テロ部隊の襲撃によって引き裂かれ、無残な傷跡を晒した新造コロニー『アーモリーワン』。
ミネルバがガーティ・ルーを、ロンド・ベルのジェダ小隊がネオのエグザスを退けたものの、新型MS3機の強奪、そして護衛艦隊の壊滅という最悪の結末は、プラント最高評議会に凄まじい衝撃と激震をもたらしていた。
ミネルバの司令室
避難を終えたギルバート・デュランダル議長が、未だ硝煙の臭いが漂う部屋に戻るや否や、通信モニターに映し出されたプラントの保守派高官たちが、ヒステリックな怒号を一斉に浴びせかけてきた。
「議長! これは一体どういうことだッ! 新型機の強奪を許したばかりか、あろうことか我がザフトの聖域たるアーモリーワンに、あの**【ロンド・ベル】**の立ち入りを許すとはッ!!」
肥満体の高官が、画面越しに机を叩いて憤慨する。
「そうだ! ロンド・ベルといえば、2年前のヤキン・ドゥーエでジェネシスを止めたとはいえ、国家の枠組みを持たないどこの馬の骨とも知れぬ超法規的武装組織だぞ! オーブの理念に傾倒しているという噂もある! そんな危険分子のモビルスーツが、プラントの軍事機密の塊である新造コロニーの軍港で勝手に交戦するなど、ザフトの、いやプラント全体の安全保障に対する重大な主権侵害だッ!!」
次々と浴びせられる、ロンド・ベルへの辛辣な文句と不信感の嵐。高官たちは、自分たちの防衛網が破られた失態を棚に上げ、外部の調停組織が介入してきたことにただプライドを傷つけられ、激しく吠え立てていた。
しかし、糾弾の嵐を真っ正面から受け止めながらも、デュランダル議長は一切表情を崩さなかった。
彼は静かに、だけど部屋全体の空気を支配するような冷徹な手つきで前髪を軽く払い、深い紫の瞳を高官たちに向けた。
「……皆さん、少々感情が先走っているようだ。少し落ち着きなさい」
「な、何だとッ……!?」
デュランダルはフッと息を漏らし、静かで、しかし確固たる説得力を持つ声で反論を始めた。
「主権侵害、とおっしゃいましたね。ではお聞きしますが、あの状況で彼らの介入を拒んでいたら、一体どうなっていたと思いますか? 我がザフトの誇る護衛艦隊は奇襲によって電撃的に壊滅。ミネルバが緊急発進するまでのあの致命的な空白の時間を、誰が繋ぎ止めていたというのです」
「それは……しかし、我が軍のジンが……」
「現地に配備されていたジン2機だけでは、セカンドステージの新型ガンダム3機を前に、カガリ代表共々私も今頃は宇宙の塵になっていたでしょう。それどころか、敵のMA(エグザス)による外壁破壊はさらに拡大し、アーモリーワンそのものが崩壊していた可能性すらあった」
議長の理路整然とした反論に、高官たちはぐうの音も出ず、言葉を詰まらせる。
「ロンド・ベルのジェダ小隊は、避難中の私とカガリ代表からの正式な共同要請を汲み、純粋に**【プラントの防衛のために】**命を懸けて戦ってくれたのです。彼らはテロリストの生け捕りすら放棄し、徹底して我が方の被害を最小限に抑えるために動いてくれた。現に、戦闘が終われば彼らは一切の機密に触れることなく、ミネルバに敬意を払って速やかに撤退している。これのどこが主権侵害ですか?」
デュランダルは椅子の背もたれにゆったりと身体を預け、組んだ両手に顎を乗せた。その笑みの裏には、どこか底知れない冷徹さが隠されている。
「命を救われ、コロニーの完全崩壊を防いでもらったのです。プラント最高評議会たる者が、その救世主に対して感謝の言葉を述べるならまだしも、ただの面子(プライド)のために文句を並べ立てるなど……世界に対して、あまりに狭量な姿を晒すことになりますよ?」
「く、う……っ……」
画面の向こうの高官たちは、議長の圧倒的な正論と冷ややかな威圧感に完全に気圧され、顔を真っ赤にしながらも黙り込むしかなかった。
通信を切った静寂の中、デュランダルは窓の向こう、ロンド・ベルのジェダたちが去っていった暗黒の宇宙をじっと見つめた。
(独立艦隊ロンド・ベル、そして、世界を救った少女リン……。やはり君たちは、私の描く未来にとっても、無視できない最高の『駒』であり、同時に最大の『不確定要素』だ……)
再び世界に戦火が灯ったその裏で、議長は静かに、次なるチェスの手を指し進めるように、妖しい笑みを深めるのだった――。謎のグループを追撃するため、カガリとアスランを乗せたまま緊急発進したザフトの新造艦ミネルバ。
その艦内待機室の大型モニターには、先ほどアーモリーワンの外壁付近で繰り広げられた、インパルスガンダムとミネルバの圧倒的な戦闘データが映し出されていた。
凄まじい破壊力、そして戦うためだけに洗練された最新鋭のシステム。
平和を願ってプラントへ赴いたカガリにとって、ザフトが水面下でこれほどの軍事力を増強していたという事実は、胸が締め付けられるほどの憤りと絶望以外の何物でもなかった。
「……これだけの戦力を、ザフトはまた作っていたというのか……!」
カガリは悔しさに唇を噛み締め、傍らに立つデュランダル議長、そして出撃を終えて戻ってきた赤服のパイロットたちに向けて、抑えきれない怒りの声をぶつけた。
「我々は誓った筈だ! もう悲劇は繰り返さない、互いに手を取って歩む道を選ぶと! なのに、何故プラントはまたこのような新たな戦いの火種を、強大な力を生み出すんだッ!!」
悲痛なまでのカガリの叫び。
だが、その言葉に狂ったように過剰な反応を示し、一歩前に踏み出した者がいた。
インパルスのパイロット――シン・アスカだった。その瞳には、激しい憎悪と怒りの炎が燃え盛っている。
「――綺麗事を言うなッ!!」
「な、何だと……!?」
シンの突然の怒号に、カガリは息を呑む。シンは拳を血がにじむほど強く握り締め、カガリを真っ直ぐに睨みつけた。
「手を取って歩むだと!? そんな言葉で、奪われた家族が戻ってくるのかよ! 2年前、オーブのウズミ代表が掲げた理想のせいで、俺の家族がどうなったか、あんたは知りもしないくせに! 力がなきゃ、護りたいものだって何も護れないんだ!!」
シンの容赦ない言葉の刃が、カガリの胸を深く抉る。だが、シンの怒りはそれだけに留まらなかった。彼の鋭い視線は、先ほど宇宙で驚異的な連携を見せた「もう一つの力」へと向けられる。
「あんたらオーブや連合が綺麗事を並べてる間にも、あの『ロンド・ベル』とかいう組織は、どこの国にも属さないくせに49機ものモビルスーツを隠し持って、ラー・カイラムなんてバケモノみたいな最新鋭艦を動かしてるじゃないか! 国際条約もへったくれもねえ、世界を裏から力でねじ伏せるような軍隊を身近に置いておきながら、ザフトの力だけを否定するなんて、そんなのただの欺瞞だろッ!!」
「ロンド・ベルの、戦力……」
シンの痛烈な指摘に、カガリは言葉を失い、一気に視線を落とした。
リンが世界の戦争を止めるために創り上げた独立艦隊ロンド・ベル。その存在と強大な軍事力が、今のアスランたちを護り、プラントの崩壊を食い止めたのは紛れもない事実だ。だけど、国家の枠組みを超えたその『過剰な力』が、シンのような戦争の被害者たちにとって、どれほど不気味で理不尽な脅威に映っているか――。
リンを信じたい気持ちと、シンの言う正論の狭間で、カガリは息を詰まらせ、激しく困惑して反応しづらくなってしまった。
待機室に重苦しい沈黙が流れ、アスランが痛ましげにカガリを見つめた――その時だった。
――ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!
突如として、ミネルバの艦内にけたたましい戦闘アラートが鳴り響いた。
重苦しかった空気が一瞬で張り詰め、スピーカーからアーサー副長の焦った声が響き渡る。
『艦橋より各員へ! 前方のデブリ帯(宇宙ごみ宙域)にて、先ほどの不審艦(ガーティ・ルー)の熱源を再捕捉! 本艦はこれより、戦闘配置に入ります! パイロットは速やかに各機へ搭乗してください!』
「……また、敵が……!」
シンはカガリから視線を外すと、悔しさを振り切るように乱暴に背を向け、パイロットスーツのヘルメットを掴んで部屋を飛び出していった。レイもそれに無言で従う。
かつての大戦の傷跡である壊れたコロニーの残骸や岩石が、無数に漂う暗黒のデブリ帯。
見通しが悪く、あらゆる死角から奇襲が想定されるその最悪の舞台で、強奪グループとの第二ラウンドが始まろうとしていた。ミネルバのカタパルトデッキが慌ただしく駆動し、再び戦火の渦へと突き進む真紅の戦艦の中で、カガリはただ、己の無力さにじっと耐えるしかなかった――。かつての大戦で砕け散ったコロニーの残骸や岩石が、無数の墓標のように漂う暗黒のデブリ帯。
逃走した特殊戦闘艦ガーティ・ルーの微弱な熱源を追い、シンのインパルスガンダム、そして**【ルナマリア・ホーク】**の赤いガナーザクウォーリアたちが、視界の悪い岩石の隙間を縫うようにして突入していった。
だが、迫り来るインパルスたちの前に表示されるレーダー上の敵影は、一向に迎撃の動きを見せない。ただ不自然にデブリの奥へと直進していく。
ミネルバのブリッジで、その奇妙な航跡を睨みつけていたアスランの脳裏に、かつての戦場で培った直感が鋭く警報を鳴らした。
「――艦長、待ってください! 敵の動きが単調すぎます。まるで、こちらを奥へ誘い込んでいるようだ……!」
「……ッ! まさか、囮!?」
タリア・グラディス艦長が目を見開いた、まさにその瞬間だった。
「ひゃはははは! 引っかかったな、ザフトの坊やたちッ!!」
ドゴォォォォォォンッッ!!!!!
シンのインパルスとルナマリアのザクの死角となっていた巨大な岩石の裏から、強奪された3機のガンダムが文字通りの獣の如き凶暴さで飛び出してきた。
ステラのガイアガンダムが黒い残像を残しながら突撃し、ビームサーベルでルナマリアのガナーザクの大型ビーム砲を切り落とす!
「きゃあぁぁぁっ!?」
「ルナマリアッ! くそっ、待ち伏せかッ!」
シンが叫び、インパルスのビームライフルを連射するが、アウルのアビスガンダムがデブリを盾にしながら胸部から強烈なバラエーナ改2連装ビーム砲を斉射。さらに上空からはスティングのカオスガンダムが機動兵装ポッドを射出し、オールレンジ攻撃の激しい光条がシンたちを包囲した。
――だが、ネオ・ロアノークの恐るべき策略の本命は、前線のMS部隊ではなかった。
「ふふん、これで本陣はガラ空きだ。……撃てぇッ!!」
身を潜めていたガーティ・ルーが、前方へ突出したシンたちを完全に置き去りにし、ミネルバの『真後ろ』――完全な死角から不気味にその巨体を現したのだ。
間髪入れずに放たれる、連装高エネルギービーム砲の一斉射撃!
ズドォォォォォォォンッッ!!!!!
「キャーーーッ!!」
「うわあああッッ!!」
強烈な衝撃がミネルバの巨体を襲い、ブリッジに火花が飛び散る。背後からの不意打ちにより、後部スラスターの一部が炎上、艦内は赤い非常警報の嵐に包まれた。
「後方より急襲! 敵艦ガーティ・ルーですッ! 本艦の背後に完全に張り付かれています!」
「前線のインパルスたちとはデブリに阻まれ、合流できませんッ!」
「ネオ・ロアノーク……! 完全に嵌められたというの……!」
タリア艦長が悔しさに唇を噛む。
戦力を完全に分断された上、周囲に浮遊する無数の岩石が邪魔をし、ミネルバの主砲はガーティ・ルーへ照準を合わせることすらままならない。
さらにネオは老練だった。ガーティ・ルーの副砲で周囲の巨大なデブリ岩石を的確に爆破し、その破片の質量をもってミネルバを文字通り「岩の檻」の中に閉じ込め、その機動力を完全に封じ込めたのだ。
ドガガガガガガッ!
「回避不能! 右舷ナセルにデブリが衝突! 航行不能に陥ります!」
容赦なく浴びせられるガーティ・ルーからのビームと、逃げ場のないデブリの圧迫。ミネルバは初陣にして、完全に逃げ場のない絶体絶命の窮地へと追い詰められていた。
その時、ブリッジの後方からアスランの鋭い声が響いた。
「艦長! 右舷のトリスタン(主砲)を、あそこにある一番巨大なデブリに撃ち込んでください! 至近距離で!」
「何ですって!? そんなことをしたら、本艦だって爆圧で――」
アーサー副長が悲鳴を上げるが、アスランの瞳は本気だった。
「これしかありません! その爆発の衝撃波(爆圧)を右舷に受け、強引に艦のケツを滑らせるんだ! ナサルの推力と爆圧を同調させれば、この狭い宙域でも一気に回頭できるッ!!」
タリアは一瞬だけアスランを見つめ、即座に腹を括った。
「――その言葉、信じるわ! 操舵手、面舵一杯! 右舷トリスタン、至近距離のデブリへ発射ァァァッッ!!」
ズドォォォォォォォンッッ!!!!!
ミネルバの主砲が、至近距離の巨大な岩石を粉砕した。その瞬間、宇宙空間に凄まじいエネルギーの爆風が吹き荒れる。
衝撃波がミネルバの右舷を激しく叩き、艦全体がミシミシと金属悲鳴を上げたが、その莫大な爆圧を利用し、ミネルバの巨体はコマのように鋭く旋回。デブリの檻を強引に突き破り、ガーティ・ルーの真正面へとその艦首を向け直したのだ!
「な、にぃぃぃッ!?」
ガーティ・ルーのブリッジで、ネオが驚愕に目を見開く。
「主砲、照準固定! 撃てぇぇぇぇッッ!!」
タリアの絶叫とともに、正面を向いたミネルバのカリドゥス複列位相エネルギー砲とトリスタンが、暗黒の宇宙を真紅に染め上げるほどの咆哮を上げた。
ドバァァァァァァァンッッ!!!!!
「ぐわあああッッ!?」
真っ向から放たれた極太のビームの奔流が、ガーティ・ルーの艦首左舷を激しく貫き、大爆発を起こさせた。装甲が引き裂かれ、無数の誘爆の光が敵艦を包み込む。
「敵艦、大破ッ! 撤退していきます!」
「……追撃は……!」
タリアが叫ぶが、ミネルバのコンソールもまた、半分以上が赤く点滅していた。至近距離での爆圧反転、そして背後からの痛撃により、新造艦の余力は完全に底を突いていたのだ。
「無理です……主機、限界を越えています! 追撃の余力はありません!」
「そう……」
タリアはシートに深く身体を預け、悔しげに拳を握りしめた。
前線でも、母艦の危機を察知したカオスたちが撤退を開始し、シンとルナマリアは何とか生還を果たした。だが、そこに勝利の歓喜は一切なかった。
強奪された3機のガンダムは闇へと消え、ミネルバもまた深い傷を負った。
ザフト最新鋭艦ミネルバの初陣は、ネオの老練な牙に血を流し、互いに決定打を欠いたまま「痛み分け」という苦い幕引きを持って、ここに終結したのだった。
だが、このデブリ帯の死闘のデータを、遥か彼方から量子通信のジャミングを潜り抜けて監視し続けていたロンド・ベルの旗艦ラー・カイラムのブリッジで、深紅の髪の少女リンは、冷徹にモニターを見つめながら静か呟いていた。
「ミネルバ……そしてアスラン。やるじゃない。だけど、これで本当の地獄の幕が上がったわ……」
世界の針路が完全に狂い始めたことを確信しながら、彼女の戦いもまた、次なる局面へと動き出そうとしていた――。