の【日の丸の国史上最悪の猟奇殺人事件がきっかけで始まった物語】 作:桃色ぴんく
7月12日午後11時15分
みうさん、大輝さん、百乃さん、裕香さん、遥さん、誠人さん、亜李さん、雄馬さん、孝行さんはアイスクリームワールドにいた。
今夜の星空は、ゆうちゃんの命日に輝いていた天の川と同じくらい美しかった。だが、9人の目は、夜空よりもずっと真っ暗な闇に包まれていたのだ。
「みう、百乃ちゃん、裕香ちゃん。ハンガーいる?」
大輝さんは、涙を堪えながらそう尋ねた。
「うん……」
アリスの衣装を抱き締めたみうさんは、蚊の鳴くような声で答えた。
「いる……」
「ありがとう……」
百乃さんと裕香さんは、白の魔術師の衣装を持ちながら涙声で答えた。百乃さんは右側、裕香さんは左側を持っていたのだ。
こうして3人は、4本のハンガーを大輝さんの車の後部座席から取りに行った。そして、みうさんが2本、百乃さんと裕香さんが1本ずつ持つことに決めた。
「私たちも行こうよ」
遥さんは誠人さんの目をじっと見つめていた。
「うん、今回も一緒に持とう」
誠人さんは、ペットボトルの麦茶を右手に持ったまま作り笑いをした。
遥さんが左手でペットボトルの側面に触れようとしたその時だった。
「遥、誠人。それ3人で持とうよ。ウチら3年1組の同窓会の幹事仲間じゃん」
亜李さんが遥さんと誠人さんの肩をポンと叩いた。2人が頷いたのを確認し、ペットボトルの底にそっと手を伸ばした。
「……っ!み……みゆ……う……ううう……」
アリスの水色のオルゴールが入った袋を持った孝行さんは、思わず袋を顔に押し付けてしまった。
「苦しいよな……辛いよな……」
「1番辛いのは孝行くんだもんね……」
大輝さんと雄馬さんの必死の慰めも虚しく、孝行さんの嗚咽は止まらなかった。
「あ……ああああああああ!!!あ……美由利……!帰ってきて……お願い……」
それどころか、孝行さんの悲痛な叫びは徐々に大きくなるばかりだった。
唯一の救いは、オルゴールが地面に落ちて壊れなかったことだ。
午後11時20分
みうさんはアリスの衣装、百乃さんと裕香さんは白の魔術師の衣装をゆっくりとドアノブに引っ掛けた。
「あ、反対だね……」
みうさんは涙声でアリスの衣装を手前に引っ掛け直した。
百乃さんと裕香さんは、黙ってみうさんの背中を見つめていた。
「あ、ちょっとごめん……」
亜李さんが後ろから声をかけてきた。
みうさん、百乃さん、裕香さんは、遥さん、誠人さん、亜李さんのために道を開けた。
遥さん、誠人さん、亜李さんは、ペットボトルの麦茶を2つの衣装から少し遠ざけて置いた。
こうして6人は、孝行さん、大輝さん、雄馬さんがアイスクリームワールドのドアの前に来るのを待つことにした。
午後11時30分
「俺と雄馬さん……それにみんないるから。ほら、一緒に行こう」
「孝行くん、美由利ちゃんに音楽聞かせてあげて」
大輝さんは孝行さんの背中、雄馬さんはオルゴールが入った袋を優しく撫でた。
2人の優しさがようやく届いたのか、孝行さんはアイスクリームワールドのドアに向かって一直線に歩き出した。
足の動きがピタリと止まることはなかったが、大粒の涙もまだ止まらなかったのだ。
大輝さんと雄馬さんは、孝行さんを見守るようについて行った。
「お待たせ……美由利……」
ドアの前に辿り着いた孝行さんは、袋からオルゴールを出し、ドアの中央付近の地面にそっと置いた。
そして、ゆうちゃんにお供えした時と同じようにゆっくりとゼンマイを回した。
♪〜
「美由利……誰よりも大好きだよ……!」
孝行さんは、黙祷しようにも愛を伝えることしかできなかった。
頬どころか、オルゴールも激しい雨に当てられたように濡れてしまったのだ。
「美由利ちゃん。みう、ゆうちゃん、百乃ちゃん、裕香ちゃんと仲良くしてくれてありがとう……」
「美由利ちゃん。孝行くんのお嫁さんでいてくれて……そして、亜李にゃん、遥ちゃん、誠人くんと仲良くしてくれてありがとう……」
美由利さんに片手で数えられるほどしか会ったことがない大輝さんと雄馬さんは、孝行さんが伝えられなかったことを言葉にしてから黙祷した。
「美由利ちゃん……ごめんね……私のせいで……!ああああああああ……!」
みうさんは、午前2時35分に電話で話したことを思い出し、黙祷できずにその場に崩れ落ちてしまった。
「みうちゃんのせいじゃないから……!美由利ちゃん……ゆうちゃんとお姫様ごっことか楽しんでね……。あ、私たちにもお話聞かせてね……」
「悪いのは全部Aとみうちゃんの元彼だから!あたしはもちろん、美由利ちゃんとゆうちゃんも絶対そう思ってるよ……。あ、美由利ちゃん……ゆうちゃんとアイス仲良く食べてね……」
百乃さんと裕香さんは、みうさんを必死に慰めてから黙祷した。
「美由利さん……もっとお話したかったな……」
「美由利ちゃん……孝行は美由利ちゃんと出会えて幸せだったよ……」
「美由利……ゆうちゃんをよろしくね……」
遥さん、誠人さん、亜李さんは夜空の星を見つめてから黙祷した。
一方その頃、閉店が決まったうさぎマーケットの店内では……
青木さんと赤竹さんは、無言で仕切り板をゴミ箱に捨てていた。
2人とも、また『アンドロイド』になってもおかしくないほど死んだ目をしていた。
カタン、カタン……
仕切り板がゴミ箱に当たる音が、まるで心臓を包丁で刺すように容赦なく2人の心を傷つけてきた。
とはいえ、作業を中断すると、ゆうちゃん、青山さん、黒田さんとの思い出が一気に蘇り、余計に苦しくなってしまうのだ。
カタン、カタン、カタン……
ちょうどその頃、藍谷さんは常温の水のペットボトルをひたすら段ボールに入れていた。
「これで20本目……痛い……」
2Lの飲み物の品出しをしていた頃と同じ腰の痛みが藍谷さんを苦しめた。
だが、それ以上に痛いのは別の場所だったことは言うまでもない。
「でも……お姉ちゃんが色々買ってくれるから頑張らなきゃ……。チョコもあたしを支えてくれたし……」
藍谷さんは気持ちを切り替え、500mlのペットボトルのオレンジジュースに手を伸ばした。
午後11時35分
「それにしてもすごい量だったわね……」
「酷い話よね。金森さんがいなかったら耐えられなかったわ……」
金森さんと白谷さんが休憩室に入った。
ピンクのセーラーワンピ、ピンクのシュシュ、卒業アルバムを捨てるためのゴミ袋を取りにきたのだが……
「ああああああああああああああ!!!」
2人の悲鳴の理由はもはや説明するまでもない。
「やっぱり本当だったのね……!」
「やっぱり店長だったのね……!」
金森さんと白谷さんは、残酷な現実から目を背けるため、冷蔵庫の扉を開けて中に顔を突っ込もうとした。
だが、既に5等分された桃のホールケーキが、2人の涙を止めたのだ。
「え……?どうしてケーキがこんなところに?」
金森さんはゆっくりと首を傾げた。
「もしかして店長、桃松さんと青山くんのために……?だとしたら数が合わないわね……。店長の分を入れたとしても……」
白谷さんは、考えごとをしながら金森さんの目をじっと見つめていた。
金森さんは、黙ったまま黒田さんの意図を必死に考えはじめた。
一方その頃、サニーランドでは……
「みんな、本当にごめんね。助けてくれてありがとう……」
茶山さんはサニーショップの生花コーナーで涙を流していた。
緑ヶ丘さん、赤森さん、彩音さんは、どういたしましてと伝える代わりに、軽くお辞儀をした。
「桃松さん、青山くん……っ!店長まで……!」
頬を濡らした茶山さんは、売り場にあるひまわりの花束を全部取ってカゴに入れた。
「いいですね。これだけあれば僕たちの想い、桃松さんたちにきっと伝わりますね……」
「緑ヶ丘さんの言う通りです。桃松さんたちとの思い出は永遠に不滅ですから……」
緑ヶ丘さんはマリーゴールドの花束を、赤森さんはハイビスカスの花束をカゴに入れた。
2人とも売り場にあるものを全部取ったのだ。
「お兄ちゃん。これはどう?」
彩音さんは、白いうさぎのアニマルフラワーを指差した。
1つしか残っていなかったそれは、ゆうちゃんの身長と同じくらいの大きさだった。
「あ、可愛い。でも2万円か……」
赤森さんが財布の中身を覗きながら俯いた瞬間、
「あら、可愛いわね。それ買うわ」
涙を堪えた茶山さんが救いの手を差し伸べた。
「ありがとうございます……!」
午後11時40分
根ノ江川の河川敷にいたのは、茜ちゃんを抱いた黄ノ山さんだった。茜ちゃんはまだスヤスヤ眠っていた。
当然、この時間に聞こえてくるのは川のせせらぎと黄ノ山さんの足音だけだったのだ。
「……っ!う……うう……」
何もかもに疲れた黄ノ山さんは、すすり泣きながら砂利の上に座った。
スマホを取り出した黄ノ山さんは、無意識にサニーTVのアイコンをタップしてしまった。
リアルタイム配信は、ゆうちゃんの事件の特番や夜のニュースばかりだった。
「桃松さん……っ……」
もう何も考えられなくなった黄ノ山さんは、7月13日の午前0時30分まで放送している特番を見てしまった。
いや〜、Aの食事怖いですよ!聞いただけで頭がおかしくなりますよ!バースデープレートだけでも恐ろしいのに……
そうですね、ゆうちゃんが本当に可哀想です。ところで、どんなメニューでしたっけ?
胸、お腹、太ももの肉が入ったホワイトシチュー、両手の指のフライ、小腸のスープ、左目と血液のパフェです。
うわあ、聞いただけで鳥肌立ちますね……
何が怖いって、Aはゆうちゃんの残りの血液だけでなく、脳、胃、十二指腸、食道、胆嚢、膀胱、体液をミキサーで粉々にしたスムージーも……
怖い怖い!もう聞きたくないです!やめてください!
いや〜、まさに日の丸の国史上最悪の猟奇殺人事件ですね……
深夜に近い時間帯なのもあり、本当に恐ろしい内容が語られていた。
「も、桃……松……さん……」
黄ノ山さんは、ふらつきながら立ち上がり、スマホを片手に根ノ江川へと向かおうとした。
茜ちゃんをもう片方の腕でしっかりと抱いたまま……