「次から次へと、キリがないッ! この分からず屋どもがぁぁッ!!」
シンのインパルスガンダムが機動防盾でジンの実体弾を弾き返し、高エネルギービームライフルを至近距離から鋭く撃ち抜く。凄まじい爆風を伴って過激派の機体が宇宙の塵と化した。
ルナマリアのガナーザクウォーリアも、オルトロス(長射程ビーム砲)から強烈な熱線を放ち、デブリの影から奇襲を狙う過激派のゲイツを次々と「撃墜」していく。
混迷を極めるユニウスセブン宙域。
ミネルバのモビルスーツ隊とジュール隊、そして正体不明の部隊による猛烈な奮戦によって、過激派のザラ派残党は確実にその数を減らしつつあった。
――だが、戦場には常に死角が存在する。
ミネルバが巨体を翻し、主砲トリスタンで前方の過激派を薙ぎ払ったまさにその瞬間。
激しい爆煙と無数のデブリの隙間を完全に突く形で、執念深く生き残っていた過激派のジン2機が、ミネルバの**【完全な背後(後部スラスター側)】**へと急速に回り込んだのだ。
「フハハハ! 落ちろ、プラントの裏切り者の船めぇぇッ!!」
ジンの重斬刀と76mm突撃銃の銃口が、無防備なミネルバの後部装甲へと突きつけられる。
ブリッジのコンソールに強烈な接近警報が鳴り響いた。
「艦後方に敵機2! 回避、間に合いませんッ!!」
アーサー副長が悲鳴を上げる。
「――くっ……!?」
タリア艦長が衝撃に備えてシートの肘掛けを強く握りしめた、その刹那だった。
ズバァァァァァァァンッッ!!!!!
ズドォォォォォォォンッッ!!!!!
「――えっ!?」
ルナマリアが思わず叫ぶ。
ミネルバの背後に迫っていた2機のジンが、引き金を引くよりも早く、横から飛来した精密無比な極太のビームの連射によって、一瞬で両機ともコックピットを正確に撃ち抜かれ、大爆発を起こして霧散したのだ。
爆炎を割って現れたのは、重厚な装甲に身を包み、洗練された動きでビームライフルを構えるモビルスーツ――**【ジェダ】**だった。
ミネルバを間一髪で救ったマクスたちのジェダ小隊は、機体の右腕をスッとこめかみに掲げ、通信を開いた。
『――こちらロンド・ベル所属、ジェダ小隊。ザフト新造艦ミネルバ、およびパイロット諸君。先ほどのアーモリーワンでの敬礼の『お返し』だ。ここは我々が支える、前へ進め!』
「ロンド・ベル……!? あの時の……!」
シンのインパルスのメインスクリーンに、鮮明に映し出されるジェダの雄姿。
ミネルバのブリッジでは、危機を脱したタリア艦長が深く息を吐き出し、通信マイクを掴んだ。
「ロンド・ベル艦隊に感謝します。おかげで助かりました」
『礼には及びません。我々の指揮官、リン様の命令です。地球を護るため、共にこの星を叩き潰しましょう!』
「リンが……リン・ロンド・ベルが、ここに……!」
アスランがザクのコックピットで驚愕に目を見開く。
電波妨害の嵐の中で、ミネルバの面々はついに確信した。自分たちと共に、血を流しながらこの地獄の戦場を支えていた『正体不明の部隊』の真実――国家の枠組みを超え、ただ世界を破滅から救うために馳せ参じた、**【独立艦隊ロンド・ベル】**がここに参戦しているという事実を。
「あの人たちも……この星を止めるために、命を懸けて戦ってくれてるんだ……!」
シンは、先ほど艦内でロンド・ベルの力を「欺瞞だ」と吐き捨てた己の言葉を思い出し、複雑に胸を締め付けられながらも、目の前で勇敢に戦うジェダの背中に熱い闘志を燃え上がらせた。
「よし……行くぞ! ロンド・ベルに遅れを取るなッ! メテオブレイカーの設置ポイントを死守するんだッ!!」
驚愕、そして湧き上がる確かな信頼感。
正体を知り、真の意味で一つとなった混沌の共同戦線は、加速するユニウスセブンの猛火の中、さらに激しさを増して過激派の闇へと突き進んでいくのだった――。「これで……最後よぉぉぉぉぉぉッッ!!!」
焦熱のユニウスセブン宙域に、リンの魂の叫びが響き渡る。
ナラティブガンダムA装備のすべての火線が、青き地球へと滑り落ちる巨大な岩盤へと集中していた。大型レーザーキャノンが空間を焼き尽くす輝きを放ち、残る誘導式ミサイルと大型対艦ミサイルが、狂ったような爆煙の嵐となって大地の表面を蹂躙する。
ドバァァァァァァァンッッ!!!!!
宇宙空間が真っ白に染まるほどの、未曾有の大爆発。
だが――爆炎が晴れ、激しいジャミングを突き抜けてセンサーが捉えたのは、無情にも、未だ強固な質量を保ったまま加速を続けるユニウスセブンの絶望的な質量だった。
『全弾……命中! ですが、コアの破壊には至りませんッ! 推進器の加速、止まりませんッ!!』
ラー・カイラムからのオペレーターの悲鳴が通信を濁らせる。
「全部撃ち尽くしたっていうのに……! これだけの火力を叩き込んでも、壊せないの……!?」
弾薬の底を突き、残量警告の赤ライトが明滅するコックピット。
リンの息が荒くなる。背後ではマクスたちのジェダ小隊や、ミネルバのシンたちが必死に過激派を食い止めてくれている。だが、このままでは間違いなく地球に激突する。限界時間は、もう一分一秒すら残されていなかった。
「……だったら、やるしかないじゃない……!」
リンの瞳に、悲壮なまでの決意の炎が宿る。
彼女はコンソールの安全ロックを力ずくで叩き割り、隠された緊急パージレバーを思い切り引き絞った。
「システム・パージッ!! ナラティブ、全追加兵装を強制排除(パージ)!!」
ガチィィィィンッッ! プシューーッ!!
次の瞬間、ナラティブガンダムの巨体を覆っていたA装備の巨大な複合兵装、高出力スラスター、大型フレームが、一斉に爆発用ボルトによって切り離された。鋼鉄の鎧が宇宙の闇へと剥がれ落ち、中から白く細身なナラティブガンダムの『素体』が、無防備な姿を現す。
「これだけじゃ、ただの標的よ!」
過激派のジンが、好機とばかりに素体のナラティブへ突撃銃を向けた。
だが、リンの目的はパージによる軽量化などではなかった。
彼女の胸に埋め込まれた、かつて生体CPUとして縛られていた忌むべき、だけど今世界を護るための唯一の力――その深紅のサイコフレームが、限界を超えて明滅を始める。
「応えて……ナラティブ! 私の命を全部持っていってもいい……! だから、あの星を砕く力を、私にちょうだいぃぃぃッ!!!」
――カチリ、とコックピット内のシステムが、人類の立ち入ってはならない領域の扉を開けた。
『NT-D SYSTEM, ACTIVATED.』
直後、ナラティブガンダムの機体各部が、内側から押し広げられるようにスライドし、変形を開始した。
剥き出しになっていた全身のサイコフレームが、これまでの輝きを遥かに凌駕する、禍々しくも神々しい**【深紅の光芒】**を放って宇宙(そら)を照らし出す。
ゴォォォォォォォォン……ッッ!!!
「う、あああああああ劇ッッ!!!!!」
NT-Dの発動。
機体と意識が神経接続を越えてダイレクトに同調し、リンの脳内に凄まじい衝撃波が駆け巡る。彼女は苦痛に顔を歪めながらも、血の涙が滲むような鋭い眼光でユニウスセブンを睨みつけた。
ナラティブガンダムを包み込む深紅のサイコ・フィールド。その圧倒的な精神感応波の波動は、近くにいたシンやアスラン、イザークたちのMSのメインモニターを激しく歪ませるほどの質量を持っていた。
「な、なんだあの光は……!? ガンダムが……変形したのか!?」
シンがインパルスのコックピットでその異様なプレッシャーに息を呑む。
「サイコフレームの輝き……! リン、まさか自らを依り代にしてあの質量を……!?」
アスランが戦慄する中、赤く燃え盛るナラティブガンダムは、推進器もなしに、ただ純粋な『意志の力』で宇宙の物理法則を無視するように急加速した。
両手を大きく広げ、ユニウスセブンの巨大な亀裂へと突撃するナラティブ。
機体から放たれる深紅の光の帯が、まるで巨大な一振りの剣のようになり、堕ちゆく星の大地へと突き刺さろうとしていた。科学の力を撃ち尽くした少女は今、人知を超えたサイコフレームの力そのものをもって、地球の未来を阻む絶望の巨星を、内側から木っ端微塵に噛み砕かんと咆哮を上げるのだった――。カァァァァァァァッッ!!!!!
ナラティブガンダムの素体から溢れ出す、空間そのものを歪めるほどの深紅の光芒。
その人知を超えた精神感応波(サイコ・フィールド)の波動は、ユニウスセブンの焦熱の宙域全体へと伝播し、周囲で交戦していた全モビルスーツのコンソールを激しく狂わせていた。
「くっ、何なんだこのプレッシャーは……!? センサーが、まともに働かねえッ!」
シンがインパルスの機体を震わせながら、メインモニターに映る「深紅の光を纏った白いガンダム」を驚愕の眼差しで見つめる。
だが、その超常的な光の奔流を目撃した瞬間、全く別の、そして激しい衝撃に身体を硬直させた者たちがいた。
アスラン・ザラ、そしてイザーク・ジュールである。
「――っ!? この、光……まさか……!」
ザクウォーリアのシートの上で、アスランの脳裏に2年前のあの地獄の記憶が鮮烈に蘇った。
ヤキン・ドゥーエ攻防戦の最終局面。地球を塵にせんと放たれた、創世の光――終末兵器『ジェネシス』。あの絶望の巨大レーザーの直撃から、自らの命を、そして世界を護り抜いて消え去った、あの時に見たあたたかくも激しい「光」の輝き。
「ヤキン・ドゥーエの時と同じだというのか……! あの時、ジェネシスから俺たちを護ってくれた、あのリンの光と……!!」
同じく、スラッシュザクのコックピットでコンソールの異常数値を睨みつけていたイザークも、溢れ出す汗を拭いもせず、狂ったように計器を叩いた。
「間違いない……あの時の光だ! だが、何かが違う……! おい、機体のデータはどうなっているッ!?」
ジュール隊の高速演算コンソールが、ナラティブガンダムの機体構造をかろうじてスキャンし、イザークのモニターに警告と共にグラフィックを表示する。
そこに映し出されたのは、装甲の隙間から剥き出しになった、極めて限定的なエリアにしか配置されていない特殊金属の骨格だった。
『たい、隊長! データの解析が出ました! 輝いているのは特殊な精神感応金属(サイコフレーム)ですが……あれは、機体の一部、コックピット周辺と主要駆動部に**【少ししか搭載していません】**!!』
「何だと……!?」
イザークは驚愕し、即座に通信をアスランの回線へと繋いだ。
「アスラン! 聞こえるか! あの機体、全身がサイコフレームで構成されているわけじゃない! 骨格の一部に、僅かに組み込まれているだけだ!」
「一部に、少しだけ……? なら、あの姿は……!」
アスランが目を見開く。
「そうだ! 本来の、全身の骨格すべてにそれを用いた完全な機体であれば、あのシステム(NT-D)は真の力を発揮するのだろう! だが、あの機体は『素体』に無理やりそのシステムを組み込んだだけの、急造品に過ぎん! あれは……完全なNT-Dとは、とても言えない代物だッ!!」
イザークの叫びは、冷酷な現実を物語っていた。
少ししか搭載されていないサイコフレーム。それに対し、リンが今、世界を護るために絞り出している意志と精神エネルギーは、完全な機体を動かすそれをも凌駕するほどの「過剰な負荷」をシステムへと強いているのだ。
「そんな不完全な状態で、あの質量(ユニウスセブン)を止めようなどと……! リン、お前はまた自分を犠牲にするつもりかッ!!」
アスランの悲痛な叫び。
2年前に自分たちを護ってくれた光の既視感に震えながらも、それがリンの命を削る「不完全な決死の輝き」であることを知った二人は、テロリストの妨害を突き破り、その深紅の光の渦中へと向かって、狂ったように機体を加速させるのだった――。「あああああああああッッ!!!!!」
リンの魂の叫びと同調するように、ナラティブガンダムの不完全なNT-Dシステムが暴走気味に駆動する。
わずかに搭載されたコックピット周辺と駆動部のサイコフレームが、限界以上の負荷に耐えかねて、パキパキと不気味な亀裂の音を立てながら凄絶な深紅の光を放った。
推進器をパージしたはずのナラティブは、純粋なサイコ・フィールドの圧力だけで宇宙を滑るように急加速。
リンの意志そのものと化した、巨大な深紅の光の刃が、地球へと堕ちゆくユニウスセブンの最も巨大な中心岩盤へと真っ直ぐに突き刺さった。
ドゴォォォォォォォォォンッッ!!!!!
サイコフレームが引き出した超常的な破壊力が、ユニウスセブンの強固な大地を内側から激しく侵食していく。凄まじい大爆発の連鎖。
ナラティブが放つ執念の輝きによって、地球滅亡の質量を秘めたユニウスセブンの広大な大地の一部が、まるで巨人の手で引き裂かれるかのように、バリバリと凄まじい音を立てて**【豪快に削り取られていった】**。
「やったか……!?」
共闘していたシンのインパルスが、その圧倒的な光景に目を見開く。
しかし、奇跡はそこまでだった。
どれだけリンの精神が限界を超えようとも、機体そのものの現実的な限界が、容赦なく彼女の前に立ち塞がった。
ピィィィィィィィィ――ッッ!!!!!
『警告:機体出力、急激に低下。ウルトラ・コンパクト・バッテリー、限界容量を突破――』
「え……っ!?」
次の瞬間、コックピットの全方位モニターが激しく明滅し、一斉に『LOW BATTERY』の最悪な警告灯(赤ランプ)で埋め尽くされた。
全身がサイコフレームで構成されていない不完全なナラティブガンダムにとって、無理やりNT-Dを発動させ、星の質量に立ち向かうほどのサイコ・フィールドを展開した対価は、機体の**【バッテリーを一瞬で完全に枯渇させる】**という最悪の結果を招いたのだ。
フッ……。
「あ……」
あんなに激しく宇宙を照らしていた深紅の光芒が、まるで嘘のように一瞬でかき消えた。
変形していたナラティブの装甲が力なく元の『素体』の形状へと戻り、バックパックのスラスターの灯火も完全に消失する。
『NT-D SYSTEM, SHUTDOWN.』
冷酷なシステム音声と共に、リンの意識を極限まで引き上げていた神経接続が**【完全に切断】**された。
「う、あ……っ……」
脳に掛かっていた凄まじいGと精神負荷が一気に解き放たれ、リンは激しい虚脱感と酸欠に襲われてコックピットのシートの中でガクリと項垂れた。
指一本動かすことすらままならない。メインモニターも完全にブラックアウトし、ただ非常用の予備電源の淡い緑の光だけが、意識の遠のきかけるリンの顔を寂しく照らしていた。
バッテリーが切れ、完全に機能停止(フェイズシフトダウン)して灰色の死に体となったナラティブガンダム。
ユニウスセブンの一部を削り取ることはできたものの、依然として残った巨大な半身は、無慈悲にも地球への落下軌道を突き進んでいる。
熱を失い、暗黒の宇宙空間をただプカプカと力なく漂うだけのナラティブへと、過激派ザフト軍の生き残りが、ギラついた殺意を剥き出しにしてビームライフルを向けた。
「化け物め、よくも我らの星を……! 動けないなら、そこで死ねぇッ!!」
「リン――ッ!!!」
機能停止したナラティブに迫る絶体絶命の危機。その瞬間、アスランとイザーク、そしてシンの叫び声が、ジャミングの嵐を突き破って戦場に響き渡った――。「化け物め、よくも我らの星を……! 動けないなら、そこで死ねぇッ!!」
過激派ザフト軍のゲイツが、機能停止して灰色の死に体となったナラティブガンダムへ向け、冷酷にビームライフルの引き金に指をかけた。
メインパワーを完全に喪失し、漆黒の宇宙空間をただ力なく漂うだけのナラティブに、回避する術など残されているはずもなかった。
ズバァァァァァァァンッッ!!!!!
「――がはあぁぁッ!?」
だが、放たれた熱線はナラティブに届くよりも早く、側方から突進してきたロンド・ベルの精鋭――マクスたちの駆る**【ジェダ】**のミサイル付シールドによって完全に遮断された。強固な装甲が激しく火花を散らすが、ジェダはビクともしない。
『これ以上、俺たちの指揮官(リン様)に手出しはさせないッ!!』
激しい戦闘を継続していたジェダ小隊が、リンの危機に一糸乱れぬフォーメーションで牙を剥いた。
すかさず別の2機のジェダが左右から一斉に割り込み、ビームライフルを精密に連射! 動きの止まった過激派ゲイツの胸部と四肢を容赦なく撃ち抜き、瞬く間に宇宙の塵へと変えていく。百戦錬磨のロンド・ベルのプロフェッショナルたちによる、完璧なまでの強襲、そして徹底的な【援護】であった。
『マクス、敵機排除完了! 今のうちにリン様を!』
『了解! ――リン様、今お助けします!』
マクスのジェダが素早くビームサーベルをマウントへ戻すと、ナラティブの機体へと急接近。機能停止して漂う白い素体の胴体を、その逞しい両腕でしっかりと抱きかかえるようにして**【回収】**した。
『リン様! 聞こえますか、リン様!』
通信回線から聞こえるマクスたちの必死の声が、予備電源だけでかろうじて繋がっていたリンのレシーバーに届く。
「あ……みんな……、すまない……。バッテリーが、完全に……」
シートの中で指一本動かせないまま、リンは苦しげに息を吐きながら、かろうじて言葉を返した。不完全なNT-Dを限界まで引き出した反動で、彼女の意識は未だ激しい混濁の渦の中にあった。
『問題ありません、よくぞここまであの星を削ってくださいました! あとは俺たちに任せて、リン様は下がってください!』
ジェダ小隊はナラティブを強固に護衛する陣形を維持しながら、メインスラスターを激しく吹かして後方へと急速離脱を開始する。
「ロンド・ベルの奴ら、あの機体を……!」
シンのインパルスがその息の合った鮮やかな救出劇を目撃し、思わず声を漏らす。
「リンは無事か……! よかった……!」
アスランもまた、ジェダに抱えられていくナラティブの姿に、胸を撫で下ろすように激しく安堵の息を漏らした。
リンの執念の猛撃によってユニウスセブンの一部は大きく削り取られた。しかし、引き裂かれてなお、残された巨大な半身は依然として青き地球への絶望的な落下軌道を突き進んでいる。
カイルという尊い犠牲を払い、ボロボロになりながらもリンを救い出したロンド・ベルの精鋭たち。そして、その覚悟を目の当たりにしたミネルバのシンやアスラン、ジュール隊のイザークたちは、彼女が命懸けで繋いだこの世界の未来を絶対に守り抜くため、さらに激しさを増す焦熱の戦場へと再びその身を投じていくのだった――。マクスたちのジェダに抱えられ、過激派ザフト軍の猛攻を潜り抜けたナラティブガンダム。
命懸けの護衛陣形に守られながら、機能停止した白い機体は、激しい硝煙の舞う前線から独立艦隊ロンド・ベルの旗艦【ラー・カイラム】の広大なハンガーへと無事に**【後退】**し、収容された。
プシューーーッ……。
コックピットのハッチが非常用シリンダーによって重々しく開放される。
そこへ、息を切らせたメカニックたちや、出撃を控えていた他のパイロット、そしてブリッジから駆けつけてきたオペレーターたちが一斉に群がった。
「リン様ッ!! 大丈夫ですか!?」
「おい、急いで医療班を呼べ! 意識はあるか!?」
ハンガー中に響き渡る、リンを**【心配するみんな】**の焦燥に満ちた叫び声。
生体CPUという地獄の過去から自分たちを救い出し、いつも優しく微笑みかけてくれるかけがえのない指揮官。彼女の乗るナラティブが完全に機能停止して戻ってきたのだ。皆が最悪の事態を想像し、顔を蒼白に染めていた。
「はぁ……、はぁ……」
シートのホールドベルトが外され、ゆっくりと上半身を起こしたリンは、ノーマルスーツのヘルメットを重そうに外した。
その顔は、不完全なNT-Dシステムによる凄まじい精神負荷と、機体から逆流したサイコプレッシャーによって、まるで吸血鬼のように血の気が引き、真っ白に燃え尽きていた。
だけど、自分を覗き込む仲間たちの泣き出しそうな表情を見た瞬間、彼女はいつものように、消え入りそうな、だけどどこまでも温かい微笑みを無理に浮かべてみせた。
「みんな……心配をかけて、ごめんなさい……。でも、大丈夫……私は、ちゃんと生きているわ……」
掠れた声で、みんなを安心させるように優しく告げるリン。
しかし、人間の肉体が耐えられる限界を遥かに超えて、久しぶりに精神感応金属――**【サイコフレーム】**を限界まで共鳴させてしまった代償は、あまりにも重く、そして残酷だった。
タラリ、と。
「あ……」
リンが「大丈夫」と言い終えた、まさにその瞬間。
彼女の美しい白い鼻筋を伝って、鮮烈な一筋の赤――**【鼻血】**が、ポタポタとノーマルスーツの胸元へと流れ落ちた。
「リン様ッ!? 鼻血が……っ!」
「医療班! 早くしろ! 脳への負荷が強すぎるんだ!!」
「え……? あら、本当……。少し、頑張りすぎちゃったみたい……ね……」
リンは自分の指先についた深紅の血液をぼんやりと見つめながら、自嘲気味に小さく笑った。だが、その視界は急速に暗転していく。
かつての世界で、サイコフレームの光の果てに散っていった多くのニュータイプたちの記憶。そして、2年前に自分自身が体験した、あのヤキン・ドゥーエでの魂の摩耗。
少ししか搭載されていないナラティブのサイコフレームは、彼女の強大すぎる意志の力を受け止めきれず、その肉体を内側から確実に破壊しようとしていたのだ。
仲間たちの悲鳴のような制止の声を遠くに聞きながら、リンの身体は力なく前方へと倒れ込み、マクスたちの逞しい腕の中へと崩れ落ちていった。
地球へと堕ちゆくユニウスセブンの残骸を前に、世界を護るための少女の戦いは、その身を削るあまりにも過酷な代償を伴いながら、混迷の度合いを深めていく――。「リン様! しっかりしてください、リン様ッ!!」
ラー・カイラムの薄暗いハンガーにマクスたちの悲痛な叫びが響く中、不完全なNT-Dの代償として鮮血を流したリンは、限界を迎えたかのようにゆっくりと瞳を閉じ、深い眠りへと落ちていった。
強大すぎる精神感応波を、少ししか搭載されていないサイコフレームへと無理やり流し込んだ反動。脳への過剰な負荷は、彼女の意識を強制的に遮断し、深い闇の底へと引きずり込んでいったのだ。
――そして、世界は運命の時間を迎える。
リンが深い眠りについている間も、宇宙の戦場ではミネルバやジュール隊、そしてロンド・ベルの残存ジェダ小隊が命懸けでメテオブレイカーの作戦を続行し、必死の抵抗を試みた。
だが、過激派の執拗な妨害と、すでに限界を超えて加速していたユニウスセブンの慣性エネルギーは、あまりにも巨大すぎた。
ゴォォォォォォォォォン……ッッ!!!
大気圏の壁が、不気味な摩擦熱で真っ赤に染まり始める。
地球の重力に完全に捕らえられたユニウスセブンの巨大な残骸は、誰の目から見ても、もうこれ以上の軌道修正や完全な破壊は不可能な段階に達していた。
「だめだ……! 落ちる……地球にッ!!」
シンのインパルスやアスランのザクが見守る中、燃え盛る巨大な岩盤は無慈悲にも大気圏へと突入し、激しい摩擦の炎に包まれながら、青き地球の各地へとバラバラに引き裂かれ、滑り落ちていった――。
大災害――歴史に刻まれる「星の落涙」。
大気圏を突破した無数の巨大デブリは、地球の都市部や海洋へと容赦なく激突し、凄まじい衝撃波と水柱、そして大火災を巻き起こした。世界は再び、未曾有の悲劇の煙に包まれる。
――だが。その破滅の光景の中で、確かな「奇跡」がひとつだけ存在していた。
「……各都市からの報告はどうなっているッ!?」
地球連合軍の司令部、そしてプラントの管制室に、慌ただしいオペレーターたちの声が飛び交う。
『ハ、ハイッ! パリ、上海をはじめ、各地に甚大な被害が出ています! ――ですが、事前の予測されていた「人類滅亡規模の絶対的破滅」には至っていませんッ!』
「何だと……!?」
『落下直前、第一破砕宙域において、ユニウスセブンの最悪の質量を持っていた中心核(コア)の大半が、激しく削り取られるように破壊されていた模様です! そのため、地表に激突したデブリの総質量が、当初の計算よりも劇的に減少していますッ!!』
世界中の専門家たちが、その信じられないデータに目を見開いた。
本来であれば、地球上の生命すべてを絶滅させかねなかった、ユニウスセブンの最悪の質量。
それを、大気圏突入の直前に命を懸けて**【激しく削り落とし、破壊した】**存在がいた。
科学の火力をすべて撃ち尽くしたあと、自らの肉体と脳をボロボロにしながら、深紅のサイコフレームの光で星を噛み砕いた少女、リン。
彼女が放ったあの決死の一撃が、ユニウスセブンの最も危険な「牙」を事前にへし折っていたのだ。
結果として、世界は壊滅的な被害を受けながらも、人類が滅亡する最悪のシナリオだけは確実に回避され、【被害は最小限に抑えられていた】。
ラー・カイラムの医務室。
窓の向こうで真っ赤に燃え盛る地球の大気を、静かな寝息を立てながら夢の中で見つめるリン。
鼻血を拭われ、包帯を巻かれたその寝顔は、世界を救った救世主のそれにしては、あまりにも儚く、そしてどこまでも優しい少女のままであった。
彼女が繋ぎ止めた、かすかな地球の明日。
だが、この星の落下を契機として、眠るリンの預かり知らぬところで、ロード・ジブリール率いるブルーコスモス、そして世界の怒りは、プラントへと牙を剥こうと最悪の狂気を加速させていくのだった――。