猛烈な加速でカルラのもとへ急ぐ半壊のユニコーンの前に、立ちはだかる三つの影があった。
ルナマリアのソードインパルスガンダム。シュラとの壮絶な一騎打ちを制し、至る所から火花を散らす半壊状態のインフィニットジャスティスガンダム弐式。そして、ルドラ部隊を瞬く間に血祭りにあげたシンのデスティニーガンダムSpecII。
彼らのコックピットから、悲痛な叫びが通信回線を狂ったように叩く。
『リンさん! もうやめてくれ! 俺たちだ、シンだ! 帰ってきてくれよ!』
『リン! ファンデーションの洗脳に負けるな! お前はコンパスの仲間だろう!』
『リンさん、目を覚まして! ラクス様は無事よ、だからもう戦う必要なんてないの!』
耳元で響くかつての仲間たちの声。しかし、首輪から流れる洗脳の電流が、私の胸に湧き上がろうとする感情を冷酷に圧殺する。私の唇から漏れたのは、抑揚のない機械的な拒絶の言葉だけだった。
「……標的、確認。排除する」
限界駆動する半壊のユニコーンが、三機に向けて突撃する。
最初に肉薄してきたのはシンのデスティニーだった。機動性を活かして背後に回り込み、至近距離から放たれる青い破壊の光――『パルマフィオキーナ』が私のコックピットを狙う。私はスラスターを瞬間的に逆噴射し、その手を紙一重で躱した。熱線が装甲をかすめ、残されたセンサーを鋭く灼く。
間髪入れずに、アスランのジャスティス弐式が肉薄する。実戦で鍛え上げられた容赦のないビームサーベルの刺突。私は融解した両足を義足で固定したまま、上半身を異常な角度で捻り、その鋭いビームの刃を掠めるようにして避けた。
さらに上空から、ルナマリアのソードインパルスが巨大なレーザー対艦刀を激しく振り下ろしてくる。
「当たりなさいッ!」
二本の大剣が放つ光の刃が迫るが、私は残された左腕のシールドを盾にすることなく、ユニコーンの姿勢制御バーニアを爆発的に噴射してその一撃を完全に回避した。
三機の連撃を全て躱し切った刹那、私はユニコーンの残されている右脚を猛然と突き出した。
両足を失い義足となった私だが、機体にはまだ片足が残っている。その左脚に全出力を注ぎ込み、ソードインパルスの胸部へ向けて強烈な蹴りを叩き込んだ。
ガキィィィンッ!!
金属同士が激突する凄まじい衝撃音。まともに蹴りを喰らったルナマリアのインパルスは、制御を失って宇宙の彼方へと派手に吹き飛ばされていった。
「邪魔……」
間髪入れず、私は左腕をバックパックへと伸ばし、残されたビームサーベルのグリップを力強く引き抜いた。パチパチとピンク色の兇猛な光刃が宇宙に咲く。
それを見たアスランが、即座にジャスティス弐式の脚部ビームサーベルを展開した。
「ならば、力ずくでも動きを止める!」
アスランは機体を反転させ、その鋭利な脚部の刃を突き出して宙を舞いながら私に斬りかかってきた。ユニコーンのビームサーベルと、ジャスティスの脚部ビームサーベルが正面から激突し、周囲の空間に強烈な火花が飛び散る。ギチギチと互いの出力がぶつかり合い、コックピットが激しく振動する。
『アスラン、今行く! うおおおおおっ!!』
シンの叫び声と共に、デスティニーSpecIIが背部から大型ビームソード『アロンダイト』を引き抜き、凄まじい推力で突っ込んできた。アスランが脚技で私を抑え込み、その隙を狙ってシンがアロンダイトを大きく振りかぶる。完璧な連携による猛烈な援護が、私と半壊のユニコーンを容赦なく死角から捉えようとしていた。激しく火花を散らすアロンダイトの巨刃と、迫り来る脚部ビームサーベルの連撃。私は残された左腕の一振りでアスランとシンの猛攻を必死に捌き合っていた。半壊したユニコーンのフレームが軋み、限界の悲鳴を上げる。
その緊迫した切り合いの最中、死角から鋭い閃光が走り抜けた。ルナマリアのソードインパルスによる、寸分の狂いもない援護射撃。
ガキィィンッ!
凄まじい衝撃と共に、ユニコーンの頭部メインカメラにビームが直撃する。コックピットの全天周モニターが一瞬にして激しい砂嵐と赤色のノイズに染まり、私の視界は完全に奪われた。
だが――私の脳裏には、現実のモニターよりも鮮明な「未来の光景」が直接焼き付いていた。
(右から、次が来る……!)
ニュータイプの予知能力が、ノイズの向こう側の世界を網膜に映し出す。私はノータイムで操縦桿を蹴り倒し、機体を鋭く横スライドさせた。直後、さっきまでユニコーンがいた空間をインパルスの追撃のビームが貫いていく。さらに間髪入れず、後方からヒルダのゲルググメナースが放った一斉射撃のビームライフルが迫るが、それすらも紙一重の宙返りで全て躱し切った。
「目障り……動けなくなるまで、バラバラにするだけ……!」
洗脳に支配された私の思考は、完全に冷徹な演算機と化していた。殺しはしない。ただ、彼らの機体の両腕、両脚を正確に切り落とし、戦闘不能のダルマにする。私はビームサーベルを逆手に構え直し、視界の効かない暗闇の中で、ジャスティスとデスティニーの関節駆動部へと狂気的なスピードで肉薄した。
しかし、彼らの覚悟は私の予測を上回っていた。
「逃がすかよッ!!」
「リン、捕まえたぞ!」
鋭い斬撃を繰り出そうとした瞬間、シンのデスティニーとアスランのジャスティスが、四肢の破壊をも辞さない私の猛攻を恐れることなく強引に突っ込んできた。そして、ユニコーンの残された左腕と胴体を、両側からがっしりと肉体で組み伏せるようにして掴み取った。
物理的に機体が接触した、その刹那だった。
「――ッ!?」
ユニコーンの装甲を通じて、機体内に充満していたサイコフレームの『怨念』と、私がこれまで抱え込んできた果てしない『苦しみ』が、津波となってアスランとシンの脳内へと直接逆流した。
シンのインパルスにコックピットを貫かれ、両足がドロドロに融解していったあの時の地獄の激痛。目の前でブリッツごと引き裂かれたニコル、粉々に砕け散ったトール、そして最後は分かり合えぬまま破滅した兄・リボンズを救えなかった罪悪感。ファンデーションで受けた凄惨な拷問と、心を無理やり書き換えられる絶望。
私の魂の叫びそのものである凄まじい精神的負荷が、二人を襲う。
「が、あ、あああぁぁぁっ……!? なんだ、これ……何なんだよ、この痛みはぁっ!!」
「くっ……ガァァァッ! リン……お前は、こんな地獄の中に……!」
アスランとシンが激しい精神的苦痛に顔を歪め、コックピットの中で血を吐くような悲鳴を上げて苦しむ。まともに意識を保っていられるはずのない怨念の濁流。
それでも――二人はユニコーンを掴む手を、絶対に離さなかった。
「だけど……こんなところで、お前を一人にできるかぁぁぁっ!!」
「戻るんだ、リン! 俺たちのところに!!」
ボロボロになりながらも、自分を犠牲にしてまで私を救おうとする二人の強い意志。彼らのその想いと、私の胸の奥に眠る引き裂かれるような『痛み』が最悪の形で衝突し、サイコフレームと激しく共鳴を起こし始める。
――ブワァァァァァッ!!!
ユニコーンの全身のサイコフレームから、これまでとは比較にならないほど禍々しく、そして圧倒的な輝きが放たれた。限界を超えたリンの精神の激痛に呼応するように、半壊状態の一角獣は、世界を拒絶する真の『覚醒』へと向かって、狂ったように光を膨らませていく。ブワァァァァァッ!!!
限界を超えた私の精神の絶叫に呼応し、ユニコーンの装甲の隙間から、信じられない現象が起き始めた。
眩い緑色の燐光が物理的な質量を持ち始め、装甲の割れ目のような部分から、無数の虹色の「結晶」が異常増殖を始めたのだ。結晶は生き物のように機体を覆い尽くし、完全に失われていた左腕と右脚の欠損部分にまで伸びていく。
そして瞬く間に、その眩い結晶体そのもので形作られた「新しい左腕と右脚」が形成されてしまった。
「なんだあれは……機体が、自己再生しているのか!?」
「サイコフレームが……結晶化しているっていうのか!?」
あまりにも未知で常軌を逸した光景に、アスランとシンは思わず動きを止め、驚愕に目を見開いた。
その一瞬の油断を、完全に覚醒したユニコーンは見逃さなかった。
結晶で形成された腕がゆっくりと持ち上がり、その掌から、まるで極北の空を彩る「オーロラ」のような、淡く揺らめく不可思議な光の波が放たれた。
「避けろ、シン!!」
アスランの叫びと共に、ジャスティスとデスティニーは反射的にスラスターを吹かして、そのオーロラの波をギリギリで回避する。だが、後方で体勢を立て直そうとしていたルナマリアのソードインパルスは、逃げ遅れてしまった。
『きゃあっ!?』
「ルナ!」
オーロラの波に飲み込まれたインパルス。だが、爆発は起きなかった。
その代わり、恐るべき現象がルナマリアの機体を襲った。インパルスの装甲を透過した光の波が、機体の核であるジェネレーターを、まるで時間を巻き戻すかのように部品単位へと「分解」してしまったのだ。
動力を完全に失い、沈黙して宇宙を漂い始めるインパルス。
「ジェネレーターが……分解された!? あんなものをまともに喰らったら終わりだ!」
シンが戦慄の声を上げる。
「シン、あれはもうモビルスーツの力じゃない! だが、だからこそパイロットを引きずり出すしか止める方法はないぞ!」
「了解です、アスラン!」
ルナマリアの機体が一瞬で無力化されたのを見た二人は、即座に決死の作戦を行動に移した。
アスランのインフィニットジャスティス弐式が、半壊した装甲から火花を散らしながらも、ユニコーンの死角へと猛烈なスピードで潜り込む。そして、結晶化したユニコーンの背後から両腕を回し、渾身の力で機体ごと強引に「羽交い締め」にした。
「ぐおおおっ! 出力が……だが、絶対に離すものか!!」
ジャスティスのフレームが軋み、サイコフレームの共振による凄まじい負荷がアスランを襲うが、彼は歯を食いしばり、ユニコーンを完全に拘束して動きを封じ込める。
「そこだぁぁぁッ!!」
アスランが作ったその一瞬の隙に、シンのデスティニーSpecIIが正面から肉薄した。
シンは武器を持たず、デスティニーの両腕の巨大なマニピュレーターで、ユニコーンの胸部――コックピットハッチの装甲を直接鷲掴みにした。
『強制排除……! 開けぇぇぇッ!!』
シンの気迫と共に、デスティニーの最大出力が装甲を力任せに引き剥がす。
バキィィィッという金属の断裂音と共に、ユニコーンのコックピットが宇宙空間へと無惨にこじ開けられた。
むき出しになったコックピット。
そこには、首輪から流れる電流とトラウマのフラッシュバックに苛まれ、過呼吸に喘ぎながら両足の義足で踏ん張る、ボロボロの私の姿があった。
デスティニーのコックピットから、シンが身を乗り出すようにして、私に向けて真っ直ぐに手を伸ばした。
「リンさん!! もういい、もう戦わなくていいんだ!!」
シンの必死な声が、通信機を通さず、共鳴するサイコフレームを通じて私の心に直接響き渡る。
「帰ろう、俺たちのところに! リンさん!!」
差し出されたその温かい手。
暗闇の底で泣き叫んでいた私を、力強く引き上げようとするその救いの手が、すぐ目の前にあった。