オンゲのフレンドがリアルのセフレになりまして ~フレンドなんだからリアルでもボクと一緒に楽しいことしよ!~ 作:真喜屋五木路
吉永徹の憂鬱な朝
「はぁ……」
教室のドアに手をかけたところで、とうとう朝からの憂鬱さが徹の口から溢れた。
(気が重い……)
今日が雨模様というのもあるが、それだけが理由ではない。教室に入るのに待ち受ける試練のことを考えてのことだ。
尤も、いじめられていたりとか、授業についていけないとか、そういう大きな問題があるわけではない。
ほんの少し、たった一言二言で終わる、ちょっとした段差程度の障害。
とはいえそれが毎朝のこととなると、やはり憂鬱なものは憂鬱で。
徹は現実逃避にちらりと周囲を見渡す。
四月も中旬の廊下では、他の生徒たちがクラス替えで生まれた新たな交友関係や、新しくできた部活の後輩との関係で盛り上がっている。
このままだと楽しそうな彼らとの対比でますます憂鬱になりそうで、徹は覚悟を決めて無言でドアを開けた。
(あー、やっぱりかぁ……)
案の定自分の机を不法占拠している彼女の姿に、徹は体を強張らせる。
五人ほどの女子グループで談笑に興じる彼女、我妻歩こそが徹を憂鬱にさせる原因であった。
わずかに抱いていた「今日はいないかもしれない」という期待を打ち砕かれ、徹は再度ため息をつく。
かといって入り口でいつまでも突っ立っているのも不自然だ。
徹は諦め交じりにとぼとぼと自分の席に近づき、咳払いをしていつもの台詞を絞り出した。
「あ、あの……悪いんだけど我妻さん、そこ俺の席なんだけど……」
女友達と盛り上がっていた彼女は、その遠慮がちな声でようやく徹の存在に気付いたらしい。
「ん? ああ、ごめんごめん」
首だけで振り返ると、挨拶するみたいに軽いノリで謝って、ひょいと机から飛びのく。
「あ、ありがとう……」
お礼を言って席に着きながらも、徹は内心くだを巻いた。
(なんで勝手に机使われた挙句、どいて貰っただけなのにお礼言わないといけないんだ……)
尤もこれは半ば八つ当たりであった。彼女からお礼を言えなどと強要されているわけではない。
だが、我妻歩は学年どころか学校を代表するといってもいいくらいの美人である。ぼっちの徹ですら、一年の頃から噂だけで名前を憶えてしまったほどに。
そんな彼女を目の前にして、無言で席に着くのはどうしても憚られてしまう。
それにもし、彼女にお願いを聞いて貰っておいて礼の一つもなしとなれば、クラスの男子から非難の視線が飛んでくるに違いない。それほどの人気が我妻にはあった。
だが、肝心の徹はというと。
(……そんなに我妻さん、いいものかねぇ)
徹はカバンから机に教科書を移しながら、ちらりと彼女を盗み見る。
「――それで、この間歩にやってもらったネイルなんだけど、完成度ヤバくない?」
「うわすっごー! え、プロじゃん! あゆちー店出せるじゃん! 私常連一号ね!」
「もー、ユイってばそれは言い過ぎだって。それにデザインとかはさっちゃんが用意してくれた資料通りだしさー」
「いや見本通りにやれるだけでもだいぶエグいって!」
彼女が話している友達は、いわゆるギャルというか陽キャ女子の集団であり、各々傾向は違えど顔面偏差値は高い。
だがその中でさえ目立つのが我妻歩であった。
少し大人びたような顔立ちに、服の上からでも分かるほどの巨乳、おまけに女子にしては背が高めのモデル体型。
純粋な外見スペックだけでもこれだけ強いのに、恐らく性格もいいのだろう。友達に向ける屈託のない笑みは、外が雨だということを忘れそうになるほど明るく輝いていて。
(けど、俺に視線向けるときはなんか冷たいというか怖いんだよなぁ……)
微笑みは浮かべているのだが、目が笑っていないというか。
もしかして内心嫌われているのではという懸念もあり、徹としては我妻のことがほんのりと苦手なのであった。
(……まあ、そもそも好みのタイプじゃないから別にいいんだけど)
徹の好みはいわゆる清楚系である。黒髪で、大人しそうで、できれば自分と共通の話題で小さくくすくすと笑ってくれる子。
翻って、我妻歩は真逆の存在だった。
派手に染めたピンクの髪はサイドテールに結ばれており、ベージュのスクールベストには、明らかに校則違反のバッジがつけられている。学年どころか学校でも注目を浴びるアイドルのような存在で、おまけに――
「……でさ、ほんと最悪だったわけ。昨日彼氏がどうしてもシたいっていうから気分じゃなかったけどオーケー出したのに、一発出したら早々に寝落ちしてやがんの!」
「えー、さっちんの彼氏、それひどくない?」
「というかそもそもあーし、イかせてもらってないからね? 一人でパコパコ~って腰振ってびゅるって出して、はいおしまい。さすがにアレはないわー」
「うえー最悪。私も彼氏作る時はちゃんと男見定めてからにしよ」
「まー、外れも経験って割り切っちゃえばそれはそれでいいんだけど……でも、その点歩はいいよなー、彼氏大学生なんでしょ?」
「え? まあ、そうだけど……」
「やっぱりさ、高校生とくらべて落ち着いてそうだし、えっちとかも余裕ありそうでいいじゃん」
「ま、まあ……それは、確かにね。落ち着いてて、余裕あっていいなって思うかな」
「えー、やっぱりそうなんだ! いいなー、あゆちー。私も彼ピといざという時のために、あゆちーの経験談聞いてみたいんだけど」
「あはは、まあ……その内ね?」
(――教室でなんて話してるんじゃいお前らぁッ!)
教室内で堂々とセックスの話題で盛り上がるギャルたちに、徹はゲームをしようと横向きにしていたスマホを割れそうなほど握りしめる。
こんな感じで性に明け透けすぎるところなど、正直苦手というか反応に困る。やるならもうちょっと人気のない所でやってほしい。
故に徹にとって我妻歩は美人ではあれど、ストライクゾーン内の相手とは言い難い存在で。
とはいえ健全な男子高校生にとって、彼女はいささか魅力的過ぎた。
「……っ」
目の前で彼女が腰をひねるのにあわせて、膝上スカートがふわりとひらめく。むちっと肉感豊かな太腿がチラ見えし、シャンプーなのか化粧なのかほんのりと甘いような女の子の香りが漂った。
否応なしに異性を意識させられた徹は、自分の顔が熱くなっていくのに気づく。
このままでは「何意識してるんだよ」と絡まれるのではないか。そう考えて、誤魔化すためにスマホを仕舞い、机にうつ伏せた時だった。
「ん? へぇ、歩ってばヨッシーに匂い嗅がれてんぞ?」
「え? うわ……」
言葉だけでも分かるほどに冷たい我妻のドン引きに、徹は他人事で思考を巡らす。
(この衆人環視でそんなことするとか、アホ通り越して勇者だなそいつ……まったく誰だよヨッシーって……ヨッシー? まさか)
自分の名前が吉永徹であることに気付いた瞬間、徹はガバッと跳ね起きて。
ギャルたちの視線が自分に突き刺さっていた。
「で、どうだったヨッシー? 歩がさっきまで座ってたから机、いい匂いするっしょ?」
「え、いや、違ッ――! これは……!」
あまりにもひどい冤罪である。匂いを嗅ごうとしていたわけではないどころか、そもそも机からは匂いなんてしないのに。いやほんのりと体温は確かに……違うそうじゃない。
だが、十の瞳の圧力にさらされて、思うように声が出ない。
喉から絞り出されるのは詰まったような息だけで、心臓がバクバクと破裂せんばかりに鼓動する音だけが頭に響く。
それでもここで誤解を解かなければ、『あの我妻歩の匂いを目の前で嗅ごうとした変態野郎』という評価が新学年早々確定してしまう。
絶望の未来から脱出するため徹は無理やり肺から息を絞り出し――
「あはははッ! ヨッシーってばマジにすんなよー、冗談だって、じょ・う・だ・ん!」
バシバシと前の席のギャルが背中を叩いてくる。
途端に「なーんだ」とか「さっちゃんの冗談分かりづらいんだって」とか、他のギャルからの圧力も消失した。
釈然としないながらも無罪放免を言い渡され、徹は安堵に息をつきかけて、
「っ!」
未だ我妻から突き刺すような視線を向けられていることに気付く。
蛙を睨む蛇のような、人を射殺せそうなほど冷たく、鋭い視線。
磔にされたかのうように動けなくなってしまった徹に向かって、彼女は静かに唇を動かす。
『……最低』
「……っぁ」
肝心の本人から誤解が解けていないことに徹は思わず言い訳しようと口を開きかけ、すんでのところで思いとどまった。
(待った、ここであれこれ余計に言う方が逆に怪しくなるんじゃないか……?)
言うも地獄、言わぬも地獄。
一時間にも思えるほどの一瞬、徹は考えに考え抜いて――結局、拳を握りしめてうつ伏せの体勢に戻ることを選んだ。
今から他のことをしはじめたら、そっちの方が匂いを嗅いでいたと思われそうだったからである。
だから自分はあくまでも本当に寝たかっただけだとアピールしつつ、徹は腕の下でギリリと奥歯を噛みしめた。
(うぅ……っ! これだから陽キャのイジリってやつは……!)
未だ彼女からの視線を頭頂部に感じないではないが、もはやこれ以上どうすることもできない。
徹にできるのはせめてこれ以上余計に心を乱されないようにと、ポケットからワイヤレスイヤホンを出して耳に詰めることだけだった。
ノイズキャンセリングで生まれた偽りの静寂の中、現実逃避するように思考を巡らせる。
(……別にいいし、学校っていうのは勉強する場であって、慣れ合う為の場所じゃないし。それに、今日は家に帰れば……)
そう、リアルなどこんなものだ。
徹はそう割り切って、少なくとも割り切ろうとして、帰った後のことに思いを馳せるのであった。
プロローグからの好感度の落差よ……_(:3」∠)_