ミレニアムの薄暗いハンガーに、大破したユニコーンガンダムとジェネレーターを分解されたソードインパルスが収容された。
デスティニーのコックピットからシンの手によって抱き起こされた私は、そのまま急いで機体から降ろされた。衣服はボロボロに裂け、額の傷からはまだ血が滲み、何よりファンデーションで受けた過酷な仕打ちによって、私の身体はまともに立っていることすらできないほどに衰弱していた。
「リンさん、しっかりして! ヒルダさん、ルナ! 頼みます!」
シンの悲痛な叫び声が響く中、私の身体を両側からそっと支えてくれたのは、ヒルダとルナマリアだった。
「分かってるよ、シン。あとはあたしたちに任せな」
「リンさん、もう大丈夫ですからね。ゆっくり歩きましょう」
二人は私の冷え切った身体を労わるように支え、ハンガーから居住区の奥にある大浴場へと連れて行ってくれた。
浴室に入ると、温かい湯気が白く立ち込め、戦場の硝煙と冷気に晒されていた身体を優しく包み込んだ。ルナマリアが不器用ながらも優しく私のパイロットスーツを脱がせ、ヒルダが湯を張った浴槽へと私を導いてくれる。
温かいお湯に身体を沈めた瞬間、張り詰めていた緊張が解け、凍りついていた細胞がじんわりと解きほぐされていくような感覚に囚われた。
だが、お湯によって肌の汚れが洗い流されたことで、水面に浮かび上がった私の全身の姿に、ヒルダとルナマリアは息を呑んだ。
「……っ! リン、これは……」
「そんな……激しいアザだけじゃなくて、これ、全部電撃の……」
二人の視線の先には、ファンデーションの独房でアウラやオルフェたちから受けた、凄惨な拷問の跡がはっきりと刻まれていた。『隷属の首輪』によって何度も全身を駆け巡った強烈な高圧電流による、ただれたような生々しい電撃の痕。そして、拒絶反応を示すたびに容赦なく加えられた激しい暴行による、黒紫色の無数のアザ。
白く美しいはずの肌を無残に汚すその傷跡の数々に、ルナマリアは痛ましさに耐えかねるように両手で口元を覆い、瞳に涙を溜めた。ヒルダもまた、怒りと悲しみで奥歯を強く噛み締め、拳を震わせている。
仲間をこれほどまでに痛めつけたファンデーションへの憤りと、救うのが遅れてしまったことへの悔しさが、二人の沈黙から痛いほどに伝わってきた。
周囲に流れる痛切な空気を察し、私はお湯の中で、金属でできた両足の義足を静かに見つめながら、微かに唇を震わせた。洗脳が解けた今の私には、二人の優しさが何よりも温かかった。だからこそ、これ以上彼女たちに悲しい顔をしてほしくなくて、私は無理にでも笑顔を作ろうと、消え入りそうな声で言葉を返した。
「……大丈夫、だよ……。もう、痛みは……ないから」
それは、自分に言い聞かせるための言葉でもあった。確かに肉体の傷は深く、心にも大きな傷を負ったけれど、キラやアスラン、シン、そして目の前にいる二人が命懸けで私を暗闇から引きずり出してくれた。その事実が、今の私の心を支えていた。
「心配、かけて……ごめんね……。でも、本当に、私は大丈夫だから……」
湯気の中に私の弱々しい声が溶けていく。ヒルダはしばらく何も言わず、ただ優しく私の背中にそっと手を当て、ルナマリアは溢れ出た涙を拭いながら、私の頭をそっと抱きしめるように引き寄せ、お湯の温もりの中で静かに寄り添ってくれた。
浴室から上がり、ルナマリアたちに手伝ってもらいながら清潔な衣服に身を包む。冷え切っていた身体はすっかり温まり、金属の義足を一歩ずつ進めながら、私は大浴場の扉を開けてミレニアムの通路へと出た。
通路の先にある広いスペースには、シンやアスランをはじめ、マリュー艦長やメイリン、アルバート、そして先ほどまで戦場で私を救うために戦ってくれたミレニアムの仲間たちが、ずらりと待ち構えていた。
そこに、キラとラクスの姿はなかった。激戦を終えたあの二人は、今頃きっと別の場所で、二人だけの静かな時間を過ごしているのだろう。今、このミレニアムの艦内に流れているのは、私と、私を諦めずに連れ戻してくれた仲間たちだけの時間だった。
私の姿を見つけるなり、シンが真っ先に破顔して駆け寄ってきた。
「リンさん!」
それを合図にするように、ルナマリアも、ヒルダも、マリュー艦長も、その場にいたみんなが笑顔で私の元へと一斉に集まってきた。そして、誰からともなく、私の小さく傷ついた身体を優しく、力強く包み込むようにして、みんなで次々とハグを交わしてくれた。
代わる代わるに伝わってくる、懐かしくて、どうしようもなく温かい仲間たちの体温。ファンデーションの暗い独房で凍りついていた私の心が、その温もりによって完全に溶かされていく。
「お帰りなさい、リンさん!」
「よく戻ってきたな、お帰り、リン」
「お帰り、リン司令!」
「お帰り、本当によかった……!」
重なり合うようにして、部屋中に響き渡る愛おしい「お帰り」の声。
私の目からは、また温かい涙が止めどなく溢れ出して止まらなくなった。けれど、今度の涙はあの地獄の過呼吸の時とは違う、心からの安心と嬉しさに満ちた涙だった。
私はみんなの温かい腕の中に顔を埋め、溢れんばかりの感謝と、ようやく取り戻すことのできた自分の居場所への想いを込めて、震える声で精一杯に応えた。
「……ただいま」
みんなの笑顔と優しい光に満たされたミレニアムの艦内で、私の長く苦しかった戦いは、ようやくひとつの確かな終わりを迎えた。