息の詰まるような長時間の会議を終え、私とカガリは再び特別シャトルに乗り込み、プラントからオーブへと帰還した。
オーブ本土の宇宙港に降り立ち、夜風を浴びた時には、時計の針はすでに夜の9時を回っていた。
「カガリ、もう夜の9時だよ。いくらお忍びでも、あんたはオーブの姫様……じゃなくて代表首長なんだから、早くお屋敷に帰らないと護衛の人たちが心配するよ?」
私がバイクの鍵を回しながらそう促すと、カガリはフイッとそっぽを向いた。
「馬鹿を言え! 難しい会議の連続で頭がパンクしそうなんだ。今日は……今日は、飲まないとやってられん! ほら、リンも付き合え!」
「えっ、ちょ、カガリ!?」
有無を言わさぬ腕力で引っ張られ、私たちがたどり着いたのは、オーブの裏路地にある赤提灯がぶら下がった大衆居酒屋だった。
「だいたいな! アスランの奴、コンパスの裏の仕事だなんだって、最近全然私に構ってくれないんだぞ! この前なんて通信の途中で『あ、メイリンからデータが来たから切るね』って……!」
ジョッキに注がれたビールを勢いよく煽りながら、カガリが盛大に愚痴をこぼす。
私は塩の効いた枝豆を口に運び、焼き鳥の串を齧りながら、その不満を延々と聞いていた。
(うーん……あのワーカホリックなアスランにカガリとの時間を作らせるには、どう対処したらいいんだろう。やっぱりコンパスの表の隊長であるシンから『少し休んでください』って言わせるのが一番効くかな……?)
私が焼き鳥を頬張りながら真剣に解決策を練っていると、ふと、隣のテーブルから聞き覚えのある優しい声がした。
「ふふっ。そりゃあ、カガリさんは寂しいわよね」
「おいおい、あんまり惚気てやんなよ。代表首長殿がスネちまうぜ?」
「えっ……?」
私とカガリが同時に隣の席を振り返ると、そこには私服姿で並んでお酒を飲んでいる、マリューさんとムウさんの姿があった。
「マリューさん!? それにムウさんも!」
私が思わず立ち上がると、マリューさんは口元を隠して上品に笑った。
「お二人に会うの、一年前の結婚式ぶりじゃないですか! こんなところで会うなんて偶然ですね!」
「ええ、本当に。私たちもたまには息抜きしようって、二人で飲んでいたのよ。それにしても……カガリさんは、アスランくんにヤキモチ妬いてるのね」
マリューさんに図星を突かれ、カガリは「ヤ、ヤキモチじゃない! 私はただあいつの不誠実な態度をだな……!」と顔を真っ赤にしてビールのおかわりを注文した。その様子に、私たちは思わず吹き出してしまう。
ひとしきり笑った後、ムウさんが手元のグラスを置き、私の方を見て気さくに笑いかけた。
「よぉ、リン。モユラン島で新型のテストパイロットやってるって聞いたけど……お前、元気にしてるか?」
「はい! 毎日油まみれですけど、すごく元気ですよ!」
私が満面の笑みでそう答えると、ムウさんは安心したように目を細め、優しく相槌を打った。
「そうか。……そりゃあ、何よりだ」
活気ある居酒屋の喧騒の中、香ばしい焼き鳥の匂いと、仲間たちの温かい笑い声が響く。オーブの夜は、穏やかに、そして賑やかに更けていった。「まったく……あいつは昔からそうだ! 私がどれだけ心配してるか分かってるのか!? 『メイリン、後でデータ送ってくれ』じゃないんだよ!」
カガリはすっかり酔いが回ったのか、ジョッキをドンッとテーブルに置いては、アスランへの不満をエンドレスで語り続けている。
その隣の席では、ムウさんとマリューさんがカガリの愚痴に苦笑いしながらも、自分たちの最近の生活について穏やかに話してくれた。休日は二人で買い物に出かけたり、海辺を散歩したり、あえて何もしない日を作ったりしているらしい。
私は運ばれてきたハイボールのグラスを傾け、炭酸の心地よい刺激を感じながら、二人の話に耳を傾けていた。
「色々あったけれど……こうして二人で笑い合える今の生活が、やっぱり一番良いわね」
マリューさんがムウさんと顔を見合わせながら、心底幸せそうに微笑む。
「ふふっ、本当にいいですね、そういうの。私も聞いててなんだか嬉しくなります」
私がハイボールを飲みながらそう相槌を打つと、突然、隣のカガリがジロリと私の方を睨みつけてきた。
「お前も他人事じゃないぞ、リン! お前、いくらなんでもモユラン島で働きすぎだ! ちょっとは休め!」
「えっ!? なんでいきなり私に飛び火するのよ!」
突然の説教に私が慌てていると、マリューさんとムウさんも不思議そうな顔でこちらを見た。
「働きすぎって……リン、今はどんな頻度で仕事してるんだ?」
「えっと……朝から夕方までヴァラーオメガやタイタンたちのテスト飛行をして、夜はハインライン大尉たちと無人機グレイズのAI調整をして、合間に機体のメンテをやってるから……基本的に週に7日、基地に泊まり込みかな?」
私が悪びれずに答えると、ムウさんは飲んでいたお酒を噴き出しそうになり、マリューさんは目を丸くして絶句した。
「お、おいおい! それ完全に休み無しじゃないか! いくらなんでも無茶しすぎだろ!」
「リン……あなた、少しは自分の体も労わらないとダメよ? 若いからって無理は禁物なんだから」
「うっ……す、すみません。でも、新型機のデータ取りが楽しくて、つい……」
私が肩をすくめると、ムウさんはやれやれと頭を掻きながら、豪快に笑った。
「まったく、どいつもこいつもコンパスの連中は働き蜂ばっかりだな! いいかリン、たまにはこうやって息抜きするのが大事なんだぜ。よし……お前がそこまで頑張ってるなら、今日は特別だ。今回の飲み代は、この俺が全部奢ってやる!」
「本当ですか!? わぁっ、ありがとうございます、ムウさん!」
まさかの太っ腹な提案に、私は大喜びでハイボールのグラスを掲げた。
私がムウさんと盛り上がっているその間、すっかり出来上がったカガリは、マリューさんの方へと身を乗り出していた。
「マリュー……なあ、どうしたらあいつ、もうちょっと私を構ってくれるんだ……? やっぱり、私が代表なんて堅苦しい立場だからダメなのか……?」
とろんとした目で切実な悩みをこぼすカガリに、マリューさんはクスッと優しく笑い、彼女の耳元で内緒話をするように囁いた。
「カガリさん。アスランくんはきっと、代表としてのあなたも、普通の女の子としてのあなたも両方愛しているわ。だから……意地を張って文句を言うんじゃなくて、たまには素直に『寂しかった、もっと声が聞きたい』って、甘えてみたらどうかしら? あの子、そういう真っ直ぐな言葉に一番弱いはずよ」
大人の余裕と経験からくるマリューさんの的確な『対処法』を聞いて、カガリの顔がポンッと音を立てるように限界まで真っ赤になった。
「あ、甘える……!? わ、私が、あいつに……!?」
「ええ。騙されたと思って、一度試してみて?」
カガリは赤くなった顔を両手で覆いながらしばらくジタバタしていたが、やがてジョッキに残っていたビールをグイッと一気に飲み干すと、バンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「そ、そうだな……! よし! 帰ったら、絶対に……あいつに言ってやる……っ! 私だって、やるときはやるんだからな……!」
酔っ払った勢いと決意が混ざったカガリの宣言に、私とムウさん、そしてマリューさんは顔を見合わせ、夜の居酒屋に再び大きな笑い声を響かせた。