「おやっさん、お願いがあるの」
私はまだ慣れない機械の義足に体重をかけ、金属が軋む音を響かせながらおやっさんを振り返った。
「ロンド・ベルが指定してきた試作型ユニコーンの降下ポイントまで、私を運んでほしい。この足じゃ、一人で歩いて向かうのは無理だから」
おやっさんは工具をいじる手を止めず、背中を向けたままフンと鼻を鳴らした。
「そりゃ構わねぇが、うちはしがないクズ拾いだ。タダで人助けするほど余裕のある商売じゃねぇんだぜ? あんた、俺に何を払ってくれるんだい」
「……あそこにある、ナラティブの残骸」
私はガレージの隅に転がっている、インパルスのサーベルで胸部をドロドロに溶かされたナラティブの骸を指差した。
「あれを、あんたに全部あげる。ザフトの技術も連合の技術も混ざり合っているけれど、この特殊なフレーム(サイコフレーム)の材質は、プラントやオーブの闇市場に流せば、一生遊んで暮らせるだけの大金になるはずよ」
それは、私に遺された唯一の資産だった。命を救ってもらったこと、そして次の戦場へ向かうための足代としては、これ以上ない対価だと思った。
しかし、おやっさんは作業台の上に工具をドサリと置くと、ゆっくりとナラティブの残骸の方へと歩み寄った。そして、傷だらけの白い装甲を、分厚い手で優しく撫でた。
「……バカ言え。こんなもん、俺に扱えるタマじゃねぇよ」
「どうして? お金になるって言ってるのよ」
「金の問題じゃねぇ。俺はこれでも何十年もメカを触ってきたんだ。機械ってのはな、乗ってる奴の生き様がそのまま染み付くもんなんだよ」
おやっさんはそう言って、私の方を真っ直ぐに見据えた。その目は、私の心の奥底を見透かすように穏やかだった。
「あんた、そのボロ雑巾みたいになったガンダムを睨みつける時、まるで自分の半身を見るような顔をしてるぜ。そいつはあんたにとって、ただの鉄の塊じゃねぇんだろ。たくさんの仲間との記憶や、あんたが背負ってきた痛みが、その中に全部詰まってる。……そんな大事なもん、他人に簡単にくれてやるんじゃねぇよ」
「おやっさん……」
「目的地までは、その得体の知れないモビルスーツの残骸も一緒に、俺のトレーラーで運んでやる。クズ拾いの意地を見せてやるさ」
まさか、ナラティブの残骸まで一緒に運んでくれるなんて思わなかった。私は驚きで目を見開いたまま、言葉を失ってしまった。
「でも、それじゃ……あんたへの対価はどうするの? 私はもう、他に何も持っていないわよ」
するとおやっさんは、いたずらっぽくニヤリと笑い、油汚れのついたキャップのつばをくいっと持ち上げた。
「対価なら、ツケにしといてやるよ。あんたがその『任務』ってやつを無事に終わらせて、またいつか俺とどっかで出会った時にさ……。その辺の小汚い酒場じゃなくて、とびきり高ぇ店で、美味いもんでもたらふく奢ってくれりゃあそれでいい」
「高いもの、おごる……?」
「おうよ。ジャンク屋の親方を満足させるにゃ、相当な額のメシじゃねぇと割に合わねぇからな。しっかり生き残って、プラントでもオーブでもいい、偉いさんになって金を貯めとくんだな」
そう言って、おやっさんは分厚い右手を私へと差し出してきた。
約束。それは、私が次の戦場で死なずに、必ず生きて戻ってこなければならないという、おやっさんなりの不器用なエールだった。
「……分かったわ。破産するくらい高いものを奢ってあげる。約束する」
私は、自分の錆びつきかけていた心が、再び温かい血を通わせていくのを感じながら、その油まみれの手を強く握り返した。冷たい機械の足はまだ重かったけれど、私の胸のエンジンは、確かに再び前を向いて動き始めていた。翌朝。
遮るもののない荒野の地平線から、鈍い太陽が昇り始める頃。私はおやっさんの運転する大型トレーラーの助手席に乗せてもらい、ロンド・ベルとの合流ポイントへと向かっていた。荷台には、あの傷だらけのナラティブの残骸が厳重に固定されて揺れている。
慣れない機械の義足は、車の振動をダイレクトに太ももへと伝えてきて少し痛んだけど、昨夜おやっさんがくれた言葉が、不思議とその痛みを和らげてくれていた。
「おい、見えてきたぞ。上から来やがる」
おやっさんがフロントガラス越しに上空を指差す。
雲を切り裂き、激しい摩擦熱の残光をまとった大型のコンテナブロックが、巨大なパラシュートを開いてゆっくりと荒野へと降下してきた。そして、それを護衛するように追従してきた一機のモビルスーツ――可変移送仕様の『デルタプラス』が、砂塵を豪快に巻き上げながら着地した。
トレーラーが止まり、私はドアを開けて、重い義足を一歩ずつ地面に降ろした。
プシューッとデルタプラスのハッチが開き、懐かしい顔ぶれ――ロンド・ベルのパイロットたちが次々と地上へ降りてくる。
「リン……! 無事だったのか……っ!」
「みんな……!」
駆け寄ってきた仲間たちと、突き動かされるように激しいハグを交わした。一人、また一人と、私の生存を確かめるように強く抱きしめてくれる。戦場で張り詰めていた心のトゲが、仲間たちの腕の温もりで消えていくようだった。
「待て、リン……その足、一体どうしたんだ……!?」
ハグが解けた瞬間、一人のパイロットが私のズボンの裾から覗くメタリックな義足に気づき、顔を青ざめさせた。周囲の隊員たちにも一気に動揺と心配の視線が広がる。
「……大丈夫よ。ちょっとインパルスに焼かれちゃっただけ。ジャンク屋のおやっさんが、最高に頑丈なやつを繋いでくれたから。歩くのも操縦するのも、何の問題もないわ」
私はわざと足を踏み鳴らし、強気な笑みを浮かべて見せた。みんなはまだ痛ましそうな目をしていたけれど、私の決意を察して、それ以上は何も言わずに頷いてくれた。
「よし、コンテナを開放するぞ!」
パイロットの合図で、大型コンテナブロックのハッチが重々しく左右に開かれた。
内部の固定ロックが外れ、朝日に照らされて姿を現したのは――純白の装甲をまとった、私を待つ新たな乗機、**『試作型ユニコーンガンダム』**だった。
私はその凛とした姿を見上げ、一度そのコックピットへと乗り込んだ。シートに深く腰掛け、新しい義足でフットペダルを踏み込んでみる。よし……いける。システムの起動を確認し、機体をデルタプラスの移送用クランプへとガッチリと固定・格納させた。
作業を終えて一度外へ出ると、ロンド・ベルのパイロットたちが、おやっさんに向かって深々と頭を下げていた。
「俺たちの指揮官を救ってくれて、本当にありがとうございました。この御恩は忘れません」
「へっ、お堅い軍人さんが頭を下げるんじゃねぇよ。俺はクズ拾いの本分を果たしただけだ」
おやっさんは照れくさそうに鼻をすする。私もおやっさんの前まで歩み寄り、真っ直ぐにその目を見つめた。
「おやっさん。本当に……ありがとう。足も、ナラティブも……全部」
「おうよ。約束、忘れるんじゃねぇぞ。次に会う時は、死ぬほど高ぇメシをご馳走してもらうからな」
「ええ、もちろん。破産する準備をして待ってて」
私は小さく敬礼を送り、おやっさんのニヤリとした笑顔を見届けた後、再びデルタプラスのコックピットへと滑り込んだ。ハッチが閉まり、外部の音が遮断される。
「デルタプラス、全システムオールグリーン。これより大気圏を突破、宇宙へ帰還する!」
パイロットの声と共に、凄まじいGが私の身体を襲った。機体が猛烈な勢いで上昇し、荒野の景色があっという間に小さくなっていく。
上昇を続けるコックピットの中で、私はふと思い立ち、操縦桿を握るパイロットの背中に声をかけた。
「ねえ……私がこうしてロンド・ベルの指揮官を抜けている間、誰が代わりに現場の指揮を執ってくれていたの?」
パイロットは前方を鋭く見つめたまま、インカム越しに少し誇らしげな声で答えた。
「副艦長ですよ。リンさんがいなくてみんな動揺してましたけど、副艦長が必死にみんなをまとめて、あなたの代わりに完璧にロンド・ベルを引っ張ってくれていました」
「……そう。副艦長が……」
青かった空が、次第に漆黒の宇宙(そら)の闇へと変わっていく。
失った両足の鈍い痛み。おやっさんと交わした、未来への約束。そして、私がいない間も私の場所を守り続けてくれた仲間たちの想い。
全てをこの胸に抱き締めながら、私は試作型ユニコーンと共に、再び星々が激突する宇宙の戦場へと舞い戻っていった。強烈なGがようやく収まり、デルタプラスのホールドが解除される。コックピットのモニターに映し出されたのは、見慣れたロンド・ベルのフラッグシップ、宇宙戦艦『ラー・カイラム』の巨大な姿だった。
着艦の衝撃と共に、MSデッキの重力安定域へと滑り込む。ハッチが開くと、出迎えてくれた整備兵たちの間を割るようにして、副艦長が足早にこちらへと歩み寄ってきた。
「リン……!」
「ただいま、副艦長。私がいない間、指揮を執ってくれてありがとう」
私はまだ慣れない義足のバランスを取りながら、タラップを降りた。副艦長は私の顔を見ると、ほっと胸をなでおろしたようだったが、すぐに私の不自然な足元に目を留め、痛ましそうに眉をひそめた。
「その足……本当に大丈夫なの?」
「ええ、ジャンク屋の特製よ。多少の調整は必要だけど、ユニコーンのフットペダルを踏むくらいなんてことないわ。それより、今の戦況はどうなっているの?」
私が歩きながら本題を切り出すと、副艦長は表情を引き締め、手元のデータ端末を開いた。
「地上ではすでに次の作戦が動き出しているわ。――ザフトと地球連合による、**『ヘブンズベース攻防戦』**よ」
「ヘブンズベース……」
その言葉に、私はピクリと眉を動かした。地球連合軍の巨大な巨大軍事拠点。ロゴスの本拠地でもあるそこが戦火に包まれるということは、いよいよ世界の歪みが一気に加速している証拠だ。シンやミネルバも、おそらくその地獄のような最前線に投入されているに違いない。胸の奥が少しだけざわついたが、私はそれを表に出さず、冷徹に先を促した。
「そう……あいつらも、そこで戦っているのね。それで、こちらの状況は?」
「ええ、ヘブンズベースの情勢次第で、世界の勢力図は完全に塗り替わるわ。事実上の最終決戦が近いのよ」
副艦長は真っ直ぐに私を見つめ、これからの行動を委ねるように問いかけてきた。
「リン。ロンド・ベルの次なる指示を。私たちはどう動く?」
私は一瞬、静かに目を閉じた。ニュータイプとしての直感が、ニュータイプの知覚が、宇宙の彼方から迫る不穏な気配を捉えていた。
「……私の勘が言っているわ。本当に、もうすぐ全てが終わるような『最終決戦』が来る」
目を開けた私の瞳には、もう迷いはなかった。
「ロンド・ベルはいつでも最大戦力で動けるように備えるわよ。副艦長、全軍に通達。これより本艦に配備されている**『ジェダ』『ゼータプラス』、そして私の『試作型ユニコーンガンダム』**の全機、最終戦闘能力向上のための徹底的な調整に入るわ」
「了解したわ。すぐに整備班を総動員させる」
副艦長が力強く頷き、指示を出すために走り出す。
私は一人、デッキの中央に鎮座する純白のユニコーンガンダムを見上げた。
失った足の代わりに手に入れた機械の義足。それを包むパイロットスーツのジッパーをきつく締め直す。
シン、ステラ……君たちが巻き込まれたこの狂った戦いを、今度こそ私の手で終わらせてみせる。私は新しく繋がれた足で、力強く一歩を踏み出し、ユニコーンのコックピットへと向かった。