オンゲのフレンドがリアルのセフレになりまして ~フレンドなんだからリアルでもボクと一緒に楽しいことしよ!~ 作:真喜屋五木路
「あ゛ー、トール、いらっしゃ……ぶえくしゅッ!」
「おいおい、マジで大丈夫か歩」
マンションの五階にある歩の家のドアが開くと同時、中から現れたのは耳まで真っ赤にしてふらふらとよろめく歩の姿だった。
いつもの元気さはまるでなく、声もガラガラと苦しそうだ。
「うん、大丈夫大丈夫これくらい――⁉」
「っ、倒れそうになるとか全然大丈夫じゃないだろ。ほら、肩に手を回せって」
「うぅ、ありがとねトール……」
肩を貸して密着したことで、改めてかなりの高熱であることが分かる。
「えへへ、トールの体、冷たくて気持ちいい……」
「歩の熱が高すぎるだけだからなそれ。で、歩の部屋は?」
「あ、ここだから。もう大丈夫だよ、後は一人で平気だから」
歩はそう言いながらドアを開けようとして――へろり、とドアノブを掴もうとした手が空を切った。
「いや、ほんと無理するなって。ベッドまで一緒に――」
「ダメっ!」
代わりに徹がドアを開けようとした瞬間、歩が飛び込むようにしてドアとの間に割り込む。
「っ⁉ ごほっ、ごほっ、ごほっ……!」
「っ、大丈夫か?」
急に無理やり動いたためか、苦しそうに噎せる歩。
徹はその背中を軽く叩いてやりながら、自分の軽挙さに顔をしかめた。
「その、悪かった。確認も取らずに入ろうとして」
「……ううん、ボクこそごめん。つい、嫌なこと思い出しちゃって……」
歩の顔が苦しそうに歪んでいるのは、熱だけのせいではないのだろう。
「……それじゃあ俺は台所でうどん作ってくるから。できたら部屋の外から声かけるのでいいよな?」
誰にだって触れられたくない部分はある。そう考えて徹は部屋の中が視界に入らないように背中を向けて、
「待って、トール」
シャツの裾を引っ張り止められた。
「ごめん。さっきは反射的に止めちゃったけど、トールなら大丈夫……だと、思うから」
だが、そう口にする歩の手は小さく震えている。
「歩、いいから。無理すんな」
「ううん、やっぱりお願い。トールには見てほしいんだ。だって、親友に隠し事はしたくないからさ」
歩は決意を固めるように小さく息を吐きだして、ドアを押し開く。
徹は僅かに躊躇したものの、歩の覚悟を汲んでその後に続き――部屋の中の光景に嘆息した。
「……おぉ、すごいな」
そこには歩の『好き』が詰まっていた。
大きめの本棚に教科書を押しのけて詰まっているのは少年漫画やラノベの山で、中にはボロボロになった昆虫図鑑なども混ざっている。
視線を反対側の棚に移せば、これまた船や戦車や航空機の模型が、今にも動き出しそうな威容で並んでいる。
制服や女性ものの服がちょこんとかけられている一角がなければ、男子の部屋と言われても信じてしまいそうな部屋だった。
自分の部屋とは違う、圧倒的な『好き』を感じさせる熱量に圧倒されながらも、徹は歩をベッドへと寝かせる。
「……あはは。やっぱり、変、かな?」
物珍しさにきょろきょろと部屋の中を見回す徹に、歩は不安を滲ませた声をあげた。
「ボクは女の子なのに、こんな男の子っぽい趣味ばっかさ」
徹を見上げる瞳は自信なさげであり、「そうじゃない」という言葉を期待しているのが嫌というほど伝わる。
けれど例えその目を見ていなかったとしても、徹の答えは決まっていた。
「変なわけないだろ、歩が好きなものなんだから」
徹は改めて部屋を眺める。
模型に詳しいわけではなかったが、そんな素人の徹ですらわかるほどに、歩の熱量は本物だった。
並んだ船や飛行機は、本物をそのまま小さくしたかのような金属質の迫力があり、プラスチックだとはとても思えない。オモチャの域を超えて芸術品のような雰囲気すら醸し出している。
二つある机の片方は完全に模型の作業用なのだろう。ニッパーやピンセット、カッターや筆、その他工具などが几帳面に整理されていた。
そして何より、部屋にあるものはどれも、何度も使われたり読んだりされた年季を感じさせながらも、丁寧に手入れが行き届いていて。
「……本当に?」
まだ不安そうな歩の手を、徹は軽く握る。
「なんで俺が歩に嘘つく必要があるんだよ。というか好きに男も女も関係ないし、俺は友達の好きなものを馬鹿にするほど性格悪くないぞ?」
「~……っ」
ニッと笑ってみせる徹に対し、歩は胸のあたりをぎゅっと押さえて、声にならない嗚咽を漏らした。
つうっ、と赤みの増した頬を雫が伝う。
「っ、ちょ、歩⁉ な、泣くことはないだろ……⁉」
「ご、ごめん……でも、トールならって思ってたけど……やっぱり、嬉しくて……っ」
突然の涙にどうしていいか分からずにわたわたと手を彷徨わせる徹を、歩はえへへと笑って抱きしめた。
「……好きなんだ、すごく、こういうのがさ。昔から人形よりもプラモだったし、シール集めるなら昆虫集めてる方が楽しかった。それで、小学生の頃は楽しかったんだ。男の子もボクに変な遠慮なんかしないで、思いっきり一緒にサッカーしたり、虫捕りに行ったり、ゲームしたり……でも」
そこで歩の抱き着く力が強くなった。
「……中学校の時引っ越しして、そこからおかしくなっちゃった。普通に友達になりたかっただけなのに、男子はボクが輪に入っていたら途端にギクシャクしちゃってさ、なんか変な距離があって。あとはボクって一人称も笑われたり。それでやっとそうじゃない人に出会えたと思ったら今度は『お前、俺に気があるんだろ』とかわけわからないこと言われて。なんでもかんでも恋愛に結び付けられてさ」
(……ああ、そうか)
その言葉に、歩が恋人という関係を嫌っている理由がなんとなく徹にも察せられた。
「まあ、今考えるとボクも悪かったんだけどね。引っ越したばっかりなのにいきなり距離近かったとは思うし……丁度そのころからおっぱいも急におっきくなって……」
歩はそこで思い出したように、「今はトールが喜んでくれるから、これも悪くないなって思えるようになったけどさ」と軽く笑って、けれどすぐにまた寂しそうな表情へと戻る。
「だから、それならせめて女子とは友達になろうって思った時にはもう、皆から『男を弄ぶ悪女』なんて言われて避けられるようになっちゃってて……」
歩は徹の肩に顔を押し付け、そこからジワリと熱い湿り気が広がった。
徹は何と声をかけていいのか分からず、代わりに背中を優しく撫でると、歩は甘えるようにぐりぐりと頭を押し付けてくる。
「……そんな時だったんだ、トールと出会ったの。ボクを変な女の子としてじゃなくて、ちゃんとゲームが好きな一人の『歩』として見てくれて、すごく嬉しかった」
そう言って歩は徹から離れると、泣きはらした目をにっこりと細める。
「だからさ、トール。ずっと、ずっとボクの親友でいてね?」
その目は笑っていたが、いつもの悪戯っぽく自信にあふれた歩のものとは違う、強い孤独を感じさせるもので。
徹は歩の体を強く抱きしめた。
「当り前だろ、俺と歩は友達なんだから」
耳元で息を呑む音が聞こえ、歩がぎゅっと抱きしめ返してくる。
「えへへ、そうだね……それに、セフレでもあるし」
「っ、歩、お前な……」
いつも通りの悪戯っぽい響きの声に安堵するが、それはそれとして劣情を催すなというのも無理な話で。
とはいえこんな状態の歩に無理をさせるわけにもいかない。徹はそれとなく体を離し、話題を別の方向へと切り替えた。
「でもまあ、ちょっと意外ではあったな。歩は前の席の女子とかといっつもつるんでるし、中学の頃からギャルっぽいのかと思ってたから」
「ああ、佐伯さんたち? あはは、実は高校からなんだよね、ファッションとかメイクとか今みたいになったのって。しかも切っ掛けは勘違いでさ」
「勘違い?」
「そうそう」
歩は少し恥ずかしそうに小首を傾げる。
「さっき話したみたいに中学の頃は自分からグイグイ行き過ぎて失敗したからさ。高校では自分の好きなものをアピールする程度にして、向こうから声をかけてもらおうって思ったの。それで今の髪にして、キャラグッズもつけたんだけど……なんかそのせいで勘違いされちゃってさ。でも、そこから佐伯さん達と仲良くなれたから、これはこれでオッケーかなって」
「好きなものって……」
歩の言葉に、徹は改めて彼女の頭を眺めてみる。
今は解いているが、ピンクの髪色に高めのサイドテール。要素を取り出してみるとどこかで既視感があるような……
「……ってまさか、ノワ子の髪型だったのかよそれ!」
「え、今気づいたの⁉」
一度そうと気付いてしまえば、制服のカーディガンや私服のキャップにつけている十字の絆創膏をあしらったバッジも、ノワ子のトレードマークだと思い至る。
苦い顔をする徹に対して、歩はおよよ、とわざとらしく泣き崩れた。
「ひどいよトール……トールなら真っ先に気付いてくれると思ったのに……」
「うっ、悪い……けど、その……歩とノワ子ではだいぶ身長とか体型がお違いにならせられるので……」
メスガキ……もといロリキャラのノワ子と歩では、あまりにも色々が違いすぎてシルエットが重ならなかったのだ。
歩は身長も女子平均より高くて自分と同じぐらいだし、黙っていれば美人系の顔だし、それに胸も……。
と、そんな徹の視線に気づいたのか、歩が胸を隠すように腕を巻き付けた。
「……トールのえっち」
「い、いやでも仕方ないだろ……ノワ子と比べるとやっぱり目立つし……」
「ふふっ、悪いとは言ってないじゃん。……今なら風邪引いてるからいつもより熱くてしっとりして気持ちいいと思うよ?」
歩は片胸を下からぐいっと押し上げ重量感を強調する。
露骨な誘惑に徹は思わず食指がぴくりと動きそうになり――
「っ、流石に風邪なんだからちゃんと寝とけ」
「わっ……はーい♪」
――全力で理性を稼働させて歩をベッドに横たえ、逸れた話を軌道修正する。
「でもまあ、勘違いからちゃんとギャルっぽいのに適応できるのは純粋にすごいと思うぞ」
「そう……かな?」
「だってさっきの話を聞くに、今までまったく興味のない分野だったんじゃないか? なのにすっごい馴染んでるじゃん」
「んー……それは別に、かな。だってボクと仲良くしたいって友達になってくれたんだからさ。だったら友達の好きなことは詳しく知りたいじゃん? それにさ、ネイルとか意外とプラモの塗装技術が活かせるところもあったりして――」
そう笑う歩に、無理をしているところなどまるでなく。
色々なものに興味を示せる彼女を、徹は少しまぶしい眼差しで見つめた。
(……結局色々手を付けてもゲーム以外にハマれなかった自分とは大違いだな)
苦い蟠りに、気付かないうち徹の口元は少しずつ歪んでいたらしい。
「――あれ、トールってばどうしたの?」
「っ、いや、なんでもない」
「あ、もしかして嫉妬してたり? ふふっ、大丈夫だって。確かに皆も友達だけど、トールは親友なんだからさ」
「……そっか、ありがとな」
歩は勘違いをしているらしかったが、その方が都合がいいかと徹は適当な笑みで誤魔化した。
「……まあでも、たまに皆ともトールみたいにゲームの話で盛り上がれたらもっと楽しいだろうなーとは思うけどね」
そう口にする歩の目はどこか寂しげで、遠くを見ているようだった。まるで戻れない昔の想い出を虚空に描き、感傷に浸っているように。
胸が苦しくなるような歩の表情に、徹の頭の中からはすっかり自分のことなど押し出されてしまう。
「……なら、普通に話してみればいいんじゃないか?」
徹の提案に歩は呆けた表情を浮かべ、けれどすぐ困ったように小首を傾げる。
「いやいや簡単に言わないでよ。皆との会話はドラマとかファッションとか……たまに彼氏とかで、そこからゲームに繋げるのは難易度高いって!」
「でもしてみたいんだろ、そういう話」
「いや、これはちょっと風邪引いて弱ってるせいで本音が出ただけで……」
「本音ではあるんじゃねーか」
「あっ、うぅ……」
煮え切らない歩に、徹は仕方ないと小さくため息を吐き出し、軽く笑って拳を突き出す。
「トール……?」
「なら俺にちょっと考えがあるんだけど、任せてみないか?」
「え、でも……」
「あんまり難しく考えなくてもいつもと同じだって。歩が実働部隊、俺が計画立案で、な?」
歩は少し困惑したものの、徹の顔に浮かんでいるのがゲームをしている時の自信に溢れたような笑みであることに気付く。
「……それじゃあ、本当に任せてもいいの、トール?」
「まあ百パーセントは保証できないけど、できる限り勝率高い方法は考えてみるさ。だって、友達のためだからな」
「~っ、そっか、ありがとねトールっ!」
歩は握った拳をこんっ、と軽くぶつけると、勢いをつけて上体を起こした。
「よしっ! それじゃあ早速作戦会議と――」
「いや、ちょっと落ち着けって。今は熱ヤバいんだし大人しく寝といた方がいい」
「あ……。あはは、そういやそうだった。うん、ちょっと先走っちゃったや」
徹はもう一度歩をベッドに寝かせ、毛布をかけてやる。
「作戦会議はまた熱下がってからやろうぜ、ひとまず今は元気になること優先だ。というわけで俺はうどん作ってくるから、ちゃんと大人しく寝とけよ?」
「うん、ありがとねトール……」
歩はそう言いながらも期待で口元をニマニマと、四肢をそわそわと蠢かしていて。徹は仕方ないなとため息をついて部屋のドアを閉め、キッチンへと向かう。
だがその口元には、知らず知らず歩と同じような笑みが浮かんでいるのだった。
二十二時にもう一話投稿しますのでよろしくお願いします。