※この作品はR-18です。

強化人間がSEEDの世界で活躍します   作:ナラティブ

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26話

鼻を冷やしながら、リンはラー・カイラムの医務室で艦医の診察を受けていた。

「鼻血は毛細血管の急激な圧力上昇によるものだろう。それ以上に気掛かりなのは、先ほど報告のあった『眼の色』の変化だ」

艦医はタブレット端末に数値を並べながら、険しい顔でリンを見つめた。

「瞳孔が虹色に発光した……? 脳波と機体システムの同調が過剰なレベルに達しているようだ。サイコフレームの技術については我々の解析データもまだ不十分で、正直なところ、その現象のメカニズムまでは特定できない」

医者は溜息をつき、リンの目をじっと見た。

「一つだけ言えるのは、肉体がその出力に耐えきれていないということだ。リン、……君がユニコーンに乗ることを止める権限は私にはないし、軍の現状もそれを許さないだろう。だが、せめて今すぐ休息を取れ。脳の神経細胞が焼き切れる前に、一度神経系をリセットする必要がある」

「……わかってる。指示に従うわ」

リンは小さく頷き、医務室を後にした。義足が床を叩く不規則な音が、依然として彼女のコンディションの悪さを物語っている。

そのまま彼女は、艦橋の隣にある作戦会議室へと向かった。そこでは、副艦長が既に戦況報告の資料を広げて待っていた。

「……無理はしないでと言ったはずよ、リン」

副艦長はリンの顔色の悪さと、手元に握りしめられた止血用のガーゼを見て、小さく溜息をついた。

「今の報告は聞いたわ。ユニコーンのシステムは完全停止し、ラー・カイラムのエネルギー再充填も時間がかかっている。……それで、地上の戦況は?」

リンが尋ねると、副艦長は首を横に振り、最新のマップをテーブルに投影した。

「オーブ侵攻はすでに終わったわ。あなたの狙撃による援護もあって、カガリたちオーブ軍はなんとか防衛戦を持ち堪えた。……けれど、最大の目標だったロード・ジブリールを取り逃がしたわ」

「逃げられた……? 一体どこへ?」

「月よ」

副艦長はマップの座標を地球から宇宙空間、月面の『ダイダロス基地』へと切り替えた。

「ジブリールはオーブの混乱に乗じてシャトルで宇宙へ上がり、月に逃げ延びた。ザフトは彼を追って、ミネルバやデスティニーを含む主力艦隊をすでに宇宙(そら)へと上がらせているわ」

「月……シンたちも、宇宙に上がってくるのね」

リンは会議室の冷たい照明を見上げた。虹色に輝いたあの感覚を思い出す。自分が機械の一部になり、世界が数式のように透けて見えたあの恐怖と高揚感。

「ええ。ジブリールが月にいるということは、あの巨大兵器『レクイエム』を使われる危険性がある。ザフトもそれを阻止するため、なりふり構わず月を攻めるはずよ。事実上の最終決戦になるわ」

副艦長は深刻な顔で言葉を続けた。

「シン・アスカの執着は異常よ。彼の中で、あなたが『自分のせいで死んだ』という罪悪感と、あなたを巻き込んだオーブやアークエンジェルへの憎悪が混ざり合っている。……リン、もし次に対峙した時、彼があなたを殺すために全力で来たら、どうするの?」

リンは、痛む義足に体重をかけ、真っ直ぐにマップを見据えた。

「……彼を止める。私の両足と引き換えにしても、彼に『戦いには終わりがある』ことを教えなきゃいけない。私は指揮官として、この狂った連鎖を終わらせる」

「……覚悟はできているようね」

副艦長はそう呟くと、会議テーブルに置かれた最新の出撃計画書をリンの前にスライドさせた。

「ジェダ、ゼータプラスの最終調整は急がせている。ユニコーンのサイコフレームの再調整も、なんとか月での決戦には間に合わせるわ。……リン、心身ともに、これが最後の準備になるわよ」

「ええ。次に会う時は、もう迷わない」

リンは拳を握りしめた。黒い瞳には、月での最終決戦へ向けた激しい決意の炎が宿っていた。月の裏側、ダイダロス基地。

ジブリールは狂気じみた笑みを浮かべ、コロニー転用型兵器『レクイエム』の引き金を引いた。

狙いはプラントの首都アプリリウス。イザーク率いるザフト防衛隊の決死の迎撃により軌道はわずかに逸れたものの、放たれた閃光は周辺のプラント群を紙のように消し飛ばし、宇宙に恐るべき爪痕を残した。

その光を、ラー・カイラムの艦橋で目撃したリンは、思わず手すりにしがみついた。

「嘘……これが、レクイエムの力……」

リンの瞳が、再び不気味な虹色に揺らぐ。大勢の人々が一瞬で消え去る断末魔の波動が、ニュータイプとしての彼女の脳を直接焼き付けていた。

そんな彼女に、副艦長が神妙な面持ちで近づき、一枚のタブレットを差し出した。

「リン、見て。非公式ルートから届いたデータよ」

リンが画面をスクロールさせ、その内容を読み取った瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。

「……『ディスティニープラン』? 遺伝子情報の解析によって全人類の役割を定め、個人の意志すら管理下に置く……? 何よこれ、ただの独裁じゃない!」

副艦長が溜息混じりに続ける。

「議長はジブリールを討つと公言しているけれど、その真の狙いはこのプランを全人類に適用することよ。この戦争は、最初から議長の描いた舞台だったのね」

議長の掲げる「正義」への信頼が、リンの中でガラガラと音を立てて崩れ去った。この男に勝利を渡せば、人類の未来は永久に管理された檻の中だ。

「……許せない。こんなの、平和なんかじゃないわ」

リンは即座に艦内通信を繋ぎ、整備班に向けて怒号に近い指示を飛ばした。

「全整備員に通達! ユニコーンのサイコフレーム調整、およびジェダの新装備の固定を最優先で完了させなさい! 30分以内に終わらせるわよ!」

「リン、落ち着いて! 調整が不完全なままでは……!」

「じっとしていられるわけないでしょ! このままじゃ世界が議長の掌の上で滅ぼされるのよ!」

リンは義足の痛みも忘れ、タラップを駆け上がって直接ハンガーへ向かった。

しかし、現実の壁は冷酷だった。

艦橋に戻り、航海士から算出された移動ルートを確認したリンは、拳を叩きつけた。

「……最低でも3日。月面まで、全力で急いでも3日かかる……?」

「今のラー・カイラムの推進剤と、損傷した炉の出力ではこれが限界よ、リン」

副艦長が力なく告げる。

3日。月での決戦は刻一刻と迫っている。シンたちがレクイエムの周辺で戦う中、自分たちはこの距離を縮められずにいるのだ。

「……3日あれば、世界は何度でも作り変えられるわ」

リンは暗いモニターに映る自分自身の姿を見つめた。虹色の光が消え、深い黒に戻った瞳には、焦燥と、それでも前に進もうとする強い意志が灯っていた。

「……全速航行よ。ラー・カイラムの全エネルギーを推進に回して。たとえ3日後でも、私が戦場に着いたその瞬間に、この悪夢を終わらせるわ」月面、ダイダロス基地。

ロゴスの最後の牙城は、圧倒的な力を持つ二機のモビルスーツによって蹂躙されていた。

ミネルバから放たれた陽電子破城砲『タンホイザー』の閃光が、基地の強固な防壁を次々と焼き払っていく。そして、その猛火を切り裂くようにして最前線を翔けるデスティニーとレジェンド。

「こんな図体ばっかりデカいだけのヤツに……俺はもう、負けないッ!」

シンのデスティニーが、大剣『アロンダイト』で立ち塞がる巨大なデストロイを唐竹割りに両断する。レイのレジェンドもまた、無数のドラグーンを宙に舞わせ、要塞からの迎撃システムと増援のデストロイを冷酷なまでの正確さで次々と屠っていった。

圧倒的なザフトの攻勢。その隙を突き、ルナマリアの乗るブラストインパルスが、一直線にレクイエムの砲コントロール施設を目指して出撃していた。

一方、崩壊していくダイダロスの司令部。

戦況が完全に覆ったことを悟ったジブリールは、血走った目でコンソールを叩き割らんばかりに叫んでいた。

「ええいっ、チャージなど待てるか! このままレクイエムの第2射を放て! その隙に私はシャトルで脱出する!」

不完全なチャージのまま、再びプラントへ向けて悪魔の砲身が熱を持ち始める。

だが、その目論見は間一髪で打ち砕かれた。

「させないわよ……もう、あんなものは撃たせないッ!」

コントロール施設に肉薄したルナマリアの決死の攻撃により、レクイエムの制御システムが破壊され、砲身の光は力なく霧散した。

そして、その直後だった。

「あんたのせいで……あんたみたいなヤツがいるからぁっ!!」

シンの怒りの咆哮と共に、デスティニーの手から放たれたパルマフィオキーナの閃光が、ダイダロスの司令部を跡形もなく吹き飛ばした。

混乱の中、辛うじて戦艦で宇宙へ逃れようとしたジブリールだったが、それを見逃すレイではない。

「……これで終わりだ、ロゴス」

レジェンドのビーム・スパイクが戦艦のブリッジを貫き、宇宙空間に巨大な爆発の華が咲き誇った。

世界を裏から操り、長きにわたる戦乱と憎しみを撒き散らしてきた『死の商人』ロゴスが、ついに滅びた瞬間だった。

このダイダロス陥落とロゴス壊滅の映像は、リアルタイムでプラント全土へと中継されていた。

長きにわたる脅威から解放されたプラントの人々は、モニターの前で歓喜の涙を流し、口々に議長を讃える声を上げている。

その熱狂の渦の中心。最高評議会の執務室で、今や世界最強にして唯一のリーダーとなったギルバート・デュランダルは、窓の外の星々を見つめながら、底知れぬ静かな微笑みを浮かべていた。

同時刻、全速航行で月を目指していたラー・カイラムの艦橋。

「……ジブリールの乗艦、撃沈を確認。月面のロゴス残存部隊は完全に沈黙しました」

オペレーターの報告に、艦橋にいたクルーたちは安堵の息を漏らした。

リンもまた、モニターに映る戦況図を見つめながら、張り詰めていた肩の力をスッと抜いた。

「終わったのね……ロゴスが。これで一つの時代が……」

「ええ。オーブを襲い、世界を混乱に陥れた元凶は消え去ったわ」

副艦長も頷く。だが、二人の表情は決して晴れやかなものではなかった。

ジブリールは討たれた。しかし、あの『レクイエム』はまだ月面に健在なのだ。そして何より、彼らがこれから立ち向かわなければならない真の脅威――議長の『ディスティニープラン』が控えている。

「さて、喜んでばかりもいられないわ。デュランダル議長がこの後どう動くか。例の『ディスティニープラン』阻止のための議題を……」

リンが振り返り、副艦長と今後の作戦を詰めようとしたその時だった。

『緊急通信。……第3プラント、最高評議会・国防委員会の高官からです』

「第3プラントから……?」

リンは訝しげに眉をひそめた。第3プラントは、地球軍の独立部隊であるロンド・ベルの存在を非公式に容認し、裏から補給などの支援を行ってくれていた数少ないパイプだ。

メインモニターに、見知ったプラント高官の疲労しきった顔が映し出された。

『ロンド・ベルのリン司令。……単刀直入に言う。ただちに現在の航路を放棄し、レクイエム宙域への接近を中止せよ』

「……は? 接近を中止……? どういうことですか!」

突然の命令に、リンは思わずコンソールに身を乗り出して反発した。

「ロゴスは滅びました! だからこそ、残されたあの大量破壊兵器(レクイエム)はただちに武装解除、もしくは破壊しなければならないはずです! なぜ我々にストップをかけるんですか!」

『……命令なのだ、リン司令。議長は今や、プラントのみならず世界の英雄となった。彼の方針に逆らう者は、いかなる理由があろうと「平和を脅かす反逆者」として処理される』

高官は、ひどく苦渋に満ちた、惜しむような表情で目を伏せた。

『君たちが密かにデュランダルの真意(ディスティニープラン)を調べようとしていたことは察している。だが……今のプラントの熱狂の中では、我々でさえ議長の流れを止めることはできない。君たちロンド・ベルが今、月のレクイエムに近づけば……ザフト全軍を敵に回し、テロリストとして殲滅されることになる』

「そんな……! 私たちに、このまま議長の独裁を見過ごせって言うんですか! 世界が管理された檻に入れられようとしてるのに!」

リンの叫びが艦橋に響く。しかし、画面越しの高官は力なく首を横に振るだけだった。

『……すまない。どうか、無茶はしないでくれ』

無情にも通信は一方的に切断され、モニターは冷たいザラザラとした砂嵐へと変わった。

艦橋は重苦しい沈黙に包まれる。

「……リン」

副艦長が心配そうに声をかけるが、リンはギリッと奥歯を噛み締め、震える拳をコンソールに叩きつけた。

「冗談じゃない……。ここで止まったら、なんのためにここまで戦ってきたのよ……っ!」

味方であるはずの組織からの、重い鎖。

月まであとわずかの宙域で、ラー・カイラムは巨大な政治の波に飲み込まれようとしていた。

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