オンゲのフレンドがリアルのセフレになりまして ~フレンドなんだからリアルでもボクと一緒に楽しいことしよ!~ 作:真喜屋五木路
徹にとって遠くの方のスーパーと言えば、歩と映画を見に行った駅の近くのスーパーを指す。
電車代は定期があるからいいとして、言うまでもなく近所のスーパーに行くよりも時間はかかるし、歩く距離もそこそこ長くなる。
だが店の規模が倍くらい違うからか、品ぞろえもいいし値段も安い。そしてなによりも、肉の質がいいという点が、わざわざ労力をかけてまでこの店に通う最大のメリットだった。
故に徹は電車に揺られながら、「今日は暑いしさっぱりと生姜焼きにでもするか」と肉メインのメニューに決めて改札を出て――ふと、足を止める。
「もしかして歩か? あれ」
ピンク髪はやはり目立つもので、遠目にも駅前の一角に佇む歩の姿はすぐに目に留まった。
にもかかわらず最初疑問符をつけてしまったのは、歩の格好が普段とあまりにも違ったからだ。
ウチに来るときのボーイッシュな自然体ではなく、ギャルっぽい着崩した感じとも違う。髪をハーフアップに編み込んで、露出控えめな白のワンピースを纏った歩は、まさしく清楚な「女の子」という感じで、徹は思わず目を瞠る。
(歩、あんな格好もするんだな……)
いつものイメージとはかけ離れた格好ではあれど、どこかお嬢様然とした服も似合っていて。
朝から溜め込んでいた会いたいという気持ちに歩の新鮮な魅力が合わさって、徹はふらふらと彼女の方へ数歩近づき、けれどそこで思いとどまる。
(いや、俺たちの関係は学校の友達には秘密にするって俺から言ったんだし、ここで鉢合わせする訳にはいかないよな)
歩が今一人だからとはいえ、ただ単に友達と合流待ちをしているだけの可能性は十分にある。
それに、頼めば歩は喜んで同じ服を着てきてくれるだろうし、じっくり見るのはその時でもいいだろう。
徹がそう考え、スーパーの方へと足を向けようとした時だった。
「っ⁉」
歩の方へグレーのジャケットを着た二十代ぐらいの男が近寄っていくのが目に入る。
徹の全身を嫌な予感がぞわりと走り抜けた。
(もしかしてナンパか? なら助けに……いや、道聞くだけかもしれないし流石に今介入するのは過剰反応な気も……)
間に入るべきか一瞬徹は躊躇して――けれどその予想は最悪な形で外れてしまう。
「――っ!」
男に気付いた歩が浮かべた表情は、恐怖でも嫌悪感でもなかった。
曇りのない笑み。それも自分と一緒にいる時にしか見せないと思っていた、人懐こく気さくな、けれどどこか悪戯っぽいあの笑みで。
「歩……なんで……」
男もそんな歩に爽やかな笑みを浮かべて片手をあげていて、どう見てもふたりが親しい関係なのは明らかだった。
徹は無意識に近くの柱へ身を隠す。
(いや……なんで隠れたんだよ俺。別に見つかったって……)
そうだ、あの男はきっとただ歩の知り合いというだけで――男が苦手だと言っていた歩に、そんな知り合いがいるのだろうか。
いや、例えば歩の兄弟とか――歩が一人っ子なのは家に行ったときに聞いたではないか。
それなら――――だが、これ以上それらしい理由など思いつけなくて。
体から溢れそうなほどに膨らんでいく嫌な予感が、徹の足をその場に縫い付ける。
見たくないのに、視線が二人から離せない。
男に話しかけられた歩は最初オーバーアクション気味に怒っているようにも見えたが、一分もしないうちに油断しきった表情で言葉を交わしはじめて。
それから困ったようにしばらく首を傾げ、スマホを取り出した。
「っ……」
ややもせず徹のスマホにメッセージの着信音が響く。
これだけ離れているのだから歩が気付くはずがないのは分かっている。それでも聞こえてしまうのではないかという恐怖に、徹は焦る指先でスマホのロックを解除して、
『突然ごめん! 今日はちょっとトールのとこ行けなくなっちゃった。ごめんね、こんな急に』
瞬間、世界から色が消え落ちる。
それはつまり、歩にとってあの男との時間は自分との約束よりも重要ということに他ならない。
徹は呆然と顔を上げる。
向こうではちょうど、歩と青年が楽しげに会話を交わしながら繁華街の方へ向かって歩いていくところだった。
男は自分と違って背が高く、歩と並んで歩いても遜色ないぐらいのイケメンで。
そんな彼に向けられた歩の笑みには、男が苦手だと言っていたような影は微塵も見当たらなかった。
それどころか自分といる時のように、いや、それ以上にリラックスしたような表情を歩は浮かべていて。
呆然と立ち尽くす徹の頭の中を、ぐるぐると様々な思考が駆け巡る。
あの男は誰なのか、歩といつ出会ったのか、そもそもどうやって――纏まらない思考の荒波の中、だが一つの結論だけは変わらない。
『歩が選んだのは自分ではなく、あの男だった』
ふらりと、風に吹かれたゴミ袋のように徹は踵を返す。
それが、その日覚えている、最後の明瞭な記憶だった。