の【日の丸の国史上最悪の猟奇殺人事件がきっかけで始まった物語】 作:桃色ぴんく
7月13日午前1時30分
亜李さんは、自分の部屋でシンデレラの台本を読み返していた。
「ゆうちゃん……。本当はゆうちゃんのシンデレラがよかったんだよ……!」
亜李さんの涙が最初のページにポタポタと落ちた。
1番大きな水溜まりができたのは、11年前にゆうちゃんが読んでいた部分だった。
「ねえ、ゆうちゃんってば……!なんでいなくなっちゃうの?!遥たちもそうだけど……みうがどんだけ泣いてるか分かってんの?!」
何もかもに耐えられなくなった亜李さんは、シンデレラの台本を破ってゴミ箱に乱暴に捨てた。
そして、小麦粘土で作ったシンデレラの人形に向かってスマホを投げつけてしまったのだ。
「あ……!バ……バカ!ウチのバカ……!」
気づいた時にはもう遅かった。
「あああああああああ!!!ゆうちゃん、ゆうちゃん!!!」
ゆうちゃんそっくりに作られた人形は、スマホの画面のガラスのように砕け散ってしまったのだ。
亜李さんは、壊れたスマホには目もくれず、バラバラになってしまった人形の手足などを必死に拾い集めた。
「……っ、ごめん。ゆうちゃん……」
そして、ゆうちゃんそっくりだった小麦粘土の人形の破片をポテト検定1級の合格証の上に置いた。
そこには、
提供スピード 合格
注文の正確な聞き取り 合格
接客態度 合格
ポテトの味 合格
ポテトの見た目 合格
と書かれていた。
「最悪!Aと同じことしちゃった!バカじゃん!」
亜李さんが机に突っ伏したその時!
「どうしたの?!亜李にゃんのAは亜李のAだし愛してるのAだから全然違うよ!それに、亜李にゃんは馬鹿じゃない!」
雄馬さんがノックもせずに部屋のドアを開けてきた。深夜なのも忘れて、亜李さんと同じくらい大きな声を出してしまったのだ。
「は?!これを見ても違うって言えるの?!」
亜李さんは、目を潤ませたまま小麦粘土の人形の破片を指差した。
その近くには、傷んだレースも悲しげに置かれていた。それは、一昨日の午後9時15分に沙也加さんがくれたものだ。
その時、雄馬さんは足元にあった亜李さんのスマホを見て全てを察した。
「違う」
雄馬さんは、いつもより少し低い声で続けた。
「亜李にゃんはゆうちゃんを殺して食べてないでしょ。追悼曲って嘘ついて自分の罪を歌わないでしょ」
亜李さんは、何も言わずに雄馬さんの方へ歩み寄った。そして、無意識に両腕を雄馬さんの首に回したのだ。
「あ、遥ちゃんたちと話したくなったら俺のサブ機貸すから言って」
雄馬さんは、亜李さんをお姫様抱っこして自分の部屋のソファに運ぼうとした。
午前1時45分
「さて、ガラスの破片を片付けたのはいいけど……」
亜李さんの部屋に入った雄馬さんは、バラバラになったゆうちゃんそっくりな人形をじっと見つめていた。
手足とレース以外は原型を留めないほどにボロボロで、元が何だったのか近くで見ても分からないほどだったのだ。
「これは無理だな……」
雄馬さんは、俯きながら亜李さんの机の引き出しをゆっくりと開けた。
そこには、黒、薄橙、水色、黄色、ピンク、赤の小麦粘土の残りが入っていたのだ。
「亜李にゃんごめん、借りるね」
そして、残っていた小麦粘土を全て机に並べて何かを作り始めた。
「レース傷んじゃってるけど……あった方がいいよね?」
一方その頃、遥さんの自宅では……
「遥……あの時はごめん。痛かったよね……?」
誠人さんは、遥さんの右のほっぺをそっと撫でた。昨日の午後4時に勢い余って叩いてしまったことを思い出したのだ。
「うん、痛かったよ……。でも、誠人が止めてくれなかったら、ゆうちゃんたちと同じ世界に行っちゃってた。ありがとう」
遥さんは、軽く微笑みながら誠人さんを見つめていた。
その時、壁に飾られたピンクのわたあめが2人の心を少しだけ楽にしてくれた。それは、11年前にゆうちゃん、みうさん、亜李さんが文化祭の飾りとして折り紙で作ったものだったのだ。
「今見ても可愛いな……」
「そうだね……」
遥さんと誠人さんは、無意識に恋人繋ぎをし始めた。
「誠人、大好き」
「僕も大好き」
午前1時55分
「そ……そういえば……孝行……。大丈夫かな……」
震えた声の誠人さんは、スマホを手に取り、
誠人、ありがとう。
と午前0時に孝行さんから届いたメッセージを見た。
「心配だね……。もしかしたら……私たちと一緒で……眠れないんじゃないかな……?」
遥さんの声も同じように震えていた。
「そ……そうだよね……!美由利ちゃんも……桃松さんの……後を……追ったから……!」
誠人さんは、右手で胸を押さえながら永遠に繋がらない電話をかけた。
プルルルルルルル
ただいま、電話に出ることができません。
ピーッという発信音の後に、お名前とお電話番号をお話しください。
「あ、もう2時前か……」
遥さんが部屋の掛け時計を見たその時、誠人さんは黙って玄関へと走り去った。
「誠人!待って……!」
遥さんは誠人さんを必死で追いかけ、白のワゴン車の助手席に無理矢理乗り込んだ。
「遥!来てくれたんだ!」
誠人さんは運転席で目を丸くしていた。
午前2時
「亜李にゃん……?まだ辛い……に決まってるか……。とりあえず置いとくね……」
自分の部屋に入った雄馬さんは、机の上に小麦粘土で作った人形を2つ置いた。だが、まだ泣き続ける亜李さんにまともな言葉をかけられなかったのだ。
「……そっとしとこうか」
雄馬さんが部屋を出ようとしたその時、
「雄馬にゃん……?何……置いたの?」
体育座りをしたままの亜李さんが、顔を上げることなく雄馬さんに尋ねてきた。膝がかなり濡れていたのは言うまでもない。
「それは亜李にゃんの目で見て」
雄馬さんの静かな声を聞いた亜李さんは、ゆっくりと顔を上げて机の上を見た。
「え……!」
そこにあったのは、3日前に亜李さんが作ったものにそっくりな人形と、SUN SUN BURGERのユニフォームを着た亜李さんの人形だった。
ゆうちゃんそっくりな人形のドレスにはあのレースが巻き付けられていて、亜李さんの人形の右手にはフライドポテトが添えられていた。
「ねえ……?ゆうちゃんもウチも……どっちも雄馬にゃんが作ったの?」
目を潤ませた亜李さんは、机の上ではなく、雄馬さんの顔をじっと見つめた。
「そうだよ。亜李にゃんほど完璧じゃないけどね……」
雄馬さんは、亜李さんの頭を優しく撫でると、いつも寝る前にしていたようにそっと抱き寄せた。
「あ、あああああああああ……!」
亜李さんはさっきまでとは全く違う意味で号泣した。
午前2時15分
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
誠人さんは、孝行さんの家の玄関チャイムを何度も鳴らしていた。だが、ドアは当然のように開かなかった。
「本当に寝てるだけ……だよね……?」
速まる鼓動を抑えられなかった遥さんは、誠人さんの左腕を強く掴んだ。爪を立ててはいなかったものの、まるで腕の皮膚をつねるような掴み方になってしまっていたのだ。
「そうだといいけど、やっぱり心配……」
誠人さんは恐る恐る警察に電話した。
午前2時30分
誠人さんからの通報を受けた双子の下田さんは、やや戸惑いながらも孝行さんの家へ緊急で立ち入ることにした。
誠人さんと遥さんは、できるだけ足音を立てないようについて行った。
「大丈夫かな……」
「寝てるだけだといいんだけどね……」
2人の想いもむなしく、キッチンに繋がるドアに近づいた瞬間、鉄のような嫌な臭いがした。
「孝行!」
思わず大声を出してしまった誠人さんは、下田さんたちをあっさり追い越してキッチンへ入った。
「誠人!待ってよ!」
遥さんは、静かにすることを忘れて誠人さんを追いかけようとしたが、1人目の下田さんにバツのジェスチャーで足止めされてしまった。
「あ……」
遥さんは、一昨日の午後9時30分頃と同じように固まってしまった。
「すみません、ここで待っていてください!」
2人目の下田さんは、何もできずにいた遥さんに力強く声をかけた。
ちょうどその頃、誠人さんは永遠の眠りについた孝行さんを見つけてしまったのだ。
「た……孝行……!う……ああああああああああああああああああ!!!」
孝行さんがどんな色に染まっていたのかは、もはや説明するまでもない。
「大丈夫ですか?!落ち着いてください!」
1人目の下田さんは、バツのジェスチャーをやめて誠人さんに声をかけた。
「お辛いのは分かりますが、ここからは僕らで対応しますので!」
2人目の下田さんは、誠人さんの声が聞こえた方向に顔を向けた。
「ごめん孝行!遥もごめん!どうして……どうして僕はあの時……!あああああああああ!!!」
何もかもに耐えられなくなった誠人さんは、下田さんたちの声を無視して、孝行さんの首からナイフを抜いた。
「僕は孝行を守れなかったし、遥のこと何も考えずに苦しめてしまった!だから、本当は僕がお星様になるべきなんだ!」
そして、孝行さんと同じ世界への片道切符を手にしようと、お揃いの場所を刺そうとしたが……
「誠人!なんでそんなこと言うの?!亜李たちのこと考えてよ!」
誠人さんの叫び声を聞いた遥さんは、下田さんたちの制止を振り切り、今までに出したことがない大声で叫んだ。
そして、誠人さんの右のほっぺを強く叩き、強引に取り上げたナイフを冷蔵庫の下の隙間に入れた。
「……遥?え……なんで……?」
誠人さんは、昨日の午後2時10分頃の遥さんと同じような目をしていた。
「そんなの……っ!好きだからだよ……。誠人がいなくなったら、生きる希望が1つもなくなってしまうから……」
遥さんは、誠人さんが身動きできなくなるほど力強く抱き締めた。