オンゲのフレンドがリアルのセフレになりまして ~フレンドなんだからリアルでもボクと一緒に楽しいことしよ!~ 作:真喜屋五木路
だが翌日の月曜も、そして更に火曜日も、徹が学校に行くことはなかった。
もちろん行かねばならないことは分かっているし、行こうともした。
だが、のろのろとベッドからはい出した瞬間、脳裏に浮かぶのだ。教室のドアを開けた先で、いつものように自分の席を占拠して笑いかけてくる彼女の姿が。
そうなるともうダメだった。糸の切れた人形のようにベッドへと倒れ込んでしまう。
この二日間、そんなことを何度くり返しただろうか。
今だってもう夕方近くだが、学校へ行ってもいなければ特に何かをしているわけでもなく、ただただぼーっとベッドに横になっているだけで。そのくせ碌に眠ることもできずに、徹の目の下には黒々としたクマが浮かんでいた。
とはいえ流石に高校生で留年は色々マズい。
それに、ちゃんと彼女の『友達』として振舞う為にも明日こそ行かなければ。
そのためにもまずはちゃんと眠らないと――そう徹が寝返りを打ったところで、ドアホンがピンポーンと耳障りに響いた。
「っ……」
鳴らした相手の姿を想像した瞬間、徹の体がギシリと強張る。
(居留守、するか……?)
だがしばらく間をおいて、ドアホンが再び鳴らされた。彼女の性格的に、このまま放置しても出るまで粘りそうな気がする。
かといって立ち上がって応対する気にはとてもならない。
徹はしばし考えた末、窓を開けて顔を外に出す。
眼下では案の定、ドアホンに向かって立つ彼女の姿があった。
学校帰りなのだろう制服姿の彼女は相変わらずハーフアップの髪型をしていて、徹の口内に苦いものが広がる。
けれどその顔には自分を気遣うように不安そうな表情を浮かべてもいて。
(なんで今更、そんな顔……っ)
感情が複雑にのたうつ。
『友達』なんだから心配するのは当然だと頭では分かっている。
だがせっかく諦めようとしているのだから、いっそ自分のことなんて忘れてくれればいいのにと思わずにはいられなかった。
やり場のない想いは言葉にならず、徹が表情を何度も歪ませているうち、彼女もこちらの存在に気付いたらしい。
「あ、トール!」
ぱぁ、と表情を晴れ渡らせた彼女の顔に、徹は冷たく目を細めた。
「何しに来たんだよ、
「何って決まってるじゃん! トールってば昨日も今日も学校に来ないし返事もくれないし……! もしかして何かあったのかもってすっごく心配で……酷い顔だし、体調崩してるの?」
心配そうにこちらを伺う彼女の表情に、徹は息苦しさで胸を押さえる。
(だからそういう表情すんなよ……)
これがまだ表面上だけの心配なら耐えられたかもしれない。
だが、そうでないことはこれまでずっと一緒にいてしまったからこそ分かってしまって。
今までと変わらない『友達』を続ける彼女の姿に、徹の精神はとうとう限界を迎えた。
「ね、トール。何かボクにできることない? この間はボクが看病されちゃったし、今度はボクにできることなら何でもするからさ」
「……じゃあ、帰れよ」
自分でも驚くほど冷淡な声だった。
彼女が大げさなまでに肩を跳ねさせたのが、ゲームのムービーみたいに見えた。
「え……トー、ル?」
「聞こえなかったのか、帰れよ」
「で、でも……」
「そもそもお前に何ができるんだよ、料理もろくにできない癖に」
「あ、ぅ……それは……」
きつい口調で放たれる徹の言葉に、彼女は気まずそうに俯いてしまう。
枯れそうな向日葵のようなその姿は、今までなら見ていられなくて何とか元気づけてあげたいと思ったのかもしれない。
だが今は顔が見えなくてむしろ気楽だとすら感じている自分に、徹は内心自嘲する。
(あーあ……もうこれで『友達』としても失格か……)
重かったはずの心が、一転して空虚なまでに軽くなっていくのが分かった。
「で、でも……! 体拭いたり、洗濯したり、買い物とかならボクでも……!」
「というかそもそもそれ以前に、もうお前の顔すら見たくないんだよ」
「っ……⁉」
投げつけるように吐き捨てた言葉に、彼女が目を見開いた。
「え……なん、で……あ、あはは、じょ、冗談にしてもたちが悪いよトー――」
「――冗談言ってるかどうかぐらい、付き合い長いんだから分かるだろ」
無理やり笑みを浮かべかけた彼女の口元が力なく垂れ下がる。
「なん、で……? なんで……なんでッ……! ボク、トールに何かしちゃった? 気付かないうちに怒らせることしちゃった? だったら謝るから! ねぇ、教えてよトール……! そうじゃないと、どうしたらいいかわからないよ……!」
あまりに残酷すぎる質問だった。
(それも分からないってことは、本当に歩にとって俺は、ただの『友達』に過ぎなかったってことか……)
そう、彼女からすれば本当に何もしていないのだ。
ただ彼氏ができてしまっただけで。その上で友達の家に今まで通りお見舞いに来ただけで。
結局、自分が彼女にとっての特別だと思い込んでいたのが悪かっただけで。
だから――
「――別に、何も」
「え、じゃあ……」
「だからもう、どうすればいいとかじゃないんだよ。俺が、お前を嫌いになった。それ以上でも以下でもないんだから」
「そん、な……」
「だからこれで、絶交だ。じゃあな」
「っあ……待っ――!」
彼女が何か言いかけていたのは分かったが、もうこれ以上聞きたくなかった。徹は乱暴に窓を閉める。
最後に見えた彼女の双眸は今にも泣きだしそうに涙が潤んでいて、それと同じくらい徹の視界も滲んでいた。
彼女はまだ何かこちらに向かって声をかけているのか、窓越しには籠った音が聞こえてきている。
内容が分かるほど明瞭な声ではなかったが、それでもこれ以上彼女の気配を感じたくはない。
徹は何かないかと部屋を見回し、机の上へ放置していたイヤホンを久しぶりに取り出し耳に詰めた。
ノイズキャンセリングによる偽りの静寂の中、徹の胸中に生々しい後悔が噴き上がる。
「……ごめん、歩。ただの友達で、いられなくて……」
自分の行動が、欲しいものが手に入らなくて八つ当たりする子供じみたものだということは分かっている。
一方的な好意が叶わなかったからといって友達を裏切る最悪な行為であることも。
だけどもう、これ以上彼女の笑顔を見るのは耐えられなかった。あの顔を見ていたらいつかまた想いが暴走しそうで、今度こそ取り返しのつかないことをしてしまいそうで。
「歩、泣いてるだろうな……」
友達を大事にする歩のことだ、きっと自分の想像よりも深く悲しんで涙を流しているのだろう。
そう考えると胸が締め付けられるように痛んで――けれど。
(もう俺がいなくたって、歩には素を出せる学校の友達がいる。それに、友達以上の存在だって……だから、もう――)
絶望の海の中で一匙だけ残っていた救いに、徹は目を閉じて苦笑する。
頬を熱いものが伝うと同時にすぅっと頭の芯が冷えていき、忘れていた疲労感がゆっくりと鎌首をもたげた。
「――これで、いいんだ。これで……」
足元から這い上がってくるような強い眠気へ、徹はゆっくりと意識を手放した。