の【日の丸の国史上最悪の猟奇殺人事件がきっかけで始まった物語】 作:桃色ぴんく
7月12日午前8時30分
藍谷さんは、ミニチュアダックスフンドのチョコを連れて、根ノ江川の河川敷を散歩していた。
チョコは3歳のメスで、人間でいうと、ゆうちゃんと同い年くらいの年齢だ。だが、人懐っこい性格ゆえに、藍谷さんにとってはもう1人の姉というよりも、可愛い妹なのだ。
チョコはパタパタとしっぽを振っていたのだが、藍谷さんはまだ思うように笑えなかった。
「桃松さん、青山さん……。あたし、これからどうしたらいいのかな……。お姉ちゃんは今日も仕事だし……」
藍谷さんはずっと下を向いて歩いていた。
どうしても砂利に話しかけずにはいられなかったのだ。
「チョコのお世話……お姉ちゃんに任せっきりにしてたな……。それなのに、それなのに……!」
今日も快晴なのだが、藍谷さんが通った砂利だけが雨が降ったように濡れていた。
「クーン……」
チョコはしっぽを振るのをやめ、藍谷さんの浮かない顔をじっと見つめた。
「……ん?なんでもないよ」
藍谷さんは作り笑いで誤魔化した。
午前8時40分
「ワンワン!ワンワン!」
赤黒い砂利から漂ってくる臭いに反応したチョコがいきなり吠え始めた。
「え……?どうしたの?」
戸惑う藍谷さんをよそに、チョコは短い足を動かしながら走り始めた。
「チョコ!待って、速いって……」
藍谷さんは、ふらつく足で必死に走ってついて行った。
リードが切れかけそうになってもお構いなしに、チョコはどんどん向こうまで走っていく。
「ワン!ワンワン!」
「ねえ……だから待って……!」
午前8時50分
チョコが見つけたのは、根ノ江川の水中でうつ伏せになっている、40代くらいの女性の遺体だった。
「い……いやあああああああああ!!!」
涙目の藍谷さんは、震える身体でチョコを抱き寄せた。
「クーン、クーン……」
何かを察したチョコは、藍谷さんの右のほっぺをペロッと舐めた。
一方その頃……
緑ヶ丘さんは、自分の部屋で緑の八ツ橋キーホルダーを探していた。
「ったく!どこ行ったんだよ、クソが!あれ大事にしてたのに……!」
緑ヶ丘さんは、ベッドの下、机の中、クローゼットなど、ありとあらゆるところを確認した。
だが、どうしても見つからない。
昨日は、ゆうちゃんの死が確定したショックゆえに、落としたことに気づく余裕がなかったのだ。
「どこにもねえ……」
プルルルルルル
「え?誰からだ?」
プルルルルルル
「え、店長?!……あ、お疲れ様です」
「あ……緑ヶ丘くんごめんね。実は……」
「どうされましたか?」
「昨日の夜……藍谷さんのお姉さんがキーホルダー見つけてくれたんだ。おにぎりアイランドに落ちていたって言ってた。でも、あの時はもう耐えられなくて……ごめんね」
「え!?ありがとうございます!ちょうど今それを探していたんです!」
「それならよかった。今からでも渡したいんだけど、どこにいる?」
「家です。」
「分かった。場所は、おひさまファッションビルの中でいいかな?」
「はい。ただ、営業時間10時からですよ」
「そうだっけ?ごめん。じゃあ、おひさまファッションビルの前で渡そうか。熱中症には気をつけてね」
緑ヶ丘さんが電話を切ったその時、3日前の午後3時頃の出来事が脳裏をよぎった。
午前9時30分
2人はおひさまファッションビルの前に着いた。
「はい、これ」
「ありがとうございます!!」
黒田さんに緑の八ツ橋キーホルダーを渡された緑ヶ丘さんは、少年のように目をキラキラさせた。
「どういたしまして。僕も黒の八ツ橋キーホルダー持ってきたよ」
黒田さんは、本物のお父さんのように優しく微笑んだ。
だが、2人の幸せな時間は、『不幸なお知らせ』にこれから奪われてしまうのだ……