の【日の丸の国史上最悪の猟奇殺人事件がきっかけで始まった物語】 作:桃色ぴんく
7月11日午後8時
「遥、亜李ちゃん!遅くなってごめん!蒼森さんたち呼びに行ってた!」
みうさんたちを連れた誠人さんがロビーから会場に戻ってきた。
「あ、礒部さんと……。ゆうちゃん以外はみんな揃ったよね……?」
遥さんの目は、ゆうちゃんの名前を呼ぶだけで潤んでしまうのだ。
「そ、そろそろ出席を取らなきゃだね」
亜李さんはマイクをオンにした。
「涼太がまだ来てないけど……。あ、みんな!今度こそ同窓会始めます!出席を取りますので、名前を呼ばれたら大きな声で返事してください!蒼森みうさん!」
亜李さんは、ゆうちゃんを失った心の痛みを無理やり隠すかのように声を張り上げた。
「……っ!」
みうさんは、返事どころか涙を堪えることすらできなかった。その理由はもはや説明するまでもない。
「あ!ああああああ……!」
藍斗様に食べられ隊メンバーの5人の女性たちは、思わずもらい泣きした。
「あ……。もし口で言うのが難しかったら、どっちかの手を挙げてくれたらいいからね……」
亜李さんのマイクを借りた遥さんは、みうさんたちを必死にフォローした。遥さんの優しさが通じたのか、みうさんはゆっくりと右手を挙げた。
「みう、ごめん。ありがとね。礒部涼太さん!……まだ来てないね。早く来ないかな……」
亜李さんの目線は会場のドアに向けられていた。
「気を取り直して、伊東涼介さん!」
「はい……」
「今井健二さん!」
「はい……」
涼介さんと健二さんは、今にも消えてしまいそうな声しか出せなかった。
「あ、声出しにくかったら挙手でいいよ……」
遥さんの声と眼差しはとても優しかった。
「上田真由美さん!」
「は……っ。あっ、う!ああああああああっ!!」
真由美さんは、返事をしたくてもうまくできなかった。スプーンを持ちながら挙げた右手が小刻みに震えていたのだ。
「小倉京子さん!」
「はい!」
京子さんは、ディナーバイキングにワクワクしすぎて思わず両手を挙げて返事をしてしまった。
「金山亜李さん!……ウチか、あはは……」
亜李さんは笑って誤魔化した。決して自分の発言が恥ずかしくなったからではない。
「木野沙也加さん……」
亜李さんの声は徐々に小さくなった。
唇を震わせた沙也加さんは、左手に持ったレースで顔を隠しながら右手を挙げた。
「楠木みなみさん……」
「あ、はい……」
みなみさんは亜李さんの声にほんの少し戸惑いながら返事をした。
「黒谷遥さん……っ!!」
「はい」
「あ、あああああああああああ!!」
遥さんが返事をしたその時、亜李さんはとうとう涙が止まらなくなってしまった。
「亜李どうしたの?私はここにいるよ」
遥さんは亜李さんの手をそっと握った。
「亜李ちゃん大丈夫?あ、続きは僕がやるね。そのマイク貸して」
誠人さんが救いの手を差し伸べた。
「あ、みんなごめんね。ここからは僕が出席を取ります。佐藤夏美さん」
目を潤ませた夏美さんは、左手に持った卒業アルバムで顔を隠しながら右手を挙げた。
「白石誠人さん、はい」
誠人さんは笑って誤魔化さず、淡々と返事をした。
「鈴木大輔さん」
「はい!」
大輔さんは元気よく返事をした。さらに、昨日買ったばかりの服を見せびらかすようにクルッと1回転した。
「鷲見智和さん」
「はい……」
智和さんも蚊の鳴くような声しか出せなかった。
「高橋まちこさん」
すすり泣くまちこさんは、左手に持った文化祭の写真で顔を隠しながら右手を挙げた。
「田中秋奈さん」
「はいっ!」
秋奈さんはキラキラした目で返事をした。テンションが上がったのか、右手で思わずピースしてしまったのだ。
「田辺ひなこさん」
「はい!」
ひなこさんも元気よく返事をした。さらに、大好きな旦那さんに買ってもらった新品の服を見せつけるようにクルッと1回転した。
「土岐翔子さん」
「はい!」
翔子さんはひなこさんに負けない声で返事をした。勢い余って挙げた右手には、夜中に作ったスプーンが握られていた。
「中島弘樹さん」
「はいw」
弘樹さんはニヤニヤ笑いながら返事をした。なぜか康太さんに向かって変顔もしていたのだ。
「野口康太さん」
「はいw」
康太さんもニヤニヤ笑いながら返事をした。にらめっこに誘われたと勘違いしたのか、弘樹さん以上の変顔でやり返していた。
「廣瀬夏菜子さん」
「ああああああああああああ!!!」
夏菜子さんは返事をする代わりに号泣してしまった。手を挙げることさえできなかったのだ。
「降幡桃香さん」
「はい!」
桃香さんはニコニコしながら返事をした。その時の顔は、あの日の午後0時のゆうちゃんの笑顔のように輝いていたのだ。
「本泉颯斗さん」
「ウィーーースwww」
颯斗さんはふざけた返事をした。さらに、いきなり席を立ってテーブルの周りをカニ歩きし始めたのだ。
「颯斗くん、楽しみなのは分かるけどそういうのやめて」
呆れた表情の誠人さんは、颯斗さんにやんわりと注意した。
「ごめんごめんw許せってw」
颯斗さんはヘラヘラしながら謝った。
午後8時10分
バタン!
「誠人くん、遅くなってごめん!」
29歳の涼太さんが、息を切らしながら会場にやってきた。着替える時間がなかったのか、スーツのままだったのだ。
「あ、涼太くん。お仕事お疲れ様……。今始まったところだから気にしないでね」
誠人さんは涼太さんを優しく出迎えたが……
「……。あ、えっと……。も……。もっ……!」
誠人さんの涙は、右手の指とマイクの持ち手を濡らしてしまった。
「桃松……ゆうさん……!」
誠人さんは、本来みんなと一緒にいるはずだった女の子の名前を呼んだ。当然、ゆうちゃんは返事どころか、右手も左手も挙げなかったのだ。
楽しいはずの同窓会の会場は、あっという間にお葬式のような雰囲気に包まれてしまったのだ。
「……っ。吉岡純さん」
颯斗さんと同じようにふざけた返事をするつもりだった純さんは、震えた右手を挙げるのが精一杯だった。