午後の実技室は、いつものように静かだった。春の陽射しが大きな窓から差し込み、古い木の床に長い影を落としている。イーゼルが三つだけ並んだスペースで、俺はため息をつきながら筆を置いた。
「うちの美大は絵画科が不人気とはいえ、3人しかいないのヤバくない?」
俺、高村虎太郎の言葉に、向かいのイーゼルから明るい笑い声が上がった。
「虎太郎くん、またそれ? もう何回目よー!」
赤い髪をポニーテールにまとめた喜多川郁代が、こちらを振り向いてにこにこしている。陽光を浴びたその髪は、まるで燃える炎みたいに鮮やかで、彼女の笑顔と相まって教室全体を明るく見せていた。誰とでもすぐに仲良くなれる天性のコミュニケーション能力の持ち主で、入学初日から教授にまで「郁代ちゃん」と呼ばれている。
「いや、でもマジでさ。普通、1学科10人とか20人いるでしょ? ここ3人って……」
すると、隣の席から小さな声が聞こえた。
「……人数少ない方が、モデル回しやすくて良いと思いますけど」
眼鏡の奥からこちらをチラリと見上げたのは、根元陽菜だ。黒髪をお下げにし、ゆったりしたチェックのシャツにスカートという、典型的なオタク女子の装い。いつもスケッチブックに二次創作らしき線画を描き込んでは、慌てて隠すのが彼女の癖だった。
喜多川さんがすぐに反応した。
「ほらー! 陽菜ちゃんはポジティブじゃん! 私も3人くらいがちょうどいいと思うな。ギスギスせずに済むし」
「ギスギス……」
俺は苦笑しながら二人の顔を交互に見た。正反対のキャラクターだ。喜多川さんは常に太陽みたいに明るく、誰にでも話しかけ、笑い、時には突然歌い出す。根元さんは基本的に無口で、人見知りで、話題もアニメ、ゲーム、細かい画材の話に偏りがち。
なのに、案外相性は悪くない。
喜多川さんが根元さんの後ろに回り込んで、彼女のお下げを軽く揺らしながら言う。
「ねえねえ陽菜ちゃん、今日のラフ見せてよ~。あの、虎太郎くんがモデルになってるやつ」
「ひゃっ! 見、見せません! まだ線が荒いし……!」
根元さんが真っ赤になってスケッチブックを抱え込む。喜多川さんは笑いながらも、決して無理に奪おうとはしない。そこが彼女の上手いところだ。根元さんも、最初は喜多川さんの明るさに圧倒されていたようだったが、今では自然に会話している。
俺は心の中で深く頷いた。
(たった3人しかいないクラスで、ギスギスした関係にならないのは本当に助かる……)
喜多川さんが突然立ち上がって、両手を広げた。
「よし! だったら今日の課題終わったら、3人でファミレス行こー! 私、プリン大盛りに挑戦する! 陽菜ちゃんはもちろんオムライス派でしょ? 虎太郎くんは……迷わず唐揚げ定食!」
「なんで俺の好物まで決められてるんだよ」
根元さんがくすっと小さく笑った。眼鏡の奥の目が細くなる。
「……高村くん、唐揚げの次にカレーも好きですよね。前に言ってました」
「お前ら、俺の胃袋を把握しすぎだろ……」
実技室に三人の笑い声が響いた。窓の外では、地方ののどかな田園風景が広がっている。この狭くて、ちょっと寂しい絵画科だけど、今は悪くないと思えた。
喜多川さんが俺の肩をポンと叩く。
「ほらほら、愚痴ってる暇あったら描きなよ、虎太郎くん。3人分の作品、教授に提出しないとね」
「はいはい……」
根元さんが隣で小さく呟いた。
「……3人だからこそ、ちゃんと見てもらえるんですよ」
俺は根元さんの呟きに深く頷きながら、再びキャンバスに向かった。
このちっぽけなクラスで、この二人がいてくれるなら──まあ、悪くない。
むしろ、特別かもしれない。
美大描写はファンタジーなので大目に見てください。
絵画科に3人しかいない美大とか確実に潰れてます。
あとエロシーンは次回からですが、青春モノと勘違いされると大変申し訳ないので初回からR-18タグを付けさせていただきました。