昨日から続く小雨がようやく降り止んだ朝のことだった。
その日、マリアは朝からアリスを定期健診に連れて行く予定があった。
小学生以下を対象とした都市区奨励の検査だそうだ。
アリスは随分とごねていたが、その甲斐あって検診後のアイスクリームを権利として勝ち取ったようだった。
行き帰りは必ずタクシーを使用するように言い伝え、二人を見送ることにした。
「帰るのは夜になりそうです」玄関先でアリスと手を繋いだマリアが言った。
その目が俺の隣のリリカに移った。
「リリカ、叔父さんの身の回りをお願いね」
「ええ、任せてください」
リリカが答えると、こちらに手を振るアリスを連れてマリア達は出て行った。
音を立てて扉が閉まると、玄関に若干の沈黙が下りた。
リリカは扉をしばらく見つめた後、隣に立つ俺に視線を向けた。
「叔父さん、今日は何か予定がありますか」
「特にはない」
彼女に向き直りながら答える。
姪の身長は俺の胸元程度までしかない為、少女の端正な顔を見下ろすような形になった。
「次の探査期間が近い。部屋で少し調べ物をするつもりだ」
重要情報に関しては、当然のように拠点外へ持ち出すことはできない。
それでも、生き残る為に確認すべき情報はいくらでもあった。
リリカは頷くと廊下を歩き出す。
「昼食が出来たら呼びます」
こちらを振り返りもせず、彼女はそう付け加えた。
僅かに早くなった足取りが、どことなく弾んでいるように見えた。
自室へ戻ると、椅子に腰を下ろし端末の電源を入れた。
軍用品に関する情報。
外界関連企業の開発報道。
外界について喧伝されるのは、常に景気のよい話ばかりだった。
その土台として何が積み上げられているのかは、誰も口にしようとしなかった。
画面を流していると、外界帰りの回収員への取材記事が表示された。
内容は見なくても分かっていた。
高額な給与。異世界に行くという体験。虚飾されたスリルと成功が、人買いの誘い文句のように並んでいる。
記事を開くことなく、画面を閉じた。
椅子の背にもたれ掛かる。昨日までの雨のなごりか、窓にいくつか水滴が残っていた。
この都市では見知らぬ他人の死など、窓の水滴が一つ消えるほどのものでしかなかった。
部屋のドアを軽く叩く音と「叔父さん、昼食が出来ました」というリリカの静かな声が聞こえて来た。
俺は端末の電源を落とし、食事へ向かう事にした。
テーブルには洋食が用意されていた。
リリカと食前の挨拶をし、並べられた料理を口に入れた瞬間、少しだけ手が止まった。
マリアの料理は、基本的には家族全員に合わせたものが多い。
目の前に並んでいる料理は、俺個人の嗜好を完璧に捉えていた。
肉の焼き加減もスープの味付けも極上だった。
「どうですか」リリカが明日の天気を聞くような口調で尋ねた。
「正直、困る」首を傾げたリリカに向かって続けた。
「外界にいる時にこの味を思い出したら、すぐにでも帰還したくなる」
俺の返答を聞いたリリカは小さく俯いた。
「褒めるなら素直に言ってください」
それだけ答え、自分の食事に取りかかった。
口元だけが、少し緩んでいるように見えた。
静かな食卓だった。食器の触れ合う音だけが時折響く。
リリカは向かい側に座ったまま、淡々と食事を進めていた。
俺が料理を口に運ぶ度、時折こちらへ視線を向けている事には気づいていた。
俺が何品かの追加を頼むと、待ち構えていたように代わりが運ばれてきた。
昼食を終えた後、リリカに礼を言って自室へ戻った。
一時間ほど、程々の強度で身体を動かす。
休暇中に鈍った身体から苦情が寄せられたが、無視することにした。
全身に汗が滲み始めた頃に切り上げ、タオルを首に掛けて部屋を出る。
リビングへ向かうと、ソファーで読書をしていたリリカが顔を上げた。
読みかけの本に指で栞を入れ、こちらに目線を寄越す。表紙には新生という文字が見えた。
汗をかいたので、流してくる──そう口を開く前に、リリカが先んじた。
「ついでに着てる服を洗濯します。着替えは用意しておきますので」
そう告げると、リリカは再び読書に戻った。
察しが良すぎるのも考えものだった。
◆◆◆
浴室に入り、まず全身にシャワーをかけ流す。
脱衣場に人の気配があった。リリカが着替えを用意してくれているらしい。
いざ身体を洗おうと、バスチェアに腰を下ろした時だった。
背中で浴室のドアが開く音がした。
「失礼します」
静かな声に振り返ると、そこにいたのはリリカだった。
家に他の人間はいないので、当たり前の事ではあったが。
リリカは、素肌にバスタオル一枚を巻いただけの格好だった。
この年代でも小柄に分類される身の丈に対し、不釣り合いな程発達した身体の線が一層強調されていた。
「あまりこちらを見ないで貰えますか」
特に気分を害したという風でもなく、普段通りの平静な声だった。
努めて冷静に、視線を前に戻す。
目の前に鏡がない事が幸いだった。
「どうして入ってきた」
俺の問いかけに、リリカは何でもないことのように答えた。
「背中を流しにきました」
続けて口を開く。
「母たちは夜まで帰りませんから。今日は私が叔父さんのお世話をします」
一瞬、無理にでも追い返そうと考えたが、すぐに諦めた。
この利発な少女が、一度自分で決めた事を滅多に翻さない頑固さを持っているのは知っていた。
首に掛けていたタオルを太腿に敷き、自分の股間を隠す。
「では頼む」と、ため息を押し殺してそう告げた。
背後からリリカが近づいてくる足音がすると、俺の肩越しに細い腕が伸び、目の前のボディソープのボトルを取り上げ、戻っていった。
何度かポンプを押し込む音が聞こえた後、俺の背中にリリカの泡立った手のひらが押し付けられた。
「素手の方が洗いやすいし、汚れが落ちやすいです」
こちらが疑問の声を上げる前に、またもリリカが先んじた。
俺は反論する気も失せ、されるがままになっていた。
言うだけあって、リリカが背中を撫でる感触は、なかなかに心地よかった。
「……傷がたくさんありますね」
独り言のように、リリカが小さく呟いた。
細い指が、背中の傷跡らしき部分をなぞっていく。
ひどく優しい手つきだった。
背中のどこを探しても、泡を塗りたくる小さい手が触れてない場所がなくなったあたりで、リリカは動きを止めた。
ここでリリカの仕事は終わりのはずだった。
俺が礼を言おうとした時、リリカの全身が背中に触れる感触があり、両手が前に伸びてきた。
「次は前ですね」リリカは事もなげに言い放った。
「自分でやる」俺の語調は事もなげとは言い難かった。
「ついでですから。それとも叔父さんは、姪に身体を洗われたくらいで疚しい気持ちになるんですか」
そういう話ではない、と言いかけたところでリリカの手が鎖骨に触れた。そのまま泡を塗り付けてくる。
俺は今度こそため息をついた。
手早く頼む、という言葉に、しっかり洗わないとダメですよ、と背後から返事があった。
リリカの両手が俺の胸に差し掛かったあたりで、両手の動きが変わった。
俺の身体を確かめるように、じっくりと手のひらで肌をなぞっていく。
バスタオル越しでも分かる柔らかな感触が、より強く背中に押し付けられた。
もどかしさを感じるような前後からの弱い刺激に、下半身に血が集まって行くのを感じた。
頭のどこかで警報に似た何かが鳴っていたが、彼女の先程の言葉が俺の行動を縛っていた。
内からゆっくりと押し上がり、形を変えた股間のタオルはリリカの目にも入っていたはずだが、何も口にすることはなかった。
ボディソープを塗る小さな手のひらが、腹筋を過ぎ、腰を回り、両腿まで到達した。
その両手が、俺の太腿の上で止まる。
少しの間を置いて、リリカの両手がタオルの中にそっと差し込まれた。
硬くなりかけた逸物に両手は添えられているものの、決して握ってはいない。
ただ、静かに触れているだけ。
その状態で──二人とも無言のまま時が止まった。
今ここからなら、まだ引き返せた。
──俺かリリカが、驚いたように大声を上げる。
──すまない、変なものを触らせた。
──いえ、私の方こそすみません。
それで、いつも通りの叔父と姪の関係に戻れた。
今すぐ声を出すべきだった。
だが、出来なかった。
背中に伝わるリリカの鼓動がやけに早かった。
あるいは、それは俺の鼓動だったのかもしれない。
触れあった場所からリリカの体温がゆっくりと俺に伝播していくような感覚があった。
一分か、五分なのか、どれほど沈黙が続いたのか、もう分からなかった。
長い、長い無音の後。
蛇口に貯まった水滴がタイルの床に落ち、弾ける音が小さく浴室に反響した。
その音が合図だったかのように、リリカは無言のまま俺の陰茎を握り、ゆっくりと扱き始めた。
背筋を走った罪悪感とは裏腹に、下半身にはさらに血が流れ込んだ。
股間が隆起しきるのと同時に、俺の腰回りを隠していたタオルが外れて床へと落ちる。
姪の小さな両の手のひらが、俺の怒張した陰茎をしっかり包んで、緩やかに上下へと動いているのが目に入った。
もはや、言い訳のしようがない愛撫だった。
「……っ……んっ……」
リリカが両手を動かすたび、小さな吐息が漏れ聞こえる。
最初は単に握って動かしていただけの手は、肉棒の反応に応じて急速に巧みさを増していった。
右手の指が輪を作り、緩急をつけて先端部分を締め付ける。
左手の指は裏側をなぞるように刺激しながら動き、睾丸まで辿り着くと優しく指先でくすぐった。
恐ろしいほどの飲み込みの早さだった。
体格差のせいか手が届き辛いらしく、リリカは俺の背中に抱きつく様な姿勢になっていた。
不意に、背中を乾いた感触が滑り落ちる。
唯一、二人の間に残っていた布が外れたのだと知った。
リリカは反応を見せなかった。
年齢にそぐわない豊かなふくらみの感触が、直に俺の背中に押し付けられた。
手の動きに合わせ、まるで俺の背を磨くように双丘が幾度も擦り付けられる。
そのうち、二つの先端が硬く凝り始めたのが感じられた。
「……ふっ……っ……」
硬さを増した剛直を、リリカは変わらず愛撫し続けた。
お互い、無言を貫いていた。
声を掛けた瞬間、何かが終わるという予感があった。
バスルームに響くのは泡立てた皮膚を擦る微かな音と、リリカのちいさな息遣いだけだった。
一往復毎に洗練され続ける手つきと、背中に感じる重く、柔らかな弾力。
なにより、わずか十三歳の姪に手淫をさせているという背徳感が脳を灼く。
俺の我慢はあっさりと限界を迎えた。
ぐっ──と、短く空気を口から吐いて、大量の精液を床に吐き出す。
ぶびゅるるるるッ♡ びゅぐッ、ぶぴゅッ! びゅッびゅ~ッ♡ どぷ、どぷ、どぷッ……♡
「…………ん♥️」
リリカは小さな息を漏らし、射精を手伝うようにゆっくりと睾丸を指で揉みほぐしていた。
長い放精が終わると、後ろで立ち上がる気配がした。
次の瞬間、俺の頭上から全身にシャワーが浴びせられる。
俺の全身の泡と、床に溜まったものをひとしきり洗い流した後。
「先に上がります」
という声が聞こえた。
振り返ると目に入ったのは、身体にバスタオルを巻き直したリリカが、浴室のドアから出ていく所だった。
◆◆◆
俺が風呂から上がると、リビングにリリカの姿はなかった。どうやら、自分の部屋に戻ったようだ。
少しだけ息を吐く。
リリカがあのような行動をとった理由は分からなかった。
そもそも俺のような男に、あの年頃の少女の考えている事など理解できるはずもなかった。
ソファーに身を投げ出すようにして座ると、急に眠気に襲われた。
抵抗する理由も無かったのでそのまま白旗を揚げ、敗戦を受け入れる事にした。
◆◆◆
目を覚ました時、窓ガラスから差し込む光は淡い橙に色づいていた。
一時間程眠っていたらしい、と考えたところで、頭が柔らかいものに乗っている事に気づいた。
「叔父さん、おはようございます」
紫水晶の瞳が、俺の顔を覗き込んでいた。
どうやら俺はリリカの膝に頭を乗せて寝ていたらしかった。
起こそうとした頭を、ゆっくりとした手つきで抑えられた。
「今日は予定ありませんよね。まだ寝ていたらどうですか」
「……重くはないか」
「特には」リリカは端然と答えた。
その声音に、先程の出来事を意識したような色はなかった。
リリカはソファーの背に身体を預けたまま、片手で俺の頭を撫でていた。
指先がまだ湿っている髪をゆっくり梳いていく。
「髪、ちゃんと乾かしてませんね」
「放っておけば乾く」
「男の人が言いそうな事ですね」
呆れたように言いながらも、手は止まらなかった。
リリカは少し考えるような間を置いてから口を開いた。
「叔父さんは、放っておくと自分のこと全部後回しにしますよね」
「そんな事はない」
「あります」
静かな声色が断定した。
「一人だとご飯が適当です。疲れてても滅多に休みません。……怪我をしても平気な顔しています」
そこで一度言葉を切る。
「だから、少しくらい誰かに世話されるのに慣れてください」
リリカらしい、淡々とした声だった。
だが、頭を撫でる手だけは妙に優しかった。
視線を上に向けると俺を見下ろすリリカと目があった。
いつも通り怜悧な光を宿す瞳に、仄かな熱が混じっていたように見えた。
しばらくして、彼女の身体が小さく動いた。
ソファー脇のブランケットを取ったらしい。
次の瞬間、俺の体に柔らかな布が掛けられた。
「風邪ひきますよ」
「過保護だな」
「叔父さんが無頓着すぎるだけです」
言葉とは裏腹に、その声音はどこか機嫌が良さそうだった。
部屋の中は静かだった。
空調の低い駆動音だけが微かに流れている。
リリカはその静けさの中、俺の頭を撫で続けていた。
まるで、それが当然の役目であるかのように。
「叔父さん」
「なんだ」
「別に気にしなくていいです」
この少女にしては、やけに唐突な言葉だった。
俺が言葉の意味を考えていると、リリカは少しだけ視線を逸らした。
「私がしたくてしただけですから」
ブランケットの事だけを言っている訳ではないのは、なんとなく理解できた。
視線を逸らした横顔は、一見すると普段のリリカに見えた。
ただ、頬が薄く赤味を帯びていた。
「あと」
リリカは小さく息を吐いた。
「次の“お世話"は、最初から私に任せてください」
「……次もあるのか」
「あります」
迷いのない返事が返ってきた。
頭を撫でるリリカの手は、その後もしばらく止まらなかった。
どうやら、この少女は俺が思っていた以上に厄介らしかった。