オンゲのフレンドがリアルのセフレになりまして ~フレンドなんだからリアルでもボクと一緒に楽しいことしよ!~ 作:真喜屋五木路
「んー……、そろそろか」
自室のパソコンに向かっていた徹は、日課のエイム練習が一息ついたところで、伸びをしながら時間を確認する。時刻は二十時少し前、約束まで数分といったところだ。
はやる気持ちでヘッドセットをつけて軽く喉の調子を確かめる。ゲーマー向け通話アプリを開いて待機する時間がじれったい。
手持ちぶさたにデスクトップのアイコンを並び変えたり戻したりして過ごすことしばし。時報みたいに二十時ちょうどのタイミングで、特有の『ペポッ』という通知音が鳴り響いた。
「あー、あー、マイテスマイテス……『トール』、ボクの声、聞こえてる?」
聞き馴染んだ少女の声にトールと呼ばれ、徹の口元に自然と笑みが浮かぶ。
「感度良好、ばっちり聞こえてる。久しぶりだな、『ポーン』」
「ん、トールも久しぶり! えーと……なんだかんだで一週間ぶりだっけ?」
「だな、こんなに空いたのは久しぶりな感じだ」
「やー、ごめんごめん。ボクのところ学校はじまったばっかでさー、ちょっとバタバタしちゃって」
あははと笑うポーンの声は申し訳なさそうでありながらも元気そうで、徹は椅子の背にゆったりともたれかかる。
「いや、謝ることじゃないけどさ。リアルもリアルで大事なんだし」
「そう言ってもらえると助かるよー……って、一応言っとくけどトールのことも大事なんだからね! むしろ、ここしばらく会えなくてちょっと調子出なかったんだから」
「はは、そりゃどうも。ま、いつもは二、三日に一回はこうやってゲームしてるわけだしな……って、実際に会ってるわけではないけど」
「あはは、確かに。お互い声だけだもんね」
他愛ないやり取りで喉を温めたところで、徹は本題を切り出した。
「んで、今日のゲームも『サイリン』でいいのか?」
「あ、うん。前回あとちょっとでランク上がるってところだったからね、今日で上げちゃおうよ!」
「じゃあ、今日はランク上がるまでやるかー」
徹はあらかじめポインタをのせておいたショートカットをダブルクリックしてゲームを起動する。
サイリン――正式名称『Psy-Links』とは、『超能力者×近未来火器』をテーマとしたヒーローシューター系バトロワゲームだ。
三人一チームで超能力と銃火器を駆使しながら、徐々に狭まっていくセーフゾーンの中、最後の生き残りになることを目指すゲームであり……徹がポーンと出会ったゲームでもあった。
(そう考えると、もうそろそろ三年か……早いな)
ポーンとは中学時代からの付き合いであり、これまでのゲーム人生で一番息の長いボイチャ相手でもある。
確かに、初めてマッチングした時は異性ということもあり緊張した。だが、話せば男友達みたいな感じで気楽に話せて、何戦かするうちにすっかり相棒のようなポジションになってしまったのだ。
それ以来、定期的にこうやって一緒にゲームをするのが習慣となり、徹にとってポーンとの時間はもはや準日常と化していた。
「ん-、ごめんトール、なんか今日ログイン失敗しまくるや、もうちょい待って」
「焦んなくていいぞ。というかもしかしてネット不調なのか?」
「あー、もしかしたら今日雨だから?」
「いや、それって迷信みたいなもんだろ」
「そんなことないよ、うちのネットいっつもそうだし」
「ほんとかー? こっちも雨降ってるけど、影響ないぞ?」
徹はカーテンをめくって外を確認する。打ち付けるような雨が窓を叩き、遠くでは雷が落ちているのか白いフラッシュが見えた。
雨はあまり好きではないが、学校から帰る時は小降りだったので、激しくなったのが夜になってからなのはありがたいといえばありがたいか。
「あ、入れた入れた!」
「オーケー、それじゃあマッチングかけるぞ」
ポーンももう一回リトライしたところでログインできたらしい。徹は視線を画面へと戻し、自分をリーダーにしてゲームを始める。
――しばらく短いやり取りを交わしながら無難に初動をこなし、二チームを落としたところで徹は呟いた。
「なんか今日はやたらと運がいいな」
「むー、ボクとしては漁夫より正面戦闘がやりたいんだけど」
全二十チーム中残っているのは既に九チーム、状況としては中盤といったところである。
だが徹たちはタイミングよく戦闘終了後の弱ったチームを連続で急襲することに成功し、既に終盤並みの物資状況で安置内の屋上に陣取っていた。
物資もポジションももはや余裕といった状況に、つい気が緩んで雑談モードになってしまうのも仕方ないだろう。
「やっぱり、ポーンは三人目入れるつもりはないのか?」
「……あー、入れた方がいい、かな?」
奥歯に物が挟まったようなポーンの口調に、徹は慌てて否定する。
「あーいや、そうじゃなくて。俺は別にポーンと二人でやるのも楽しいんだけどさ、正面からガチでやりあいたいならやっぱり三人の方がいいんじゃないかなって」
サイリンは基本三人でチームを組む中、徹はポーンと二人だけでチームを組んでいた。それがルール違反というわけではないが、一枚落ちはやはり戦力に大きな差が出る。
単純に体力で百ポイント、シールド含めて二百ポイントの差があるだけでなく、火力も一人分少ないのだ。ランチェスター第二法則に従えば火力は二倍以上の差がつくわけで、すくなくともランクマッチでは舐めプもいいところである。
ポーンの操作するキャラが、彼女の葛藤を反映するようにふらふらと左右に揺れ動く。
「……ごめん、トールがいいならやっぱりボクは二人の方がいいかな。確かに勝率は下がるかもだけど、そっちの方がやってて楽しいしさ」
「ん、おっけ。なら今のままいけるとこまでいくか」
「……あの、トールが入れたかったら新しい人、入れてもいいんだよ? いっつもボクの意見にばっかり合わせてもらうのもアンフェアだと思うし……。その、偶にトールとふたりきりで遊べるなら――」
「いや、だから別に無理に合わせてるわけじゃないからそんな気にするなって。俺もポーンとふたりの方が気楽なのは確かだしさ」
「あはは……それならいいんだけど……」
誤魔化すように力なく笑うポーンの声には、しかしうっすらとした安堵が滲んでいた。徹は内心彼女に同情する。
(まあ、あんな経験したんじゃ仕方ないよな……)
徹たちだって、最初から今のように二人だけでプレイしていたわけではない。
三人目を探していたときに何人か人を入れたのだが、それが散々なプレイヤーばかりだったのだ。
一人目は一見好感触だったのだが、ゲーム外でひたすらポーンにリアルの連絡先を聞いたり「会えない?」とか迫ってくる直結厨だった。
二人目は年上だかなんだか知らないが、いきなり偉そうにしてきたかと思えば一々プレイングにケチをつけ、しかもそれが暴言だらけで。
三人目はポーンに対しては優しかったものの、徹に対してはやたらと当たりがキツく、その対応にキレたポーンが追い出してしまって。
四人目は一言目が「ゲームに嵌るなんて現実が辛いんでしょう、なら……」といきなり宗教勧誘しだしたので即切断した。
――とまあ、ロクでもない外れ値を連続で引き続けたポーンはすっかりネットでの人間関係に不信感を抱いてしまったらしい。
(……だからこそ、せめて俺だけは、ポーンにとって気の置けない相手でいてあげたいもんだ)
それはゲーマーである父からそう教えられたのもある。だが、それ以上にポーンと遊ぶのが楽しいからこそ、徹はあくまでもネットでの友人として一線を引いていた。
「……リアルでもさ、トールと遊べたら楽しいんだろうな」
だからこそ、急にそんなことを言われるとドキッとしてしまう。
これだけ息が合う相手はリアルでだってそう巡り合えないだろう。そんなポーンとならリアルでも絶対に楽しいはずで。
頭の中で朧げにポーンと遊びに行く想像が駆け巡り――けれど徹はふっ、と苦笑する。
「いや、お互いどこ住んでるかも分かんないんだし、難しいんじゃないか? ……それにこうやってオンで遊ぶだけでも充分に楽しいしさ」
楽しいかもしれない以上に、今の関係が壊れてしまうのが怖くて、徹はそう誤魔化した。
「……ん、それもそっか」
ポーンも少し思うところがあるのだろうか、その声にいつもの明るさはない。
お互いしばらく黙り込み――そこで
徹がゲームへ意識を戻すと、今いる場所は次の収縮でダメージゾーンに入ってしまうらしい。移動は避けられない状況だ。
「ここまで運が良かった分、そろそろ反動が来たって感じだね。どうするトール?」
ポーンの口調がいつものものに戻っていることにほっとしながら、徹は地図を開いて思考を巡らせる。
収縮範囲内の強いポジション、銃声の方向から敵の位置と移動経路を予測して――
「――よし、ココ取るぞ」
地図にピンを打った場所は、既に敵が占拠している丘の上。
「え、そこの敵三人健在だけど仕掛けるの? ここからだとどう移動しても見つかるから正面切った打ち合いになるんじゃない?」
「それはそうなんだけど、この収縮範囲と残りチーム数考えたら、多分どこも建物は取られてるか争奪戦は避けられないと思う。そうなったら漁夫される危険性も高いし、だったら今リスクをとって高所を取れないと、最終戦で撃ち負ける」
一枚欠けのハンデがある以上、どこかで冒険はしないといけないのだ。だったらリスクに対してリターンが最大の今こそ、賭けに出るべきである。
「それに、上の奴らは完全に油断してるみたいだからな」
丘の上に陣取っているチームは自分たちの優位を信じて疑っていないのか、頭を出して積極的に
「というわけで作戦に異論は?」
「ふふっ、ボクが
「悪いな、愚問だった。んじゃ行くぞ!」
「了解! 突撃ッ!」
言うが早いかポーンの操作するキャラが、ピンクのサイドテールを揺らして駆け出し、丘上へ直通のジップラインに飛び乗る。
ジップラインを移動する特有の音に、流石の敵チームも気付いたらしい。ポーンを打ち落とそうと銃を向け、
「やらせるかよ」
徹は
頭を抜いたりダウンまで持っていけるほどの技量はなくとも、適度に削って圧力をかけられれば支援としては十分だ。
「一人シールドダウン、もう一人も三十五入れた!」
「オッケー!」
ポーンの操作するキャラが丘上に辿り着き、派手な銃声が鳴り響き始めたのに合わせて、徹も後へと続く。
音から判断するに相手が使っているのは
(SRのままとは慌ててるか、それとも突っ込んだのが一人だから舐めてるか? まあ、ポーンが使ってるキャラはノワ子だしな)
ポーンが使っているキャラ、ノワールはいわゆる最弱キャラだ。
通常スキルもウルトも実装当時から弱い弱いと言われ続け、しかし弱すぎるゆえに使用者が少なく調整が入らないという不遇キャラ。
ただキャラ設定はピンク髪サイドテールのメスガキ吸血鬼というドカ盛り特定の層狙い撃ちなので、キャラ人気は高く、カジュアルマッチでなら使っている人間もいないではない。
だが、少なくともランクマッチで、しかも徹たちがいるランクでピックするメリットは皆無である。だから油断してしまうのも仕方がない。
――尤もそんな逆風の中、好きだからという理由だけでノワ子を使い続けているポーンの実力は推して知るべし。
徹が長めのジップラインを滑走する間に四つあった銃声は一つ二つと消えていき、
「ぐあーっ、ごめん最後の一人やれなかった! けど激ロー!」
「了解!」
丘上に辿り着いた時には既に殆ど決着がついていた。
ポーンもやられたとはいえ、二人ダウンで残りの一人も完全に逃げの態勢だ。
「はい、そこから先は通行止めっと」
徹がウルトを切って逃げようとする先に重酸性雨のダメージゾーンを展開し、敵が躊躇したところへ一発当てただけで敵チームは壊滅した。
「トール、ナイスー!」
「いや、ほぼポーンがやっちまってたじゃん」
「あはは、でも結局ダウンしちゃったしさー」
「三対一であそこまで追い詰めれる方がバグってるからな、言っとくけど。それじゃあ今から起こすから――」
と、軽口を叩きあいながらポーンを復活させようとしたときだった。
ビリビリと家が揺れ、ヘッドホンを貫通するほどの轟音と共に世界が闇に沈む。
「は? え、ちょ、ここで停電⁉」
モニターだけでなく部屋の照明も落ちているという状況に、徹は慌ててカーテンをめくって外の様子を確認した。
見えるはずの隣家も街灯も完全な黒一色に染まっている。ただ空だけが、ゴロゴロと竜が喉を鳴らすような音と共に、時折青白い光を明滅させていた。
おそらく雷が落ちてこのあたり一帯が停電してしまったのだろう。
(え、どうするんだこれ。冷蔵庫の中身とかヤバいんじゃないか……?)
だが徹が心配し始めたところで、部屋の明かりが再び灯る。
窓の外でも徐々に家々の光が戻っていき――
「――っていうかパソコン! パソコン大丈夫か……?」
恐る恐る電源を入れると無事に起動画面が表示され、徹はほぅ、と息をつく。
だがそうなると、次に気になるのは中断されたゲームの結果だ。
やきもきしながらロード画面をやりすごし、けれど表示されたのは無情にも敗北を告げる戦績画面。
「ぐあー、やっぱ駄目だよなー……」
パソコンが落ちている間、無防備に突っ立っていたわけで、そりゃあただの的にしかならない。おかげでランクを上げるどころか、ポイントがじわりと微減する。
「いや、これは微減で済んで良かったというべきか……悪いポーン! こっちいきなりパソコンが落ちて……ってあれ?」
徹は通話アプリを開いて開口一番ポーンに謝り、けれどそこでポーンがオフラインになっているのに気づいた。
どうしたことかと首をひねったところで、ポーンが再びオンライン表示へと戻ってくる。
「ごめんトール! こっちいきなり停電になっちゃって……!」
全く同じタイミングでの停電に、徹の心臓がどくんと跳ねる。
(……遠く離れた場所で、こんなドンピシャのタイミングで停電が重なるか?)
徹の頭を様々な考えが駆け巡り、けれど好奇心に負けてつい、聞いてしまった。
「その……停電って、もしかして……雷落ちたから、とか?」
「え……? 多分そうだと思うけど……まさか、トールも停電してたの?」
「まあ、そんな感じ……」
ポーンとの間に、奇妙な沈黙が生まれる。
お互いの考えを読もうとしているかのような、あるいは先手を譲り合うような。
先に口を開いたのは、ポーンだった。
「……確かボクたち、同じ高校二年生なんだよね」
「……だな」
「その……答えたくなかったら答えなくてもいいんだけど、トールの通っている学校の二つ隣の駅前、大きなゲーセンがあったりする?」
「……ある、な」
歩が小さく息を呑む音が、まるで目の前にいるみたいに聞こえた。
「……じゃあ、さ。明日一緒に遊ばない? ゲーセンのある駅で待ち合わせてさ」
具体的な駅名を出さなかったのは、ポーンもまだ完全に信じられてないからか、それとも不安だからか。
徹は逡巡する。
親父からは、下手なオフ会はその後の関係を拗れさせる可能性があると教えは受けている。でも相手はポーンだし、変なことにはならないはず。けれどもし万一ポーンから愛想をつかされたりしたら――
「――ご、ごめん! 変なこと言っちゃって。トールが嫌なら無理にとは言わないからさ」
慌てて取り繕うポーンの声は酷く寂しげな響きで、それが徹の背中を押した。
「いや、行く」
「えっ……ほんとに!」
一気に明るくなった彼女の声に、それだけでよかったと思ってしまう徹。
「まあ、こんなに近くにいるなんてちょっと運命じみたもの感じるしな」
「運命って……ふふ、トールってば意外とロマンチック?」
「そんなんではないけど、実際確率としてはかなり低いだろ」
「確かにね……ねね、それよりトール、明日は何時集合にする?」
「あー、どうするかな。あんまり早くてもあれだし……」
それに、徹もずっとポーンとリアルで一緒に遊んでみたいという想いを押し殺してきたのだ。
浮かれ心地を何とか抑えながら、徹はポーンとの約束を取りまとめるのだった。
ゲームの元ネタはアレです、なんか復帰してきそうな開発スタジオの作ったバトロワのアレです。