シンとルナマリアに司令室周辺の案内を終えた頃、私の端末が楽しげな電子音を奏でた。見ると、カガリからの通信だった。
「ごめんね、二人とも! ちょっとカガリと約束があって、先に失礼するわね。格納庫の整備は司令に任せてあるから、ゆっくりしていって!」
私はシンたちに手を振って別れを告げると、足早に居住区の着替え室へと向かった。
着替え室で軽快に服を着替えながら、ふと自分の足元に視線を落とす。精密に造られた両足の義足は、今の私にとって新しい世界を歩むための大切なパートナーだ。以前のような暗い過去の痛みなんて今はもうない。これからカガリと一緒にプラントへ行くというワクワクした気持ちが、全身を前向きなエネルギーで満たしてくれていた。
「よし、準備万端!」
私は支度を終えると、愛車のバイクに跨った。モユラン島の海岸線へ出ると、お気に入りのテンションの上がる曲をボリューム全開で流す。風を切る爽快感がたまらない。
島からオーブ本土へ向かう連絡船のゲート前は、すでに賑わっていた。私はスタッフに「お疲れ様!」と明るく声をかけ、バイクのまま巨大な甲板へと乗り入れた。
船が動き出し、オーブへの帰路につく。
甲板に置いたバイクに腰掛け、私はサングラスを掛けて潮風を浴びた。目の前に広がる青い海があまりに綺麗で、私は思わずカメラを構える。最高のシャッターチャンスにパシャパシャと海の景色を撮り、その中でも一番綺麗に撮れた一枚をカガリに送信した。
『今、船の上! 海がキラキラしててすっごく綺麗だよ。早く行こう!』
送信ボタンを押すと、すぐに『了解した、楽しみに待っているぞ』というカガリからの返信が届いた。
私は船のイスにもたれ、心地よい日差しの中で少しだけうたた寝をした。カガリとどんな話をしようか、プラントでは何を食べようか……そんな楽しい想像をしながら、束の間の休息を楽しむ。
気がつくと、船はすでにオーブ本土の港に滑り込んでいた。
私は船から勢いよくバイクを走らせ、オーブの美しい海岸線沿いの道へ飛び出した。潮騒が心地よく響く中、インカムを繋ぐ。
「カガリ? 今、海岸線を走って向かってるところだよ」
「ああ、リンか。……順調だな、あと少しでそっちの合流地点だ」
通話の向こう側から聞こえるカガリの嬉しそうな声に、私も思わず笑みがこぼれる。
「うん! もうすぐ着くから、待っててね!」
私はアクセルを一段階深く回し、オーブの風を全身に受けて、カガリとの合流地点へとバイクを走らせた。プラントへ向かう旅は、もうすぐそこまで来ている。海岸線の美しい景色を駆け抜け、約束の合流地点に滑り込むと、そこにはすでに移動用の車とSPを引き連れたカガリが待っていました。
バイクを止めてヘルメットを脱ぐと、カガリが嬉しそうに手を振って近づいてきます。
「待たせたな、リン。連絡船からの写真、綺麗だったぞ」
「カガリ! ううん、私もちょうど今着いたところ。これ、モユラン島のお土産ね!」
手渡した差し入れを受け取りながら、カガリはフッと目元を和ませました。シャトルへの乗船手続きを待つ間、私たちは車外の風に吹かれながら少し雑談を交わします。
「そういえばね、モユラン島でシンとルナマリアに会ったんだよ。ルナマリアの左手に、すっごく綺麗な指輪が光ってたの!」
「ほう、アスカの奴、ついに腹を括ったか。あいつらには苦労をかけたからな……。コンパスの表の隊長としても頑張っているようだし、帰ったらオーブからも祝い品を贈らないとな」
「ふふ、シンったら冷やかされて真っ赤になってたよ。でも、すっごく幸せそうだった」
そんな温かい日常の報告に、カガリも「そうか」と満足そうに微笑んでいました。
やがて準備が整い、私たちはプラントへと向かう特別シャトルに乗り込みました。大気圏を突破し、窓の外に広がる星の海を眺めながら一息ついていると、私の手元の端末がピピッと上品な音を立てて光りました。画面に表示されたのは『キラ・ヤマト』の名前です。
「あ、キラから通信だ。……もしもし、キラ?」
『あ、リン? 聞こえるかい? カガリも一緒かな?』
スピーカーから聞こえてくる懐かしいキラの声に、カガリもシートから身を乗り出します。
『実はね、僕とラクスも今、私用でプラントに来ているんだ。もし時間があるなら、僕たちがいるコロニーに二人で遊びに来ないかい?』
「えっ、キラとラクス様もプラントに!? うん、カガリも一緒だよ! ちょうど今シャトルの中なの」
「キラか! 久しぶりだな。私たちはこれからプラントの政府特別区へ向かう予定だが、そちらへの立ち寄りならいくらでも調整がつくぞ」
カガリの快諾を受けて、キラは嬉しそうな声で「ありがとう、待ってるよ」と言い、あるコロニーの座標を送ってくれました。
シャトルは予定を変更し、キラたちが指定したその居住コロニーへと進路を向けます。
やがて到着し、シャトルが港湾ドックに固定され、気密ハッチが静かに開きました。
カガリと並んで一歩足を踏み出したその瞬間、私たちの目の前に広がったのは、宇宙の中にいることを一瞬で忘れさせてしまうほどの、圧倒的に美しい光景でした。
「わぁ……! すっごく綺麗……!」
思わず感嘆の声が漏れました。
そこはプラントの中でも特に環境維持に力を入れている、広大な自然区画を持つコロニーだったのです。
人工の太陽光が優しく降り注ぐ中、見渡す限りの瑞々しい緑の丘がなだらかに広がり、透き通った川が心地よいせせらぎの音を立てて流れていました。どこからか花の甘い香りが風に乗って運ばれてきて、まるで地球の厳選されたリゾート地にでもいるかのようです。
「プラントにこれほど豊かな自然を持つコロニーがあったとはな……。激しい戦いを経た後だからこそ、この静けさは胸に染みる」
カガリもサングラスを少しずらし、目を細めてその美しい景色を見つめています。
この美しい自然の緑の向こうで、今頃キラとラクスが私たちの到着を待っている――。モユラン島で見た新しい未来のモビルスーツたち、そしてこの優しく綺麗な景色。世界は少しずつ、確実に平和で温かい方向へ進んでいるのだと、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていました。豊かな自然が広がるコロニーの公園。木漏れ日が落ちる穏やかな芝生の上で、私たちは懐かしい二人の姿を見つけた。
「あ……」
キラとラクス様が、柔らかな日差しの中で並んで座りながら、シロツメクサを編んで小さく可愛らしい『お花の冠』を作っていたのだ。戦火の中を駆け抜けたかつての英雄と歌姫の、あまりにも平和で穏やかなその姿に、私とカガリは思わず顔を見合わせて優しく微笑んだ。
「キラ! ラクス様!」
私が声をかけると、二人は振り返り、パッと花が咲いたような笑顔を見せてくれた。
「リン! カガリも、よく来てくれたね」
「お待ちしていましたわ、お二人とも」
無事に再会を果たした私たちは、公園の近くにあるオープンテラスのカフェへと移動した。淹れたてのコーヒーと紅茶を頼み、心地よい風を感じながら、四人でのゆったりとした雑談が始まった。
「一週間前にようやくキラたちと通信が繋がるようになったけど……今まで本当に、どこで何をしてたのよ?」
カガリがコーヒーカップを置きながら、少し呆れたように、でも心底安心したような顔で尋ねる。
私も身を乗り出して二人に問いかけた。
「そうだよ。今の世界情勢とか、ファンデーションの残党への不安とか……二人の安全は本当に大丈夫なの? コンパスの総裁とか、部隊長っていう重い役職から離れて、ちゃんとゆっくりできてる?」
矢継ぎ早に心配を口にする私たちを見て、キラとラクス様は顔を見合わせてクスッと笑った。
「ありがとう、リン、カガリ。僕たちの安全は大丈夫だよ。目立たないように、でも二人で色々な場所を回って……ただ、世界が平和になっていくのを、静かに見守っていたんだ」
「私が突然コンパスやプラントの表舞台から消えてしまったことで、カガリさんや皆様に大きな『穴』を残してしまったこと……それは、今でも申し訳なく思っています」
ラクス様が少しだけ目を伏せる。だが、その表情に以前のような悲壮感はなかった。
「でもね」と、キラが言葉を継ぐ。
「僕が残してきたモビルスーツの設計や技術は、モユラン島でリンやハインライン大尉たちがしっかり引き継いで、新しい平和のための力に変えてくれている。不安がないわけじゃないけど……今は、君たちやシンたちのいる世界を心から信じられるんだ」
そう言って笑うキラの顔は、私が今まで見てきたどのキラよりも、穏やかで透き通っていた。
「それに……正直に言うとね」
キラは少し照れくさそうに頬を掻きながら、隣に座るラクス様を見た。
「今の生活が、本当に幸せなんだ。戦いが終わって、こうしてラクスと二人で当たり前の毎日を過ごせていることが……幸せすぎて、みんなに申し訳なくなってくるくらいなんだよ」
「キラ……」
ラクス様も愛おしそうに微笑んでキラを見つめ返し、そっと彼の手を握った。
ふと見ると、二人の重なり合った手の薬指には、お揃いのささやかな『指輪』がキラリと光っていた。
「昨日、二人で街へお買い物に出て、買ったんです。……今はただ、このささやかな幸せを噛み締めていたいと、そう思っていますわ」
その幸せオーラ全開の報告と輝く指輪に、私とカガリは「うわぁ……」と顔を赤くして目を丸くした。ルナマリアたちといい、キラたちといい、本当に今の世界は愛に溢れている。
「そっか……よかった。本当に、よかったね……!」
私が心からそう言うと、キラは嬉しそうに頷き、ふとイタズラっぽい目を私に向けた。
「そういえば、リンはどうなの?」
「えっ?」
「リンには……その、好きな人とか、いないの?」
突然振られた直球の質問に、私は持っていたコーヒーカップを危うく落としそうになった。
「なっ……!? な、ないないない! いないよ! 私にはまだそういうの、全然ないから!」
顔を真っ赤にして全力で首を振る私を見て、キラもラクス様も、そして隣にいたカガリまでもが声を上げて笑い出した。
「ふふっ、リンはモビルスーツの整備ばかりしていると聞いていましたから、少し心配だったんですけれど……まだまだこれからですわね」
「ああ。こいつは色気より、オイルの匂いの方が好きなようだからな!」
「ちょっとカガリ! それはどういう意味よー!」
コロニーの澄んだ青空の下、私たちの明るい笑い声がカフェのテラスにいつまでも響き渡っていた。過去の傷も、背負っていた重圧もすべて温かい時間の中に溶け込み、私たちはただの「普通の友人」として、掛け替えのない平和な午後を過ごしたのだった。