を完全に諦め、最優先の任務へと切り替えた。
「――この人を……リン様の護ろうとしたオーブの代表を、死なせるわけにはいかないんだよォォォッ!!!」
パイロットが叫び、ジェダ迷彩仕様はカガリ代表とデュランダル議長をその巨体で覆い隠すようにして、巨大なシールドを真っ正面に構えて立ち塞がった。
ドガガガガガガガガガガッッ!!!!!
強奪された新型ガンダムたちの容赦ないビームライフルの連射と、随伴していたジンの突撃銃の嵐が、盾となって微動だにしないジェダ迷彩仕様へ一斉に集中する。
ギギギギシィィィィン……ッッ!!
特殊なスプリッター迷彩が施された強固なシールドが、敵の猛火を浴びて激しく融解し、火花を飛び散らせる。だが、ジェダはカガリたちを護るため、文字通り『生きて動く鉄壁の盾』としてその場に仁王立ちを続けた。
しかし、限界はすぐに訪れた。
ズバァァァンッ! ガガァァンッッ!!
盾の隙間を抜けた強烈な一撃が頭部に直撃し、ジェダのメインカメラが火花を散らして完全に大破。さらに、別のビームが強靱だった右の脚部関節を無残に貫き、粉砕した。
「が、はっ……! ここまで、か……!」
視界を失い、支える脚をもがれたジェダ迷彩仕様は、金属の悲鳴を上げながら、ゆっくりとその場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。
プスン……と、機体の全ての電子音が消え、システムが完全な闇に包まれる。機能停止――。だが、その巨体は最期の瞬間まで、カガリとデュランダルの前にそびえ立つ盾であり続け、彼らを敵の弾雨から完璧に護り切った。
「おい、しっかりしろ! 生きてるかッ!?」
アレックスが倒れたジェダのコクピットを見上げ、鋭く声を上げる。
ハッチの隙間から漏れ出る煙の向こう、コックピット内部では、システムがダウンして暗転したシートの上で、パイロットが激しい衝撃に耐え、荒い息を吐きながらも確かに意識を保っていた。
『はぁ……はぁ……。すまない、アレックス……機体は、やられた……。だが、私はまだ、死んでいない……! 代表たちを、早く安全な場所へ……!』
辛うじて命を繋ぎ止めた独立艦隊の戦友の声に、アレックスは小さく頷き、カガリの手を強く引いた。
「代表、議長! ジェダが護ってくれた今のうちに、移動をッ!!」
目の前で無残に大破し、機能停止したリンの愛機。そして相次ぐ爆発。再び始まった理不尽な戦争の生々しい破壊を前に、カガリは恐怖と悔しさに唇を噛み締めながら、アレックスに引かれるまま、激しい硝煙が立ち込める軍港の戦場を駆け抜け始めた――。「カガリ、危ないッ!!」
爆煙と飛び交うビームの嵐の中、アレックス――アスラン・ザラは、大破し機能停止したジェダ迷彩仕様の影から、再び迫り来るテロ部隊の脅威を鋭く見据えていた。
逃げ惑う人々、轟沈したもう一機のジェダ。そして、強奪された3機の最新鋭モビルスーツ――【カオスガンダム】、【ガイアガンダム】、**【アビスガンダム】**が、圧倒的な火力で軍港を蹂躙していく。
このまま生身で走れば、カガリを守り切ることはできない。
その時、アスランの目に飛び込んできたのは、ドックに緊急配備されていたザフトの次期主力量産機、グリーンの装甲を持つ**【ザクウォーリア】**だった。
「カガリ、議長と一緒に避難所へ! 早く行くんだ!」
「アレックス!? お前、何を――」
カガリの制止を振り切り、アスランはザクウォーリアのタラップへと飛び移る。コックピットへ滑り込み、即座にOSを起動。かつてザフトのトップエースとして戦場を駆けた男の手さばきに、一切の迷いはなかった。
「動け……動いてくれッ!!」
ゴーッッ!!
ザクウォーリアのモノアイが鋭く発光し、ドックの床を蹴って爆煙の中へと躍り出る。
アスランは手近なビーム突撃銃を構え、強奪された3機のガンダムを引き剥がすために、自らその渦中へと突っ込んでいった。
だが――相手はザフトが全力を注いで開発した最新鋭のセカンドステージシリーズ、それも3機だ。
ズバァァァァァァァンッッ!!!
「くっ……なんという機動力だ!」
宙を舞うカオス、地上を獣のように駆けるガイア、重火力を放つアビス。
いくらアスランの操縦技術が天才的とはいえ、基本スペックで完全に上回る最新鋭ガンダム3機を同時に相手にするのは、量産型のザクではあまりにも無謀だった。複数の射線から放たれるビームがザクの装甲をかすめ、たちまちアスランは絶体絶命の窮地へと追い詰められていく。
一方その頃、大破したもう一機のジェダ迷彩仕様のコックピット内。
辛うじて生き残ったロンド・ベルのパイロットは、激しい煙に咽せながらも、火花を散らす緊急用の通信コンソールへ必死に手を伸ばしていた。
『――こちらアーモリーワン現地部隊! 敵は新型ガンダム3機! こちらは1機轟沈、1機機能停止! 現在、アレックスがザクで応戦中ですが、スペック差で窮地に立たされています! ――リン様、応援を……応援要請をッ!!!』
その悲痛な叫びは、アーモリーワンの遥か後方に潜む独立艦隊ロンド・ベルの旗艦、ラー・カイラムのブリッジへとダイレクトに突き刺さった。
「ッ!? 現地部隊が壊滅……!? アレックスがザクでガンダム3機を相手にしているって!?」
モニターに映し出された現地の悲惨なデータと、戦友の生存報告に、私は艦長席からガタッと立ち上がった。
胸のサイコフレームのザワつきは、この最悪の事態を予期していたのだ。カガリの危機、そしてアレックス――アスランが死線を彷徨っている。
「全システム、最大出力! 待機中のMS部隊を――」
即座に対応し、ハンガーに眠るロンド・ベルの圧倒的な戦力をアーモリーワンへ叩き込もうと私が叫んだ、その瞬間。
ピキィィィィィィン……ッッ!!!
私の脳裏に、強烈なプレッシャーと、この強奪事件の裏で蠢く「さらなる巨大な悪意」の気配が走った。アーモリーワン内部の戦闘だけじゃない。このコロニーの周囲、宇宙空間そのものに、ロンド・ベルの動きを抑え込もうとする不気味な伏兵の影が潜んでいる。
「……待って。敵の狙いは、コロニー内の強奪だけじゃない……!」
私が鋭く動きを止め、冷や汗を流しながら戦況マップを睨みつける。
今すぐ助けに行かなければアスランが堕ちる。だけど、ここでロンド・ベルが迂闊に動けば、敵の網に引っかかるかもしれない。最悪のジレンマの中、私は唇を噛み締めながら、次なる決断を下さざるを得なかった――。