※この作品はR-18です。

暴虎は外界を馮る   作:義山硝子

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四章 継承と弔鐘③

 

 

 貴賓室の柱時計が、三時三十分を指していた。

 重厚で精緻な彫刻が刻まれたその時計の振り子以外に、部屋の中に音を立てる者はいなかった。

 

 透かし彫りの秒針がアラビア数字を1周するまで、俺はそのまま黙って座っていた。セラフィナ王女は俺の顔を正面から見詰めたまま、辛抱強く待ち続けていた。

 

 どうやら本気の申し出らしい。俺は紅い瞳に視線を合わせて話を切り出した。

 

「確認したいのですが、その依頼は貴女が王になる手助けをしろという事ですか」

 

 幼い少女は小さな頭を横に振った。彼女の動きにあわせて、銀糸のような髪が控えめに宙へ舞い上がった。

 

「いいえ。私にはなんの後ろ盾も無いもの。間違っても次期当主になんて成れないわ。代わりに、ある人が王に成る為の手助けをしたいの」

 

 どうやらセラフィナ王女の陣営は、他の継承者(だれか)を支援する方針らしい。

 

「目の前にいる貴女ならともかく、会ったことも無い人間を一国の王にする手助けをしろと言われても返答致しかねます」

 

 遥か海の向こうとはいえ、一国の行く末を決める争いに無頓着に手を貸す訳にはいかなかった。

「私ならいいの!?」と喜色を浮かべた王女は、すぐに我に返ると今度は首を縦に振った。

 

「貴方の言い分も当然ね。無責任に頷かなかったことに王家の一員として感謝するわ。……二日後、この都市の貴賓館で宣誓式があるの。その場に継承者全員が集まるはずよ。私が王にしたい人も……それ以外の兄弟たちも」

 

 無理を通すかと思いきや、セラはあっさり引き下がった。その場に参加して、手を貸すべき人物かどうか自分の目で確かめろという事だろう。

 年相応の天真爛漫さと活発さを見せる一方で、目の前の少女は驚くほど聡明な一面も兼ね備えているようだった。王族としての教育がそうさせているのか、それが彼女自身の素質なのかは分からないが。

 なんとなく姪の姉妹を思い浮かべながら、俺は続けて口を開いた。

 

「依頼を受けるかどうかはさておいて、外界に潜るしか能の無い人間にどんな働きを期待されているのですか」

 

 ついでに言えば、その外界ですら現在は自宅待機のお達しが出ている最中だった。

 

「さっきも言ったけど、私には後ろ盾が無いの。この国で動こうにも、知識も影響力も無い」

 

 稚児と言っていい年齢の王女は講義のように朗々と語りながら右手を胸の前に上げ、言葉を重ねながら指を折り始めた。

 

「希少な資源を購入できるルートはどこなのか。どの企業が信用できるのか。この国で誰と繋がりを持つべきなのか」

 

 カウントを終えたセラフィナ王女は、毅然とした表情で俺を見詰めた。

 

「私が欲しいのは、この国で探査員として最も長く活動を続けているコテツ・シズマの知見なの」

 

 凛々しさを湛えた妹分に向けて、義兄の揶揄うような声が飛んだ。

 

「最大の理由は、憧れのシズマと君が一緒にいたいからだろう」

 

「ちょっとレオン兄様!」

 

 顔を瞳と同じ色に染めて義兄を睨む少女を眺めながら、俺は思索に耽っていた。

 俺が断った場合、自ら()()()と自称する王女は大人しく国に帰るだろうか。或いは協力者無しでも支援とやらを続ける気だろうか。

 いずれにせよ一つだけ確かなことは、俺が首を縦に振った場合、それは目の前の少女がこの国で危険に晒され続けることを意味していた。

 

 どう断りを入れようか考えていると、レオンが静かに椅子から立ち上がった。

 

「シズマ」

 

 落ち着いた声に呼ばれて視線を向ける。セラフィナと同じ瞳の色を持つ青年は、先ほどまで浮かべていた柔和な笑みを消していた。

 

「少しの時間だが、話してみて解った。君は金銭で動く人間じゃない。……君自身の言葉を借りれば、無神論者だったかな。となれば、もう我々にできるのは真摯に頼むこと以外にないだろう」

 

 そう言うと彼は姿勢を正し、俺に向かって深く頭を下げた。

 

「レオン様」すぐさまルシアの鋭い声が飛んだ。

 

「おやめください。王家の方がそのような──」

 

「それを決めるのは僕だよ」レオンは低頭した姿勢のまま、従者の旧貴族に返事をした。

 

「しかし──」尚も言い募る声を止めたのは、静かな呼びかけだった。

 

「ルシア」

 

 彼の声は穏やかだったが、それ以上の諫言を許さない響きがあった。

 ルシアは何か言いたげに唇を結んだものの、やがてレオンに向かって謝罪するように小さく頭を下げた。

 

「頼む。僕たちの……いや、セラの味方になってほしい」

 

 継承権を持たないとはいえ、彼がロムニエル王家の一員であることに変わりはない。その男が、たかが一介の探査員に頭を下げている。

 先ほどまで頬を赤くしていたセラフィナ王女は、平身低頭を続ける義兄と俺の姿を困惑したように見比べていた。

 依頼について彼女たちが何らかの報酬を口にした場合、それを口実に断るつもりだった。

 どうやら、その逃げ道を使わせてくれるほど容易な相手ではないらしい。

 

「どうか頭を上げてください」レオンがゆっくりと顔を上げるのを待ってから、俺は続けた。

 

「返事はあなた方の推薦する人物を見てからとしましょう。ここの警備態勢は中々のものです。宣誓式とやらまで、このホテルからなるべく出ないようにしてください」

 

 頷いた王家の二人を確認した俺は携帯を取り出すと、駐車場で待っているはずの末廣に連絡を取った。

 錦辺はすでに別の場所に移動したらしい。おそらく他の継承者の状況を確認しに行ったのだろう。

 俺は末廣に()()する事を伝えて通話を終えた。通訳イヤホンは好きにしていいらしい。東区の庁舎に駐車したままのフェアレディは、拗ね出さないうちに回収すればいいだろう。

 

 俺はセラフィナ王女に向き直った。

 

「それでは約束を果たすとしましょう」

 

 こてん、と首を傾げた少女に向かって言葉を重ねた。

 

「外界について、貴女の質問に答えると先ほど申し上げました」

 

 紅い瞳を輝かせたセラフィナは、外界についての話題を矢継ぎ早に並べ始めた。

 バーカウンターに向かったルシアが相変わらず無表情のまま飲み物を作り始め、レオンは椅子に座ったまま高揚した様子の妹分を柔和な笑顔で眺めていた。

 

 熱心な外界愛好家の質疑に応答しながら、俺は内心で自らの対応の甘さを咎める声に耳を傾けていた。

 どう考えても厄介極まりない依頼を断り切れなかった理由なら解っていた。

 穏やか且つ誠実でありながら諧謔(ユーモア)を解する異国の青年に、一年前に亡くした肉親の面影を見たからだった。

 

 誰にでも弱点のひとつくらいはあるものだ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 二日後の正午、俺は中央区にある公会堂貴賓館の駐車場に車を停めた。周りを雑木林に囲まれているにも関わらず、辺りには塵ひとつ落ちていなかった。よほど清掃が行き届いているらしい。型落ちのフェアレディが粗大ごみと間違われても、宣誓式が終わるまでに捨てられることは無いだろう。

 

 六角形の建物の周囲にはSPたちが巡回していた。彼らの視線を感じつつ入口に向かって進み、自動ドアの前で直立不動のガードマンに身分を告げて中に入った。

 テニスコートがゆうに二つは入りそうな広さのロビーには、やはり何人かの制服警官が目を光らせており、中央に幾つか並んだ長椅子にセラたちが腰掛けていた。

 こちらを見つけて大きく手を振り始めた第二王女一行に近づくと、彼女たちは椅子から立ち上がった。

 

「こんにちはシズマ様!時間通りね」

 

 花が咲いたような笑顔でこちらを見上げる少女は、俺が約束を反故にして姿を見せない可能性など露ほども考えていない様子だった。

 静かに周囲を監視していたルシアは、俺を視界に入れると小さく黙礼してみせた。

 

「ちょうどいい時間だね。他の面々はもう中に入っているみたいだし、僕たちも向かおうか」

 

 レオンが優雅に腕をひと振すると、ロビーの奥に向かって案内し始めた。

 北の突き当たりには象が通り抜けられそうな大きさの樫材(オーク)で出来た扉があり、脇にいたドアマンがセラフィナに一礼すると把手に手を掛け奥へと押し開いた。

 

 扉の先はホテルの宴会場を思わせる大きな広間だった。

 高い天井からは幾重にも枝分かれしたシャンデリアが吊り下がり、壁際には金色の装飾を施した柱が等間隔に並んでいる。

 東側の壁一面を占めるフランス窓の向こうに手入れの行き届いた庭園が広がり、刈り揃えられた植栽の奥では白い噴水が細かな飛沫を上げていた。

 広間の中央に、十人ほどが囲んでもまだ余裕のありそうな大きな円卓が置かれていた。黒褐色に艶を帯びた天板には長い年月を経た木材特有の細かな傷が残り、その周囲には背凭れの高い椅子が並べられている。

 だが、そこに腰掛けている者は一人もいなかった。

 

 円卓の周りには何組かの一団が互いに付かず離れずの距離を保って立っていた。彼らの中に東洋人らしき人間は一人もいなかった。

 西側の壁際には同じように複数の人間がグループ毎に分かれて立っており、こちらは逆に全員日本人だった。

 

 広間に踏み込んだ途端、室内にいる全員の視線が我々に向けられた。

 セラの背筋が伸びるのを横目に入れながら、俺はそこにいる人間たちを相手に気取られない程度に観察した。

 

 円卓の周りにいるのがセラの兄弟──継承候補者たちだろう。彼らが自国から同行させられる側近の人数は決まっていると二日前にレオンから聞いていた。

 

 壁際の邦人グループには、いくつか見覚えのある顔があった。

 外務省らしき手前の集まりの中にいた末廣が、俺を見つけて驚いた顔を見せた。

 その隣は立ち姿から明らかに訓練されていると分かるスーツ姿の集団だった。彼らの中央に立っていた錦辺がこちらに気付くと、不機嫌さを隠そうともしない目で睨んできた。

 一番奥にいる背広組の中に見知った顔はいなかった。

 

 他の候補者達について尋ねようとした時、円卓を囲む集団の中から一人の女性がこちらに向かって歩き出すのが見えた。

 年齢は二十代半ばほどだろうか。蒼を基調とした礼服を身にまとい、腰まで伸ばした銀髪を緩やかに波打たせた彼女の顔立ちは、セラと驚くほどよく似ていた。

 女性的な魅力に溢れた身体付きと気品のある佇まいは、まさしく絵に描いたような王女といった風情だった。

 

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「エルネス姉様!」

 

 彼女に向けて大きく手を振りながら駆け寄るセラの声は、年相応の幼さに溢れていた。

 エルネスと呼ばれた女性は柔らかく微笑み、抱き着いてきたセラを屈んで抱きとめると小さな頭に優しく手のひらを当てた。

 微笑み合う銀色の姉妹に目を向けたまま、レオンが口を開いた。

 

「第一王女エルネスティーナ。……彼女だよ、僕たちの旗印は」

 

 戯れ合いにひと段落ついたのか、エルネスティーナ王女は妹を連れてこちらの前まで歩み寄った。

 

「ルシア、ご苦労様。レオン様もセラの付き添いありがとうございます」

 

 玉を転がすような声で二人に挨拶を済ませた彼女は、最後に俺へ視線を向けた。

 紅榴石のような深い紅色の瞳は、こちらの顔が映り込んでいると錯覚するほど静かに凪いでいた。

 

「姉様、この人がコテツ・シズマよ!」

 

 得意げに胸を張った妹の言葉に、第一王女は他の人間には分からない程度に目を細めた。

 

「そう……貴方が。お会いできて光栄です、シズマ様。ロムニエル家、第一王女エルネスティーナ・ティス・ロムニエルと申します」

 

「初めまして、エルネスティーナ殿下。特異環境探査士の静間虎徹です」

 

 俺は二日間練習しても一向に上達しなかった伝統礼(ボウ・アンド・スクレープ)の披露を諦め、軽いお辞儀(ペック)でお茶を濁すことにした。

 

「貴方のことは、いつもセラから聞かされていました」

 

 得意げな顔を披露する第二王女を視界の端に収めながら、俺は彼女の言葉の続きを待った。

 彼女はその先を口にせず、黙って俺の顔を見詰めていた。

 観察とも値踏みとも知れない含みのある視線に、俺ではなくセラが問いかけを発しようとした時、円卓の向こうから重い鐘のような声が聞こえた。

 

「これより、ロムニエル家当主選定の儀について宣誓式を執り行う。継承権を持つ者は中央の円卓に着席するように」

 

 いつの間にか広間の北側に立っていた燕尾服の老人が、典礼の開始を告げていた。遠目にもかなりの年齢に見えたが、矍鑠としたその立ち姿は古木のような重厚さを感じさせた。

 行きましょう、とセラの頭を軽く撫でたエルネスティーナは、今の視線など無かったかのように踵を返すと円卓に向かって歩き始めた。

 慌てたように姉の背中を追うセラフィナを見送った我々は、樫材の扉から横に五歩ずれた南の壁際に拠点を構えることにした。

 

 広間に散在していたグループからも一人ひとりが中央に抜け出し始め、寄り集まった六人の男女が円卓を囲むクラシックチェアに腰を下ろした。

 彼らが着席し終わるのを確認した老人は、厳かに頷いた。

 

「選定の儀は今後の王家、ひいては国家をどう導くかを実績を持って示すものである。当主の座を欲するならば、国家の未来を背負うに相応しい者であることを自ら証明せよ」

 

「王室評議会顧問官のジオセルだよ。王室関係者で現当主に物申せる数少ない一人さ」

 

 小声でレオンが紹介する間にも、彼の話は具体的なルールに踏み込み始めた。

 

「挙行期間は本日より一ヶ月間。場所は外界先進国にして友邦たる日本(ヤポニア)の本都市とする。参加する者は王家及び日本政府が認めた特段の事情を除き、期間中に本都市より離れることを禁ずる」

 

 事前に聞いていた内容とほぼ同一だった。聞き覚えの無い要素は都市から離れることを禁止している点だろうか。

 もっとも、継承者に日本全国を好きにうろつかれようものなら、警察庁の警備担当がストレスで憤死しかねない。

 

「各候補者が本国より同行可能な直属の従者は最大5名。日本(ヤポニア)内で直接雇用契約できる人員も最大5名までとする。規定人数を超えた雇用、使役が確認された場合は、その者の参加資格を剥奪する」

 

 この規定がなければ、元々勢力のある陣営の人海戦術が横行する事になる。継承者本人の資質を試す為のルールだろう。

 セラたち一行の人数が少ない理由もこれだった。とは言え、彼女たちが規定人数にすら満たない事には変わりないが。

 

「開始日となる本日から10日後に候補者全員の定期集会を設ける。以降7日毎に同様に会合を行い、第4回目の最終会合にて審議を執り行う。また日本政府より要請のあった外交催事には、王家として全員出席を義務付ける」

 

 眉根を寄せた錦辺の顔が視界の端に映った。会合はともかく、王家揃っての合同視察ともなれば襲撃の可能性はそれだけ高くなる。どこの能天気が話を進めたのかはともかくとして、警備担当の警察庁としては甚だ歓迎しかねる行事のはずだった。

 

「なお候補者は継承権の放棄と引き換えに、選定の儀を棄権する事ができる。継承権を放棄した場合は即時ルーマニアへの帰国が認められる」

 

 さっさとそうしてくれて構わない──錦辺を始めとした警備局員たちの表情は、彼らの内心を雄弁に物語っていた。

 それよりも俺の脳裏を過ったのは、今すぐにでもセラフィナを棄権させれば彼女の命は保障されるかも知れないという考えだった。後悔など慣れ切っていたが、他人の命に関する後悔には慣れることがなかった。

 まだ依頼を引き受けてもいないうちから、俺はずいぶんと彼女に肩入れし始めたらしい。

 軽く目を瞑って余計な考えを追い出すと、話の続きに集中する事にした。

 

「他の継承候補者へ直接、または第三者を介して危害を加えることは禁止する。ただし合法的な範囲での競争の末に生じた、結果的な妨害はこれを認める。他候補との協力や交渉も同様に承認する」

 

 拠点都市にも無限に企業と資源がある訳ではない。先に契約を勝ち取る、或いは後から札束で頬を叩いて鞍替えさせる程度の戦法は認めると言うことだろう。

 円卓に座る面々に目立った動揺は見えなかった。

 事前にある程度ルールについての説明があったのだろう。どんな式典にもリハーサルは存在するものだ。

 例えそれが何かの拍子で殺し合いに発展しかねないものであったとしても。

 

 老人は少し間を置いてから続けた。

 

「期間中に生じた()()()()()()()()()も含めて克服し、獲得した成果を最後まで維持する能力も証明の一部である」

 

 彼らの中に初めて動揺らしき気配が走った。問題は身内のいがみ合いだけでは無い。王家に対して害を成すと宣言した武装集団の件は、選定の儀では『妨害や困難』の範疇らしい。

 錦辺たちの反応を確認したい衝動に駆られたが、大して意味がない事に気が付いて止めた。

 

「一ヶ月後の最終審議において、候補者は自らが獲得した成果、及びそれを用いた祖国ルーマニアの将来構想を審査団へ提示せよ。契約金額や企業数の多寡だけではなく、実現の可能性、国家への貢献、候補者の理念と統治者としての資質を総合的に評価する」

 

 規定を語り終えた顧問官は、重々しく一歩前に踏み出した。

 

「最後に候補者の意思確認を行う」

 

 朗々とした声が六つの名前を読み上げた。

 

 第一王子アダルベルド。

 第二王子クレメンテ。

 第三王子ボリス。

 第一王女エルネスティーナ。

 第四王子ドルレット。

 第二王女セラフィナ。

 

「これら六名のみを次期当主候補とし、それ以外の王族には当主の継承権を認めない」

 

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「以上。異議のある者は席を立って継承権を放棄し、即時帰国するように」

 

 ブロンズの鐘のような宣告が広間に響き渡り、その残響の最後の一片が消え去った後も。

 円卓を立つ者は誰ひとりとして居なかった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ジオセルという名の老人は、円卓を囲む六人の次期当主候補を順に見渡した。

 

「それでは各候補者に問う。選定の儀を通じ、外界を如何に国家の未来へ資するつもりか。現時点での理念を示されたい」

 

 最初に立ち上がったのは、四十に届くかどうかという年頃の男だった。六人の中では最も年長のようだった。金の刺繍が入った濃紺のスーツに身を包み、後ろに撫でつけた銀髪と姿勢は厳格さを感じるほど整然としていた。

 

 隣にいたレオンがこちらに向かって僅かに身を寄せると、耳打ちするような囁きで候補者の詳細を口にした。

 

「長子アダルベルド・アル・ロムニエル。次期当主の最有力候補だよ。共和国与党、それに君たちの国で言う経団連、コンコルディア使用者連盟が後ろ盾についている。現当主の基盤をそのまま引き継いでるんだ。資金も人脈も、他の候補より頭一つ抜けていると思っていい」

 

 今回の騒動劇が無ければ次期当主を約束されていたはずの男は、居並ぶ人間たちへゆっくりと視線を巡らせた。翻訳イヤホンを通じて聞こえてきたのは、豊かなバリトンの声だった。

 

「外界への扉を持ち得た国家は少ない。そして我が国は、その中でも大きく出遅れている。限られた富を効率的且つ集中的に投資し、一刻も早く国力へと変えることこそが王家の至上命題である。ここに宣言する。王家は外界を司り、国家に富と繁栄を齎す」

 

 宣言を終えたアダルベルドは静かに腰を下ろした。

 続いて名を呼ばれた第二王子クレメンテは、細身の身体に眼鏡を掛けた、兄とは対照的に気弱そうな男だった。円卓の中央に落とした視線には、そこに座った面々よりも製造年代の方に興味がありそうな色が浮かんでいた。

 

「クレメンテはルーマニア学士院と関係が深い。もっとも、彼の場合は継承戦のために味方につけたわけじゃない。昔から歳費で研究への出資を続けていて、その縁で担ぎ出されたようなものだね。王冠より研究室を与えた方が喜ぶと思うよ」

 

 男は癖のように眼鏡の黒縁に触れると口を開いた。その声は彼の眼鏡の弦のように細かったが、口調には学者然とした理知的な響きがあった。

 

「外界攻略の後発であり国力にも乏しい我が国は、資源の獲得よりも活用に展望を見出すべきです。取得した資源の研究を進め、将来的に技術立国として興隆する道が最も現実的です。ここに宣言しましょう。王家は外界を究め、国家に叡智と名誉を齎します」

 

 三十前後の大柄な男が、名前を呼ばれるより先に椅子から立ち上がった。

 レオンの品評が警戒するかのような声色を帯びた。

 

「第三王子ボリス・アル・ロムニエル。ルーマニア国軍と軍産複合体企業──軍需産業との繋がりが強い。国防力の強化を訴えている連中からすれば、一番分かりやすい候補だろうね。本人も筋金入りの軍拡派だ」

 

 頑強そうな体格に、無造作に撫でつけられた黒髪。円卓を見渡す視線には競争相手を威嚇しているような鋭さがあった。男が口を開くと、見た目に違わぬ野太い声が広間に響き始めた。

 

「ここにいる面々は十分承知だろうが、我が国の歴史は侵略と分割の歴史でもある。扉を持った小国が、今後周辺国からどんな目で見られるかなど言うまでもないだろう。手に入れた財宝の使い道を呑気に考える前に、まずはそれを守らねばならん。宣言しよう。王家は外界を開拓し、国家に力と勢威を齎す」

 

 ボリスが身体を投げ出すように着席すると、老人が次の候補者の名前を口にした。

 

「第一王女、エルネスティーナ・ティス・ロムニエル」

 

 先ほど言葉を交わした王女が立ち上がった。初対面時に受けた柔和な雰囲気はそのままに、堂々たる立ち姿が彼女に凛とした印象を加えていた。

 

「エルネスは長兄アダルベルドの対抗馬と見られている。急激な外界産業の発展で生じている格差を問題視していてね。彼女の背景は最大野党のルーマニア救出同盟。とりわけ党首の女性政治家とはかなり親しいんだ」

 

 俺は軽く頷くと、若干背筋を伸ばして傾聴の構えを取った。エルネスティーナの構想を聞きそびれる訳にはいかなかった。彼女の主張は、即ち依頼主──まだ予定ではあるが──の意向でもあるからだ。

 

「富の一極集中による急激な発展は、格差の増大と秩序の崩壊を引き起こします。少数の栄華のために国そのものが滅びかねません。大企業だけではなく、中小の事業者にも外界産業へ参入する機会を開き、富を広く循環させることで国力そのものを底上げするべきです。(わたくし)はここに宣言します。王家は外界を調停し、国家に秩序と安定を齎します」

 

 宣誓を終えた第一王女は一礼すると腰を下ろした。

 

 エルネスティーナの構想は、むしろ平凡と言えた。

 ただ、外界の富を前にした人間の変節を十年ほど見続けた身の上としては、彼女の目指す道がもっとも険しいのではないかという予感が頭を過った。

 彼女自身が変節を迎える可能性すらあった。そのひねくれた見方を否定できるほど、俺は彼女を知らなかった。

 

 老人が名を告げると、二十歳前後の青年が芝居じみた動作で立ち上がった。誇示するように胸を張り、紅い目を周囲へ向けた様は舞台演劇の役者のように見えた。

 

「ドルレット・アル・ロムニエル。大ルーマニア復古主義者だよ。かつての版図を取り戻し、民族を統合すべきだと考える国粋主義者たちが支持している。軍備拡張についてはボリスと意見が近いけど、そこへ至る理由が違う」

 

 第四王子のドルレットは身振りを交えつつ演説のように語りだした。

 

「我が国に外界への扉が出現したのは、大袈裟に言えば運命だろう。かつて分かたれた大ルーマニアが、再び一つになる時が来た。外界にて得た富で手始めにモルダヴィアの領土を奪還し、いずれは偉大な祖国を復活させる。俺は宣言する。王家は外界を統括し、国家に再興と権勢を齎す」

 

 高揚した声が弁舌を終えると、最後の一人になった少女の名が告げられた。

 

「第二王女、セラフィナ・ティス・ロムニエル」

 

 立ち上がった幼い王女へ、円卓だけでなく壁際の連中からも視線が集まった。

 セラフィナは胸元で両手を握り、視線を落としたまま呟いた。

 

「……まだ、考えが及びません」

 

 広間に傾聴とは別種の沈黙が落ちた。

 ボリスと呼ばれていた男が嘆息すると、威圧するように声を上げた。

 

「おい、セラフィナ。お前は遊びに来たのか。エルネスの付属品とは言え、建前くらいは考えてから参加しろ」

 

「ボリス王子。まだ宣誓式の最中である。口を慎むように」

 

 ジオセルが口を挟むと、ボリスは鼻から息を吐いて口を閉ざした。

 

 レオンが気遣わし気な視線を妹分に向けていた。

 普段は鉄面皮なルシアの表情には、主人を案じる憂いが薄っすらと浮かんでいた。

 

 俯いたまま椅子に腰を下ろしたセラフィナの小さな背中を見つめる他に、俺にできることは何もなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

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