「見つけたぜ、足つきの新型! 逃がしゃしねえよ!」
ディアッカ・エルスマンのバスターガンダムが放つ、連結された長射程の砲撃が宇宙を切り裂きます。リン・ベルナルは過呼吸に喘ぎながらも、必死に回避運動を繰り返しました。しかし、そこへアスラン・ザラのイージスが、変形による驚異的な加速で肉薄します。
「(……っ、二人同時なんて……ハァ、ハァ……ッ!)」
リンは、ディアッカの狙撃を回避しながら、目前まで迫ったアスランの攻撃を、先ほど手に入れた「未来を見る感覚」でかろうじて受け流し続けます。漆黒の機体と紅い機体が、火花を散らしながら暗黒の宙を舞います。しかし、その死闘の最中、ディアッカの放った一撃が死角からストライカーブラストの頭部を直撃しました。
「ああっ……!!」
爆煙が晴れた機体のメインカメラは、その左半分が完全に破壊され、モニターには激しいノイズが走りました。視界の半分を失い、絶望がリンの心を支配しようとした、その時です。
「(……どうすればいいの? このままじゃ、キラ君も、みんなも……っ!)」
リンが混濁する意識の中で必死に答えを探していた、その刹那。リンの意思とは無関係に、機体のOSが異質な重低音を響かせました。
「え……? サードアイが……消えた……?」
頭部の中央で紅く明滅していたサードアイが静かに沈み、代わりに、装甲の隙間から紅きモノアイがぎらりと光を放ちました。それはリンの操作を拒絶し、機体自らが殺意を持って覚醒したかのようでした。
その「眼」が放つ、生物的なまでの禍々しさと威圧感に、百戦錬磨のアスランとディアッカでさえ、一瞬、機体を硬直させました。
「な……何だ、あの機体は!? 急に空気が変わったぞ!」
怯んだ隙を、機体は逃しませんでした。リンの体は、覚醒したストライカーブラストに導かれるように、右手のアーマーシュナイダーをディアッカのバスターへと叩き込みます。
「そこをどいてぇぇ!!」
重量を乗せた突撃に、バスターは体勢を崩して後方へと激しく押し飛ばされました。リンはその勢いのまま機体を反転させ、目前まで迫っていたアスランのイージスに向け、短時間式ビームサーベルを抜き放ちました。
激しい放電と共に、ピンク色と漆黒の光刃が激突します。
「アスラン! どいて、お願い……!」
「君か……! 君が、キラを惑わせているのか!」
二機は至近距離で激しく鍔迫り合い、火花がコックピットを照らし出します。リンは必死にサーベルを押し返そうとしますが、イージスのパワーに押され、次第に光刃が機体へと近づいてきます。
「(ダメ……力が……っ、またエネルギーが!)」
サーベルの光が明滅し、出力が限界を迎えようとしたその時、横から飛び込んできた一条の閃光がアスランの攻撃を弾き飛ばしました。
「リンさん、下がって!!」
キラのストライクでした。彼はリンを守るように前に出ると、ビームライフルを連射し、アスランとディアッカの二機を同時に相手取ります。
「キラ! まだ分からないのか!」
「分かってるよ、アスラン……! でも、僕は僕のやり方で、みんなを守るんだ!」
二人の親友が再び激しくぶつかり合う中、リンはメインカメラを半分失い、紅きモノアイを宿した漆黒の機体の中で、激しく高鳴る鼓動を抑えながら、キラの背中を見つめることしかできませんでした。
キラのストライクがアスランとディアッカを引きつけている間、リンの前には執念に燃えるイザークのデュエルと、闇に潜むニコルのブリッツが再び立ちはだかります。
「逃がさんぞ……! さっきの借りは、その首で返してもらう!」
イザークの咆哮と共に、デュエルのビームサーベルがストライカーブラストの装甲を激しく叩きます。メインカメラの半分を失ったリンは、死角からの攻撃に翻弄されますが、勝手に起動した紅きモノアイが、リンの焦燥を嘲笑うかのように鋭く戦域を走査していました。
「(……来るっ!!)」
頭の中に、雷光のような直感が走ります。それは予測ではなく、確定した「未来」の映像。
彼女がかつて、冷たい実験室で兵器として完成させられた証――**「強化人間」**としての感覚が、強制的に呼び覚まされたのです。
ニコルのブリッツがミラージュコロイドを解除して背後に現れる。その数秒先の光景が見えたリンは、機体を捻るように反転させ、放たれたランサーダートを紙一重で回避。そのまま、デュエルから奪い取るようにして距離を詰め、右手のアーマーシュナイダーをデュエルの肩口へ突き立てました。
「おのれぇぇ! チョロチョロと……!」
イザークが再びサーベルを振り下ろそうとしたその時、アークエンジェルの巨体が、爆炎を突き抜けて戦域へと強引に割り込んできました。
「キラ、リン! 離脱するわ! 回収ポイントへ急いで!」
マリュー・ラミアスの叫びと共に、アークエンジェルの各門から煙幕弾が一斉に射出されました。艦が巨体を独楽(こま)のように回しながら煙を撒き散らし、宇宙(そら)は瞬く間に白い闇に包まれます。
「なっ、何だ!? 煙か!」
ディアッカのバスターが闇雲に砲撃を行いますが、視界とセンサーを物理的に封じられたザフト軍は、獲物を見失いました。
「リンさん、今だ! 艦へ!」
キラのストライクが、煙の中からリンの機体の手を掴みました。半分壊れたストライカーブラストは、キラに導かれるようにアークエンジェルの着艦デッキへと滑り込みます。
「アークエンジェル、全速発進! 両舷エンジン、最大戦速!」
ナタルの鋭い号令が響き、アークエンジェルは背後に残るアルテミスの残骸と、地団駄を踏むイザークたちの絶叫を置き去りにして、加速の彼方へと消えていきました。
ハッチが閉まり、激しい加速Gが収まった格納庫。ストライカーブラストのコックピットの中で、リンはようやく握りしめていた拳を緩めました。
「(……私は、やっぱり……普通の人間じゃないんだ……)」
過呼吸の余韻で震える手で、返り血のような火花を浴びたコンソールに触れます。機体の紅きモノアイがふっと消灯し、不気味な静寂が戻りました。
デッキに降りたキラが、心配そうにリンの機体へと駆け寄ってきます。
「リンさん! 大丈夫!? さっきの動き、まるで何が起きるか知っているみたいで……」
キラの無垢な賞賛の言葉が、リンの胸を深く抉りました。自分が、忌まわしい強化実験の末に生み出された存在であること。人為的に未来を見せられるほどに弄られた「強化人間」であること。
そんな真実は、自分を信じてくれるキラにも、受け入れてくれたマリューたちにも、死んでも言えるはずがありません。
「……ううん、必死だっただけ。……怖かったよ、キラ君」
リンは作り笑いさえできず、ただ暗いコックピットの中で、冷たい汗を拭いながら唇を噛み締めました。
アークエンジェルは、アルテミスの忌まわしい記憶と、リンが抱えた闇を飲み込んだまま、