【完結済】の【日の丸の国史上最悪の猟奇殺人事件がきっかけで始まった物語】 作:桃色ぴんく
7月13日午前2時30分
まだ洗面所にいた百乃さんは、お風呂の近くの棚に置かれたカップのストロベリーアイスとバニラアイスを見つめていた。
2つとも既に甘ったるいだけのジュースと化してしまったのは言うまでもない。
「あれ?店員さん間違えたのかな?」
百乃さんは、とうとう自分がどこにいるのかさえ分からなくなっていた。それどころか、洗面所の電気と提灯の区別さえつかなくなってしまったのだ。
「すみません……スプーン間違えていましたよ……。イチゴ味と白みつ味……溶けちゃったのでもう1回買います……」
百乃さんは、力のない声で赤いチェック柄のバスタオルに向かって注文した。
午前2時40分
「ゆうちゃん、美由利ちゃん……。ごめん、売り切れだった……」
百乃さんは、化粧水が入ったピンクのボトルと乳液が入った白のボトルを撫でた。
だが、指に力が入りすぎたせいか、2本とも洗面ボウルに倒れ落ちてしまったのだ。
「あ……!ああああああああ!!!」
その時、百乃さんの目にまた涙が浮かんだ。
カップのストロベリーアイスとバニラアイスだったものが、お風呂の近くの棚に置かれた赤いトレイの上から百乃さんを見下ろしていたのだ。
「また一緒にお出かけしたかったのに……!ゆうちゃん!美由利ちゃん!」
水もお湯も出していないはずの洗面ボウルが、少しずつ濡れていった。
一方その頃……
裕香さんは、まだお風呂に入れないどころか、今着ている服を脱ぐことすらできずにいた。
タンスの近くには、赤ずきん風のパジャマ、紺色のリボンが付いた青いブラジャー、そしてブラジャーと同じリボンが付いた青いパンツが、くしゃくしゃになって転がっていたのだ。
「ゆうちゃん……。28歳になってもあの頃から全然変わってないな」
裕香さんは、ゆうちゃんの最新のSNSの投稿をまた見返していた。
そこには、
新しいお店のストロベリーアイス♡友達に会えて嬉しかった〜!彦星様にも会えたらいいな♡
と書かれていた。
美由利さんが一生懸命作っていたストロベリーアイスの写真が添えられていたのは、もはや説明するまでもない。
「ゆうちゃん……あの時もストロベリーアイス食べてたよね?あたしは……チーズケーキアイスだったかな?確か」
もはや笑うことも泣くこともできなくなった裕香さんは、10年前の七夕に自販機のアイスを食べたことを思い出した。
その自販機は、学生たちの楽しみの1つとして松島短期大学の学内に置かれていたものだ。
「懐かしいね……ゆうちゃん。百乃はアップルパイアイス、みうちゃんはチョコアイス、美由利ちゃんはバニラアイスを食べていたもんね」
スマホをゆっくり撫ではじめた裕香さんは、他の3人が食べていたアイスも思い出した。
スマホの画面から伝わる熱が、ゆうちゃんのほんのり温かいほっぺと同じように思えたのだ。
「え?だってゆうちゃんぷにぷにしていて可愛いんだもん。あたしは大好きだよ?王子様ならゆうちゃんの魅力にちゃんと気づいてくれるから……」
裕香さんは、充電が28%のスマホの画面を人差し指で何度もつついた。とうとう硬いものと柔らかいものの区別さえつかなくなってしまったのだ。
午前3時
「大輝がいてくれてよかったな……」
疲れきった表情のみうさんは、部屋のカレンダーを虚ろな目で見つめていた。
昨日、つまり7月12日の欄には、
午前9時から車検
と書かれていた。
昨日の午後5時前、みうさんはサファイアのように真っ青な愛車を取りに行くため、大輝さんの車で日の丸カーショップに向かっていた。
本来は昨日の午後0時に取りに行く予定だったのだが、ゆうちゃんたちを失った悲しみのせいで、大輝さんに声をかけられるまで完全に忘れていたのだ。
「ポテチありがとうって送ったけど……。もう寝ちゃったかな……」
午前0時過ぎに亜李さんにメッセージを送ったみうさんは、メガサイズのポテトチップスをゆうちゃんのように抱き締めた。
それは、3時間前までみうさんの家のドア前に置き去りにされていたものだったのだ。
「それにしてもびっくりしたな……。車検から帰ったら亜李の車が停まってたもん」
みうさんはそう言って、根ノ江南高校の卒業アルバムを手に取った。
卒業写真はもちろん、文化祭、体育祭、遠足などの学校行事の写真もたくさん載っていたのだ。
「みんな若いな……。当たり前か……。あ……クラス対抗リレーだ……!ゆうちゃん……っ、バトン落として転んだっけ……!」
ページをめくるたびに、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
「あああああああ!!ゆうちゃん!!!伊東くん……あああ!!!」
ゆうちゃんと涼介さんが玉入れをする写真を見たみうさんは、とうとう卒業アルバムに顔を伏せた。
そして、そこから先のページはもうめくられなかったのだ。
午前3時15分
みうさんが目を潤ませたまま顔を上げたその時、ゆうちゃんが描いた絵が目に映った。
それは、美由利さんが生前大事にしていた絵と同じものだったのだ。
「ゆうちゃん……私……美由利ちゃん……百乃ちゃん……裕香ちゃん……。ゆうちゃん……私たちのために同じの4枚頑張って描いてくれてたな……」
みうさんの部屋の壁には、他にもたくさんの絵が飾られていた。
そのほとんどがゆうちゃんが描いたもので、童話モチーフの絵、ゆうちゃんの妄想全開な絵、みうさんの似顔絵がメインだったのだ。
「美由利ちゃんも似顔絵大事にしてただろうな……っ」
みうさんは、机にあった手のひらサイズの置き時計をそっと目に当てた。それは、美由利さんがみうさんの24歳の誕生日にプレゼントしてくれたものだ。
「あ……あああああああああああ……!」
そして、とうとうハンカチと置き時計の区別さえつかなくなってしまったのだ。
「会いたい!会いたいよ!ねえ!!」
みうさんは、置き時計で目を押さえたまま机の1番下の引き出しを開けた。
そこに入っていたのは、美由利さんが14年前に折り紙で作った人魚姫と、ゆうちゃんが22年前に画用紙で作った絵本だった。ページとページの継ぎ目には、セロハンテープがまっすぐに貼られていた。
「う……うう……!あ……あっ……」
置き時計を床に下ろしたみうさんは、折り紙の人魚姫を膝に乗せてから、全部平仮名で書かれた絵本を手に取った。
ゆうちゃんはおひめさまというタイトルが、幼いゆうちゃんを思い出させてしまったのだ。
「そうだよ、ゆうちゃんは正真正銘のお姫様だよ……」
みうさんは涙声で絵本を読み始めた。その内容は、ゆうちゃんの夢見るゆめこちゃんな性格をそのまま映し出したものだったのだ。
ぴんくのきらきらしたおしろに、ゆうちゃんというとってもかわいいおひめさまがすんでいました。
はやくおうじさまにあいたいな。
ゆうちゃんは、いちごをたべながらいいました。
いちごをたべおわったら、ゆうちゃんはおそとにでました。
おそとには、きれいなおはなばたけがありました。
おうじさまどこ?しろいおうまさんにのってこっちにきて!
ゆうちゃんは、しろいおはなにむかっていいました。
そこに、かっこいいおうじさまがしろいおうまさんにのってやってきました。
かわいいゆうちゃん、こんにちは。ぼくといっしょにおしろにいこうよ。
ゆうちゃんはおうじさまのおうまさんにのって、いつまでもしあわせにくらしました。
おしまい
「どうして……!どうしてそうならなかったの?!」
何もかもに耐えられなくなったみうさんは、絵本を開いたまま胸元に抱き寄せた。
一方その頃……
涙目の大輝さんは、ベッドの上で例のSNSを見ていた。
ゆうちゃんはもちろん、ゆうちゃんを大事に思っていたみうさんたちも傷つけた日の丸の国史上最悪の猟奇殺人事件から目を背けたくても背けられなかったのだ。
例のSNSのコメント欄には、
特番見ました……ゆうちゃんが本当に可哀想……
ゆうちゃんの事件……残酷すぎて耐えられません……
ゆうちゃん、あなたは何も悪くないんだよ……
などといった優しいコメントが昨日よりかなり増えてはいたのだが、
28歳にもなって彦星様w痛すぎw
A様が垢抜けない芋ブスクソ女に恋愛感情抱くわけねえだろバーカwwwwww
などといった最低なコメントも少なくなかったのだ。
A様……私、ショックでAロスになりました……
A様……天国でも素敵な曲を作ってください!
ゆうちゃん……A様と天国でお幸せに……
などといったコメントが一瞬まともに思えるほどだったのだ。
「……っ!ゆうちゃんはクソ女じゃねえ、Aがクソ男だよ!なんで分かんねえんだよ……!」
大輝さんは、とうとうスマホを枕元に投げつけてしまった。
「……って、何してんだよ……俺。俺が逃げてどうすんだよ……!みうのためにならねえじゃねえかよ……!」
大輝さんは涙を堪えながらスマホを拾った。
そして、サニーTVで今日の午前0時30分まで放送していた特番の見逃し配信を見ることにした。
「見たくねえ……。けど、ゆうちゃんのことをちゃんと知らないと……みうの気持ちに寄り添えねえから……」
午前3時25分
Aの日記のラスト……恐ろしすぎますよ……!
そうですね。桃色の天使が投稿される1時間前にゆうちゃんの家で自殺していたとは……
Aは日の丸の国史上最悪の男ですよ!ゆうちゃんのお母さんに1円たりとも残さないようにって企んでいたんですから!
ゆうちゃんはもちろん、ゆうちゃんのお母さんの気持ちを考えると心が痛くて耐えられませんね……
本当に酷い話ですよね。それだけじゃなくて、ゆうちゃんを殺して食べた張本人の死体を見せてゆうちゃんのお母さんを絶望させてやろうって……!
どうやったらこんな悪魔?魔王?怪物?みたいな思考回路になるんですかね?Aのこと大嫌いになりましたよ!
「マジかよ……!あのクソ野郎……そんなこと考えていたのかよ!」
大輝さんがスマホをまた投げつけようとした途端!
プルルルルルルル
みうさんから電話がかかってきた……