アークエンジェルを包み込むように、要塞アルテミスの巨大な防壁「アルテミスの傘」が展開されました。ようやく辿り着いた安息の地。しかし、着艦した格納庫でリン・ベルナルたちを待っていたのは、ユーラシア連邦の将校たちによる無機質な銃口と、傲慢な視線でした。
「アークエンジェルならびに、件の『G』二機を接収する。パイロットおよびクルーは、これより武装解除の上、拘束させてもらう」
要塞司令官ガルシアの声が、冷たく広い格納庫に響き渡りました。マリュー・ラミアスが必死に抗議しますが、圧倒的な兵力差の前に、彼女たちは個室への軟禁を余儀なくされます。
特に「正体不明の機体」として扱われるストライカーブラストと、そのパイロットであるリンへの扱いは苛烈なものでした。リンはガルシアを含むアルテミスの上層部が集まる取調室へと引き出されました。
「……さて、小娘。この機体はどこから盗んだ? ユーラシアの技術を盗用した大西洋連邦の試作機か、それともザフトの試験機か」
ガルシアは机を叩き、リンを威嚇するように顔を近づけます。
「言ったはずです。地下で見つけたものだと。……私は、みんなを守るために乗っただけです」
「黙れ! 偶然手に入れた機体でザフトのエースを退けたなどと、誰が信じるか!」
ガルシアの嘲笑と、周囲の将校たちの蔑むような笑い声。その光景は、リンの脳裏にある「忌まわしい記憶」を呼び覚ましました。
リンの意識が、一瞬だけ遠い過去へと飛びます。
それは、彼女が「力」を持ってしまったがゆえに、周囲から向けられた不当な疑念と拒絶の記憶。信頼していた大人たちから「異物」として扱われ、言葉を封じられた孤独な日々。
(……また、これだ。誰も信じてくれない。力があるだけで、私は……)
過去の記憶と目の前の理不尽が重なり、リンの胸の奥で黒い感情が渦を巻きます。彼女の瞳が、無意識のうちに機体が覚醒した時のような鋭さを帯びようとしました。
ガシャン、と椅子を蹴るような音が響き、リンは反射的に両手を膝の上で強く握りしめました。
爪が手のひらに食い込み、痛みが現実へと彼女を繋ぎ止めます。彼女は、ここで怒りに任せて力を振るえば、それこそ彼らの疑念を肯定することになると分かっていました。何より、隣の部屋で自分を心配してくれているであろうキラやマリューたちの顔が浮かびました。
「(……我慢、しなきゃ。私が今ここで暴れたら、アークエンジェルのみんなが……)」
リンは深く息を吐き、静かに目を閉じました。固く結ばれた拳は白く震えていましたが、彼女は最後までその手を緩めることはありませんでした。
「フン、返答なしか。いいだろう、口を割るまで機体ごとじっくりと調べさせてもらう」
ガルシアは忌々しげに吐き捨て、リンを冷たい監房へと連行させました。
一方、別の場所で拘束されていたキラは、壁越しにストライカーブラストが解体されようとしている気配を感じ取っていました。
「リンさん……」
キラは、彼女が今どれほどの苦痛に耐えているかを察し、自身の無力さに歯噛みします。
救いの盾であったはずのアルテミス。しかしその傘の下で、リンとキラ、そしてアークエンジェルは、かつてない孤独と屈辱の中に突き落とされていました。要塞の深部で、整備されたばかりのストライカーブラストが、主人の怒りに呼応するように、誰も見ていない暗闇でかすかにその「眼」を赤く明滅させていました。
そして同時刻
司令官ガルシアをはじめとするユーラシア連邦の上層部を前に、マリュー・ラミアスとムウ・ラ・フラガは毅然とした態度で立ち向かっていました。
「話が違うわ! 私たちは補給と保護を求めてここに来たのよ。機体の接収なんて認められない!」
マリューが声を荒らげますが、ガルシアは薄笑いを浮かべながら、手にした書類を弄びます。
「これは命令だ、マリュー・ラミアス大尉。アークエンジェルも、あの『G』も、今この瞬間からユーラシア連邦の資産となる。……もちろん、あの正体不明の黒い機体もな」
ムウが眉間に皺を寄せ、ガルシアの横柄な態度を遮るように一歩前に出ました。
「おいおい、そいつはあまりに身勝手な論理(ロジック)じゃないか? 俺たちは必死に戦ってここまで来たんだ。それを横からかっさらおうってのは、軍人の誇りが泣くぜ」
【ナタルの苦渋の決断】
その傍らで、ナタル・バジルールは冷徹な表情を崩さずに立っていました。彼女の立場は、当初、連邦軍の規律を重んじる上層部の意向に沿うものでした。
「……マリュー大尉。軍の規律に照らせば、司令官の判断は正当なものです。不明瞭な戦力を放置しておくわけにはいきません」
ナタルは一度、上層部を肯定する言葉を口にしました。しかし、ガルシアが放った次の一言が、彼女の誇りに触れました。
「そうだ、ナタル少尉。物分かりが良いな。……あの民間人のガキどもも、機体の解析が終わるまで適当な監房に放り込んでおけ。口を割らなければ、少々手荒な真似をしても構わん」
その言葉を聞いた瞬間、ナタルの瞳に鋭い光が宿りました。彼女は一歩踏み出し、マリューの隣へと並びました。
「……否定します。ガルシア司令」
「何だと?」
「機体の接収については軍規に従いますが、民間人の不当な拘束と、人道に反する尋問は認められません。……キラ・ヤマト、そしてリン・ベルナルは、あくまで避難民として保護されるべき対象です」
ナタルは、リンに対して抱いていた個人的な疑念よりも、軍人としての「守るべき一線」を優先しました。彼女の厳しい視線は、もはや味方であるはずの上層部へと向けられていました。
「彼らを不当に扱うというのであれば、私はこの艦の先任士官として、断固抗議します。……大尉、私も貴女の側に立ちます」
マリューは驚いたようにナタルを見ましたが、すぐに力強く頷きました。
「……ありがとう、ナタル少尉」
ムウは二人の女性士官の決意を見て、軽く肩をすくめました。
「へぇ、そいつは心強い。さて司令官殿、女性陣を怒らせると怖いぜ? どうするんだい?」
アルテミスの冷たい空気が張り詰める中、アークエンジェルの士官たちは、かつてない結束を持って要塞の理不尽な圧力に立ち向かい始めていた、