「ステラ……! しっかりしろ、ステラ!!」
シンは、腕の中でぐったりと力なく垂れ下がる少女を必死に抱きしめ、何度もその名を叫んだ。
まさか、あの海辺で泣いていた無邪気な少女が、自分たちを殺そうとしたガイアのパイロットだったなんて。あまりにも残酷な現実に頭が狂いそうになりながらも、シンは独断で彼女をミネルバ内へ連れ帰ることを決め、その身体を力強く抱え上げた。
「医務室だ……! 早く、ミネルバの医務室へ運ばないと……っ!」
焦燥感に駆られてステラを運び出そうとするシンの背中に、リンが静かな、だけど今までになく引き締まった声を掛けた。
「シン、ステラをお願いね。その子はあんたが守ってあげて」
「え……?」
シンが足を止め、怪訝そうに振り返る。ナラティブガンダムのタラップに足をかけ、コックピットを見上げるリンの横顔は、何か大きな決意を秘めたように張り詰めていた。
「あんた、どこへ行くんだよ? ここまで一緒に戦って、ステラの正体も分かったのに、置いていくのか?」
「私は……行くべき場所があるの」
リンはコックピットへ飛び乗ると、シートに深く腰掛け、コンソールを叩いた。サイコフレームが、主の心に灯った『覚悟』に呼応するように、じんわりと深紅の輝きを放ち始める。
アークエンジェルのブリッジで、カガリに言われた言葉がずっと胸に刺さっていた。
『安全な場所から私たちのやり方を批判しているだけじゃないか!』
『傷つく覚悟もない者に、キラを責める資格なんてあるものか!!』
(……そうね、カガリ。私は傷つくのが怖くて、綺麗事の盾に隠れてた。だけど、もう逃げない。あいつらのやり方は今でも納得できないけれど、世界中を敵に回してでも何かを止めようとしているあいつらを、私はただ批判するだけの傍観者にはなりたくない……!)
泥を被る覚悟を決めたリンは、キラたちアークエンジェルを今度は自らの力で『援護』し、その戦いを見届けることを心の中で固く誓っていた。
「おい、リン! なんでだよ!? なんで今、ここを離れるんだよ!」
怪訝に満ちたシンの鋭い声が、通信ウィンドウ越しに投げかけられる。
リンは一瞬、切なげに目を伏せたが、すぐにロンド・ベルの指揮官としての冷徹な仮面を被り、毅然と言い放った。
「これはロンド・ベルとしての任務よ。地球連合の極秘ラボがザフトに見つかった以上、ここ一帯の戦況は大きく動くわ。私は独立部隊の隊長として、大局を見るために動かなきゃならないの。これ以上は、ザフトのあんたに話せることじゃないわ」
「任務、だと……? くそっ、結局あんたもロンド・ベルの都合かよ……っ!」
シンの悔しげな言葉を背中に受けながら、リンは切なさを押し殺してハッチを閉じた。
「ごめんね、シン。……ステラを、よろしくね」
駆動音を響かせ、深紅のナラティブガンダムB装備はラボの闇から外の空へと一気に飛び出していった。守るべきもののためにミネルバへと走るシンと、己の綺麗事を捨てて業火の戦場へと舞い戻るリン。二人の道は再び分かれ、それぞれの戦いへと突き進んでいくのだった――。深紅の軌跡を描きながら、ナラティブガンダムB装備はアークエンジェルのMSデッキへと滑り込んだ。
コックピットのハッチが開き、パイロットスーツ姿のリンがタラップに降り立つ。そこには、どこか気まずそうな、だけどホッとしたような表情のキラが待っていた。
「……リン。また、来てくれたんだね」
リンはヘルメットを抱え、少し目を伏せてから、真っ直ぐにキラを見据えた。
「……この前は、アークエンジェルで勝手なことばかり言ってごめん。あんたたちの覚悟も知らないで、安全な場所から綺麗事ばっかり並べてたのは、私の方だったわ」
「ううん、違うよ」
キラは首を横に振り、優しく微笑んだ。
「リンの言ったことも、間違ってない。僕たちのやり方が戦場を混乱させて、誰かを傷つけているのは事実だから。それでも……僕はもう、誰も死なせたくないんだ。そのために泥を被る覚悟はできてる」
「……頑固ね、あんたは」
リンは小さく苦笑すると、一歩前に進み出た。
「その頑固な綺麗事、今度は私も特等席で見届けさせてもらうわ。批判するだけの傍観者は、もうやめ。アークエンジェルを、あんたたちを、私の力で援護する」
「ありがとう、リン。心強いよ」
「そう言うなら、早速だけどこの子……ナラティブの調整を頼める? ユーラシアの施設で少し無茶な格闘戦をやっちゃって、サイコフレームの追従性に少しラグが出てるのよ」
「分かった。マードック軍曹と一緒に、僕もすぐプログラムをチェックするよ」
キラが爽やかに頷き、二人の間にあった硬い轍は、少しずつ溶けていくのだった。
――しかし、その穏やかな時間は長くは続かなかった。
アークエンジェルのブリーフィングルームでは、新たに合流したミリアリア・ハウを交えて、重苦しい空気が立ち込めていた。メインモニターには、刻一刻と変化する混迷の戦況データが映し出されている。
「――ザフト軍ミネルバ、および地球連合・オーブ同盟軍の双方が、現海域にて接触。……完全に、戦闘状態に入ったわ」
ミリアリアが厳しい声で告げると、カガリは机に両手を突き、モニターを凝視した。
「ユウナの馬鹿者が……っ! 連合の口車に乗せられて、ザフトの最新鋭艦を相手にまともに戦えると思っているのか!? このまま見過ごせば……オーブの軍は、私の国の大事な兵士たちは、全滅してしまう……!」
「カガリ……」
マリューが痛ましげに彼女を見つめる。しかし、カガリの苦悩はそれだけではなかった。
「だが、私がまたあそこへ行けば……オーブを、ミネルバを守ろうとしているアスランと、また戦うことになる……! あいつは今、ザフトの軍人なんだ。私の、オーブの身勝手な介入を、あいつが許してくれるはずがない……っ!」
頭を抱え、激しい葛藤に押し潰されそうになるカガリ。
「カガリ」
その背中に、キラが静かだが、力強い声を掛けた。
「行こう。アスランが怒るのも、僕たちを拒絶するのも分かってる。でも、だからってここで手をこまねいていたら、オーブの兵士たちも、アスランだって、本当に死んじゃうかもしれないんだ」
「キラ……」
「僕たちはもう、綺麗に生きることなんてできない。世界中から『傲慢な侵略者』って呼ばれたって構わない。それでも、守りたい命がそこにあるなら……動かなきゃダメだ」
キラの言葉、そしてその揺るぎない瞳の光が、カガリの震える心を強く突き動かす。カガリは涙を拭い、力強く顔を上げた。
「……ああ! 行こう、アークエンジェル、発進だ! 私が、私の手で……オーブの軍を止めてみせる!」
「マリューさん、僕もフリーダムで出ます。リン、ナラティブの調整は終わってるよ!」
キラの呼びかけに、パイロットスーツのジッパーを上げたリンが鋭く頷く。
「サンキュー、キラ! サイコフレームの感度はバッチリよ。――さあ、行きましょう。あのアスランやシンが、どんな顔をして私たちを迎撃してくるか……見ものね!」
すでに遥か彼方の海原では、ミネルバの主砲が火を噴き、オーブ軍の戦艦が爆炎を上げて激突していた。アークエンジェル、そして白き翼と深紅のガンダムは、再び狂気の業火へと向かってい?る…「……なんだ、あのガンダム」
ミネルバの格納庫。ステラを医務室へと送り届けたシンは、自室に戻る足をもどかしく止め、先ほどまでラボの暗がりで対峙していた深紅のモビルスーツの残像を思い出していた。
リンの駆る、ナラティブガンダム。
あの緊迫した状況の中、格納庫のハッチ越しに、あるいは立ち込める煙の隙間からシンが見てとれたのは、その機体の脚部周辺だけだった。
「白っぽく剥き出しになったフレームの周りに、あいつの意志みたいに真っ赤に光るパーツが張り付いてたな……。それに、あの足の形状……」
シンは腕を組み、薄暗い通路の壁に背中を預けて想像を巡らせる。
全体像はまるで見えなかった。しかし、あの禍々しいほどに鮮烈な深紅の輝きと、ザフトのモビルスーツとも連合のガンダムとも明らかに違う、どこか異質な骨組みのような脚のラインが、妙に頭に焼き付いて離れない。
(ロンド・ベルの独立部隊……。あいつ、一体どんな化け物みたいな機体に乗ってんだよ。ただのガンダムじゃねえ。あの脚のパーツだけで、尋常じゃない機動力があることくらいは分かったけど……。まさか、全身があんな真っ赤な光に包まれてるのか?)
シンが一人、頭の中で深紅の機体の全体像をあれこれと想像していた、その時だった。
「シン! 何を突っ立っている」
背後からかけられた冷徹な声に、シンはハッとして思考を遮られた。振り返ると、そこには怪我の容態が落ち着いたのか、いつもの端正な顔立ちに戻ったレイが、ルナマリアを連れて歩いてきていた。
「あ……レイ。もう大丈夫なのかよ? ラボの中で急に倒れるから、心配したんだぞ」
「問題ない。少し神経が昂ぶって、脳波が乱れただけだ。それより、ギリアム隊長からこれ以上の調査は不要との通達が出た。今は体を休めることが先決だ」
レイはシンの様子をじっと見つめ、その視線が格納庫の方を向いていたことに気づいたが、深くは追及しなかった。
「ほらほら、シン! そんなところで難しい顔してないで、早く行くわよ」
ルナマリアがシンの背中をぽんぽんと叩き、呆れたように笑う。
「食堂で今日の分の特別配給が出てるの。早く行かないと、他のパイロットたちに全部食べられちゃうんだから!」
「……あ、ああ。分かったよ。今行く」
シンはもう一度だけ、リンが去っていった暗い空の向こう側に思いを馳せるように格納庫の奥を見つめたが、すぐに首を振って歩き出した。
「待てよ、ルナ! 俺の分まで残しとけよな!」
レイとルナマリアの後に続きながら、シンは食堂へと向かう。今は目の前の戦いと、そして医務室で眠るステラのことで頭が一杯のはずなのに、リンが乗っていたあの『脚部しか見えなかった深紅のガンダム』の不気味な存在感が、シンの胸の奥に小さな、だけど確かなざわつきを残していた――。
「よし……これでプログラムの書き換えは完了だよ。リン、ナラティブのサイコフレームの追従性、これでテストしてみて」
アークエンジェルのMSデッキで、簡易端末を片手に持ったキラが額の汗を拭いながら微笑んだ。
「ありがとう、キラ。……やっぱりあんたのOS調整は天才的ね。さっきまであった、あの脳に直接来る妙なラグがすっかり消えてるわ」
リンはコックピットのシートでナラティブガンダムB装備のコンソールを叩きながら、深紅に明滅するサイコフレームの輝きを見つめた。キラたちとの和解を経て、ナラティブは万全の態勢を整えている。
だが、リンの胸の奥には、まだもう一つの『不穏な火種』が残っていた。
キラがデッキを離れたのを見届けると、リンは機密回線を開き、ロンド・ベル隊の極秘開発班へと通信を繋いだ。
「――私よ。ユーラシアの施設での一件があってから、どうにも胸騒ぎが止まらないの。……それで、例の『試作型』の調整はどうなっている?」
通信の向こうから、開発主任の硬い声が返ってくる。
『隊長ですか。……正直に申し上げます。例のフルサイコフレームを実装した特殊機体、ユニコーンガンダムですが、現在やっと内部フレームが完成しているという段階です。まだ外装のサイコフレームとの同調テストすら終わっていません。実戦投入など、到底不可能です』
「ユニコーンガンダム……。まだ骨組みだけ、ってわけね」
リンは息を吐き出した。人間の脳波、すなわち精神波をダイレクトに機体追従へ変換する恐怖のシステム。同じ強化人間として、そのフルサイコフレーム機が持つ危うさは誰よりも理解しているつもりだった。
「分かったわ。引き続き極秘裏に調整を進めて。あれは、この狂った世界のバランスを根底から覆しかねない機体よ。絶対に他所にデータを漏らさないで」
『了解しました』
通信を切り、リンがふぅ、と重い一息をついたその時、アークエンジェル艦内にけたたましい戦闘警報のサイレンが鳴り響いた。
「――ミネルバ、および地球連合・オーブ同盟軍が、クレタ島付近の海域にて激突! 双方、完全に戦闘状態に入りました!!」
ブリッジのミリアリアの鋭い悲鳴のような報告が、通路のスピーカーから響き渡る。
当初の予定通りジブラルタルへ向けて発進したミネルバを討つべく、地球連合軍と、再度連合軍との共闘を選んだオーブ軍が、クレタ島付近で巨大な網を張って待ち受けていたのだ。
急いでブリッジへ駆け込んだリンの目に飛び込んできたのは、メインモニターに映し出された、激しい爆炎に包まれる海の映像だった。
「ユウナの馬鹿者が……っ!」
カガリが悔しげに拳を机に叩きつける。
「連合の甘い言葉に乗せられて、あんな狭い海域でミネルバの主砲を真っ向から受けるなど……! このまま見過ごせば、オーブの軍は、私の国の大事な兵士たちは、全滅してしまうぞ!」
「カガリ……」
マリューが悲痛な面持ちで見つめるが、カガリの身体はガタガタと震えていた。
「だが、私がまたあそこへ行けば……オーブを、ミネルバを守ろうとしているアスランと、また戦うことになる……! あいつは今、ザフトの軍人なんだ。私の、オーブの身勝手な介入を、あいつが許してくれるはずがない……っ!」
「カガリ」
葛藤の泥沼に沈みかけるカガリの肩を、キラが優しく、だけど決して揺るがない力強さで掴んだ。
「行こう。アスランが怒るのも、僕たちを拒絶するのも分かってる。でも、だからってここで手をこまねいていたら、オーブの兵士たちも、アスランだって、本当に死んじゃうかもしれないんだ」
「キラ……」
「僕たちはもう、綺麗に生きることなんてできない。世界中から『傲慢な侵略者』って呼ばれたって構わない。それでも、守りたい命がそこにあるなら……動かなきゃダメだ」
キラの言葉が、カガリの迷いを一刀両断にする。カガリは涙を乱暴に拭うと、かつての凛とした表情を取り戻して叫んだ。
「……ああ! 行こう、アークエンジェル、発進だ! 私が、私の手で……オーブの軍を止めてみせる!」
「リン、僕もフリーダムで出るよ。行こう!」
「ええ、もちろんよキラ!」
リンはナラティブのコックピットへ滑り込み、ツインアイを鋭く発光させた。
まだ見ぬ白き一角獣『ユニコーン』の影を背後に感じながら、リンは今、目の前の戦火を止めるために、フリーダムと共にクレタ島の激震の海へと飛び立つ――。
地響きのような砲撃音が、クレタ島沖の青い海を真っ黒な硝煙で染め上げていた。
ジブラルタルへと急ぐミネルバの前に立ち塞がったのは、度重なる敗北に血眼になった地球連合軍、そして彼らと再び手を組んだオーブの同盟軍だった。地理的な不利も重なり、容赦ない包囲網にミネルバは防戦一方の苦戦を強いられてしまう。
「くそっ! ちょこまかと邪魔すんじゃねえッ!」
「シン、深追いするな! 艦(ふね)の防衛が先決だ!」
シンとアスランが状況を打開すべく飛び出すものの、それを嘲笑うかのように、連合の強化人間たちが駆るアビスガンダムとカオスガンダムが猛烈な連撃で割り込んでくる。
狂ったような猛攻に行く手を阻まれ、二人はミネルバの本隊を援護できず、焦燥感だけが戦場に空回りしていた。
その絶望的な戦火の真っただ中に、まばゆい白き翼が舞い降りる。
キラ・ヤマトのフリーダムガンダム、そしてアークエンジェルが、またしてもこの混沌とした海域に姿を現したのだ。フリーダムの放つ一斉射撃が、ミネルバを追い詰めていた連合軍の戦艦の砲塔を正確に撃ち抜き、その窮地を救う。
「オーブ軍の全艦艇に告ぐ! 私はオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハである!」
ストライクルージュに搭乗したカガリが、涙を震わせながら全回線で叫んだ。
「直ちに戦闘を停止し、全軍速やかに退きなさい! なぜそれが分からん! 愚かな戦いに、これ以上オーブの兵士の命を捧げてはならないッ!」
だが、その必死の叫びは、ある一人の少年の逆鱗に触れた。
「またあんたか……ッ!!」
インパルスのコックピットの中で、シンの瞳が怒りで真っ赤に染まる。
度重なるアークエンジェルの傲慢な介入、そして何より、自分たちを『侵略者』と呼びながら連合と泥沼の同盟を続けるオーブの欺瞞。それがすべてカガリの言葉に重なり、シンの堪忍袋の緒が完全に弾け飛んだ。
「綺麗事ばっかり並べて、戦場を混乱させて……! よくもそんなことが言えるなあああッ!」
シンはアスランの制止の声を完全に無視し、高エネルギービームライフルをルージュへと向け、いきなり引き金を引いた。
「カガリッ!!」
危機一髪のところでキラのフリーダムが割り込み、ルージュの盾となってシンのビームを弾く。しかし、逆上したシンの猛攻は止まらない。
「お前たちが……お前たちが来なければ、ハイネだってッ! ステラだってああはならなかったんだ!!」
「シン! やめるんだ!」
キラは襲い掛かるインパルスを受け止めながらも、シンの背後に迫るもう一機の『気配』に気が付いた。
ナラティブガンダムB装備――。まだサイコフレームを開放せず、深紅の光を体内に眠らせたままのリンが、有線式攻撃端末を翻しながら戦場へ突入してきたのだ。
その独特のフレーム構造が剥き出しになった脚部を見た瞬間、シンの脳裏にラボでの記憶が鮮烈に蘇った。
「あの時の脚……! テスト中の新型ガンダムかッ!」
シンはリンの機体を地球連合かオーブの『敵の新型』と断定し、インパルスの機首をナラティブへと向けた。
「どこのどいつか知らないが、邪魔をするなら叩き落とすッ!」
「シン、頭を冷やしなさい! あんたの怒りは、今目の前にいるカガリに向けるものじゃないわ!」
リンはナラティブのビームライフルでシンの接近を牽制するが、怒りに狂うシンのインパルスはビームサーベルを狂暴に振りかざし、肉薄してくる。鋭い格闘戦の火花が、二人のガンダムの間で激しく飛び散った。
その隙を突き、別方向からアビスの容赦ない砲撃がカガリのルージュへと牙を剥く。
「しまっ……、カガリ!!」
リンはシンとの交戦を強引に中断すると、スラスターを最大出力で噴射。ナラティブの堅牢なシールドを掲げ、ルージュの前に文字通り滑り込んだ。
ズドォォンッ!!
「きゃああっ!?」
激しい衝撃がナラティブの機体を揺さぶる。身を挺してカガリをかばったリンを見て、キラの瞳の奥で、ついに何かが弾けた。
「リン!! ――もうやめるんだ、君たちはーーッ!!」
SEEDを発現させたキラのフリーダムが、凄まじい反応速度でシンへと襲い掛かる。「キラ、よせ!」と叫ぶアスランだったが、再びカオスとアビスが割り込んできたことで、戦場は敵味方が入り乱れる完全な混戦状態(ドッグファイト)へと突入した。
激化する業火の中、今度はシンの瞳の奥でSEEDが弾ける。
「お前たちだけは……絶対に許さないッ!!」
超感覚に覚醒したシンのインパルスは、襲い来るアビスガンダムの動きを完全に先読みし、その必殺の刃でアビスを真っ二つに仕留めた。
同時に、フリーダムの圧倒的なマルチロックオンがカオスガンダムの四肢と武装を正確に爆砕し、一瞬にしてその戦闘力を奪い去る。
「アスラン……ッ!」
「キラ……なぜ分かってくれないんだ、お前たちはッ!!」
アビスの爆炎と、カオスの墜落を背景に、今、かつての親友であるキラとアスランが、互いの譲れない正義を懸けて真っ向から激突するのだった――。「ユウナ様! クレタ沖の同盟軍が、ザフトのミネルバに押し込まれています! このままでは我が軍の被害も……!」
オーブ軍の旗艦『建御雷(タケミカチ)』のブリッジに、悲鳴のような報告が響き渡る。その様子を、通信モニター越しに地球連合軍のネオ・ロアノークが冷ややかな目で見下ろしていた。
「おいおい、どうしたんだい、ユウナ代表? オーブの力ってのはその程度なのかい? 連合との同盟をそんな軽いものと考えてもらっちゃ困るんだよねぇ」
ネオの軽薄ながらも逃げ場のない叱責に、ユウナ・ロマ・セイランは青い顔をしてガタガタと震え、額から冷や汗を流した。
「く、くそっ……! トダカ一佐! 何をしているんだ! 早く……早くあのザフトの不沈艦を叩き落とせ! 躊躇うな、全軍もってミネルバを追撃するんだ!」
ユウナの怒声に、トダカ一佐は苦渋の表情を浮かべながらも、軍人としての責務を全否定することはできず、深く拳を握りしめた。
「……全艦、全MS部隊、突撃! ザフトのミネルバを討て!」
一方、度重なる混戦で満身創痍のミネルバでは、艦長のタリア・グラディスが、唇から血が出るほど強く噛み締めていた。モニターに映るアークエンジェルの姿。かつて世界を救ったあの三隻同盟の歌姫の艦が、今や自分たちの前に最大の障害として立ち塞がっている。
「……これ以上の容赦は、我が艦の全乗組員の死を意味します」
タリアは痛みを堪えるように目を閉じ、そして鋭く見開いて言い放った。
「これより、アークエンジェルを『完全な敵艦』と見なします! 全砲門、照準合わせ! 容赦は不要です、撃て!!」
この瞬間、ミネルバとアークエンジェルは完全に袂を分かち、互いを撃ち落とすべき敵として認識した。
海面を割ってミネルバへ迫る、オーブ軍のムラサメ部隊。
その荒波の行く手を遮るように、ストライクルージュが両手を広げて立ちはだかる。
「退きなさい! 命令だ、全軍退くんだ!! なぜ私の声が届かない! お前たちが戦うべき相手は、ザフトではないはずだ!!」
カガリの叫びが全回線に響く。しかし、ムラサメのパイロットたちの声には、すでにこの不条理な戦争で命を捨てる覚悟を決めた、暗い悲壮感が満ちていた。
『アスハ代表……! 申し訳ありません、ですが我々はオーブの軍人です!』
『国が結んだ同盟に従い、ここで退くわけにはいかないのです!』
「待て! 行くな! 私の前に、死ににいくなァァッ!!」
カガリの必死の説得を無視し、ムラサメ部隊はミネルバの対空砲火の網へと突っ込んでいく。次々とオレンジ色の爆炎に変わり、冷たい海へと消えていくオーブの戦士たち。カガリはコックピットの中で、ただ歯噛みしながら、その惨劇を見守ることしかできなかった。
「みんな……嘘だろ、みんな……っ!」
その時、ナラティブガンダムB装備を駆るリンが、ボロボロになったシールドを掲げてルージュの隣へと急降下してきた。
「リン! 頼む、あいつらを……オーブの兵士たちを助けてくれ! 撃墜される前に、止めてくれ!!」
カガリが泣き叫びながらリンに縋る。
リンは一瞬、ナラティブのセンサーを広げ、散っていくムラサメ部隊の動きを捉えた。ビームライフルを構え、誰か一人の足を撃ち抜いてでも止めようとした――だが、その瞬間、リンの強化人間としての超感覚が、パイロットたちの『意志』をダイレクトに拾ってしまった。
(――死を覚悟して、それでも国のために引き金を引いている。この人たち……もう、言葉なんて、生半可な力なんて届かないところまで行っちゃってる……!)
あの子たちと同じだ。狂った大人たちに縛られ、逃げることもできず、ただ死ぬためだけに牙を剥いている。その瞳にあるのは、ただの捨て身の覚悟。
「……ダメよ、カガリ」
リンの声は、酷く冷たく、そして悲痛に震えていた。
「な、何でお前までそんなことを言うんだ! 助けられるだろ、お前の力ならッ!」
「助けられないわよ! あいつらはもう、死ぬ覚悟を決めてる! 今のあいつらを中途半端に助けたって、それはあいつらの覚悟を侮辱するだけよ! それに、このままここにいたら、あんたまであのミネルバの砲火に巻き込まれて死ぬわ!」
「それでも、私は……!」
「来なさい!!」
リンはナラティブの強靭なアームで、ストライクルージュの腕を強引に掴んだ。スラスターを激しく吹かし、強硬手段に出る。
「離せ、リン! 離してくれッ!」
「嫌よ! あんたがここで死んだら、本当にオーブは終わりよ! キラたちが何のために泥を被ってるか、もう一度よく考えなさい!」
リンはカガリの絶叫を無視し、ナラティブの出力を最大にして、爆炎が渦巻くクレタ沖の主戦場から、カガリのルージュを非戦闘海域へと引きずり戻すように後退させ始めた。
背後では、キラとアスランの互いの正義をかけた激突の光が、激しく海面を照らし続けていた――。