【暴虎は外界を
──それは全くの偶然だった。
木々の間から差し込む薄明かりの中、俺は相手に先んじて敵を視認する事ができた。
幸運と言えなくもない。ただし、この後生き延びることが出来たらという条件付きではあるが。
四十メートルほど先、灌木を掻き分けるようにして現れた巨大な影。その鼻腔らしき箇所が微かに動いていた。周囲の気配と匂いを拾っている。
まだ捉えられてはいない。だが、こちらに気が付くのは時間の問題だった。
瞬間、俺は踵を返した。
音を殺して走る。身体と理性は一致して逃走を選択していたが、直感だけがそれが不可能である事を告げていた。背後で重い足音が始まる。一歩ごとに地面が揺れるような錯覚。
──相手は迷いなくこちらの追跡を開始していた。
俺は捻じれ聳える木々の間を、縫うように走り続けた。
平野に逃げ込む事は終わりを意味していた。開けた場所では確実に捕捉された後、純粋な速度の勝負になる。あの巨躯が全力で走れば、人間の脚力など及ぶべくもない。だが、嗅覚による追跡を振り切る手段もない。相手が諦めてくれる保証もない。
逃げられないのならば、決着をつける必要がある。つまるところ、俺にはひどく単純な結論しか残されていなかった。
いつも通りのことではある。
森林の入口──平野との境目が見えた時、決断した。
ここから先、ほんの少し手順を間違えるだけで、俺の死は決定的なものとなる。
大きく幹の太い木を選び、背負っていた背嚢を下ろす。土をかぶせた。完璧な偽装など不要だった。僅かな時間が稼げればそれでいい。俺の匂いが付いた背嚢は、短時間相手を引きつけるには十分なはずだった。
幹の亀裂と細い枝を足掛かりに木に登った。置いた背嚢が真下になる太い枝を選び、呼吸を密息に切り替え、深く静かに息を吸う。
それから音を立てないよう注意深く、腰に吊るした得物を引き抜いた。
アイスピックの金属部分を極端に引き伸ばしたかのような極長の針。
肘から中指の先端までの長さを元に作られた刃先は、剛性靭性に優れたマルエージング鋼。
本身と比べると冗談のような短さしかない持ち手には、滑り止めとして鮫皮を細く切った紐を巻いてある。
刃にあたる部位は一切なく、完全に刺突のみを目的に造られた鋼の錐──それがこの武器の全てだった。
外見も実態も凶器そのものと言える代物ではあるが、今から立ち向かう相手を考えれば爪楊枝を手にしているかのような頼りなさは否めない。
だが残念な事に、この世界で俺が縋れるものは今も昔もこれだけだった。
木々が揺れ、鈍い足音が近づく。
やがて追跡者が現れた。
細い明かりに照らされた全身の鱗が鈍く光る。熊に似た、しかしその倍はある巨躯を四肢で運びながら、蝗のような頭部では六つの単眼が忙しなく周囲を探っていた。
外界生物第三種・鱗甲類。
完全武装の探査チームが、犠牲を前提に
鉢合わせた運の悪さを呪いたくなった。
鋼に包まれた巨体が姿勢を低くしながら地面の匂いを追い、背嚢の前で足を止めた──その瞬間。
左手で錐を握り締め、右手は柄頭を掴み置き。
声も気配も動作の音すら全霊で押し殺し、俺は直下六メートルにある獣の頭蓋めがけて落下した。
一瞬の浮遊感、次いで両手が破裂したと錯覚するような酷い衝撃。全体重を乗せた錐の先端が鱗を貫き——そこで止まる。これ以上の侵入を、堅固な頭蓋骨が阻んでいた。
優雅に舌打ちを嗜む余裕など、当然ありはしなかった。
奇襲から立ち直った獣が暴れ出す。丸太のような腕の先、出刃包丁と見紛う六本の爪が、目の前を通り過ぎていった。
背中から振り落とされないよう、首に回した両脚に絞め殺すほどの力を込め、同時に右手で作った拳を振りかぶって柄頭に打ちつける。
獣の頭蓋に喰い込んだ一本の錐だけが、あらゆる意味で俺の命綱だった。
こいつが躍起になって俺を引きずり降ろそうとしているのは不幸中の幸いだったのかも知れない。小虫を擦り潰すように、地面に転がり込まれていたらとっくに終わっていた。
二度。三度。
四度目に振りかぶった右手が衝撃と同時にあらぬ方向に弾かれ、肩から先の感覚が消失した。頭の中の奇妙に冷静な部分が、相手の爪がこちらの腕のどこかに当たったのだろうと考えていた。右腕がまだ胴に繋がっているかの確認という贅沢は、全てが終わった後に楽しむべきだ──とも。
あるかどうかも分からない右腕には見切りをつけ、渾身の力で柄頭に額を叩きつけた。
硬い物体を貫いた時特有の独特な感触が額に伝わるのと同時に、錐が持ち手まで勢いよく沈み込む。
臓腑を抉るような絶叫が耳を打ち、一拍を置いて黄ばんだ粘液が、突き入れた錐の根元から勢いよく噴き出した。
走り出しかけた巨躯が横に倒れ、近くの樹幹に激突する。
俺は勢いよく投げ出された。受け身など取れるはずもない。地面に叩きつけられ、無様に転がった。
辺りに静寂が戻る。
俺はゆっくりと上体を起こした。全身が軋む。少なくとも胴体とは繋がっていた右腕から血が滴り落ちていた。
それでも視線は獣から離さなかった。右脇の下に拳を挟み込み、圧迫で出血を抑えながら、すぐにでも動きだせるよう構えだけを取る。
感情的には無限とも思えた忍耐の時を経て、俺はようやく相手の絶命を信じる事を自分に許した。
直接の危機が去った今、次に優先すべきことは負傷度合いの確認に他ならない。
脇に挟んでいた拳を解き、袖を捲って傷を検めた。右腕の圧迫を解いた途端、じわりと血が滲む。二の腕に三本の裂傷。中央の傷が一番深いが、神経と腱は無事らしい。指先に力を込めると、なんとか動いた。
あとは全身数カ所に軽度の打撲。これは地面に投げ出された際のものだ。
相手を考えれば、この程度の傷で済んだのはむしろ僥倖と言ってもよい。最悪なのはあのまま殺されていた事だが、その次に望まざる結末は、歩けない程の負傷を負うことだった。
強敵を倒したらエンドロールが流れ、あとはダイジェストかモノローグで全て解決するような終わり方は映画の中にしか存在しない。翻って我が愛しき現実には、この後も帰還という名の徒歩行軍が待ち構えているのだ。
錐を獣の頭から引き抜き、折れてはいないことだけを確認して腰に戻した。ついで背嚢から取り出した包帯を右腕に巻く。左手だけでは端を固定できず、歯を使った。中央の傷は深い。拠点に戻ったら縫合が必要になるだろう。
急場しのぎの処置を終えるとナイフを抜いた。獣の前肢に歩み寄ると最も根元に近い爪を一本、力を込めて切り落とす。討伐の証明には十分だろう。
赤い雲で覆われた空を見上げ、抑えきれない溜息を一つだけ吐き、俺はこの世界の出口に向かって歩き出した。
振り返る理由は何もなかった。
◆◆◆
最初の報告が世界を駆け巡ったのは今から十五年前、二十一世紀も半分が過ぎようとしていた頃の事だった。
何の前兆もなく、空間の裂け目は現れた。
世界各地——判明しているだけでも二十三カ所——に、昨日からそこにあったかのような顔をして佇む次元の断層。その向こうには、それまで誰も知らなかった世界が広がっていた。
一週間も経たないうちに異世界への入口という歴史上でも類を見ないニュースは、消費可能な娯楽として世界中に知れ渡った。
人類の不得手なものは無数にあるが、その最たる例は"制御"だろう。情報規制を試みた各国政府の涙ぐましい努力など何の意味も成さなかったし、その後の展開を止めるものなど誰もいなかった。
結果として、人類は夥しい屍を積み上げる事になった。
◆◆◆
赤い空と錆色の荒野が、目の前に果てしなく広がっていた。人の息吹の欠片もない荒涼とした世界は、人類が誕生する遥か以前、あるいは人類が滅びた後の遠い未来のようにも見えた。
"ここは水なくただ岩あるのみ、岩ありて水なく砂の道のみ"
裕福なエリオットは世界をそう諳んじたらしいが、まさか百年後の異世界で現実になるとは夢にも思わなかったに違いない。
砂地に足跡を刻みながら、俺は殺風景な異世界を独り歩き続けていた。右腕の鈍い痛みが、ここが現実の延長にある事を頼みもしないのに教えてくれていた。
人間が現実を学ぶ際、大抵は何かしらの痛みを伴うらしい。
この異世界に於いても、それはご多分に漏れなかった。
世界中に出現した空間の裂け目──些かセンスに欠けるが『扉』と名付けられたその向こう側を、最初に覗いたのは機械だった。
正確に言えば、そうなる筈だった。
各国は競うようにドローンや無人探査機を送り込んだ。しかしそれらは扉をくぐった瞬間、例外なく沈黙した。カメラも、通信機器も、遠隔偵察機も。あらゆる電子機器がその効力を失った。
自動機械に頼れないとわかった時、次に白羽の矢が立ったのは当然人間による直接調査だった。大気測定の結果により人類の生存が可能だと判明した途端、まず勇敢な──軽率とも言う──国家が軍を投入した。
重武装した三百人規模の部隊が向こう側に踏み込み、そして壊滅した。
生還者の証言は断片的かつ支離滅裂で、何が起きたのかさえ判然としなかった。
それでも各国は懲りなかった。装備を変え、編成を変え、戦術を変え、繰り返し送り込んだ。そして大半の人間が還らなかった。
膨大な犠牲の末に、人類はようやく幾つかの条件らしきものの一端を捉え始めた。
まず一つ。この扉の外側では、近代兵器を含めた一切の機械類が動作しない。
銃は撃てず、無線は繋がらず、レーダーは機能しない。機械類というのは少々語弊があるかもしれない。火薬や化学合成の毒物も、その効力を失うことが確認されたからだった。単に物質として存在する合金や繊維類などは除くとしても、使用可能なのは精々が紀元前レベル程度のテクノロジー。
人類は積み上げてきた技術力を奪われた。
そして二つ。敵性生物の存在である。生還者からの報告で「向こう側」を徘徊する凶悪な野生動物──そう呼ぶのが正しいのかは知らないが──が存在することは分かっていた。
だが部隊が突入した矢先、毎回それがタイミング良く襲ってきていたはずもない。
数多の人命と引き換えに、人類がようやく掴み取ったルールの端緒は、百三十平方メートル以内に十人以上という法則だった。
範囲内の人口密度が閾値を超えた際、徘徊する外界生物とは異なる別の何者かが出現し、発生原因となった人間を殺し尽くした後で消える。
組織的な軍事行動は、この世界では死を意味する。人類がその真実を学ぶためにどれほどの代償を払ったかは考えたくもない。
人類は培ってきた組織力を奪われた。
──『外界』と呼称された異世界を前に、人類の積み重ねた歴史は全くの無力だった。
◆◆◆
死体のように強張った両足がいよいよストライキを検討し始めた時、地平線の彼方に出口が姿を現し始めた。
木材で粗雑に組み上げられた二十メートル程の櫓の上、帰還管理の信号板は青色を示していた。
ただでさえ密集のリスクが高まる扉は、三時間おきに出入りを片側に制限する事で安全性を高めている。機械類が動作しない外界側では、毎度ご丁寧に手動で切り替えているそうだ。
怪我を抱えての待ちぼうけは、どうやら避けられたらしい。思わず少し息を吐いた。赤なら待つ。青なら進める。ひどく子供染みた単純な仕組みだが、この世界では分かり易さ以上の正義は滅多に存在しない。
我ながら現金なことに、鉛か何かのように感じていた両足は、帰還を目の前にして若干軽さを取り戻していた。
扉に近づくにつれ、周囲の様子が見えてきた。
何もない荒地の真ん中に、大きく円を描くように粗末な木製の柵が疎らに並んでいた。
まるで人類がこの地での領土を主張しているようなそれらは、どうしようもないほどの無力さを感じさせた。
その柵の中央に、空間の裂け目は存在していた。
直径約十五メートル、僅かに横に広がった楕円に近い形をしたそれは、何度見ても口で表すのが難しい。誰かが「無を表現するようだ」と言ったらしいが、そう外れた感想でもないと思う。
歩みは止めず、その無に身体を潜らせた。
感覚としては何もない。一歩踏み出せば、そこはもう現実だった。外界の空気が現実の空気に切り替わる。
違いを言葉にしろと言われても返答し辛いが、どこか遠いところから戻ってきたことを理性以外の何かが理解していた。
扉を越えた先、目の前に広がる室内は体育館ほどの広さがあった。造船ドックを思わせる無骨な空間に、扉を中心として複数の武装した自衛隊員が配置されている。壁際には出発を待つ回収チームが数組、装備を確認しながら待機していた。
目の前に立っていた二人の隊員の視線が俺を捉えた。見知った顔だが名前までは知らない。銃口はこちらに向いていないが、構えは解いていなかった。外界から入ってくるものを警戒しているのだから当然ではある。
二人の視線が俺の顔から全身に残る黄色みがかった染み──獣の体液は乾いても色が残る──を経由して、最後は右腕の包帯に移動した。
「
「……一人で仕留めたのか」
年嵩で眼鏡を掛けた隊員が、思わずといった様子で呟いた。記録を取りかけた手が止まっている。壁際で待機していた回収チームの数人が、こちらに視線を向けた。
「記録を頼む」
俺は短く言った。男は我に返ったようで、急いでバインダーに記入をし始めた。
「早く治療を受けた方がいいのでは」俺の右腕に視線を寄越した童顔の隊員は、眉を顰めてそう告げた。
俺は親切な国家公務員に礼を言うと、大人しく勧めに従う事にした。
そこから行われた一連の過程は、ある種の儀式のようだった。
まずは手持ちの回収資源をすべて預ける。背嚢に収まる程度の分量だったが、同じ体積の貴金属よりも市場価格は遥かに高い。
医務室は扉から程近い場所にある、検疫と負傷の治療を兼ねた部屋だった。
初老の軍医が右腕の包帯を解いた。爪傷が三本、いずれも深さが異なる。消毒を行い、一番深い傷に縫合を施した。残る二本も含め、新しい包帯を巻いて処置が終わった。
その間、身体検査も並行して行われた。資源を隠し持っていないか。未知の病原体に感染していないか。毎回判で押したように同じ手順だ。
慣れてはいるが、慣れたところで別段どうという事もなかった。
退屈な儀式が終わり、ようやく施設内に戻る許可が下りた。
居住区画に用意された簡易個室に入ると、入場前に預けておいた私服が置いてあった。獣の体液で斑に染まった戦闘服を脱ぎ、熱い湯を長めに浴びる。
伸びたヒゲを剃り私服に袖を通すと、ようやく自分が人間の一員に戻った気がした。
続いてデスクに向かった。浪漫の欠片もない事だが、外界探査が最終的に行き着く先は報告書だ。探索経路、特徴的なランドマーク、遭遇した外界生物の種別と状況、交戦の経緯、負傷の詳細、回収した資源の内容。そして死体の座標。
グリッド線が引かれた地図に情報を書き込んでいく。
外界生物種別欄には第三種・鱗甲類、成体と思われる個体と記載した。座標を記載しておけば回収チームが向かえる。
今回の報告書には、もう一つ記載することがあった。担当エリアの探査完了だ。探査期間が終わり次の割り当てが決まるまで、しばらく時間ができるはずだった。
◆◆◆
部屋を出て向かった先は、拠点施設の総合受付だった。吹き抜けの広いロビーにいくつもの窓口が並んでいる様は、大型の病院を連想させた。どちらも人の生き死にを処理するという点で、大して違いはない。
発券機から待機番号札を引き抜くと、順番が来るまで長椅子に腰掛けて暇を潰す事にした。
壁一面を覆う大型モニターでは、今シーズンの企業貢献度ランキングが映し出されていた。
扉の出現以降、外界の探索には莫大なコスト──即ち人命が費やされ続けたが、それはこの国に於いても例外ではなかった。
静岡県の沿岸部にある寂れた港町に現れた扉の調査に、自衛隊は多くの隊員を失った。精強を誇る部隊も近代兵器を失い、組織行動を封じられれば、その強さの大半を喪失した。
世論は沸騰した。自衛隊の任務は原則として国防であり、正体不明の異世界調査ではないと、デモ行進まで起きたらしい。
議論は長引いたが結論は出た。国家は扉の管理に徹し、実際の探索は民間企業に委ねる。重税と引き換えに、その権利を開放する。
国家というものは時として、自らの無力を認める代わりに別の形の権力を行使することで均衡を保とうとするらしい。
結果として生まれたのは、人命すらリソースとして食い潰し、利益を追求し続ける資本主義の極北だった。
企業の研究施設、資源のプラント、輸送の拠点。
かつて静かな漁港町に過ぎなかったこの地は、周辺自治体の大規模統合と国家主導の湾岸開発を経て、わずか十五年で人口四百万規模の世界都市へと変貌した。
経済特区に分類された市街には、夜なお摩天楼に眩い光が灯る。それは、まるで外界に惹かれる者たちを集める誘蛾灯のようだった。
特異環境総合管理施設——現場では拠点と呼ばれるこの場所——を中心として、華やかな虚飾で彩られたこの都市の経済は、数えきれないほどの屍を土台にして今も成長を続けている。
「今期も御東グループが勝ちそうだな」野球の話題をするような口調で近づいてきたのは、見慣れない男だった。歳は俺より一回り上で、四十前後と言ったところだろう。これで片手に缶ビールでもあれば、まるきりナイター観戦中といった風情だった。
ちょうどモニターでは画面が切り替わり、マイクを向けられた御東グループ所属の探査チームがにこやかに受け答えをし始めた。
「随分と稼いでるんだろうな。あやかりたいね」言葉とは裏腹に、大して羨ましくもなさそうな口振りだった。野球選手の年俸について話している感覚なのかもしれない。同じだけの収入を本気で欲しがるような人間は滅多にいない。
隣の椅子に腰を下ろした男はこちらを向くと、俺の頭の天辺から靴先まで視線を動かした。
「あんた、どこの回収担当なんだ」
画面に映ったチームリーダーらしき探査員が、苦労話か自慢話か分別の難しい体験談を熱弁しているのを眺めながら俺は答えた。
「いや、探査員の端くれだよ」
へえ、と感心するような声を上げた男は、続いて好奇心を隠せない声で問いかけた。
「なあ、何処の企業か聞いてもいいかい」
俺はゆっくりと首を振った。「生憎、どこにも雇われてない」
男は拾った宝くじが外れた様な顔をしたが、すぐに表情に同情らしきものを浮かべてみせた。
「就活中か。まあ、頑張んなよ」
親戚のフリーターに向けるような、赤の他人に対するおざなりの応援を口にした後、男は内緒話をするように声をひそめた。
「……回収から帰ってきた奴等が噂してたが、ついさっき獣を仕留めたチームがいたらしい。しかも第三種だとよ。あんなおっかないのとよく戦えるよ」
振り返ると、受付のモニターに表示されている白文字は俺の番号に変わっていた。
「あやかりたいね」
そう言って俺は立ち上がり、その場を後にした。
受付に座った若い男の担当官に報告書を渡すと、彼は書類に目を通した後、受領印を押した。
これで当面の仕事は終わりだった。
「静間さん。今日の件ですが、既に二社から買取の打診が来ています。金額を確認しますか?」
ずいぶんと早い。情報の回り方だけは感心する。
「いや、入札に回してくれ」
「承知しました。それと、遠田施設長がお呼びです」
俺は頷いた。
「わかった」