「……なあ、あんた」
ジャンク屋のおやっさんは、油まみれのウエスで手を拭きながら、ベッドに身を起こした私に話しかけてきた。
「あんたと一緒に海から引き揚げた、あのズタボロのモビルスーツ……なんだい、ありゃあ。装甲の隙間から、なんだかよく分からねぇ『気味の悪い光る骨組み』みたいなのが剥き出しになってたが。あんな妙な材質、長年ジャンク屋やってる俺でも見たことがねぇぞ」
サイコフレームの存在など知る由もないおやっさんにとって、あの機体は得体の知れないバケモノの骸にしか見えなかったのだろう。
「……あれは、私の機体」
私は太ももの付け根から不格好に伸びる、冷たい機械の義足をさすりながら、自嘲気味に鼻で笑った。
「私の棺桶になるはずだった、ただの鉄屑よ」
「……そうかよ」
おやっさんはそれ以上深くは突っ込まず、作業台に腰掛けた。
「それより、おやっさん。あんたのところ、軍の暗号通信に割り込める強力な長距離無線機、置いてない?」
「あるにはあるが……何に使う気だ? あんた、どこの軍隊の所属なんだよ」
おやっさんの目が、少しだけ鋭く光る。
「詮索しないで。私には……まだ、這いつくばってでもやり遂げなきゃいけない『任務』があるの」
私が強い視線で睨み返すと、おやっさんはやれやれと肩をすくめ、店の奥から古めかしいが重厚なコンソールを引きずり出してきた。
私はベッドから身を乗り出し、初めて自分の意志でその義足を動かそうとした。ズシリとした鉛のような重みと、太ももの接合部を走る鈍い痛みに顔をしかめながら、壁伝いに無線機の前へと這いずる。
コードを物理的にバイパスさせ、専用の周波数帯に合わせると、記憶しているロンド・ベルの暗号認証コードを素早く打ち込んでいく。
ザザッ、と激しいノイズの後、微かに通信が繋がる音がした。
「こちら、ロンド・ベル所属……リン。認識コード、アルファ・セブン。……聞こえる?」
数秒の沈黙の後、本部からの応答を受信する。私は周囲を一度確認し、声を潜めて手短に伝えた。
「ナラティブは完全にロストしたわ。……ええ、私は無事よ。だから……地上に、『試作型ユニコーン』を降ろして。座標は後で送るから。……頼んだわよ」
通信を切ると、私はどっと鉛のような疲労を感じて、その場にへたり込んだ。
「ほら、食える時に食っとけ。腹に何も入ってねぇだろう」
数時間後、ベッドに戻された私の元へ、おやっさんが湯気の立つコンソメスープと硬いライ麦パンを持ってきてくれた。
強烈な空腹感はあった。私は震える手でスプーンを握り、スープを胃に流し込む。
だが、その温かさが胃の腑に落ちた瞬間だった。
薬(OD錠)の完全な離脱症状と、極限のストレスでボロボロになっていた私の内臓は、固形物はおろか水分すら激しく拒絶した。
「うっ……、あ……」
強烈な吐き気が込み上げ、視界がぐにゃりと歪む。
「おえっ……!! げほっ、ごほっ、がはっ……!!」
私はたまらずベッドの脇に身を乗り出し、せっかく口にしたものをすべて床に吐き出してしまった。胃液の酸っぱい匂いと、喉を焼くような苦味。咳き込むたびに涙がボロボロと溢れる。
「おいおい、大丈夫か……! 無理すんな!」
背中をさすってくれるおやっさんの声が遠のき、私は激しい眩暈と悪寒の中で、そのまま意識を深い闇へと落としていった。
『お前だ……お前が、ステラをォォォッ!!』
夢を見た。
業火の中で、シンの狂気に満ちたインパルスが私に刃を振り下ろす夢。
『なんで……なんで殺したの……』
ステラの冷たくなった手が、泥沼の中から伸びてきて、私の首を絞め上げる。
そして、ガンダリウム合金が飴細工のように捻れ、私の太ももから下の両足が、コックピットの熱でドロドロに溶かされ、潰されていく……あの悍ましい感触と、肉が焼ける嫌な音が、脳内で何度も何度もループする。
「嫌ぁぁぁぁっ!! やめて……私が、私がやったんじゃない……っ! 違う、来ないでぇぇぇッ!!」
「おい! 起きろ、大丈夫だ、ここは安全だぞ!」
バチッ、と強い作業灯の光に照らされ、私は大きく息を呑んで跳ね起きた。
全身は脂汗でびっしょりと濡れ、過呼吸を起こしたように肩が激しく上下している。目の前には、心配そうに私の肩を揺さぶるおやっさんの顔があった。
「ひどい魘されようだったぜ。……あんた、一体何をそんなに抱え込んでるんだ? なんでそこまでボロボロになって、悪夢にうなされながら戦おうとする?」
その優しくも真剣な声のトーンに、私の張り詰めていた糸がプツリと切れた。
震える両手で顔を覆い、私は嗚咽しながら、心の奥底に溜まっていた真っ黒な泥を吐き出すように口を開いた。
「私は……仲間を、自分の手で殺したの。救いたかったはずのあの子(ステラ)を、私がこの手で壊した……。それに、私を慕ってくれた別の仲間(シン)を裏切って、あいつの心までボロボロに引き裂いたのよ……!」
声がひしゃげ、涙が指の隙間からボロボロとこぼれ落ちる。
「私が全部、台無しにしたの。全部、私のせいなのよ! だから……両足をこんな風に焼かれたって、死んだって、当然の報いだったのに……! なんで、私だけがこんな中途半端に生きてるのよ……っ!」
私は自分の惨めな機械の義足を、力任せに拳で殴りつけようとした。
しかし、その手はおやっさんの分厚く、油と鉄の匂いが染み付いた手によってがっしりと受け止められた。
「……いいか、よく聞け」
おやっさんは私の目を真っ直ぐに見据え、低く、力強い声で言った。
「俺たちジャンク屋はな、どんなに壊れてドロドロに溶けた鉄屑でも、拾い上げて磨いて、足りねぇパーツを補ってやれば、また熱を持って動くってことを知ってるんだ。……人間だって同じだろ」
「……え」
「あんたの心も、失ったその足も、今はひでぇ有様のスクラップみたいに痛んでるかもしれない。だがな、あんたはまだ完全に壊れちゃいねぇんだよ。さっき無線機で呼んでた『任務』ってやつがある限り、あんたの命のエンジンは、まだ熱く燃えてるだろうが」
おやっさんは私の頭にポン、と大きく温かい手を置いた。
「過去に何をやらかしたかは知らねぇ。けど、生きてるなら、何度でも修理してやり直せばいいんだよ。壊れたら直す。俺がその不格好な機械の足の面倒は最後まで見てやる。だからあんたは……あんたの背負ったその重てぇ荷物から逃げずに、最後まで走り抜いてみせな」
その言葉は、凍りついていた私の心に、じんわりと温かい油を注ぎ込むようだった。
修理して、やり直す。
何度でも。
私はおやっさんの大きな手の下で、子どものように声を上げて泣き続けた。
今度は絶望の涙じゃない。失った足の代わりに機械の足を引きずってでも、再び試作型ユニコーンと共にこの泥沼のような戦場へ戻るための、痛みを伴う『再生』の涙だった。