半壊状態のユニコーンの歪んだコックピット。警告灯が赤く明滅する中、私の呼吸は荒く、激しく乱れていた。
「はぁっ、はぁっ……!」
過去の凄惨なトラウマがフラッシュバックし、視界がぐらぐらと揺れる。震える視線を下に落とせば、そこにあるのは冷たい金属で作られた両足の義足だ。コズミック・イラ73――デスティニーの戦いの時のこと。シンの駆るインパルスガンダムの凶刃が私のコックピットを完全に貫通し、その凄まじい超高熱によって、私の両足はドロドロに融解し、跡形もなく失われた。
それだけじゃない。脳裏には、私が救えなかった大切な人たちの最期が次々と蘇る。
目の前でブリッツごと切り裂かれたニコル。アスランのイージスが放った盾にコクピットを直撃され、粉々に砕け散ったトール。そして、かつて戦場で私を救い、兄のように慕っていたのに、最後は分かり合えぬまま破滅していった強化人間の兄、リボンズ。
彼らを失った時の肉体が焼ける匂い、絶望的な激痛、そして救えなかった罪悪感の記憶が、濁流となって私を過呼吸へと追い詰めていく。
だが、極限の恐怖と混乱の中で、心の底に固く封じられていた『本当の私』が声を上げた。
(大丈夫……キラたちは、アスランは……あんな奴らにやられたりしない……)
幻覚の向こうから、かつての私が、今の無様で惨めな私を力強く指差し、厳しく叱咤してくる。
『いつまで過去に囚われてるのよ! 過ぎたことばかり見てないで、今を見なさい! あんたがちょっと手を出したくらいで、キラたちが負けるわけないでしょ!』
そうだ。彼らは強い。私がどんなに非道な攻撃を仕掛けても、絶対に受け止めてくれる。手を出されても、負けたりなんかしない。その確信が、冷え切った心に温かい希望の光を灯した。私はその思いを真っ直ぐに受け止め――
――『ビィィィッ!!』
その瞬間、首輪から強烈な電流が走り、オルフェの洗脳が強制的に介入してきた。
「あ……がっ……!」
『希望など不要だ。敵を倒せ』
アコードの絶対的な呪いが、今芽生えたばかりの思考をバグのように一瞬で消去する。キラたちへの信頼も、過去の自分からの叱咤も、すべてが黒く塗り潰されていく。痙攣が収まると、私の瞳から一切の光と感情が完全に消え失せていた。
「……目標確認。これより、敵を撃破する」
ただ殺戮だけを目的とする兵器と化した私は、何一つ躊躇うことなく、半壊のユニコーンを虚空へと加速させた。
一方、ミレニアムのブリーフィング・ルーム。ラクス奪還へ向けた作戦会議は、重苦しい空気に包まれていた。
「リンの居場所が分からない以上、下手に動かず敵の出方を見るべきだ」
アスランが険しい顔でそう口にした直後、オペレーターの悲痛な声がブリッジに響き渡る。
『緊急報告! 先遣隊のオーブ艦隊が壊滅! 敵は……ユニコーンです!』
「なんだと!?」
先遣隊がやられた方向――その報告を聞き、キラは確信を持って顔を上げた。
「リンさんは、アルテミス要塞の防衛ラインにいる」
「なぜ言い切れる, キラ!」
アスランの鋭い問いに対し、キラは懐から、淡く虹色に発光する金属片を取り出した。かつてリンから渡されていた『サイコフレーム』の試料だ。
「これだよ。ユニコーンが無理やり稼働しているなら、このサイコフレームの共振で彼女の正確な位置が分かる。僕がリンさんを止める!」
その迷いのない強い瞳に、アスランも短く頷いた。すぐさま、キラは『ストライクフリーダムガンダム 弐式』へ、アスランは外部装備を纏った真紅の『ズゴック(キャバリアー)』へと乗り込み、アルテミス要塞へ向けて猛スピードで発進した。
同時刻、アルテミス要塞の内部。
「素晴らしい輝きじゃ……これが『サイコフレーム』か」
アウラ女帝は、ユニコーンから抜き取られたサイコフレームの試料を前に、妖しく口角を上げていた。
「人の意思を力に変える未知の素材。ならば、誰よりも優れた精神感応能力を持つ我ら『アコード』にこそ、この力はふさわしい。我らが扱えぬ道理はない」
アウラの背後では、ファンデーションの技術者たちによって、抽出されたサイコフレームの一部がオルフェの最新鋭機『ブラックナイトスコード カルラ』へと組み込まれ、その機体性能を異次元へと引き上げる用意が進められていた。
「オルフェよ、カルラを艦艇に乗せ、出撃の用意をせよ。後はすべてお前に任せる」
「はっ。すべては陛下の御心のままに」
アウラがユニコーンから取ったサイコフレームの試料を見つめ、「これはアコードなら扱える」と判断を下して総司令室へと向かうのを見送り、オルフェは冷酷な笑みを浮かべて自身の旗艦へと足を向けた。
未知の力を得たカルラを艦艇に載せ、オルフェは旗艦とともに発進する。目障りなミレニアムを完全に葬り去るために。キラたちがアルテミス要塞への潜入を開始した頃、要塞外部の宇宙では激しい戦闘が繰り広げられていた。
黄金の翼を広げたストライクフリーダムガンダム弐式のコックピットにいるのは、キラではなくアスランだった。キラがラクスを奪還するための時間を稼ぐため、アスランはキラの愛機を駆り、ファンデーションの最強の剣であるシュラ・サーペンタインのブラックナイトスコード・シヴァと正面から交戦していた。
「心を読まれるなら、何も考えずに戦うまでだ!」
アスランは思考を完全に戦闘の本能へと委ね、シヴァの変幻自在な近接攻撃を紙一重で捌き続ける。シュラはその圧倒的な反応速度に苛立ちを覚えながらも、ストライクフリーダム弐式を要塞へ近づけまいと猛烈な連撃を叩き込み、外宇宙の結界付近で両者は激しく火花を散らしていた。
その隙を突き、本物のキラが乗るズゴックは、背背面のキャバリアーアイフリッドから放たれるミラージュコロイドを展開していた。機体を完全に空間に溶け込ませ、要塞の警戒網を完全に欺いてアルテミス要塞の内部へと強引に侵入を果たす。
要塞内部のドックへと滑り込んだ瞬間、キラはキャバリアーの機能をフルに活用し、内部での破壊活動を大々的に開始した。要塞の動力パイプや隔壁の制御システムを次々と爆破し、内部は大混乱に陥る。
さらにキラは、各通路のダクトに向けて多数のハロを射出した。
「みんな、いっくよー!」
転がり出たハロたちから、要塞内に向けて強力な睡眠ガスが一斉に噴射される。
総司令室でモニターを睨んでいたアウラ女帝は、突然ブリッジに流れ込んできた白い煙に気がついた。
「な、なんじゃこれは……!? 敵襲……ぐぬっ……」
警備員たちがバタバタと床に倒れ伏す中、アウラもまた、強烈な睡魔に抗えず玉座に倒れ込み、そのまま深い眠りへと落ちていった。司令室も、通路の警備兵も、要塞内の防衛要員は一瞬にして完全に沈黙した。
要塞外部の防衛宙域。半壊状態のユニコーンのコックピットの中で、私は要塞内部から響く連続的な爆発の振動を感知していた。
(アルテミスが、攻撃されている……? 応援に向かわないと……)
オルフェの洗脳による「敵を倒せ」という命令が脳内を駆け巡る。しかし、二本の義足を固定した私の身体は、まるで自分の意志を取り戻したかのように硬直していた。操縦桿を前に押し出そうとしても、腕が鉛のように重く、指一本ピクリとも動かない。
脳内の呪縛がどれだけ命令しても、私の本能が、肉体が、これ以上キラたちの邪魔をすることを拒んでいた。
「動いて……お願いだから、動きなさい……!」
感情を失ったはずの瞳から、無意識に涙がこぼれ落ちる。動かない機体に焦燥している、まさにその時だった。
――ズガァァァンッ!!!
アルテミス要塞の外壁が、内部からの大爆発によって派手に吹き飛んだ。
その爆炎と瓦礫の嵐を突き破り、潜入を完了したキャバリアー(ズゴック)と、シュラを引き離して合流したストライクフリーダムガンダム弐式が、宇宙へと飛び出してきた。
二機の光が視界に飛び込んできた瞬間、私の首に嵌められた隷属の首輪が不気味に赤くフラッシュした。
『――対象の感情異常を検知。最大出力で脳波を再固定する』
「あああああぁぁぁっ!!!」
脳髄を直接電流で焼き焦がされるような激痛が走り、より強固な、より深い洗脳の闇が私の意識を完全に包み込んだ。
「キラたちを拒もうとする身体の抵抗」は、その圧倒的な精神汚染によって強制的にリセットされる。
「……バグの排除、完了。これより迎撃行動に移行する」
光を失った私の両腕は、今度は滑らかに操縦桿を握り締めた。
戦場には、ミレニアムを援護するために近づこうとするザフト軍、およびオーブ軍のモビルスーツが迫っていたが、今の私にはすべてが「排除すべき標的」でしかなかった。
半壊のユニコーンが痛々しい火花を散らしながら爆発的な加速を見せる。
立ち塞がろうとしたザフトのザクウォーリアや、オーブのムラサメ改の群れに対し、私は残された武装で精密な解体を瞬時に行っていった。一切の無駄がない冷徹なビームとサーベルの軌跡。瞬く間に、周囲の機体はすべて四肢をもぎ取られた『ダルマ状態』へと変えられ、宇宙に放置されていく。
「ジャマ……。消えなさい」
味方であったはずの機体を一瞬で壊滅させた私は、半壊状態のユニコーンの出力を最大まで沸騰させ、本命であるストライクフリーダム弐式と、キャバリアーを装備したズゴックの目の前へと、猛烈なスピードで肉薄していった。
ストライクフリーダム弐式とズゴックへ向けて、半壊状態のユニコーンを加速させようとしたその瞬間。突然、宇宙の景色がぐにゃりと歪んだ。
アラートの音も、スラスターの轟音もすべてが遠のき、光の帯が流れるような不可思議な精神の海――『ニュータイプ空間』へと、私の意識は強制的に引きずり込まれた。
戸惑う私の前に、一人の青年がふわりと姿を現した。整った顔立ちの奥に、底知れぬ強欲さと野心を隠し持った男。
「強化人間001――シロッコだ。待っていたよ、リン」
彼は両手を広げ、まるでこの世界の神にでもなったかのような傲慢な笑みを浮かべて語り始めた。
「私はこの愚かな世界を裏から統べる。終わりのない争いを繰り返す人間どもを絶対的な力で管理し、私の手で完全なる新たな秩序を打ち立てるのだ。それが、最も優れた存在として作られた私の目的であり、世界征服という名の必然だよ」
私が無言で睨みつけると、シロッコは愉悦に顔を歪め、さらに恐るべき真実を口にした。
「君は不思議に思わなかったか? 過去、なぜ君が都合よくあの絶望的な状況から脱走できたのか。なぜ、オルフェたちファンデーションが、本来この世界に存在しないはずの『サイコフレーム』の事を知っていたのか。……そして、コズミック・イラ73の運命の時代、なぜザフト軍から君のもとに『ナラティブ』が送られてきたのかを」
「……え……?」
「すべては、私が最初から仕込んでいたことだ。君というイレギュラーな存在を利用し、この世界でサイコフレームの技術と精神共振を熟成させるためにな。ザフトの上層部を操ってナラティブを与え、君を泳がせて脱走を仕組んだのも、アウラたちにサイコフレームの知識を授け、ユニコーンからデータを送らせていたのも……すべては私の手のひらの上の出来事なのだよ」
私がこれまで必死に生きてきた軌跡、流してきた血と涙。そのすべてが、この男の実験と世界征服のための盤上に過ぎなかったというのか。
「さあ、私の手伝いをしてくれないか。君とユニコーンの力は、私の新世界に必要だ」
強欲に満ちたシロッコの手が伸びてくる。だが、私の心はその傲慢な意志を激しく拒絶した。
「……ふざけないで。誰が、あんたなんかの思い通りに……!」
拒絶されたシロッコは冷酷に目を細め、私の心を抉るような『正論』を、鋭い刃のように突き立ててきた。
「ふざけているのは君の方だ。仲間を救いたいと願いながら、自らの弱さで彼らを死なせた。今もこうして洗脳という言い訳に逃げ込み、かつての味方に銃口を向けている。君は自分の意志で立つこともできない、ただの壊れた道具だ。誰も守れなかった君に、拒む権利などない。私という絶対的な主に傅き、その身を捧げることだけが、君の無価値な存在に意味を与える唯一の道だ!」
シロッコの容赦のない言葉が、私の急所を正確に貫く。
トラウマと罪悪感を抉られ、精神が完全に崩壊しそうになり、その強引な力に引き寄せられそうになった――まさにその時だった。
ブワァァァァッ!!
暗黒に沈みかけていた精神の海を、暖かく、そして力強い緑色の光が切り裂いた。
私の意志とは関係なく、ユニコーンのサイコフレームが最大共振を起こし、緑色の燐光を放ってニュータイプ空間を満たしたのだ。
「なっ……何だ、この光は!? 私の干渉を弾き出すというのか! ええい、たかが機械の分際で……っ!」
緑の光は、シロッコの強欲な精神を激しく拒絶し、彼を光の彼方へと吹き飛ばした。同時に、ガラスが砕け散るような甲高い音と共に、ニュータイプ空間が完全に崩壊する。
「……っ、はぁっ、はぁっ!!」
ハッと息を呑み、私は現実のコックピットへと意識を引き戻された。
激しい動悸を抑えながら、慌ててモニターに視線を走らせる。ニュータイプ空間での時間は、現実のほんの数瞬に過ぎなかったはずだ。だが、戦場は劇的な変化を遂げていた。
「嘘……」
レーダーから、無数の友軍機がロストしている。
あんなに強大な気配を放っていたシュラ・サーペンタインのブラックナイトスコード・シヴァの反応がない。さらに、私を蹂躙したブラックナイトスコード・ルドラたちの機影も、すべて完全に破壊され、宇宙のデブリと化していた。
コンパスの反撃の前に、ファンデーションの戦力は一瞬にして削り取られていたのだ。
残っているのは、オルフェが駆るブラックナイトスコード・カルラと、アウラ女帝の乗る旗艦だけ。
『――目標を再設定。カルラを援護せよ』
首輪からの洗脳の電流が、再び私の脳を支配する。シロッコに抉られた心の傷から血を流しながらも、私の身体は機械のように正確に操縦桿を動かした。
「……カルラが……オルフェ様が、危ない」
ニュータイプ空間での出来事すらも洗脳のノイズにかき消され、私はただ与えられた使命だけを反芻する。半壊状態のユニコーンの残されたスラスターを全開にし、孤立したカルラとオルフェたちの援護へと急行した。