王城内の豪奢な大会議室には、ピリッとした重い緊張感が張り詰めていた。
円卓を囲むように座っているのは、ユーラシア連邦の軍高官たち。そして迎え撃つように座るファンデーション王国の宰相オルフェ・ラム・タオと彼の率いる高官たち。その末席に、新生ロンド・ベルの司令として私も同席していた。
ユーラシア連邦の高官が、鋭い視線をこちらに向けて重々しく口を開く。
「……よかろう。ブルーコスモス残党の鎮圧という目的を鑑み、ユーラシア連邦は貴官らの『エレドア地区』への立ち入りを特別に許可する」
そこまで言って、高官はドンッとテーブルを指で叩き、声を荒げた。
「だが、肝に銘じておけ。許可するのはあくまでエレドア地区のみだ。もし一歩でも軍事境界線を越えた場合――それがロンド・ベルであろうと、ファンデーションであれ、コンパスであれ、我が軍は領空侵犯とみなし、即座に全軍をもって迎撃する!」
一切の妥協を許さない強硬な最後通告。
しかし、オルフェは涼しい顔のまま優雅に頷き、それに同調するようにファンデーション側の高官たちも静かに了承の意を示した。
「重々承知しております。我々の目的はあくまでミケール大佐の討伐と、平和の維持にありますから」
オルフェの言葉に続き、私もまっすぐにユーラシア連邦の高官を見据えて頷いた。
「新生ロンド・ベルも、提示された条件を遵守します。境界線を越えるような真似は決してしません」
(護衛の二人がいないのは心細い気もするけれど……ネェル・アーガマで重要な任務に就いている彼らのためにも、私がここでしっかり役目を果たさなきゃ)
偽りの記憶と充足感で満たされた私の心には、一切の迷いはなかった。こうして、各陣営の合意のもと、エレドア地区へのブルーコスモス殲滅作戦が正式に可決された。
アークエンジェル格納庫・発進シークエンス
会議を終えた私は、作戦行動に移るべくすぐさまアークエンジェルへと帰還した。
活気づく格納庫内には、ネェル・アーガマから私の援護のために急遽送り込まれた、新生ロンド・ベルの主力機『ジェガン』7機が真新しい装甲を光らせてずらりと並んでいた。
「ジェガン隊、到着してるわね。頼りにしているわよ」
整備員たちに軽く労いの言葉をかけながら、私は愛機である純白のユニコーンガンダムのコックピットへと滑り込んだ。
シートに体を沈め、各システムの最終チェックを行う。バイタル、スラスター、ジェネレーター出力、すべてオールグリーン。洗脳のせいか、今日の私はひどく頭がクリアで、不思議なくらいに迷いがなかった。
『各機、発進準備! カタパルト、クリア!』
マリュー艦長の凛とした号令が、通信回線を通じて響き渡る。
「まずはムラサメ改、出ます!」
アークエンジェルのハッチが開き、前衛を務めるオーブ軍のムラサメ改8機が、次々と青空に向かって射出されていく。それに続くように、ロンド・ベルのジェガン7機がカタパルトにセットされた。
「ジェガン隊、発進!」
小気味良いスラスターの噴射音と共に、ジェガン部隊が美しい編隊を組んで飛び立っていく。
そして――ついに私の番が来た。
カタパルトデッキにユニコーンが固定され、目前に広がる空へと照準が定まる。
「システム・オンライン。動力伝達、問題なし」
『ユニコーン、発進どうぞ!』
私は操縦桿を強く握り締め、前方を見据えた。
「リン、ユニコーン、行きます!!」
強烈なGが全身を押し付け、純白の機体が空を裂くようにしてアークエンジェルから射出された。エレドア地区に潜むミケール大佐を討ち果たすため、作戦はいよいよ最終局地へと突入する。エレドア地区の上空。雲海を抜け、アークエンジェルの白く巨大な艦体がその姿を現した瞬間――地上に潜伏していたブルーコスモス残党軍は、即座に牙を剥いた。
「敵艦接近! コンパスのアークエンジェル、それにモビルスーツ隊です!」
「構わん、全門開け! 空を火の海にしてでも叩き落とせ!!」
地上を覆っていた偽装網が次々と吹き飛び、無数の砲門が空へと向けられる。
まず火を噴いたのは、地上に配備された誘導式ミサイル戦車の部隊だった。鼓膜を揺らす轟音と共に放たれたおびただしい数のミサイルが、分厚い白煙の尾を引きながら、アークエンジェルと私たちに向けて狂ったように殺到してくる。
『対空戦闘用意! 各機、弾幕を潜り抜けろ!』
マリュー艦長の鋭い号令が響く中、ミサイルの嵐を掻き分けるように、ブルーコスモスの迎撃モビルスーツ部隊が空へと舞い上がった。
「迎撃部隊、出るぞ! コンパスの連中を落とせ!」
起動したのは、6機の『105ダガー』。彼らはスラスターを全開にして一直線に空へ上がり、前衛を務めていたオーブ軍のムラサメ改部隊へと激しい突撃を仕掛けてきた。瞬く間に、空中でビームと実弾が交差する激しいドッグファイトが始まる。
そして、眼下に広がるブルーコスモスの地上防衛ラインは、残党という言葉からは想像もつかないほど、異様で執念深い陣容を敷いていた。
統制された正規軍の美しさはない。だが、そこには彼らが掻き集められるありとあらゆる兵器が、狂気のように敷き詰められていたのだ。
空を埋め尽くさんばかりに火線を放つ、対空バルカンキャノンの猛烈な弾幕。
ズラリと並び、砲身を空へ向ける従来型の戦車部隊。
装甲が焼け焦げ、片腕を失った半壊状態の『ウィンダム』までもが、固定砲台のようにビームライフルを構えて空を睨んでいる。
さらに、旧式の『ストライクダガー』が地上で塹壕のように陣形を組み、大口径の大砲と多連装ミサイル車両が、絶え間なく空に向かって咆哮を上げ続けていた。
「これが、ブルーコスモスの……ミケール大佐の執念……!」
モニター越しに見る戦場は、大小様々な爆発の光と硝煙で一瞬にして黒く塗り潰されていく。バルカンと大砲の雨、そして全方位から襲い来る誘導ミサイルの壁。
ただの残党狩りではない。彼らはここで、持てる戦力のすべてを賭けて私たちを道連れにする気なのだ。
コックピットにけたたましいアラート音が鳴り響く。
洗脳によって冷たく澄み切った私の思考は、恐怖を感じることもなく、ただ目の前の弾幕をどう突破するかだけを冷静に弾き出していた。
「ジェガン隊、私の後ろに続け! この弾幕の壁を、ユニコーンでこじ開ける!!」
私は操縦桿を強く握り込み、狂乱の火の海と化したエレドア地区の防衛ラインへと、純白の機体を真っ直ぐに突入させた。「ジェガン隊、援護を!」
叫ぶと同時、私はユニコーンの背部からビーム・サーベルを引き抜いた。淡いピンク色の刃が、硝煙にまみれた空気を焼き斬る。
真っ先に肉薄してきたストライクダガーの胴体を袈裟斬りに両断し、その爆発を盾にするようにして次の標的へと肉迫した。迎撃に上がってきた105ダガーがライフルを向けるより早く、懐に飛び込み、そのコックピットを正確に貫く。
「よし、2機!」
私が斬り開いた突破口へ、ロンド・ベルのジェガン隊が雪崩れ込む。
『遅れるな! 一斉射撃、撃てぇっ!』
隊長機の荒々しい号令と共に、7機のジェガンがビームライフルを乱射し、次々とブルーコスモスの防衛線を削り取っていく。
さらに上空から、ムウ・ラ・フラガ率いるオーブ軍のムラサメ改部隊が猛スピードで降下してきた。
『へっ、こんな大雑把な弾幕で俺たちを落とせるかよ! おらぁっ、まとめて吹き飛びな!』
ムウの野性味あふれる叫びと共に、MA形態のムラサメ改から無数のミサイルがばら撒かれる。空を覆うような白煙の尾が地上の対空砲火に襲い掛かり、連鎖的な大爆発を引き起こした。
「地上の固定砲台も潰す!」
私はサーベルを収め、ビームライフルを構え直した。地上で砲身を向ける戦車部隊と、多連装ミサイル車両の群れに照準を合わせ、トリガーを引く。高出力のビームが地表を薙ぎ払い、装甲車両が次々と炎の柱を上げて吹き飛んでいく。
その爆炎の中から、片腕を失い半壊したウィンダムが無理やり機体を持ち上げ、私に狙いを定めてきた。
「させないっ!」
ライフルを向ける隙も与えず、頭部のバルカンキャノンを掃射する。無数の実弾がウィンダムの焦げた装甲を蜂の巣にし、機体は完全に沈黙してその場に崩れ落ちた。
だが、地上に気を取られたその一瞬――。
アラートが背後からの急接近を知らせる。死角を取って降下してきた105ダガーが、私に向けてビームサーベルを振りかぶっていた。
(しまっ――)
回避が間に合わないと悟った瞬間、青と白の閃光が105ダガーの胴体を正確に撃ち抜いた。
『リンさん、前だけ見てちゃ駄目だ!』
「キラ!」
窮地を救ったのは、キラの駆るライジングフリーダムだった。
『上空から増援が来る! リンさん、飛べるか!?』
「ええ、任せて! フラップブースター、起動!」
私は即座に背部のフラップブースターを点火した。爆発的な推力がユニコーンを空高くへと押し上げる。重力を振り切るようなGに耐えながら空を見上げると、ブルーコスモスの増援である105ダガーの編隊――およそ10機が、降下しながらこちらに一斉射撃を仕掛けてきた。
『うおおおおっ! ぜってぇ落としてやる! リンさん、俺に合わせろ!!』
通信機から、シンの血気盛んな声が怒鳴るように響く。赤い機体、イモータルジャスティスが凄まじいスピードで私の隣へ並び立った。
「了解、シン! 蹴散らすわよ!」
私たちは阿吽の呼吸で左右に展開し、空中での激しいドッグファイトに突入した。
シンのイモータルジャスティスは、敵のビームの雨を紙一重で躱しながら、脚部のビームブレイドで105ダガーを容赦なく蹴り裂いていく。荒削りだが、圧倒的な反射神経と殺気を伴う強烈なインファイトだ。
私も負けじとフラップブースターの機動力を活かし、変幻自在の軌道で空を舞う。
ビームライフルで2機の頭部を正確に撃ち抜き、すれ違いざまにサーベルを抜いて3機目を一刀両断。シンの蹴りから逃れようとした機体の退路を塞ぐようにバルカンを浴びせ、完全に包囲網を崩壊させる。
『おらぁっ! そこだっ!』
イモータルジャスティスのブーメランが宙を舞い、残りの機体の関節を次々と切断していく。私たち2機の連携の前に、10機の105ダガー部隊は為す術もなく、次々と空中で火球へと変わっていった。
「ふぅ……これで上空は――」
その時だった。
「っ……ぁ、あ……!?」
突然、頭蓋骨の内側を直接引っ掻き回されるような、鋭く不快な頭痛が私を襲った。
視界が一瞬グニャリと歪み、キーンという耳鳴りが響く。オルフェに植え付けられた『洗脳』の暗示が、激しい戦闘のストレスによって脳内でノイズを起こしたのだ。
「ぐっ……頭、が……」
私は思わずコックピットの中で頭を抱えた。機体の動きが、一瞬だけピタリと止まる。
その隙を見逃さず、硝煙の中から漆黒の装甲を持つ機体――ダークダガーが1機、私の死角からビームライフルを構えて一直線に突進してきた。
『リンさん! 危ねえ!』
シンの叫び声が聞こえる。
「……舐めないで!」
割れるような頭痛を無理やり意志の力でねじ伏せ、私は反射的に操縦桿を叩き込んだ。
ユニコーンが空中で鋭く反転し、構えたビームライフルの銃口がダークダガーを捉える。トリガーを引くと同時に放たれた太いビームが、突っ込んでくるダークダガーの胸部装甲を真っ向から撃ち抜き、空中で木端微塵に粉砕した。
爆炎を抜け、私は荒い息を吐きながらモニターを睨みつける。
(今の頭痛は……一体、何……?)
得体の知れない違和感と不快感が心の奥底で蠢いていたが、今はそれを気にしている余裕はなかった。戦場はまだ、終わっていない。