大地が轟音と共に割れ、施設の一部が崩落したその下から、悪夢のような巨影が現れた。
半壊し、至る所が焼け焦げた『デストロイガンダム』。だが、その砲身から放たれる殺意は健在だった。
「来るぞ! 散開!」
叫び声よりも早く、デストロイの全砲門が一斉に火を噴いた。圧倒的な火力が戦場をなぎ払い、回避しきれなかった私の僚機であるジェガン1機と、ムウ率いるムラサメ改2機が、轟音と共に爆炎の中へと消えた。
「なんてパワーだ……!」
「リンさん、シン! あれを潰す! 腕を狙うぞ!」
キラの指示に、私たちは即座に動いた。ライジングフリーダムとイモータルジャスティスの両機が、シールドを強引に射出し、デストロイの残った巨大な腕部へと激突させる。高速のシールドがビームのエネルギーを纏い、装甲を切り裂くカッターとなって、デストロイの腕を根元から引きちぎった。
「そこだっ!」
腕を失い怯んだ瞬間、私はユニコーンの出力を限界まで引き上げ、バックパックから巨大なビーム・アックスを引き抜く。狙いは奴の頭部。一直線に飛翔し、回転を加えて投げ放ったアックスが、デストロイの頭部を深々と切り裂き、爆発させた。
「終わらせるッ!!」
シン、キラ、そして私。三機の機体が、残されたコックピットブロックを目掛けて三方向から殺到する。ユニコーンのビーム・サーベル、ライジングフリーダムのブレイド、イモータルジャスティスの銃口。三つの攻撃が同時にコックピットを貫き、巨神は断末魔の爆炎を上げながら地表へと崩れ落ちた。
……しかし、その勝利の陰で、悲劇は進行していた。
乱戦のさなか、ロンド・ベルのジェガン隊は次々と被弾し、さらに3機が地上の残党軍によって撃墜される。生き残ったジェガンのパイロットの一人は、混乱に乗じて戦場を離脱しようとする影を見つけた。
「……あれは、ブラックナイトスコードか? なぜこんな所に……」
パイロットは、敵軍の影を追った。彼らが向かっていたのは、ユーラシア領内に位置する『核ミサイル発射施設』だった。
「させるかよッ! 止めないと、このエリアが……!」
彼は通信機を掴み、全軍へ警告を発そうとした。だが――。
『ピシュンッ』
鈍い発射音が響くこともなく、遠距離からの精密射撃が、彼の乗機を正確に撃ち抜いた。
爆発の火花すら上げさせない、あまりに冷酷で静かな死だった。彼は誰にも気づかれることなく、墜落していく機体の中で、必死に手を伸ばしたまま絶命した。
戦場は、私たちが必死に壊そうとしている『表の顔』の裏で、より巨大で残酷な破滅の計画が、着々と進んでいたのだ。「キラ!? なんで境界線を……まさか!」
モニターに映るライジングフリーダムの動きに、私は言葉を失った。キラが、あれほど厳守を誓ったユーラシア領の軍事境界線を何の躊躇もなく突破している。その瞳には一切の迷いがない――かつての私と同じ、誰かに意志を書き換えられた者の虚ろな光を宿して。
「シン、キラを止めて! 殺しちゃダメよ、連れ戻すの!」
『了解……! クソッ、キラさん、何をやってるんだよ!』
シンがイモータルジャスティスを駆り、猛然とキラを追う。私は二人の背中を見送った直後、ユニコーンを地上の開けた平原へと強引に着陸させた。
激しい戦闘と、さっきのデストロイ撃破の衝撃が引き金になったのか、頭痛が先ほどとは比較にならないほど悪化していた。
(痛い……頭が、割れそう……)
激しいノイズと共に、走馬灯のように記憶が溢れ出す。
誰かの泣き声。飛び散る火花。仲間たちの最期の表情。
トール、ニコル、ステラ、ナタル……そして、戦場で私を拾い、モビルスーツの乗り方を教えてくれた、兄のように慕っていたリボンズの顔。彼ら全員が、私の目の前で砕け散っていった光景が、鮮明な映像として脳裏に焼き付く。
「嫌……っ! 思い出したくない……!」
私のせいだ。私がもっと強ければ。私がもっと早ければ。
失った人々の断末魔が、オルフェの洗脳ノイズと混ざり合い、私の精神を泥沼のように引きずり込む。
「……マリュー艦長! アークエンジェル! こちら、ユニコーン! キラが洗脳されている! 至急――」
通信回線を叩く。だが、スピーカーから聞こえてくるのは不快なホワイトノイズだけだ。
(ジャミング!? このタイミングで……!)
パニックと過呼吸が同時に襲い掛かる。手足が氷のように冷たくなり、酸素が肺に入ってこない。視界が急速に狭まっていく中、不吉な影が数体、私を囲むように舞い降りてきた。
漆黒の機体――ブラックナイトスコード・ルドラ。
「……見つけたよ。壊れた人形は、ここで廃棄だ」
冷笑と共に放たれるビームライフルが、ユニコーンの装甲を容赦なく削り取る。機体が衝撃で揺れ、コックピット内の警報が耳を劈く。
反撃しなきゃいけない。サーベルを抜かなきゃ。だけど、指先がピクリとも動かない。操作桿を握る力が、過去のトラウマという名の重圧に押し潰されていく。
「あ……ぁ……」
ゼイゼイと荒い息を吐きながら、私は死を待つ獲物のように、震える手でコックピットのコンソールにしがみつくしかなかった。迫りくるルドラのビームサーベルが、視界の中でゆっくりと、そして確実に、私の命を刈り取ろうとしていた。「はぁっ、はぁっ……やめろ、来ないで……!」
過呼吸で視界が明滅する中、本能的な生存欲求だけが私の手を動かした。
迫り来る3機のブラックナイトスコード・ルドラに対し、私は震える指で強引に操縦桿を引き絞り、残された左腕のシールドガトリングと頭部バルカンを掃射する。
「落ちろ……落ちろぉっ!!」
死に物狂いの反撃は、ルドラの1機の肩部装甲を大きく吹き飛ばし、もう1機の脚部関節に直撃して火花を噴き上げさせた。
だが、歴戦の猛者であり、アコードの力を持つ彼らにとって、それは致命傷には至らない。むしろ、私の無駄な抵抗が彼らの冷酷な殲滅プログラムを加速させただけだった。
『無様な足掻きだ』
冷徹な声と共に、ルドラのビーム・サーベルが残酷な軌道を描く。
ガツンッ!! という凄まじい衝撃と共に、ユニコーンの右腕が根本から切断され、宙に舞った。
「きゃあああっ!?」
悲鳴を上げる間もなく、今度は別のルドラが放った高出力のビームが、機体の左脚を膝下から完全に消し飛ばす。
バランスを崩して前のめりに倒れかけたユニコーンの胸部に、3機目のルドラの冷酷な一撃が叩き込まれた。分厚い胸部装甲がひしゃげ、内部フレームが悲鳴を上げる。
「あ……がっ……!」
火花が散るコックピット内で、私は激しく咳き込んだ。
メインモニターには無数のエラーコードが滝のように流れ、コンソールからは不吉な黒煙が立ち上っている。脱出を試みようとハッチの緊急レバーを引いたが、胸部への直撃でフレームが歪み、完全にロックされてしまっていた。
(閉じ込め、られた……!?)
その絶望が、限界を迎えていた私の精神を完全に崩壊させた。
『逃げられないよ、リン』『どうして助けてくれなかったの?』
頭痛と共に、再び死んでいった仲間たちの声が脳内に直接響き渡る。
トール。ニコル。ステラ。ナタル。……リボンズ。
彼らの血まみれの顔が、真っ赤な警告灯に照らされたコックピットの暗闇に次々と浮かび上がる。
「違う、違う……私のせいじゃない……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
ヒュー、ヒューと喉が鳴る。酸素が全く吸えない。完全に過呼吸に陥り、私の両手は操縦桿から力なく滑り落ちた。トラウマのフラッシュバックに意識を支配され、機体を動かすことすらもうできない。
その無抵抗となったユニコーンを見下ろし、ルドラの1機が冷酷に距離を詰めた。
『任務完了。対象を回収する』
ルドラの巨大な脚が振り上げられ、ユニコーンの胴体に容赦のない前蹴りが叩き込まれた。
「――っ!!」
凄まじい衝撃。左脚と右腕を失ったユニコーンは為す術もなく吹き飛ばされ、戦場の端にあった古い砦跡の分厚い石壁へと激突した。
轟音と共に壁が崩落し、瓦礫が純白の装甲を容赦なく埋め尽くしていく。
コックピットが激しく揺さぶられ、私の頭はシートに強く打ち付けられた。
視界が急速にブラックアウトしていく。
遠のく意識の中で最後に聞こえたのは、近づいてくるブラックナイトスコードの重い駆動音と――完全に機能停止し、沈黙した愛機のシステムダウンの音だけだった。
深い、深い闇の中へ。
私はそのまま、抗うこともできずに意識を手放した。